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春を待つ

「お別れ、だな」
 遠征前夜。ヒュースが夜空を見ながら呟く。
「……うん」
 いつか、こんな日が来るとわかっていた。
 わかっていたのに、手を伸ばしてしまった。
 温もりを知ってしまったら、もう、知らなかったころには戻れない。
「ヒュース、楽しかった?」
「オレは捕虜だぞ。楽しんでどうする」
 ヒュースがはあ、とため息をつく。
 迅の軽口はいつまで経っても減らない。
 だが、最初は煩わしかったそれが、いつしか当たり前に傍にあった。
「……だが、悪くはなかった」
 手荒に扱われなかったことは、まあ、感謝する、と呟く。
「はは、まあそう思ってくれたならよかった」
 ふたりで並んで、空を見上げる。
 この色の空とも、もうお別れだ。
「ヒュース」
 迅の顔が近づく。
 もう何度もされたくちづけを、ヒュースは拒むことなく受け入れた。
「ん……」
 何度も、何度も角度を変えて唇を食み合う。
 この熱を感じるのも、今夜で最後だ。
「っ、じ、っ……」
 口づけの合間に名前を呼ぼうとして、酸素を奪われる。
 頭がぼうっとする。何も考えられない。
「ん、ふっ……!」
 ようやく唇を離された時、ヒュースは涙目になっていた。
「はは、かわい」
「貴様、もう少し加減というものを……!」
「いいじゃん、許してよ。最後なんだから」
「……」
 それを言われると、何も言えなくなる。
「ヒュース」
 やわらかい声で、名前を呼ばれる。
 それはいつもと変わらないはずなのに、何故か、迅が泣いているのかと思ってしまった。
 だが迅の顔を見ても、涙は流れていない。
「迅」
 何かを言おうとした。でも、何を? 彼に残せるものは何も無いのに。
 ヒュースが、迅に与えられるものなど、何も。
「向こうでも、元気で」
 迅は、そう言って、寂しそうに笑った。
 最後の言葉は、好きでも、愛してるでもなく。
 当たり障りのない、別れの言葉だった。
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