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現在編

キーンコーンカーンコーン―――

授業終了の合図を聞くや否や、タイガは机に下がっていた弁当袋をひっ掴み教室を飛び出していく。
大柄なタイガが全速力で廊下を駆け抜けるとあって周りの学生達は慌てて道を作りぶつからないよう逃れていった。
それを多少気にしつつも、1つのことに思考が向かっているタイガは一目散に目当ての屋上へと向かう。
1つずつ上る時間も惜しく感じ数段を飛ばして駆け上るとそのままの勢いで扉を開け放った。

「ユキオッ!!」

物凄い勢いで扉を開け放った先にいたのは目的のユキオ当人だった。
彼の瞳は特に驚く様子もなく涼しげなままである。
恐らく勢いで駆け上ってくる音が聞こえていたのだろう。
とはいえ、そんなに急いでくる理由自体に覚えがないユキオは怪訝な顔で幼馴染の顔を見やった。

「タイガうるさい。何?」
「は、果たし状が……っ、とどいた!!」
ぜえぜえと膝に手をつき、息を切らしながらやっとこさ言葉を紡いだタイガはポケットに入れていた手紙を取り出す。
タイガが力任せに握ったせいでしわくちゃになったそれを見てユキオの眉間にシワが寄る。

そこでようやくタイガは興奮を落ち着け、あれ?と疑問符を浮かべた。
思っていた反応と大分違う。本当なら何かしらアクションを見せるはずなのだが……。
タイガは首を傾げるともう一度同じ言葉を繰り返した。

「果たしじょっ、うが!!」
「煩い!聞こえてるから」
あまりの大声に片手で耳を頭ごと押さえたユキオが堪らずタイガの頭をぶん殴る。

「痛ってぇ!!」
殴られた頭を抱え込みタイガは痛みに身悶えるが、それでも尚ユキオの方に手紙を突きつけた。

「いいから!これ、見てくれって!!」
涙目になりつつも何とかユキオの前に果たし状とやらを差し出す。
正直面倒くさい。しかしこのままでは拉致があかない。眉間のシワはそのままに、ユキオは渋々中身を取り出して読み始めた。
青の目が文字を追って左右へと移動する。
こういう時のユキオは本当に綺麗な顔をしている。
真っ白な澄んだ銀髪。それと同じ白の長い睫毛に縁取られた瞳は、屋上から陽の光が反射して深い青の澄んだ色を見せる。
陶磁器色の肌は滑らかできめ細かい。色素の薄い中、唯一口の中だけは赤かった。
ユキオが口を開ければ食い入るようにその様を見つめる輩を何度も見てきた。
それこそ生まれて数カ月後には隣にいたタイガからしてもそう見えるのだから、他の者達からすれば尚のことそう見えるのだろう。

そんな幼馴染の様子を深妙な顔で見守るタイガとは裏腹に、ユキオの眉間のシワは更に深まっていく。
「……チッ」
最終的には舌打ちまでついて今にも悪態をつきそうな様子だ。
それもそのはず。読めば読むほどそれはただのタイガへ宛てたラブレターでしかないのだから。
そもそもそんなことは読む前から分かりきっていた。

おおよそ大抵の男子が好まないふわふわした模様の華やかな用紙には可愛らしいというよりは控えめな丸文字で「日野 大我君へ」と書かれている。
文字だけで判断するならタイガ好みの大人しい女子からだろう。
彼は自覚があるか否かは別として、大和なでしこという言葉が似合うたおやかな女子が好みである。
ちなみに彼の初恋は女装した自分だというのもユキオは知っていた。
まぁ、何故女装していたかはこの場では割愛するが。

兎に角これを見て何故果たし状だと想像するというのだろうか。
くだらないと思いながらも中を見れば案の定、放課後屋上へ続く階段の踊り場まで来て欲しい事が書かれている。

―――どこをどう曲解して見たらこれが果たし状になるんだ。

タイガが恋愛事に疎いのは重々承知である。
奥手というよりはあれでいて以外と潔癖のようなきらいがあるのだ。
昔ユキオが家庭教師の女に悪戯されそうになった時、物凄い勢いで口やら身体を拭かれた事がある。
それこそむしり取る勢いだった。というか、現に唇が切れて喧嘩になった。
エロ本を見れば眉間にシワを寄せてぶん投げる。
そんな奴なので健全な高校生男児が女子に想像するそれをちゃんと想像出来るのかも危うい。
とはいえ、元来真っ直ぐな性根の気のいいやつである事もユキオはよく知っている。
それ故に、物好きな女子が彼に好意を寄せる事があるのも知っていた。

しかし当の本人はというと、ユキオが恋愛トラブルに巻き込まれている様を日常的に見ている。たとえそれがユキオの本意ではないとはいえ、その度に一緒にいるタイガも面倒事に巻き込まれているのだ。そんな彼はもはや病的なまでに恋愛の文字を疑ってかかっていた。
まぁあとは筋肉バカのせいでオカマさんによくモテるのも関係しているだろうが。


兎に角残念ながらタイガ自身は恋愛とは破滅的なまでに心の距離が遠い存在になっているのだ。


「……それで?」
わざわざ教えるのも面倒なユキオはこれをどうするのかと訂正もせず続きを促す。
「そりゃあ勿論!売られた喧嘩は買う!!!」


―――だだの阿呆だ。


ジト目のままユキオはこれ見よがしにため息を吐いた。
教える気は無い。教える気は無いがしかし、それと同時に何故気づかないのだと問いただしたくもある。
それ程までに本気でタイガはこの手紙を『男からの果たし状』だと思い込んでいた。

「ユキオは危ないから来るなよ!」
「……はあぁぁぁ」
見当違いも甚だしい。
しかしそれは彼の心配からくるものだ。常日頃から自分と兄貴分のアツシのことに関してタイガは特に気を使う。

こう言ってはなんだが、アツシは決してガタイが良いとは言えない体格だ。身長はあちらの方が高いが、ひょろいので多分ユキオでも持ち上げられる。
ユキオもユキオでこの顔のせいで色々周りが勝手に勘違いしたり暴走したりと煩かった。
タイガはというと、縦にも横にもしっかり育った。体格だけなら大人にも負けないだろう。
だからだろうか、自分が守ってやらなければという意識が強い。
怪我をさせたくないと思われているのは重々分かっているだけにユキオのため息は深くなる。


―――下らない。


最早その一言に尽きるのだが、これをそのまま放っておけばタイガは喧嘩する気満々で待ち合わせ場所へと向かうだろう。
そして向かった先でやってきた女子を見てそこでようやく違和感を感じるはずだ。
最終的には頬を染めるどころかきっと青ざめてその場から逃げ出すに違いない。それはそれで面白いのだが。
退屈しのぎやバラエティのテレビ番組。それから月々のちょっとしたイベント―――そんな感覚に近しいものだ。
しかしユキオだって鬼では無い。


―――どうしても拗れそうなら助けてやらなくもない。


冷めた瞳のまま、ユキオは爛々と闘志を燃やす幼馴染あほを眺めた。
面倒事は嫌だが、退屈しのぎには丁度いい。
青ざめたタイガが助けを求めてくるのを見物してやろう。
そう思うと、放課後が少し楽しみに思えてきた。
とはいえ、まずは時間内に昼食を済ませねばならない。
無駄に気合いを入れるタイガの背中をユキオは思い切り蹴飛ばした。

「っしゃあぁぁぁ!!」
「煩い!!」
「―――いってぇっ!!!」


出来ればもう少し。
この幼馴染あほにはこのまま自分の隣が一番だと思っていてほしい。

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