花火の記憶はほとんどない

 花火大会から帰宅した二人は、今は大和の自室のベットの上で転がって話をしていた。
 先ほどまでもリビングで会話をしていたが、初めは微笑ましげに見ていた美里も、いつまでも会話が尽きない様子を見て流石にもう寝なさいと促したのだった。
 大きな声を出して両親に怒られないように、顔を近づけて小さな声で話す。
 「綾瀬川くんはいつからぼくのこと好きやったん?」
 あまりにストレートな物言いに、綾瀬川は不意を突かれて言葉を詰まらせる。
 「えっと、いつからって言われても……。気がついたら、かなぁ」
 綾瀬川はなんだか恥ずかしくなって、思わず大和から視線を外した。
 「大和と野球の話するの好きだし、そう言うのとか……。あと、大和ってオレの言う事否定しないっていうか、意見が合わない時はあるけど、オレはこう考えたって事自体には何も言わないじゃん。……だから大和と話してると安心する」
 意味伝わる?と、伺う綾瀬川に、大和はこくりと頷く。
 「おかんがな、ぼくによう言うねん。皆が皆、誰かにとって特別な人なんよって、やから自分と相手おんなじくらい大切にせなあかんよって。ぼくもそれむっちゃ大事なことやと思う。やから、綾瀬川くんも嫌な事あったら言うてな」
 綾瀬川は目を細めて静かに聞いていた。大和は一瞬、綾瀬川が泣いているのかと思ったが、何も言わずに、綾瀬川がそっと目元を擦るのを見ないふりをした。
 「てかさぁ、大和は?大和はいつからオレのこと好きなの?」
 誤魔化すような綾瀬川の言葉に、大和はむっと押し黙る。
 「……え?無視?」
 無視がしたい訳ではないが、何と答えたら良いか咄嗟に出てこなかった。
 綾瀬川も言っていたように、いつからか好きになっていたというのが正直なところだが、どう言えば伝わるのか考え込んでしまう。
 大和にとって野球選手としての綾瀬川に対する好意と、一人の人間としての綾瀬川に対する好意は地続きで、いつから恋心が混ざってきたのか自分でもわかっていなかった。
 黙り込んで一言も発さない大和の頬を綾瀬川がぐいぐいと引っ張る。
 「こらー無視すんな」
 「いひゃい」
 もちもちとよく伸びる大和の頬を、綾瀬川は楽しそうに伸ばしたり押しつぶしたり堪能して、くすくすと笑う。
 「まあ良いや、今度教えてね」
 綾瀬川はもう寝ようと言って、ベット横のリモコンで部屋の灯りを落とした。
 大和は綾瀬川の、今度という言葉に一人納得をする。直ぐには分からないことやうまく説明できないことはいっぱいある。けれど二人は今日恋人同士になって、これから先また今度の機会が数えきれないほどたくさんあるのだ。長い人生の中のこんなにも早い時点で運命の人と出会えたというのはとても幸運なことかもしれない。
 大和は自分の幸運に感謝して、いつかの今度の機会には答えられるようにのんびり考えようと決めて目を閉じる。
 翌る日の早朝に、綾瀬川くんじゃなくてもっと恋人らしい呼び方にしてほしいと綾瀬川から迫られて、何でもかんでもまた今度には出来ないと悟ることは知らず、大和はぐっすりと深い眠りについた。

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