North Star

 「6.4……!」
 パソコンを開いて新着メールを見た大和は思わず声をあげた。キッチンの向こうの母からどうしたん?と声をかけられた。なんでもあらへんと誤魔化して、メールの本文に目を通す。綾瀬川は大和からの質問に快く答えてくれていた。文章はまだ続いていたが冒頭の数字に衝撃を受けて頭に入ってこなかった。
 50メートル走6.4秒。確かに綾瀬川は身長は高いし、子ども同士で測定したようなタイムを、正確な機械を使って測る陸上選手などの公式記録と比べるのは意味のないことだ。正確に測ればまた違った結果になるだろう。とは言っても数字のインパクトは大きかった。
 (綾瀬川くんはやっぱしむっちゃ凄いなぁ)
 枚方シニアとの強化試合や代表の試合など、綾瀬川が出場した試合で映像が見れるものは何度も見た。しかし綾瀬川はバッティングはあまり得意ではないのか、出塁して全力で走る姿は見たことが無かった。大和は自分の知らなかった綾瀬川の凄いところがまた増えたことで、更に尊敬の念を深める。
 (ぼくも落ち込んどる場合じゃあらへん。もっと頑張らなあかんな)
 大和は自分の手のひらをじっと見る。肉刺や擦り傷だらけの手。バッティング練習が楽しいのでそればかりしてしまうが、自分に必要なものがないかもっとよく考えなくては。
 気を取り直してメールの続きをじっくり読み直す。新体力テストの話から始まり、野球の動画やそれについての考えなどに続く。綾瀬川と話していると、綾瀬川がどれだけたくさんの事を考えているかがよく分かる。見た目でわかりやすいフィジカルが目立つが、それだけではない本質はいつも大和を元気づけた。
 (綾瀬川くんと話せて、こうやってメールも出来るようになるなんて、ぼくはほんま恵まれとる)
 (野球の神様に感謝せなあかんな)
 大和は綾瀬川のメールに返信をするべく、小さな手で張り切ってキーボードを叩いた。
 
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