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バッカスは天邪鬼に微笑んで、

*
「……俺、なんであいつと付き合ってんだろ」

ベルは、ふと言葉を漏らした。
あいつというのは勿論、一応恋人である可愛げの欠片もない後輩のことだ。

あいつの顔は好きじゃない。抜けた顔を見るといらいらする。
声も好きじゃない。覇気のない声は聞いていてやる気が失せる。
性格は言わずもがな、大嫌いだ。
酒に押されたベルの呟きに、ルッスーリアがきゃああああっと奇声を発して喜ぶ。

「ベルちゃんからそんな初恋こじらせた男子高校生みたいな言葉が聞けるなんて…!ん~~~~~っいいわね!まだ今も覚めない青い春を駆け抜けていきましょ~!」
「うっせーよカマ」
「アンタが珍しいこと言うからよ!恋人が恋人たる所以なんて好きだから以外にあるのかしら?まあそしたら私の恋人は部屋のコレクション達ってことになるんだけどね~!」
「勝手に盛り上がんなよ死体愛好家(ネクロフィリア)。あんなクソ生意気なガキ好きじゃねーよ」
「じゃあ付きあう必要ないじゃなあい!別れちゃえば?」
「…………………めんどいから却下」
「んふふふ、やっぱりベルちゃんはまだまだ恋愛初心者ね♡じゃあヴァリアーの肝っ玉母ちゃん、ルッス姐さんが一緒に悩んであ・げ・る♡報酬はそうねえ…アタシの好きなお酒でどうかしら?もしくはプロテイン」
「ふざけんなそんな相談いらねー」
「あら、相談だろうが惚気だろうがコイバナをタダで聞いてもらおうなんて虫がよすぎるわよ。くれないならフランにチクっちゃおうかしら?」
「いいぜ?その前にお前殺してやる」
「こんな話できるのアタシ以外いる?貴重な人材ホイホイ消しちゃっていいの~?」

ヴァリアーの他の面々──スクアーロ、レヴィ、マーモン…。

「……チッ」

どう考えても恋愛相談に向かない面子しかいない。

「交渉成立、ね♪」

ルッスーリアの生ぬるい視線が腹立たしくて、ベルは手持ちのナイフを勢いよく投げつけた。


*
「ミー、トリノって初めてきましたー」
「お前の師匠、イタリア出身だろ?連れてきてもらったりしてねーの」
「あの人ずーっと日本にいますからー」

フランは初めて見る街が新鮮なのか、視線をあちこちに向ける。
こういう時だけ年相応というか、少し幼く見えるのは気のせいか。

「あんまキョロキョロすんなよ、物見遊山じゃねーんだから」
「はーい。あ、あれなんですかー?」
「聞いてんのかコラ」

フランが古めかしく、ひときわ存在感のある建物を指さす。

「あー?……多分、トリノ東洋美術館」
「あっちはー?」
「んーと……古典美術館」
「…もしかしてあれも」
「サバウダ美術館。って看板あんじゃねーか」
「えー?でかい建物美術館しかないじゃないですかー…つまんなー」
「だから今回狙われてるんだろーな。うまくいけば全部の所から盗めるし。ほら、あいつだろ」
「おー、いたいた」
「しっかりリング嵌めてやがんな。ししっ」

美術品の盗賊団──ヴァリアーが扱うには余りに小さな依頼だ。しかし、重要なのはその所業よりも、装備だった。
『窃盗団は指輪に炎を灯し、小さな箱から武器を出現させていた』
────襲撃時に盗賊団を目撃した一般人が、そう発言したという。
裏の力で表の世界を脅かすことは許されない。
処理と隠蔽の依頼を受けたベルとフランは、次に男たちが目的にするというトリノに足を運んだ。
今回の任務は再び男たちがリングの炎を使って行動する前に始末しなければならない。つまり、男たちが動き出す夜になってからの暗殺は出来ない。
標的の男は、周囲を警戒しながら寂れた裏路地に入っていった。

「じゃ、打ち合わせ通りな」
「はーい」

フランは霧を纏いながら、男の後を静かに追いかけた。

「…ねえ、お兄さん」

ゴミと埃の混じった路地に、鈴の音のような声が響く。
男が振り返ると、純白のワンピースを着た少女がこちらを見つめていた。

「あ?」

どこか人離れした雰囲気を纏った清純な少女は、薄暗く汚い街の裏側には似つかわしくない。

「なんだ、こんなとこに……花売りか?」
「これ、お兄さんの?」

そう言って掲げた少女の手の中には、大粒の石が嵌め込まれた指輪があった。
男が命懸けで『恐ろしい連中(マフィア)』から手に入れた、強すぎる兵器が。

「────!っ、返せテメェ!」

男の顔が一瞬で怒りに歪み、指輪に手を伸ばした。

「遅いよ」

少女はそれをふわりと避け、路地裏のさらに奥へと逃げていく。

「──ッ!?」

男は焦りを隠せないまま、路地の奥で待機している仲間に無線を繋げた。

「おい、ガキにリングを盗まれた!囲んでくれ!」
『はあ!?何してんだお前!』

当然の怒号を受け止めながら、男は現在地を伝える。

「ふふ……」

少女は怪しげに笑いながら、迷宮のような道を迷いなく駆けた。



──表の街が栄えれば、その裏側の闇も比例して深さを増す。
少女を追う影はひとつ、ふたつと増え、その数が十になったところで、少女は足を止めた。

「…お、」

眼前には少女が飛ぶには高すぎる壁。そして、後ろの道は全て男たちに塞がれている。

「もう逃げられねえぞクソガキ!」

指輪を盗まれた男が、勝ち誇ったように叫んだ。
仲間たちも武器を構えている。

「大人しくそれを返せ、そしたら苦しまずに殺して──」

ようやく、と少女に手を伸ばした。
だが────

「それはこっちのセリフですよーイタリア中飛び回りやがってー」

似つかわしくない抑揚のない声が、少女の口から零れる。

「え、」

そして、男の視界は綺麗に一回転した。
それが目の前の明らかな体格差がある少女によって身体を地面に叩きつけられたからだと認識できたのは、硬いコンクリートに頭を強打した後だった。

「っ……痛でぇっ……!」
「おい、どうなって────あ、ああ?」
「……!?あ、ああああ!?」

声に振り返ると、仲間の首から上が、無くなっていた。

「ひいぃっ!?な、なん…なんなんだよぉ!」
おかしい。少女は武器なんて持っていなかったし、仲間以外の足音も、殺気も。男は感じ取れなかった。

「ししっ、こーんなわかりやすい誘導に引っかかんのかよ」
「は…?」

男が見上げた先───古い屋根の上には金髪の男が立っていた。
その服に刻まれた紋章を見て、男は青ざめた。

「ヴァ、リアー……!?」

霧が少女の身体を包む。
そこにいたのは翡翠の髪と、同じ紋章を持つ青年。

「はーい、ヴァリアーですーどーもー」
「あ、あああ…」

やってしまった、と男は後悔した。
マフィアになってまだ浅い男でも、その噂は知っていた。
黒ずくめの殺し屋集団。
血に塗れたボンゴレの中で、最も汚れた者たち。
ああ、こんなことになるなら、盗賊団なんて作るんじゃなかった。
一攫千金なんて狙わずに、しみったれた田舎で大人しくしておけば、こんなことには────

「っと、おーわりっ」
「え、……ひぃぃいいいっ!」

気がつけば男の仲間は全て事切れていた。
目の前は、文字通りの血の海。

「やっぱ盗賊くずれか。つまんねーの」

悪魔のような青年は男の周りにナイフを投げ、逃げ道を塞ぐ。

「あ、あ……」

だが、男には逃げる力すらなかった。
ただ死にかけの金魚のように口を開いて、終わりを待つしない。

「じゃーこっからは拷問のお時間ですー」
「い、嫌だ…殺さないで……」

「情報吐き出すまでは殺さないんで、安心してくださーい」
翡翠の青年の影が、陽炎のように揺らめく。



「ぎゃあああああああああああああああああああああ!!」

男は、この世の地獄を見た。



*
「む……んまー」

フランは目の前の小さなチョコレートを続けて口に含んだ。

「いやートリノつまんないなんて言ってすいませんでしたー最高ですねービバトリノー」
「手のひら返し早えーな。お前甘いもん好きだったっけ」

咀嚼している口元は心做しかいつもより緩んでいる。
フランが素直な表情を(特にベルに)見せるのは、甘味のせいか。

「んーまあ人並みにはー。あ、帰りに師匠にお土産買わないとー。トリノに行くって言ったらチョコ買ってこいってー。でも、こんなに美味いとは思いませんでしたー」

三つ目のチョコを頬張りながら、フランは店内のガラスケースに目をやった。
宝石のように並べられたチョコレートや焼き菓子の他にも、贈答用の鮮やかなアソート缶がある。
ベルとフランがメレンダを楽しんでいるこの店は、トリノ有数の老舗チョコレート店だ。

「…六道骸、チョコばっか食ってんな」

前にもフランが高いチョコレートを文句と共に箱詰めしていたのを思い出す。
あれも師匠である彼からの命令だろう。

「身体はチョコで出来ている…って言われても信じちゃいますよねー。まあ頭はパイナポーですけど」
「ししし、いつかパイナップルのチョコがけでも送ってやったら?」

「それはもうやりましたー。で、槍でめちゃくちゃケバブされましたー。犬ニーサンが普段からナッポーネタをこすりまくるからミーが被害を受けるんですよー全くー」
「それは自業自得だろ。つーかさ、お前チョコ食った上でチョコのドリンク飲んでんのやばくね?」
「ミーのビチェリンはコーヒーとミルクも入ってるのでセーフですー」
「セーフの基準がわかんねーよ」

ベルは笑いながら、口内に残るチョコを噛み砕いた。



*

「おかえりなさいベルちゃん♡フランとのお泊りデートはどうだった?」
「任務だっつの。おら、これでいいかよ」

ベルはルッスーリアが指定したワインを掲げた。

「あら~!流石ベルちゃん!ありがと……って飲まないでよ!アタシのなのに!」

そしてそれを手近なグラスに注いで、一気に飲み干す。

「うるせー素面で話せるか」
「飲んだくれの親父みたいなこと言わないのっ!んもう…じゃあ、今日もルッス姐さんの恋愛相談室、開催しちゃおうかしら♪」
「そのふざけたタイトルいますぐ変えろ」

ルッスーリアの掛け声で、何回目かになる『相談』が始まる。
だが、相談といいながら、ルッスーリアはベルの話を聞いて適当な相槌を打つだけで、具体的な解決策を提示しない。
期待はしていなかったが、拍子抜けだ。

「なあ、もっと有益なこと言えねーのかよオカマ」
「だーかーらーアタシが話を聞いてあげてベルちゃんがフランへのラブを自覚すれば全部解決なのよ♡」
「ふざけんな、ぜってーありえねー。そもそも好きじゃねーつってんだろ」
「んもう、強情なんだから!」

認めない。そんな気色の悪い感情を認める訳にはいかない。ましてやそれを、あのフランに持っているなんて。天地がひっくり返っても認めてやるものか。
話が平行線を辿っていると、珍しく私服のスクアーロが扉を開いた。

「ルッスーリア、なんか酒あるかぁ」
「あらぁスク、ウイスキーはどう?」
「ならそれでいい。ボスの分も頼む」
「はいはーい、待っててね♡」

ルッスーリアはんふふと笑いを漏らしながら、バーカウンターに入っていく。

「ベル、ガキはさっさと寝ろぉ」
「もうとっくに成人済みだっつーの。スクアーロはいつまでたっても俺のことガキ扱いするよな。そろそろ殺すぜ?」
「は、やれるもんならやってみやがれぇ」
「……ま、今度な。今日はボスの部屋?」
「あぁ。明日休みだから折角久しぶりに二度寝出来ると思ったのによ、あのクソボスは……」
「そーんなこと言って、ボスに呼ばれるの、嬉しいくせに」
「うるせぇ」

口ではぼやいているが、XANXUSとスクアーロの関係はもう十年以上続いている。
ベルはふと、スクアーロを見上げた。

「……なあ、スクアーロはボスのどこが好き?」

何故互いを傍に置くのか─それをこの二人に聞くのは愚問だ。
ならせめてヒントになりそうなものを、と口にした問いかけを、スクアーロは一瞥もせずに鼻で笑った。

「アイツの魂と生き様、それと強さだぁ。それ以外はねえ」
「……お前に聞いたのが間違いだったわ」


*

「ししし、ししししししっ……!」

ベルは目の前の光景に、笑いを堪えられなかった。
地面から生えた、数百の巨大な槍。
針山地獄と称するに相応しいこの光景は、フランの幻覚が作り出したものだ。
無論、幻覚は無数の槍だけであって、そこで刺殺されている人間は正真正銘本物の人間だ。

「う、うぅ……」
「かはっ……!」

槍に貫かれた連中の殆どは事切れているが、中には憐れまだ息があるものもいる。

「……お」

頬に水が跳ねる。
曇天から降りてくる雨は、天に掲げられた血を地面に流していく。

「……そういや、あいつどこいった?」

この光景を作り出した張本人の姿が見当たらない。

「迷子とかじゃねーよな…」

ベルはゆっくり、槍の処刑場を歩き出した。


────ベルには分からなかった。
フランが何者なのか。何を考えているのか。
馬鹿馬鹿しい幻覚を出したかと思えば、この世ならざる恐ろしい世界を作り上げる。
笑っていたかと思えば、次の瞬間には顔から表情が抜け落ちている。

「フランーさっさと撤収すんぞ、出てこいってーの」

辺りを呼びかけても、返事がない。

「…あ」
「…♪───……♪~~♪」

歌を奏でながら、フランは槍の合間を縫って歩いていた。

「おい、カエル……」

呼び止めようとした時、フランの姿がぐにゃりと歪んだ。

「……」

その姿は陽炎のように揺らめいて、輪郭が浮かんでは消えていく。
いつもの幻覚のお遊びだ。きっとフランはベルに気づかずに、手遊びの感覚でやっているのだろう。

「……おい、フラン」

だがそれは、フランのことを霧そのものだと思っていたベルの心に波を立てた。
────────わからない。
何を考えているのか、何処から来て、どうして六道骸の弟子になったのか。
何が好きなのか、何が嫌いなのか。

「おいこら、待てよ」

足元の水溜まりがばしゃりと撥ねる。
他のヴァリアーの幹部は、もう一緒に生きて十八年になる。
どんなに興味がないと言っても、自然とそれなりに情報は知るようになる。
否、たとえ知らないことがあったとしても、XANXUSへの忠誠心を知っていれば何も気にする必要はない。
──だが、フランだけが違う。
フランには、XANXUSへの忠誠心が存在しない。
ヴァリアーの中でも異常すぎるそれが、ベルには気味悪く映る。

何も知らないのに、何所が好きかなんてわかるはずがない。
その瞳が、本当に自分を映しているかすら、わからない。

「────ああ、雨、降っちゃいましたかー」

フランは遥か彼方、雲に覆われた空を眺めている。

「フラン!」

ベルは思わずその腕を掴んだ。

「え…センパイ?なんですかー?」

翡翠の瞳は、いつもと変わらず、何も映さない。

「……いや、なんでもねー」
「はー?」
「帰んぞ」




認めたくない。
理解できないからこそ惹かれてしまった、なんて。


*

「マーモン」

扉を開けると、調香をしていたらしいマーモンが振り返った。

「ああ、ベル。そろそろ来ると思ってたよ。ルッスーリアと話してたのは知ってるからね」

いつも通りの、抑揚のない声。一度死を経験しても、この赤ん坊は特に変わることなく帰ってきた。

「…別に話なんてねーよ、ただ暇だから遊びに来ただけだし」

ベルは指定席のソファに寝転びながら、空の香水瓶を覗き込んだ。

「建前はいらないよ。僕が君が知りたい『答え』を持ってるからそれを聞きに来たんだろう?いや、正確には『君が納得する答えの導き方』かな。術士という点で確かにフランと繫がっているし、君の思考回路は長年一緒にいるから知り尽くしている」
「……なら、もっと早く」
「そんな面倒なこと僕からする訳ないだろ。それに君は人に言われても素直に聞く性質じゃないし」
「………」

ここまで自分のことを熟知されているといっそ腹立たしいが、今はマーモンの言葉が必要だった。

「フランはきっと、『向こう』に近い。」

だがマーモンが口にしたのは、ベルが想像もしていない言葉だった。

「……は?」
「白蘭やルーチェ…いや、君が知っているのはユニか。この世界の外側を『知っている』人間たち─もっと言えば、『トゥリニセッテの管理者』と同じ視点を持っている」
「あのさ…マーモン?何言ってんのかわかんねーんだけど」
「そこは今理解しなくていいよ。兎に角異常者だらけのマフィアの世界で一等異常なフランが、君といる時だけはこちらに近づいている」
「……」

白蘭と大空のアルコバレーノとフランが、同じ視点にいるというのはどういうことなのか。
困惑するベルを無視して、マーモンは言葉を続ける。

「あれにとって君は楔なんだよ。フランの中で君は無二で、君にとってもそうなんだろう」
「……そんなことねーよ」

ベルにフランのことは何一つ理解できない。
フランを理解できるのはその師匠か、同じ術士のマーモンの方が適任に思う。

「俺ン中であいつは、マーモンの代わりだぜ?唯一無二なわけねーだろ」
「なら、君はなんでフランに執着するんだい」
「………………」
「沢山の選択肢がある中で君が彼を選んで、彼に選ばれたいと思うならそれは、恋でいいんじゃないのかい」
「選ばれたくなんてねーよ」
「じゃあフランが他の人間を選んでも構わないんだね?」
「ふざけんな、殺す」
「ほら、執着してるじゃないか」
「…ちげーよ、王子のこと選ばないとか、フツーに考えて」

不敬だろ、と続ける言葉を、マーモンは遮った。

「もうそろそろ観念しなよ、ベル。彼についてここまで葛藤している時点で、君はとっくにフランに惚れてるのさ」


*

「っざけんじゃねーぞレヴィ!」
「黙れ!貴様こそ何かにつけてはボスに媚びを売りおって!」
「俺がいつボスに媚び売ったってんだぁ!?」

ルッスーリアが提案したサマーピクニックは、予想通りただの酒宴と化した。
スクアーロとレヴィの言い争いに飽きたベルは、適当に酒と酒器をかっぱらって木々を飛び移る。

「なーんで毎回同じことで喧嘩できんだか」

年を取って少し煽り耐性がついたスクアーロだが、酒を飲むとそれがなくなってしまうらしい。酒の席でのレヴィとの諍いはもはや恒例行事だ。

「ここでいっかな」

適当な場所に座り、猪口に酒を注いで口をつける。

「…お、」

鋭い香りが鼻を抜けていく。
強いアルコールが舌に馴染む前に、くっと喉に流し込んだ。
時たま吹く風が、すぐ近くの青葉たちを揺すっている。

「しし、結構いい眺めじゃん」

木々の上で酒を飲むのは、なかなかに楽しい。
緑が生い茂る中、夏の風が暑さを少しだけ和らげてくれる。

「つーか、この酒美味くね?」

適当に選んだ酒だが、思わず銘柄を確認する。
確かこれは、日本でスクアーロが買ってきた土産だったか。
いつもウイスキーばかりのXANXUSが珍しく気に入っていたから買い込んだのだろう。

「あいつ本当ボス好きな……」
「いやー確かにうまいですねーでもミーは果実酒の方が好きですー」

気が付くと隣に、見慣れたカエル頭があった。

「…いつの間に来たんだよ」
「今しがたですよー」
「てめーはガキなんだからジュース飲んどけ」
「ご無体なこと言わないでくださいー」

フランはそう言いながらぐい呑みにどばどばと酒を注ぐ。

「ぷはーたまんねー」
「飲み方が爺臭いんだよ」
「これ、今度師匠に送ってもらおうかなー」
「…なんで六道骸と物送りあってんだよ」
「別に送りあってはないですよー。普段はミーが一方的にチョコ送らされてるんでこれくらいしてもらわないと」
「この前日本からお前宛に届いてた大量の荷物は」
「あ、あれはクロームネーサンからの仕送りなんですー」
「都会で一人暮らしする大学生か」
「むしろ就職したての新社会人ですかねー」

そんな会話をしながらも、フランは酒を飲む手を止めない。

「酔っぱらうぞ」
「そんなことらいですよー」
「おい呂律」
「あれ、ベルセンパイいつの間に分裂したんですかー?」
「ベロベロじゃねーか!」
「いやいや、ミーはポン酒如きに負けませんからー」
「そーかよっ」

それでもまだ飲もうとするフランから酒瓶をひったくる

「あーまだ残ってるのにー」
「お前が飲みすぎると俺がスクアーロに怒られんだよ!」

明らかに酔っぱらったフランは酒瓶を取り返そうとベルの身体をホールドする。

「かーえーせーミーの酒―」
「お前のじゃねーだろ!」

ベルは酒を後ろ手に隠しながら、フランのカエル帽にナイフを刺した。

「うわーでぃーぶい彼氏だー。ひどいですー実家に帰らせていただきますー」

涙目で訴えるフランを見て、ベルはつい、口を滑らせた。

「……お前さあ、なんで俺と付き合ってんの?」
「え、めんどくさい彼女みたいなこと言うんですねー」

カエル頭に鋭いチョップを叩き込む。

「痛―」

言いづらいことを酒の勢いで聞いてやったのに、この後輩は人の神経を逆撫でする言葉しか喋ることが出来ないのか。

「さっさと答えろ。王子が聞いてやってんだよ」
「いやーそんなの言う義理なくないですかー?もしかして君が好き愛してるって言われないと泣いちゃう系男子ですかー?」
「てんめー…減らず口縫うぞ」
「いやー本当になんでかと言われても成り行きというかーうーん」
「…そーかよ」

成り行き。
それが一番しっくりくるかもしれない。
そう思うのに、ベルの胸の内は晴れない。
自棄酒などでは断じてないが、酒の残りを瓶から直接飲み干す。

「ああ、でも」
「……?」

ぽつりと呟かれた言葉が、風に乗る。

「……センパイがミーのこと大好きなの、案外、悪くないからですかねー」
「……っ!?」

不意打ちだった。
まさか酔っているとはいえ、フランからそんな言葉が出るとは思っていなかった。

「まあ、あとはアレとかソレとかぼちぼちありますけどー……大体はそんな……ところ………」
「おいっ……!」

船を漕ぎ出した身体を、間一髪で抱きとめる。
だから飲みすぎるなと注意してやったのに。

「おいてめー言い逃げすんな!カエル!」
「んー……」

フランはもう、腕の中で眠りこけていた。

「この野郎…」

いつもより血色のいい頬が、妙にむかつく。

「お前が、俺の事好きなんだろーが……」

そうだ。
フランの好意に付き合ってやっているだけで、断じて、ベルの方が惚れているなんてことは無い。
そうだ、そういうことにしてやる。
決意しながら、フランの身体を引き寄せる。
肩にかかる重みが、変に擽ったい。

「ホント、わけわかんねー奴」

結局ベルは、フランのことは何一つ知らないし、わからない。



それでも。
わからなくても、こんな天邪鬼が、隣にいるのなら────。
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