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過去編


―――キーンコーンカーンコーン……

午前終了の鐘がなると、教師は授業に区切りをつけて残りは次回までの課題となった。
最初は不満の声があちこちからもれたものの、終了の号令をかけてしまえば皆の思考は昼休みに切り替わる。
アツシもノート類を机に仕舞うと鞄から今朝買ってきたコンビニ袋を取り出す。
アツシは基本昼食分のお金を纏めて手渡されている。
大体登校途中でコンビニに立ち寄るのが習慣だった。
今日も今日とてコンビニのパンとジュースである。甘いもの好きのアツシは三日に一回くらいの割合でジャム入りのコッペパンを買っている。
今日はイチゴジャムのコッペパンとハムを挟んだサンドイッチだ。

「アツシ、お待たせしました」

振り返るとリョクが弁当を片手に近づいてくるところだった。
リョクとは1年生の時に同じクラスになり、今でもアツシが仲良くしているクラスメイトだ。
周りが割と騒がしい中で穏やかな気性のリョクとは一緒にいて気が楽だ。
あまり聞かないがリョクも同じことを思っているらしい。

リョクは人の感情に聡い。
フィーリングとでも言うのだろうか。相手のそれに合わせればそれこそ人の感情が手に取るように分かってしまう事も少なくない。
そんな体質だからだろうか、彼は誰といてもある程度疲れてしまうらしい。
そんなリョクだが、アツシとはうまくやっていけるようだ。
アツシはあまり頓着しない性格をしている上、良くも悪くも裏表がない人間だ。
一緒にいても同じく気が楽らしい。
2年に上がった後もよくこうして昼食を共にしたり、お互いの家を行き来する仲だ。

昼時になると丁度アツシの前の席が空く。
サッカー部の奴で、彼らは部室で皆一緒に昼を取るらしい。その間は好きに使っていいと言われているので、ここで机を共有して昼食をとるのが日課になっていた。

「いただきます」
「……いただきます」
キチンと手を合わせるリョクにつられて形だけ手を合わせるのはいつもの事だ。

「相変わらず美味しそうな弁当だな」
「ありがとうございます」
リョクが開けた弁当箱には色とりどりのおかずが詰まっていた。
野菜がたくさん入ったミニハンバーグに色の違う2種類のポテトサラダ。ほうれん草の胡麻和えにふっくらとした卵焼き、そして小さなミニトマトが添えてある。
いつも手作りするのだと聞いているので今日もそうなのだろう。本当に感心する。
アツシは料理らしい料理なぞ殆どしたことが無い。包丁を持った記憶すら授業以外ではあまりない。

「良かったら今度教えましょうか?」

少し視線を送るだけで気づいたリョクがふわりと笑う。
その自然な様子にならば遠慮することは無いなと思い、アツシはお弁当の中身を指さした。

「じゃあ、そのハンバーグ教えてくれ」
食べたい、と言うとリョクは肩を揺らしてクスクスと笑った。
その後は空腹から無言でもそもそと食事を始める。
周りの騒音もものともせず静かに箸を進めていた2人だったが、ふと思い出したようにリョクが顔を上げた。

「ねぇ、面接どうでした?昨日行くって言ってましたよね?」
アツシはコッペパンを口に含もうとして一瞬止まった後で、何事もなかったかのようにもぐもぐと咀嚼する。
――ごくんと飲み込んでからボソリと告げた。

「受かったよ」
「ホント?良かったですね!」
リョクは緑の目を細めて穏やかに笑う。
本当に嬉しそうな様子に礼を告げながらもアツシの気は晴れなかった。

「どうかしたんですか?」
歯切れの悪い雰囲気に気づいたリョクが首を傾げる。

「それが、なんか変わった店だったみたいでさ」
アツシは面接の時の様子やお店での本名NGの件を伝えた。
するとさっきまでお祝いムードだったリョクの顔が曇っていく。

「……そのお店、大丈夫なんですか?」
「いや、普通のカフェバーの筈だけど」
あの後もう一度スタッフ募集の広告を見返して見たが、変なところは何もない。
気になる点はマスターの言っていた経歴の話だけだ。
それをリョクにも話すが、やはり心配そうに眉を顰める。

「うーん、少しでも変だと思ったら早めに辞めた方がいいですよ?」
「あぁ」
頷きながらアツシは買ったジュースにストローをつき刺す。
そののんびりとした反応を見ているうちにリョクの方が不安になる。
不運な割に……いや、不運だからこそ慣れてしまっているのか、アツシは意外と肝が座っている。
というか、何も考えてないのではと心配になる呑気さだ。
今もジュースのパッケージについた当たり付きシールに気づき剥がし始めるアツシにリョクは一抹どころか多大なる不安を抱いた。

「あ、ハズれた」
「……大丈夫かなぁ」
リョクの心配も知らず、アツシは呑気にジュースへ口をつけたのだった。
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