英雄と王
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
石で組まれた高い城壁。特徴的な丸屋根。レインディナーズの大きさにも驚いたが、宮殿ともなると流石にその比ではない。唖然としている私など意にも介さない様子で、F-ワニは次第にその歩みをゆっくりにし、その門の前でピタリと停まる。完全に動きが止まったのを見届けると、クロコダイルはヒラリとその背から降りて、スタスタと宮殿へと歩き出した。私も慌てて、その背中を追う。
(まさか、こんな所に連れて来られるとは……)
パタパタと小走りにクロコダイルに付いていくと、途中、幾人もの警備兵に出会った。彼らは一様に、海賊のクロコダイルに対して片膝を付き、恭しく礼をする。
(「王」の警備兵が、いくら王下七武海とは言ったって「海賊」に頭を下げるなんて、やっぱりなんだか変な感じ……)
彼らはクロコダイルにするのと同じに私にも礼をしてくるので、なんだかくすぐったい。クロコダイルにとっては別段不思議ではないことなのか、彼は表情一つ変えずに歩みを進めていく。彼が次にその足を止めたのは、王宮へと続く長い階段の前に辿り着いたときであった。
急に立ち止まったクロコダイルに追い付いて、私は彼の隣に並ぶ。どうしたの、と声を掛けようとして、私は口を噤んだ。彼の目の前に、2人の男が立っていたからだ。
1人は、スッと鼻筋の通った、がっしりとした体格の男。これまでの警備兵達とは違い、腕組みをしてクロコダイルに向き合っている。その視線からは、警戒の色が感じられた。
もう1人は、目から顎にかけて特徴的な刺青を入れた、整った顔立ちの青年。彼もまた、もう1人の男程ではないが、眼光鋭くクロコダイルのことを見ている。2人の様子は、兵士というよりも戦士という方が相応しいように思えた。
「ようこそお越しくださいました、サー・クロコダイル様。私は、アラバスタ王国護衛隊副官の、チャカと申します。本日の案内役を仰せつかっております、どうぞお見知り置きを」
体格のいい方の男が、組んでいた腕を解き、背筋を伸ばして一礼する。先程までの警戒の空気は少し和らぎ、私はホッとして小さく息を吐いた。
「同じく、アラバスタ王国護衛隊副官の、ペルと申します。王がお待ちかねです、どうぞこちらへ」
──王。……王?! 私はぎょっとしてクロコダイルの顔を見る。しかしクロコダイルはといえば、平然として顔色一つ変えやしない。急に背中に冷や汗が浮かんでくる私を余所に、刺青の青年は、手で私とクロコダイルの目の前に聳える階段を指し示す。私は心の中で嘘でしょ、と悲鳴をあげた。
「アラバスタ王国護衛隊副官殿直々の歓迎、痛み入る。支配人は所用で来られなくなってしまったので、代わりにこちらのミス・アニヴェルセルを連れて来たのだが、構わないだろうか?」
「えぇ、勿論。歓迎致します」
初めて聞くクロコダイルの丁寧な口調に私は笑いそうになるが、ここで笑えばきっと帰りにF-ワニの鼻先に突き出される、と思って我慢する。肘で脇腹を軽く小突かれ、私は慌てて頭を下げた。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。ミス・アニヴェルセルと申します」
「これはご丁寧にどうも。貴女のような可憐な女性に、この階段は大変でしょう。配慮が足らず、申し訳ありません」
チャカさんが、さっきまでの威圧感はどこへやら、人の良さそうな笑顔を浮かべて私に微笑みかける。「可憐な」、という彼の言葉がツボに入ったのか、クロコダイルが僅に肩を震わせたのが分かり、私は肘で彼の腿のあたりを小突き返した。それには気付かない様子で、チャカさんが続ける。
「クロコダイル様にも、申し訳ありませんでした。ミス・アニヴェルセル様1人なら、階段ではなく王宮までお連れできる術があるのですが……」
「いや、構わない。私は歩いて行こう」
「恐れ入ります」
ぺこり、と一礼したチャカさんは、顔を上げると徐に、隣に立つ青年に声を掛けた。
「ペル。ミス・アニヴェルセル様を『お乗せして』差し上げろ」
(? 「乗せて」……?)
きょとんとしている私を後目に、分かりました、と返事をしたペルさんはすっと目を閉じる。何が始まるのかと思って見ていると突然、強い風が吹きつけ、私は思わず目を瞑る。次に目を開けた時、そこにペルさんの姿はなかった。
(え……?!)
「ミス・アニヴェルセル様。こちらです」
頭上から声がしたと思って見上げると、そこには大きな鳥──の姿をした、ペルさん?がいた。口だった場所には大きく先の尖った嘴が、腕には立派な翼が、手には鋭い爪が生えているが、どこか優しいその瞳と声はペルさんのものに違いなかった。私の隣ではクロコダイルも驚いた様子で上空を見上げている。ペルさんはそんな私達の様子を見届けると、その大きな翼をバサリと一度羽ばたかせ、私達2人の元へと急降下してきた。私は再び、ぎゅっと目を瞑る。
ザザーッと派手に砂を蹴立てて、ペルさんが地上に降り立つ。ギリギリのところではあったが、私に砂は1粒たりともかかってはいない。恐る恐る目を開けると、そこにはいたずらっぽく目を細めたペルさんが、大きく翼を広げて待っていた。
「さぁ、行きますよ。ミス・アニヴェルセル様」
「え……まさか、乗れってことですか?!」
「ええ。女性のお客人にこの階段を歩いて上らせるわけには参りませんので」
「い、いえ! 大丈夫です!! こう見えて私結構丈夫なので、お構いなく!」
「どうぞご遠慮なさらずに。この宮殿の上空から眺める夜の砂漠は格別美しいのですよ。それもご覧に入れましょう」
「でも……!」
必死に断ろうとする私の肩を、がしっと大きな掌が掴む。クロコダイルが助け舟を出してくれるのかと思って振り向けば、そこには何故か不機嫌そうに眉を顰めながら、口元だけ笑う海賊がいた。
「ペル殿、申し訳ない。ミス・アニヴェルセルは遠慮や謙遜こそが美徳と思う性質なのだ。だがそうは言っても、この階段を彼女に歩いて上らせて、汗だくで王の元へとお目通り願うわけにもいくまい。どうか彼女を連れて行ってやってはくれないか。私からもお願いする」
「ちょっ……! クロコダイル?!」
「みっともないぞ、ミス・アニヴェルセル。淑女たるもの、せっかくのご厚意はありがたく受け取るべきだ」
「……!」
私に向けるクロコダイルの視線が厳しい。何をそんなに怒っているのかは分からなかったが、少なくとも、これ以上抵抗するのはやめておいた方がいい、ということだけは分かったので、私は渋々彼に従う。小さくよろしくお願いします、と言って頭を下げ、私は恐る恐るペルさんの背に腰掛けた。