砂漠鰐は向日葵畑の夢を見るっぽい?

 初めて雨を見た日のことを覚えているか。



 俺に限ったことではなく、人間は、誰しも多くの「初めて」を積み重ねて生きていく。初めて意味のある言葉を発した日。初めて立った日。初めて歩いた日。それらは記憶には残っていなくとも、「今」、普通に言葉を発し、立ち、歩いている自分を形作る上では、とても意味のある日々だ。


 反対に。覚えていたくもないのに忘れられない、そんな「初めて」もある。初めて人を殺した日――今でこそ何の躊躇いもなく出来て、相手の顔など覚えてもいないくらい、自分にとっては他愛ない行為となっている「それ」だが。初めて手にかけた相手の、恐怖に歪んだ顔や断末魔は、未だに忘れることが出来ない。……念のため言っておくが、「覚えていたくない」というのは感傷的なモンなんかじゃねェ。そんなくだらねェことに脳の記憶野を割くくらいなら、もっと違うことに割くべきだと、そう思うから忘れたいと思っているだけだ。勘違いするな。



 それから――



「……ん……クロコダイル……? まだ起きてたの……?」
「――ああ。じき休む。明日は朝から店だろう、さっさと寝やがれ」
「ぅん……おやすみ、クロコダイル……」



 消え入りそうな声でそう呟くと、アイツはすぐにまた、微睡の淵へと墜ちていく。すぅすぅと聞こえてくる規則正しい寝息。俺は葉巻の火を灰皿へと押し付けて消し、部屋の間接照明の灯りを最小限に絞って、ベッドサイドへと腰掛けた。

 250cmを超える自身の体躯でも、ゆったりと横たえることの出来る特注サイズのベッド。その隣に設えられた小さなエキストラベッドに、子供のように体を丸めて眠る、女。隣には海賊がいるというのに無防備極まりないその姿に、自分の心が凪いでいることに気が付いたのはいつの事だっただろうか。



 きっと――目の前の女に初めて抱いたこの感情も、いつか邪魔に思うようになる日が来る。けれど、それまでは。



(――この間抜け面を眺めながら夜を過ごすってのも……悪かねェ)



 乱れて顔にかかった癖っ毛を、そっと指で直してやる。くすぐったかったのか、ん、とくぐもった声をあげて小さく口元を綻ばせた横顔。ガキが――そう呟いて、俺は小さく、笑った。





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2016.09
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