過去編
時計を見れば時刻は深夜2時を回ったところ。正式にスタッフ加入したアツシは、今までは入らなかった深夜帯の仕事にも入るようになった。時間帯が変われば客層も変わるし何より生活スタイルが変わる。
まだまだその事に慣れずアツシは苦戦を強いられていた。
「ふぅぅぅ」
ドサッという音と共にアツシはベッドへと沈み込む。
汗をかいたからシャワーを浴びたいし少しは食事も取らなくてはいけないが動く気にならない。最近ただでさえ細い食がさらに細くなった気がする。
何か食べないと、そう思いつつも今はそれを上回る眠気に襲われていた。
―――眠い。
体全体が鉛のように重くなってずぶずぶとベッドへ沈み込んでいく感覚に抗えない。
唯一の救いは今日が休みな事だろうか。
起きたら洗濯をして久しぶりに掃除もしたい。
あぁ、そういえば最近2人の顔を見ていないなと思った所で、いつも使っているケータイのチャットアプリの音が響いた。
眠たい目を何とかこじ開け、映ったのは大我の文字。
あぁ、返事をしないと、と思ったところで
―――暗転
「―――つし、」
まどろみの中、なにか聞こえるなとは思うものの、身体が動かない。
―――眠い。
「アツシ!!」
ビクッと自身の身体が反射的に痙攣したことに驚いてアツシは飛び起きた。
いつの間にか朝を迎えていたらしく、眩しい程の太陽光が部屋に降り注ぐ。
あまり換気もしていなかったからか、キラキラとホコリが部屋の中で光を反射するのが見える。
そういえばカーテンを開けるのも久しぶりな気がする。
ぼーっとそんなことを考えていると、目の前に2つの顔が近づいてきた。
―――タイガとユキオだ。
寝る前にぼんやりと2人のことを考えていたせいか、彼らを前にしても何となく頭がはっきりしない。
まだ眠気が取れないまま、ぼんやりと2人の顔を眺めていると、ユキオがアツシの頭をべしっと叩いた。
「起きて」
スナップの聞いたそれは意外と痛かった。
そのせいか、ようやく2人が訪ねてきたのだと理解することが出来た。
「ふた―――、ゴホッ!!」
寝起きで声を出そうとしたせいか上手く言葉にすることも出来ずむせ込む。
その様子を見てユキオは1度黙って居なくなった。
と同時にタイガが近づいてきて背中をさすってくれる。
それに礼を言うことも出来ず苦戦しているうちにユキオは直ぐ戻ってきた。
手には液体がなみなみと注がれたコップを持っている。
「―――飲んで」
ずいっと顔の前に出されたコップをぼーっと見つめていると更にグイッと顔の前に出される。
くん、と香る香ばしいそれは麦茶の匂いだ。
あぁ、冷蔵庫から取ってきてくれたのかと合点がいきようやくアツシはコップに口をつけた。
ゴクリと飲み込む度、冷たい液体が喉から胃にかけて流れていくのが分かる。
そうして中身をからにするまで飲み干したあと、アツシは大きく息を吐き出した。
そうしてからようやく頭の中のかすみが取れていく。
もしかしたら脱水を起こしかけていたのかもしれない。
そういえば飲み物も取らずに寝てしまったのだった。
アツシが自分の状態について考えていると、今度はタイガの方がいつの間にか手に持っていた皿を口元に差し出してくる。
その顔は眉間にシワが寄り、如何にも不機嫌ですといった表情である。
「食べろ!!」
わざわざ温めてくれたのか、呼吸をするだけで甘いご飯の香りが鼻腔に広がる。
職場で出される賄いは食べているものの、最近家ではあまり食べれていない。
起きて直ぐに食べるのは苦手なのだが、2人のことを思うとそうも言っていられないだろう。
「ありがとう」
素直にアツシが礼を言うと、2人は何か言いたそうに口をもごもごと動かした―――が、結局何も言わず黙って頷くと食べるよう視線だけで促してきた。
どうやら食べさせることを優先したらしい。
「いただきます」
皿の中を覗き込めばおにぎりが2つとウインナーと卵焼き、それからキュウリの浅漬けが乗っていた。
おにぎりはアツシの食べ切れる小ぶりなものだが、2つ合わせれば1つ分よりは多い。
わざわざ2つ作る辺り、こちらの事は見透かされているようだ。
うちには何も無かったはずなのでこれらは家で作ってきたか、材料を持ってきて作ったことになる。
わざわざ作ってくれたんだと思うと何だかむず痒い。
アツシはゆっくりと食事を噛み締めた。
「御馳走様でした」
食べ終わると、そのまま食器をもって立ち上がる。
2人はじっとこちらを見つめていたが、何も言わない。
これは片付けてきてもいいということだろうと勝手に解釈し、アツシは台所で食器を洗った。
ついでに顔も洗ってしまおうと洗面台に移動する。
「―――うわぁ……」
鏡に映った自分の顔を見て思わず引いた声が零れた。
元々あまり日に焼けている方ではないが、肌が病的な白さだ。色白ではなく青白いと表現するのに相応しい。
目元もクマが取れ切っていないせいで窪んで見える。
もしやと思い、すぐ隣にあった体重計にそっと乗ってみると5キロ近く痩せていた。
「……これは、」
怒られるな、と7つも下の彼らからの説教を覚悟した。
これだけしてもらったのだ。もはや年上の威厳などアツシにはない。
顔を洗い終わったアツシは部屋に戻ると、タイガとユキオはローテーブルの向かい側に二人並んで座っていた。
いつもならば両隣に座るが、何か抗議がある時はこうして向かい側に座る。
アツシは弟分2人と向き合う形で前に腰を下ろした。
「……」
「……」
しかめっ面のままこちらを凝視する2人に居心地の悪さを感じるが、自分が心配をかけたのだから仕方ない。
いつもはうるさいタイガですら無言である。
いや、むしろこの中で怒ると1番怖いのがタイガなのだがその話は置いておくとして。
アツシはぐっと頭を下げた。
「タイガ、ユキオ。心配をかけて悪かった。今日、来てくれてありがとう」
美味しかったよと伝えると、2人はしかめっ面のまま泣きそうに顔を歪めた。
それをぐっと耐えつつ、ユキオが静かに口を開く。
「それで、どうしてこうなったの?」
仕事の時間が変わったこと、生活スタイルが変わったこと、そしてそれにまだ慣れないでいることなど、アツシは素直に今の現状を話すことにした。
「まぁ、慣れるまでは辛いけどそれまでだから」
もう少ししたら落ち着くと思う、とアツシが言うやいなや、それまで黙っていたタイガが堪らず口を挟んだ。
「いやいやいや!!慣れるまでに虹の橋を渡っちまうだろ!?アツシはお星様になりたいの!?きーらきーらーらんらららんなの!?」
喋るのを我慢していた反動か、ぎゃんぎゃん騒ぎ出すタイガの頭をユキオがすかさず後ろから引っぱたいた。
「いでぇっつの!」
叩かれたタイガは涙目でユキオを睨むが、ユキオは冷たくあしらった。
「うるっさい。話が先に進まないから黙ってて」
つい言い返しそうになったタイガだったが、ぐっと我慢すると「わぁったよ!」と言って続きを促す。
アツシはアツシでそのやり取りに苦笑しそうになったが、すかさずユキオに睨まれたのでスン、と真顔に戻った。
「バイト先、行くから」
「ん、ごめん。なんて言った?」
聞き間違いであって欲しいと願望だけが先走り、分かっていながらもアツシはつい聞き返した。
すると今度は二人揃って同じ言葉を繰り返す。
「バイト先!」
「見に行くから」
来るなと言っても絶対来る。絶対に。どうしたもんかと考えて頭が痛くなる。
思わず頭を抱えそうになるが、そうしたら文句が飛んでくることはよく分かっているので何とか脳内でするに留めた。
「…………はぁ。長居は絶対禁止。来る時は必ず連絡すること」
勿論、事前連絡だぞと告げると2人は無言のまま静かに、そして深く頷いた。
嫌な予感しかしない。だがここで断って勝手に来られたのでは余計に大変な事になる。ならばきちんと日取りを決めて来てもらう方が得策だろう。
アツシはそう自分に言い聞かせることにした。
―――この時しっかり止めていれば……とアツシが胃を痛めることになるのは割とすぐ先のことである。
まだまだその事に慣れずアツシは苦戦を強いられていた。
「ふぅぅぅ」
ドサッという音と共にアツシはベッドへと沈み込む。
汗をかいたからシャワーを浴びたいし少しは食事も取らなくてはいけないが動く気にならない。最近ただでさえ細い食がさらに細くなった気がする。
何か食べないと、そう思いつつも今はそれを上回る眠気に襲われていた。
―――眠い。
体全体が鉛のように重くなってずぶずぶとベッドへ沈み込んでいく感覚に抗えない。
唯一の救いは今日が休みな事だろうか。
起きたら洗濯をして久しぶりに掃除もしたい。
あぁ、そういえば最近2人の顔を見ていないなと思った所で、いつも使っているケータイのチャットアプリの音が響いた。
眠たい目を何とかこじ開け、映ったのは大我の文字。
あぁ、返事をしないと、と思ったところで
―――暗転
「―――つし、」
まどろみの中、なにか聞こえるなとは思うものの、身体が動かない。
―――眠い。
「アツシ!!」
ビクッと自身の身体が反射的に痙攣したことに驚いてアツシは飛び起きた。
いつの間にか朝を迎えていたらしく、眩しい程の太陽光が部屋に降り注ぐ。
あまり換気もしていなかったからか、キラキラとホコリが部屋の中で光を反射するのが見える。
そういえばカーテンを開けるのも久しぶりな気がする。
ぼーっとそんなことを考えていると、目の前に2つの顔が近づいてきた。
―――タイガとユキオだ。
寝る前にぼんやりと2人のことを考えていたせいか、彼らを前にしても何となく頭がはっきりしない。
まだ眠気が取れないまま、ぼんやりと2人の顔を眺めていると、ユキオがアツシの頭をべしっと叩いた。
「起きて」
スナップの聞いたそれは意外と痛かった。
そのせいか、ようやく2人が訪ねてきたのだと理解することが出来た。
「ふた―――、ゴホッ!!」
寝起きで声を出そうとしたせいか上手く言葉にすることも出来ずむせ込む。
その様子を見てユキオは1度黙って居なくなった。
と同時にタイガが近づいてきて背中をさすってくれる。
それに礼を言うことも出来ず苦戦しているうちにユキオは直ぐ戻ってきた。
手には液体がなみなみと注がれたコップを持っている。
「―――飲んで」
ずいっと顔の前に出されたコップをぼーっと見つめていると更にグイッと顔の前に出される。
くん、と香る香ばしいそれは麦茶の匂いだ。
あぁ、冷蔵庫から取ってきてくれたのかと合点がいきようやくアツシはコップに口をつけた。
ゴクリと飲み込む度、冷たい液体が喉から胃にかけて流れていくのが分かる。
そうして中身をからにするまで飲み干したあと、アツシは大きく息を吐き出した。
そうしてからようやく頭の中のかすみが取れていく。
もしかしたら脱水を起こしかけていたのかもしれない。
そういえば飲み物も取らずに寝てしまったのだった。
アツシが自分の状態について考えていると、今度はタイガの方がいつの間にか手に持っていた皿を口元に差し出してくる。
その顔は眉間にシワが寄り、如何にも不機嫌ですといった表情である。
「食べろ!!」
わざわざ温めてくれたのか、呼吸をするだけで甘いご飯の香りが鼻腔に広がる。
職場で出される賄いは食べているものの、最近家ではあまり食べれていない。
起きて直ぐに食べるのは苦手なのだが、2人のことを思うとそうも言っていられないだろう。
「ありがとう」
素直にアツシが礼を言うと、2人は何か言いたそうに口をもごもごと動かした―――が、結局何も言わず黙って頷くと食べるよう視線だけで促してきた。
どうやら食べさせることを優先したらしい。
「いただきます」
皿の中を覗き込めばおにぎりが2つとウインナーと卵焼き、それからキュウリの浅漬けが乗っていた。
おにぎりはアツシの食べ切れる小ぶりなものだが、2つ合わせれば1つ分よりは多い。
わざわざ2つ作る辺り、こちらの事は見透かされているようだ。
うちには何も無かったはずなのでこれらは家で作ってきたか、材料を持ってきて作ったことになる。
わざわざ作ってくれたんだと思うと何だかむず痒い。
アツシはゆっくりと食事を噛み締めた。
「御馳走様でした」
食べ終わると、そのまま食器をもって立ち上がる。
2人はじっとこちらを見つめていたが、何も言わない。
これは片付けてきてもいいということだろうと勝手に解釈し、アツシは台所で食器を洗った。
ついでに顔も洗ってしまおうと洗面台に移動する。
「―――うわぁ……」
鏡に映った自分の顔を見て思わず引いた声が零れた。
元々あまり日に焼けている方ではないが、肌が病的な白さだ。色白ではなく青白いと表現するのに相応しい。
目元もクマが取れ切っていないせいで窪んで見える。
もしやと思い、すぐ隣にあった体重計にそっと乗ってみると5キロ近く痩せていた。
「……これは、」
怒られるな、と7つも下の彼らからの説教を覚悟した。
これだけしてもらったのだ。もはや年上の威厳などアツシにはない。
顔を洗い終わったアツシは部屋に戻ると、タイガとユキオはローテーブルの向かい側に二人並んで座っていた。
いつもならば両隣に座るが、何か抗議がある時はこうして向かい側に座る。
アツシは弟分2人と向き合う形で前に腰を下ろした。
「……」
「……」
しかめっ面のままこちらを凝視する2人に居心地の悪さを感じるが、自分が心配をかけたのだから仕方ない。
いつもはうるさいタイガですら無言である。
いや、むしろこの中で怒ると1番怖いのがタイガなのだがその話は置いておくとして。
アツシはぐっと頭を下げた。
「タイガ、ユキオ。心配をかけて悪かった。今日、来てくれてありがとう」
美味しかったよと伝えると、2人はしかめっ面のまま泣きそうに顔を歪めた。
それをぐっと耐えつつ、ユキオが静かに口を開く。
「それで、どうしてこうなったの?」
仕事の時間が変わったこと、生活スタイルが変わったこと、そしてそれにまだ慣れないでいることなど、アツシは素直に今の現状を話すことにした。
「まぁ、慣れるまでは辛いけどそれまでだから」
もう少ししたら落ち着くと思う、とアツシが言うやいなや、それまで黙っていたタイガが堪らず口を挟んだ。
「いやいやいや!!慣れるまでに虹の橋を渡っちまうだろ!?アツシはお星様になりたいの!?きーらきーらーらんらららんなの!?」
喋るのを我慢していた反動か、ぎゃんぎゃん騒ぎ出すタイガの頭をユキオがすかさず後ろから引っぱたいた。
「いでぇっつの!」
叩かれたタイガは涙目でユキオを睨むが、ユキオは冷たくあしらった。
「うるっさい。話が先に進まないから黙ってて」
つい言い返しそうになったタイガだったが、ぐっと我慢すると「わぁったよ!」と言って続きを促す。
アツシはアツシでそのやり取りに苦笑しそうになったが、すかさずユキオに睨まれたのでスン、と真顔に戻った。
「バイト先、行くから」
「ん、ごめん。なんて言った?」
聞き間違いであって欲しいと願望だけが先走り、分かっていながらもアツシはつい聞き返した。
すると今度は二人揃って同じ言葉を繰り返す。
「バイト先!」
「見に行くから」
来るなと言っても絶対来る。絶対に。どうしたもんかと考えて頭が痛くなる。
思わず頭を抱えそうになるが、そうしたら文句が飛んでくることはよく分かっているので何とか脳内でするに留めた。
「…………はぁ。長居は絶対禁止。来る時は必ず連絡すること」
勿論、事前連絡だぞと告げると2人は無言のまま静かに、そして深く頷いた。
嫌な予感しかしない。だがここで断って勝手に来られたのでは余計に大変な事になる。ならばきちんと日取りを決めて来てもらう方が得策だろう。
アツシはそう自分に言い聞かせることにした。
―――この時しっかり止めていれば……とアツシが胃を痛めることになるのは割とすぐ先のことである。