あなたが私の

 線香の香りが鼻に染み付いて離れない。
 清潔感と温かみを感じさせた、掃除の行き届いた大きな家は、今はひどく空虚に見える。
 「ジロくん、無茶はせんでね。大和にも、たまに、会いに来てあげてな」
 「……うん、ありがとう美里さん」
 時間が許すならいつまでだって棺の前に居たかったが、この場においてそんなわがままを押し通せるほど、綾瀬川は大和と「近しい人」では無かった。
 一人息子を亡くして誰よりも辛いはずのこの人に、これ以上気を遣わせたくなくて家を後にする。
 綾瀬川は、棺の前で聞いた美里の言葉を思い出す。
 野球がなかったら。そんなもしもの話は綾瀬川にも、誰にも分からないだろう。
 唯一分かることは、常に野球と共にあった大和の人生は、野球でしか証明出来ないという事だ。
 ならば、やるべきことは決まった。天才にでも、何にでもなってやる。
 風鈴の音はもう鳴らない。
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