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過去編


ユキオは覚えてないだろう。俺が何で鍛えるようになったか。
お前はいつも危険に晒されてるから。
今度は絶対守ってやるからな。

タイガ達が小学生だった頃ーーー
「ユキオー!!遊ぼうぜー!!」
元気な声が響く。真夏の蝉の声とじんわりと湿気を帯びた空気。夏休み初日、早速幼馴染のユキオと遊ぶべく声を掛ける。

「うるさいな…」
凛とした鈴のような声に冷気を帯びるような冷めた表情。
ちっ…と小さく悪態をつくが見目麗しいせいか華がある。

こいつの厄介なところはこの華やかさだ。
本人は可愛げのかけらもないような性格で、好き嫌いが激しいタイプだ。
基本的に懐くことがなく、デレることもない。たまーにデレる時もあるが本人は全く素直じゃない。
しかしこの華やかしい外見のせいで、周囲の人を魅了してしまう。それが時に同い年だけではなく、厄介な大人にも効果は抜群なのだ。

ユキオに絡んでくる大人や同い年の女の子は3パターンに分かれる。
恋人になりたい恋愛感情を抱いてるパターン、遠目から見守っているパターン。大抵はこの2つなのだが、もう1つのパターン。犯罪目的で手元に置きたいパターンだ。
この3つ目のパターンが厄介過ぎるのだ。
この当時はまだ犯罪タイプが近づいてきたことが1回しかなかった。
ユキオがまだ5歳くらいの時にユキオの姉さんのハルコさんと2人で公園で遊んでいた時に現れたと聞いている。ユキオを連れて行こうとしたところに偶々通りかかった警官が発見。事なきを得たのだ。
それからは絶対に1人で行動しないことと、大人の目の届く場所で遊ぶ事が義務付けられた。

そして夏休み。冒頭に戻るが俺はユキオと遊ぶべく声をかけにきた。しっかりと大人の許可を得てから。

昼間の明るい時間帯。俺とユキオはいつも遊んでいる神社にきた。
公園は連れ去り事件以来行っていない。人が沢山いる時はその公園で遊ぶこともあるが、神社の方が大人が多く行き交っているのだ。観光名所なのだろうか。外国の人も結構訪れる。
俺とユキオはその神社にある大きな杉の木の裏に隠れて遊んでいる。
携帯ゲーム機を持参して遊んだり、携帯ゲームで遊んだり、杉の木に登ってみたりしていた。

今日は新作のゲームが発売し、ユキオとオンラインマルチプレイをする予定だった。
家の中じゃないので電波は悪いのだがこの杉の木が2人のお気に入りだった。ここで遊ぶことがちょっとした隠れ家気分を味わえる。子供心を擽る秘密基地だった。

「ユキオ!やるぞおおおお!」
楽しみでしょうがなかったタイガは大声で話しだす。
「今回実装されてるキャラの中でもゴリ番長は滅茶苦茶強いらしいぞ!」
興奮気味に話すタイガとは真逆に興味なさそうに相槌を打つユキオ。
「ふーん…早く始めて」
暫く2人で遊んでいると、小枝が踏まれる乾いた音が近くで鳴った。

反射的に2人で振り返るとそこには20代前後くらいの青年がいた。
爽やかな見た目で好青年と呼ばれそうな男だった。

「それ今回発売されたゲームでしょう?」
にこやかに話しかけられ、好きなゲームの話題だということもあって警戒心も薄くなる。まだ子供だった。少しの警戒心と好奇心。そしてゲーム仲間としての親しみやすさがあった。

暫く3人で遊んでいるとトイレに行きたくなった。
俺は杉の木の近くの茂みで用を足そうとした。
警戒心が0になったわけじゃないからだ。早く戻れる場所。ユキオの声を聞き逃さないためだった。

ユキオはタイガが用を足している間、その青年とゲームをしていた。
ジリジリと暑さが厳しくなってきた。タイガが戻ってきたら帰ろうと言うつもりでいた。
汗はかかないが、喉が乾く。

青年は持ってきていた水筒を取り出すと、ユキオに勧めた。

「暑いね…熱中症になったら大変だ。良かったら麦茶で申し訳ないけど飲む?」
そう言われて差し出されたコップを受け取る。
喉が渇いていたのでゴクゴクと勢いよく飲み干す。そこでユキオの記憶は途切れた。

トサッ…
微かに聞こえた何かが倒れたような音。
タイガは嫌な予感がして駆け出した。

無我夢中で走って戻るとユキオが倒れている姿が見えた。
先程の青年が倒れているユキオを背負っている。
まずいーーーー!!!

青年はタイガが戻って来たのを見ると熱中症で倒れたんだと説明した。
しかしユキオの様子がおかしい。熱中症だとしても突然意識を失うような状態ではなかったはずだ。自分が用を足す時間などほんの数分の出来事だ。ここまで急激に悪化して意識を失うことはないだろう。
確証はない。でもこいつが何かしたんだ。
タイガの中での警戒音は鳴り響いたままだ。鼓動も早くなる。
話が通じないと分かった青年はユキオを背負ったままタイガの腹目掛けて蹴り上げる。
諸に入ったタイガは息が上手く出来ずに嘔吐した。突然の暴力行為に思考も体も追いついてこない。
正気じゃない。こいつは正気じゃないんだ。
訳もわからず恐怖心だけが脳を支配した。

起き上がれない。恐怖で体が震える。

青年はニヒルな笑みを浮かべる。
「以前、兄さんが失敗したんだよねぇ。あの時警察さえ来なければ上手くいってたのにさぁ…」

ゾクッと背中に戦慄が走る。
あの時現行犯で捕まった男の親族だったのだ。
驚きと恐怖と気味の悪さで胃がキリキリと痛み冷えていく。
嫌な汗が頬を伝う。

言葉は何も出なかった。ただひたすら怖かった。

「警察からは流石に逃げ切れないかもしれないけど、お前1人ならどうにでも出来ちゃうんだよなー?」
ジリジリと距離を詰められる。

怖い…怖い…誰か助けて…!!!!

「……顔も見られてるし、殺しちゃおうかな?」
一層気味の悪い表情を浮かべる男に更に恐怖心を駆り立てられる。
じわっと目頭が熱くなり視界が歪む。

男がタイガの前まで来ると拳を振りかざした。
歪んだ視界と恐怖で動かない足が反応するはずもなく、青年の拳はタイガの頬を直撃する。
鈍い痛みと鉄の味が口に広がる。
吹っ飛んだ体は杉の木に叩き付けられた。

背中に受けた衝撃で再び呼吸困難になる。

このままじゃ本当に死んでしまう。

プツンーーーーー

タイガの中で何かが切れた。

ゆらりと起き上がるタイガを青年はぎょっとした顔で見る。
目は虚でどこを見ているか分からない表情をしているタイガは先程の恐怖に塗れた感じとは違って、別人のようだ。
しかし青年は大して気にすることもなく再び暴力を振るおうとした。

ドンッ!!!!!!!!

青年の腹にタイガの拳が入る。

「げほっ…ゲェッ……!!!!!」
吐き気が込み上がる。

ユキオを慌てて降ろす。

タイガは跪いた青年の顔に蹴りを入れると何度も全力で殴る。
青年の情けない声を聞く暇もなく何度も殴りつける。

そう。キレたのだ。
タイガは初めてキレた。

青年の情けない声に観光客が気付き警察を呼んだことでこの事件は終止符をうった。


目が覚めたユキオには熱中症で倒れたということでハルコ姉さんにも家族にも話を合わせてもらった。
怖い思いをわざわざする必要もないというタイガの気持ちを尊重したのだ。
ハルコ姉さんは泣いてタイガを抱き締めるとごめんねと謝罪した。
母親には厳しく怒られたが、心配からくるもだと分かっていた。

この事件が起こったことで俺とユキオは武術を学ぶことになった。
身を守る手段が絶対必要だと判断された。

もうユキオを危ない目に合わせたくないという気持ちと、自分自身強くなって暴走しないようにすることを目標に日々訓練していこう。
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