憂える向日葵
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バタバタと、掃除に来た海兵が部屋を出ていく。突然のことに、私もテーブルの脚を掴み、揺れに耐えることしか出来ない。それでも必死に耳を澄ませ、情報を得ようと努める。敵襲なら、クロコダイルの迎えを待っている場合などではない。まずは自分の身を守ることが先決だと思った。
「おい! 誰か状況を報告しろ!!」
「お、恐らく、アラバスタ特有の砂嵐のようです、中将殿!」
「憶測で物を言うな! 航海士はどこだ?! くそっ、前が見えない……!」
──砂嵐。その言葉と、海兵が開け放していったドアから吹き付ける砂混じりの風が、私の動揺を鎮めていく。と同時に、急に視界が明るくなる。薄く目を開けて見た先には、クロスを捲ってテーブルの下を覗き込んだ海賊が立っていた。
「──流石に、これはやり過ぎじゃないの?」
「なァに、大したことじゃァない。これもアラバスタ名物の1つだ」
クハハ、と笑うと、クロコダイルはあの夜と同じように砂塵になり、私を抱え上げる。デッキに出ると、海兵達は皆目に砂が入ってしまったようで、涙を流しながら目を擦っていた。その隙に、私達は船を離れる。
港から少し離れ、軍艦での騒ぎが聞こえなくなった辺りで、私はようやく、砂塵に抱え上げられながら、落ち着いてアラバスタの風景を眺めた。
眼下には、一面の砂の大地が広がっている。足元から巻き上がる熱波に、私は思わず顔を歪めた。
「やめておけ。日焼けどころの騒ぎじゃ済まねェぞ」
「う、うん……」
背中や胸元からは既に汗が噴き出してきていたが、私は大人しく袖を元に戻す。そういえば、クロコダイルは私より厚着だけれど……とその横顔を見上げてみると、こめかみと首筋にしっとりと汗が玉になって浮いていて、それがなんとも言えない程艶かしい。抱き上げられているのも手伝って、鼓動が早まっていく。
(こんなに近いと、心臓の音、聞こえちゃうかもしれない──)
「よし、行け」
高揚感に胸を高鳴らせていた私は突然、体を襲った急激な落下感に身を強張らせる。へぁ?!と情けない声を発した次の瞬間には、既に私の体を支えていた逞しい腕と鉤爪はそこにはない。視界の端には、笑う海賊。辺りの景色がスローモーションで動いているのを見て、私は「あ、これは死ぬやつだわ」と覚悟した。
「“
スローモーションに見えていた景色とは裏腹に、着実に地面へと近付いていた体が、凛と通る声と共に、一瞬だけ静止する。そしてそのまま、私の体はゆっくりと降下を始めた。
左右の肩甲骨辺りに違和感を感じて首を捻ると、そこには無数の手、手、手。それは一見するとグロテスクで、思わず悲鳴を上げそうになったが、落下がゆっくりになっている事実からして、この手の群れは翼の役割を果たしてくれているらしい。私は悲鳴を喉で押し留め、緩やかな降下に身を任せた。
「……ごめんなさい。もう、無理みたい」
黄色くゴツゴツとした巨大な生き物の背中が目下数メートルのところまで近付いてきたその時、先程の凛とした声が、不穏な言葉を口走る。え、と思ったのも束の間、フッと背中の違和感が消え、私の体は再び落下速度を増して、真下にいる巨大生物の背中へと尻からダイブした。
「~~~ッッッ!」
「まったく……ボスったら、ひどいことするわ。大丈夫だった?」
尻の鈍痛に悶絶していた私の元に白いロングコート姿の女性が現れ、手を差し伸べてくれる。私は誘われるままにその手を取り、自らの体を起こした。
白いハットから溢れた黒髪が、サラリと砂漠の風に揺れる。私を真っ直ぐに見つめる瞳は大きく、全てを見透かすような妖しい煌めきを湛えていた。
「私はミス・オールサンデー。あなたがこれから働くカジノの支配人よ、よろしくね」
「は、はい。えっと、私はミス・アニベル……アニセル……???」
「ふふっ……まだ偽名に慣れてないのね。パッと言えないと偽名の意味はないわよ? ネーナ」
なんだ、この人は知っているのか。偽名だとバレているのにそれを名乗ろうとしたことが恥ずかしくて、私は曖昧に笑う。そして同時に、ミス・オールサンデーがこんなにも美しい女性だったことに、私は衝撃を受けていた。
言葉少なに自己紹介を終えた私達2人のもとに、サラサラとクロコダイルが現れる。未だ手を取り合っていた私達を見て、彼は呑気な声をあげた。
「もう打ち解けたのか。良いことだ」
「──ボス。いきなり落とすなんて、どういうつもり?」
ミス・オールサンデーはクロコダイルに抗議の視線を送る。一方のクロコダイルは、その視線も全く意に介さない様子だ。
「お前も能力者だということを早く明かしておこうと思ってな。コイツは能力者を恐れたりはしない」
「そうだ! ミス・オールサンデー、助けていただいてありがとうございました!」
お礼を言い忘れていたことに気付き、私が慌ててペコリとお辞儀をすると、ミス・オールサンデーは大きな目をさらに大きく丸くさせて驚いた。そしておずおずと、私に訊ねる。
「ネーナ、あなた、私のことが怖くないの?」
「怖い? いえ、まったく! クロコダイルに放り投げられた時の方がずっと怖かったですよ……」
あはは、と笑うとミス・オールサンデーも一緒になってクスリ、と笑う。その姿を見て、クロコダイルは驚いたようだった。
「──ボス。私はネーナと服を買いに行ってくるわ。彼女、この格好のままだと暑くてレインベースに着く前に力尽きちゃいそう。ボスは先に1人で戻ってもらえないかしら」
「おい、何を勝手なことを──」
「なら、ボスも一緒に行く? もっともその方が、スポンサーが付いてくれていい買い物が出来ると思うけど」
「……チッ。女の長ェ買い物になんぞ付き合ってられるか。これで一式揃えてこい」
クロコダイルがミス・オールサンデーを苦手な理由が、少しだけ分かった気がした。彼は懐から数枚ベリー札を取り出すと、乱暴にミス・オールサンデーに手渡す。そして2人のやり取りに呆気に取られている私を置いて、サラサラとその場を去って行った。
「さ、行きましょう」
「は、はぁ……」
にっこりと笑って、彼女は先程からグルグルと喉を鳴らしていた巨大な生き物に近付く。自分の知っているそれより遥かに大きくて自信が持てずにいたのだが、この生き物は、鰐、なのだろうか?
