海に行きたい!

 照りつける太陽、白い砂浜、どこまでも広がる碧く美しい海。妄想上ではない正真正銘のビーチに大和と綾瀬川は来ていた。ちなみに現在十二月。もちろん日本の冬の海に強行突破しようと言うわけではない。常夏の島、ハワイに来ているのだ。
 「リーグ優勝してハワイ旅行って……。たしかに正攻法だけどさぁ」
 現地で買ったらしい派手な色のサーフパンツに、大きなサングラスをかけた綾瀬川は真上から差し込む陽の光に眉を顰めながら呟く。大和は隣でせっせと浮き輪を膨らませていた。
 「綾さんとリーグ分かれてもうたの残念やなと思っとったけど、こう言う時はええなぁ」
 およそ半年弱前、綾瀬川からまんまと海に行きたい欲求を移された大和は、それはもう全力で頑張った。野球に対してはいつでも全力ではあったが、明確な目標を定めることはやはり大きな力を生み出す。打って打って打ちまくり自身のチームの優勝に並々ならぬ貢献をした。対する綾瀬川は日本の気候が涼しくなるに従って海に行きたい気持ちはそんなに強く無くなっていたが、大和を一人で海に行かせる事への心配が勝り、やはり全力で頑張った。ヤジにも負けずチームの為に必死で投げる姿をみて、捕手の平沢などは成長したなと涙ぐむほど喜んでいた。主力の若手選手が優勝に向けて必死に頑張る姿を見れば周りの選手も触発されてチームの士気はぐんと高まる。動機に不純なものが混ざっていないとは言わないが、ともあれ結果は輝かしいものであった。
 「綾さん、日焼け止め塗ったるから後ろ向いてな」
 綾瀬川は大和の言葉にぎくりと肩を強張らせる。自分で言い出したこととはいえどうせ実現しないと決めつけており、どちらかと言えば年下の恋人を揶揄うような気持ちが大きかったので本当にやると言われると気恥ずかしかった。
 「俺、背中にも手届くし、気にしなくて良いよ」
 「まさか、僕が何のためにハワイまで来たと思っとるん」
 綾瀬川の控えめな抵抗はあっさり却下され、日焼け止めをたっぷり取った大和の手のひらが綾瀬川の広い背中を撫でる。死角となる背後で、肉刺で硬くでこぼこしたところが引っかかるのをやけに鮮明に感じ取ってしまい綾瀬川は懸命に耐える。
 「……っん」
 わざとらしくゆっくりと這う手に思わず声を漏らすと、一瞬固まった両手がしれっと前方へ回されたので、綾瀬川は慌ててはたき落とす。
 「アホ!バカ!変態!」
 「ちゃんと前も塗らな、真っ赤になってまうで」
 しらばっくれる大和に、綾瀬川は自分で塗る!といって日焼け止めをもぎ取った。日焼けとは別の意味で顔を真っ赤にする綾瀬川を横目に大和は落ち着いた様子で砂浜に腰を下ろす。
 「綾さん、初っ端からその調子で大丈夫なん?この後浅瀬で水掛け合ってイチャつくんも、沖まで行ってちゅーするんも、海の家……は無いからどっかで適当に買うとして、パラソルで添い寝してもらうんも、砂浜で遊ぶんも全部やってもらお思っとるんやけど」
 「制覇するつもりかよこいつ……」
 詰め込まれた怒涛の予定にげんなりするが、どれもこれも自分で蒔いた種なので強く言い返すこともできなかった。とは言え日本人観光客も多く、優勝旅行に乗じて何か撮れないかとテレビ局のクルーがウロウロしているハワイで人前でキスをするような事態だけは避けねばならない。
 「とりあえず、準備体操がてらキャッチボールしてや」
 とはいえ、どこまでもマイペースなこの男を前にどこまで我を通せるか、何だかんだいつも大和のペースに乗せられてしまう自覚のある綾瀬川にとって、最大の懸念事項であった。
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