女の子の秘密
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会食という名の宴会が始まって、もうどれくらい経っただろうか。テーブルの上にあんなにあった料理はいつの間にか綺麗になくなり、今ではフルーツをアテに、男達は酒を飲みながら難しい話をしている。とはいえ、皆それぞれに顔を赤くして、通じているんだか通じていないんだかよく分からない、支離滅裂な話をしているのが本当のところではあった。
(ちょっとこれは、終わりが見えないなぁ……)
私が苦笑していると、キィ、と小さく扉が開く音がした。振り返ってみれば、勉強の時間だから、と早々に宴席を立ったビビ王女が、こっそりと扉を開けて中を窺っている。おや、と気付いた私と目が合うと、彼女は目を輝かせて、ちょいちょいと手招きをしてみせた。私は静かに椅子を引き、男達に見咎められないように、そっと部屋から抜け出した。
「ビビ様、どうされたんです?」
「あのね。アニーさんに私の秘密の場所、教えてあげようと思って!」
王女は無邪気に笑うと、私の手を引いて速足に廊下を歩きだした。
*****
王女が幼い頃に母親を亡くしたということは、彼女が勉強をしに部屋に戻った後、イガラムさんからこっそり聞いた。
それ以来、王女を取り巻く女性といえば、テラコッタさんのような給仕人であったり、侍女達であったりと、彼女を「王女」として立派に育て上げなければ、という想いを持った人ばかり。そんな生活に、王女は口には出さないまでも、息苦しさを感じているのではないか。イガラムさんはそう言って、困ったように頭を掻いた。
「ンンッ、マーマーマー♪ ミス・アニヴェルセル様。今日お会いしたばかりで恐縮なのですが、ビビ様は今日、女性のお客人が来られることを大変楽しみにしておりました。もしご迷惑でなければ、今後もビビ様とご友人として仲良くしてはもらえませんか」
「迷惑だなんて、そんな! ビビ様はとても可愛らしいですし、明るくて、素直で、見ていてこちらまで元気になります。私にも、とても懐いてくれましたし……歳の離れた妹が出来たようで、私も嬉しいです」
事実、王女は食事の間、ずっと私に話しかけていた。テラコッタさんの作る料理はいつも美味しい、とか、でも好き嫌いするととても怖い、とか。勉強の時間だといって席を離れるときには、私の方が寂しかったくらいだ。それを話すと、イガラムさんはそうですか、それは良かった、と目を細めて笑った。
王女は歩いている間も、ずっと話をするのを止めなかった。最近では世界情勢のことなども勉強させられていること、息抜きにペルさんの背中に乗せてもらって王宮を抜け出すときもあること。私はうんうんと聞いているだけだったが、彼女は時折振り返り、嬉しそうな笑顔を見せた。
「ねぇ、アニーさん!」
「何ですか? ビビ様」
「私ね、アニーさんみたいな人、好きよ!」
愛らしい王女の突然の言葉に、私は同性ながらドキッとしてしまう。そんな私の動揺を知ってか知らずか、王女は言葉を続けた。
「王宮の人達は、あれは違うこれはダメ、ってカチカンを押し付けてくる人達ばかり。もちろん、それは私をいい王女にするために言ってくれていることだし、悪い人達ではないのよ、分かってる。でもね、私にだって、たまには自分の想いをぶちまけたいときだってあるわ。アニーさんには、フシギとそれが出来るの」
そういう「好き」か、と私は小さく安堵し、胸を撫で下ろす。違う意味での「好き」だったとしたら、あの娘ラブな王は卒倒するだろうな、と、想像してみて私は小さく笑った。
自分のような一市民には分からないが、王族であるが故の窮屈さや、悩みなども多いのだろう。まだ幼いうちから「王女」という肩書を背負わされ、行儀良くすること、礼儀正しくすることなどを教え込まれて、幼さを残す容姿にはおよそ似つかわしくない大人びた口調や考え方をしていて。どこか無理をしているのかもしれない、と私は思った。
「私、アニーさんともっと仲良くなりたいの。ね、2人のときには様付しないで呼んで? 敬語もイヤ。他人行儀なんだもの」
「ふふ……分かった。そしたら、ビビちゃん、って呼んでいい?」
「……うん! なんだかお姉さんが出来たみたいで、嬉しい!!」
王女はその綺麗な長い髪を揺らしながら、小躍りして喜ぶ。こういうところはまだ幼さを残しているな、と微笑ましくなる。王女は先程までより固く私の手を握り締め、行こ、と笑顔で先を促した。
王宮を抜け、中庭に出ると、外はすっかり冷たい空気に覆われていた。私は思わず身を縮ませる。王女は私の手を離し、ついてきて、と小声で囁くと、守衛に見つからないように、植込みに身を隠しながら進んでいく。その慣れた様子に、頻繁に王宮を抜け出しているだろうことが窺えて、私は苦笑した。王女の後について、身を屈めながら中庭を進んでいくと、しばらくして、王宮と同じくらい立派な建物に辿り着いた。
「着いた!」
「……ここは?」
きょろきょろと辺りを見回す私を振り返って、王女は言った。
「葬祭殿──ここにママが眠っているの。気を付けてね、結構急な階段だから」
ビビちゃんは足元の芝生をガサゴソと漁ったかと思うと、人が1人やっと通れるぐらいの小さな扉を探り当てて、よいしょ、と持ち上げた。扉の向こうには地下に続く階段が伸びている。驚く私を余所に、ビビちゃんは階段を数段降りて私に手招きしている。
(お母さんが眠ってるってことは……ここってまさか、お墓、なんじゃ……)
背中にぞわわわっと寒気が走る。情けないことに、私はホラーとか怖い話の類が苦手だ。しかし信頼を寄せられている以上、一緒に行くのを拒むわけにはいかない。私は1つ深呼吸をして、早く早く、と急かすビビちゃんの後を追う。彼女はいつの間にか片手にカンテラを持ち、足元を照らしていた。用意のいいことで、と感心しながら、私はおっかなびっくり階段を下りた。
「こっちよ」
ビビちゃんに導かれるまましばらく進むと、開けた地下室に出た。かなり深く潜ったらしく、天井がとても高くなっている。たくさんの石柱に支えられたその空間の両脇には、魚の尾鰭を持つ猫らしき生き物の石像があった。
「これは……猫?」
「あ、アニーさんってアラバスタの出身じゃないんだっけ。それは海ネコっていう海獣。アラバスタでは神聖な獣として崇められているの」
「へぇ……あれは?」
私が指差したのは、今私達のいる場所よりさらに奥──頑丈そうな扉のその上、扉の先にある物を守るように掲げられた石盤だった。石盤には犬のような生き物と鳥のような生き物が2本足で立ち、向かい合っている絵が描かれていた。
「あれは、アラバスタのシュゴシンのジャッカルと隼よ。『王家に仇成す者を討ち滅ぼす』、っていう言い伝えがあるの」
(ちょっとこれは、終わりが見えないなぁ……)
私が苦笑していると、キィ、と小さく扉が開く音がした。振り返ってみれば、勉強の時間だから、と早々に宴席を立ったビビ王女が、こっそりと扉を開けて中を窺っている。おや、と気付いた私と目が合うと、彼女は目を輝かせて、ちょいちょいと手招きをしてみせた。私は静かに椅子を引き、男達に見咎められないように、そっと部屋から抜け出した。
「ビビ様、どうされたんです?」
「あのね。アニーさんに私の秘密の場所、教えてあげようと思って!」
王女は無邪気に笑うと、私の手を引いて速足に廊下を歩きだした。
*****
王女が幼い頃に母親を亡くしたということは、彼女が勉強をしに部屋に戻った後、イガラムさんからこっそり聞いた。
それ以来、王女を取り巻く女性といえば、テラコッタさんのような給仕人であったり、侍女達であったりと、彼女を「王女」として立派に育て上げなければ、という想いを持った人ばかり。そんな生活に、王女は口には出さないまでも、息苦しさを感じているのではないか。イガラムさんはそう言って、困ったように頭を掻いた。
「ンンッ、マーマーマー♪ ミス・アニヴェルセル様。今日お会いしたばかりで恐縮なのですが、ビビ様は今日、女性のお客人が来られることを大変楽しみにしておりました。もしご迷惑でなければ、今後もビビ様とご友人として仲良くしてはもらえませんか」
「迷惑だなんて、そんな! ビビ様はとても可愛らしいですし、明るくて、素直で、見ていてこちらまで元気になります。私にも、とても懐いてくれましたし……歳の離れた妹が出来たようで、私も嬉しいです」
事実、王女は食事の間、ずっと私に話しかけていた。テラコッタさんの作る料理はいつも美味しい、とか、でも好き嫌いするととても怖い、とか。勉強の時間だといって席を離れるときには、私の方が寂しかったくらいだ。それを話すと、イガラムさんはそうですか、それは良かった、と目を細めて笑った。
王女は歩いている間も、ずっと話をするのを止めなかった。最近では世界情勢のことなども勉強させられていること、息抜きにペルさんの背中に乗せてもらって王宮を抜け出すときもあること。私はうんうんと聞いているだけだったが、彼女は時折振り返り、嬉しそうな笑顔を見せた。
「ねぇ、アニーさん!」
「何ですか? ビビ様」
「私ね、アニーさんみたいな人、好きよ!」
愛らしい王女の突然の言葉に、私は同性ながらドキッとしてしまう。そんな私の動揺を知ってか知らずか、王女は言葉を続けた。
「王宮の人達は、あれは違うこれはダメ、ってカチカンを押し付けてくる人達ばかり。もちろん、それは私をいい王女にするために言ってくれていることだし、悪い人達ではないのよ、分かってる。でもね、私にだって、たまには自分の想いをぶちまけたいときだってあるわ。アニーさんには、フシギとそれが出来るの」
そういう「好き」か、と私は小さく安堵し、胸を撫で下ろす。違う意味での「好き」だったとしたら、あの娘ラブな王は卒倒するだろうな、と、想像してみて私は小さく笑った。
自分のような一市民には分からないが、王族であるが故の窮屈さや、悩みなども多いのだろう。まだ幼いうちから「王女」という肩書を背負わされ、行儀良くすること、礼儀正しくすることなどを教え込まれて、幼さを残す容姿にはおよそ似つかわしくない大人びた口調や考え方をしていて。どこか無理をしているのかもしれない、と私は思った。
「私、アニーさんともっと仲良くなりたいの。ね、2人のときには様付しないで呼んで? 敬語もイヤ。他人行儀なんだもの」
「ふふ……分かった。そしたら、ビビちゃん、って呼んでいい?」
「……うん! なんだかお姉さんが出来たみたいで、嬉しい!!」
王女はその綺麗な長い髪を揺らしながら、小躍りして喜ぶ。こういうところはまだ幼さを残しているな、と微笑ましくなる。王女は先程までより固く私の手を握り締め、行こ、と笑顔で先を促した。
王宮を抜け、中庭に出ると、外はすっかり冷たい空気に覆われていた。私は思わず身を縮ませる。王女は私の手を離し、ついてきて、と小声で囁くと、守衛に見つからないように、植込みに身を隠しながら進んでいく。その慣れた様子に、頻繁に王宮を抜け出しているだろうことが窺えて、私は苦笑した。王女の後について、身を屈めながら中庭を進んでいくと、しばらくして、王宮と同じくらい立派な建物に辿り着いた。
「着いた!」
「……ここは?」
きょろきょろと辺りを見回す私を振り返って、王女は言った。
「葬祭殿──ここにママが眠っているの。気を付けてね、結構急な階段だから」
ビビちゃんは足元の芝生をガサゴソと漁ったかと思うと、人が1人やっと通れるぐらいの小さな扉を探り当てて、よいしょ、と持ち上げた。扉の向こうには地下に続く階段が伸びている。驚く私を余所に、ビビちゃんは階段を数段降りて私に手招きしている。
(お母さんが眠ってるってことは……ここってまさか、お墓、なんじゃ……)
背中にぞわわわっと寒気が走る。情けないことに、私はホラーとか怖い話の類が苦手だ。しかし信頼を寄せられている以上、一緒に行くのを拒むわけにはいかない。私は1つ深呼吸をして、早く早く、と急かすビビちゃんの後を追う。彼女はいつの間にか片手にカンテラを持ち、足元を照らしていた。用意のいいことで、と感心しながら、私はおっかなびっくり階段を下りた。
「こっちよ」
ビビちゃんに導かれるまましばらく進むと、開けた地下室に出た。かなり深く潜ったらしく、天井がとても高くなっている。たくさんの石柱に支えられたその空間の両脇には、魚の尾鰭を持つ猫らしき生き物の石像があった。
「これは……猫?」
「あ、アニーさんってアラバスタの出身じゃないんだっけ。それは海ネコっていう海獣。アラバスタでは神聖な獣として崇められているの」
「へぇ……あれは?」
私が指差したのは、今私達のいる場所よりさらに奥──頑丈そうな扉のその上、扉の先にある物を守るように掲げられた石盤だった。石盤には犬のような生き物と鳥のような生き物が2本足で立ち、向かい合っている絵が描かれていた。
「あれは、アラバスタのシュゴシンのジャッカルと隼よ。『王家に仇成す者を討ち滅ぼす』、っていう言い伝えがあるの」
