それは最高のプレゼント
3月14日、世間ではホワイトデーの日という認識が一般的かも知れないが、高校球児たちにとってはそうではない。もっと重要なイベント、第七十六回選抜高等学校野球大会組み合せ抽選会が明日に控えているのだ。
センバツと呼ばれる春の大会は夏の全国高校野球選手権大会と同じく、球児達の憧れである甲子園球場で行われる。出場校は前年の秋季地区大会の結果を元に一月末には決まっているが、トーナメントの形をとる以上対戦校の組み合わせは非常に重要だ。それ故にたとえ自分が出場する訳でなくても強豪校同士やレアな組み合わせに一喜一憂して盛り上がるものだし、出場校の部員なら尚更一大事だ。
それは出場校のひとつである金煌大阪高校野球部も例外ではなく、練習を終えた部室には明日の組み合わせ抽選会を前に浮き足だった空気が流れていた。
ハードな練習を終えたあとは開放感から賑わっているのが常だが、今日はいつも以上にその様子が見てとれる。三年生の主将は抽選会前の交流会の為に今日から練習に参加しておらず、交流会の様子を伝える主将からのメールが話題にあがったり、こことは最初に当たりたくない、ここはデータが少なくて
難しいなどと組み合わせを予想する会話があちらこちらで交わされていたりしていた。
そんな中、大和はいつもと変わらない様子で黙々と着替えを済ませる。部員の多くを占める寮住まいの人達は夕食までの時間を潰すように雑談混じりにのんびりと支度をするが、家から通っている大和は手早く支度を済ませてさっさと帰らなければ既に悲鳴をあげつつある成長期の胃袋が限界を迎えてしまうだろう。
荷物をまとめようとカバンを開くと奥底にしまっていた携帯電話のランプが点滅している事に気がつく。青色のランプは恋人からのメールの証だ。
メールを開くと、短い本文に動画が添付されている。動画を再生すると映し出されたのはユニフォーム姿でブルペンらしい場所に立つ次郎の姿だった。画面の向こうの次郎は、息をひとつ吐いて呼吸を整えてから流れるように投球動作に入る。高く上がった足が地面を力強く踏み切り、腕がしなり巻き起こった空気の波さえ感じられるような迫力だ。
「わ……なん……」
見たことのないフォームだ。大和はしばし呆気に取られていたが、すぐに再度再生ボタンを押す。もっと細部まで見たいのに画質の荒さと手ぶれで不明瞭な点が多かった。おまけにメールに添付できる容量の限界か若干中途半端なタイミングで切れているし、撮影のアングルも横からではなく打席から見るようなアングルにしてほしい。
顔の見えない撮影者に多少の文句は尽きないが、ともあれこれは非常に貴重で価値のあるデータだ。なんとかこの小さな画面からひとつでも多くの情報を読み取ろうと食い入るように携帯電話を覗き込んでいると、不意に後ろからがしりと肩を組まれた。
「大和、あかんわぁ部室でAVは……」
「……いやちゃいます」
大和は雑多な話題で賑わっていた部員たちの関心が一気に自分自身に向けられたのを感じ取った。一瞬静まり返った部室は瞬時に再沸騰する。
「オマエ!通いやん!そんなん家で見いや〜」
「あの上品なおかんにバレたら失神させてまうて」
「ジャンル何?」
部員でごった返す部室で急に成人向け動画を視聴し出すなどという謂れもない誤解をどう解いたものか思案し硬直する大和を尻目に部員たちは今日一番の盛り上がりを見せる。そこに大和と同じ新二年生の雛淳吾がやにわに進み出た。
「待って下さい先輩ら!!絶っっ対に誤解ですわ!!大和が部室でアダルトビデオなんて観るわけ無いやないですか!!」
「声でかぁ!」
「アホ!監督通りかかったらどないすんねん!」
すぐさま取り押さえられてしまった援軍を気にも止めず、淳吾とバッテリーを組むもう一人の同期、剛太が問いかける。
「でも実際何見とったん?」
「山ちゃん……あんなぁ綾さんからメールが来とってん」
大和の言葉に、またしても部室にはざわめきが広がる。
「綾って、綾瀬川さんから!?」
「え、見たいねんけど。何の動画?」
大和の手にある携帯電話に目線を向ける部員達を前に一瞬躊躇する。メールで送ってくるくらいなのだから気にしていないのかも知れないが、大和が他の人に動画を見せることを次郎が想定しているのかが分からなかったのだ。
「……ええんかなぁ」
「……え?どんな動画なん……」
「ほなAVやないか」
「お前本人に聞かれたら死ぬほど怒られんで……」
誤解に誤解を重ねどよめきは鎮まらないが、一人の部員の「やばい、部室の鍵返さな」という言葉をきっかけに他の部員達も慌てて荷物をまとめ始める。なんとか窮地を切り抜けたと判断した大和が安堵すると、携帯電話を構えた剛太の姿が目に入った。
「大和、こっち向きぃ。笑顔で」
「?」
パシャリとシャッター音が鳴り、画面を確認した剛太が満足げに頷いて保存ボタンを押した。
「綾瀬川さんにお礼せな、大和の嬉しそうな顔の写メ」
「おぉ!ええやんか!にっこり笑っとんな!!」
「ありがとぉ。赤外線で送ってくれへん?」
ええよ、と頷いた剛太の携帯電話に、大和は自分の携帯電話を近づける。
ホワイトデーのプレゼントは鳴尾浜の寮に送っていて、今頃受け取っている頃だとは思うが、こんな動画を受け取ってしまっては割に合わないだろう。大和から写真を受け取ってもきっと次郎は盛大に文句をつけるかもしれないが、何だかんだとちゃっかり大和とデートした時の写真だったりインタビュー記事の直撮り画像だったりをフォルダを分けて保存していることを知っているので、これもそれらの仲間入りをするはずだ。
大和は剛太から受け取った画像を添付して、次郎からのメールに返信をした。本文はこうだ。
『次うちに来た時に、庭で見せて下さい。』
センバツと呼ばれる春の大会は夏の全国高校野球選手権大会と同じく、球児達の憧れである甲子園球場で行われる。出場校は前年の秋季地区大会の結果を元に一月末には決まっているが、トーナメントの形をとる以上対戦校の組み合わせは非常に重要だ。それ故にたとえ自分が出場する訳でなくても強豪校同士やレアな組み合わせに一喜一憂して盛り上がるものだし、出場校の部員なら尚更一大事だ。
それは出場校のひとつである金煌大阪高校野球部も例外ではなく、練習を終えた部室には明日の組み合わせ抽選会を前に浮き足だった空気が流れていた。
ハードな練習を終えたあとは開放感から賑わっているのが常だが、今日はいつも以上にその様子が見てとれる。三年生の主将は抽選会前の交流会の為に今日から練習に参加しておらず、交流会の様子を伝える主将からのメールが話題にあがったり、こことは最初に当たりたくない、ここはデータが少なくて
難しいなどと組み合わせを予想する会話があちらこちらで交わされていたりしていた。
そんな中、大和はいつもと変わらない様子で黙々と着替えを済ませる。部員の多くを占める寮住まいの人達は夕食までの時間を潰すように雑談混じりにのんびりと支度をするが、家から通っている大和は手早く支度を済ませてさっさと帰らなければ既に悲鳴をあげつつある成長期の胃袋が限界を迎えてしまうだろう。
荷物をまとめようとカバンを開くと奥底にしまっていた携帯電話のランプが点滅している事に気がつく。青色のランプは恋人からのメールの証だ。
メールを開くと、短い本文に動画が添付されている。動画を再生すると映し出されたのはユニフォーム姿でブルペンらしい場所に立つ次郎の姿だった。画面の向こうの次郎は、息をひとつ吐いて呼吸を整えてから流れるように投球動作に入る。高く上がった足が地面を力強く踏み切り、腕がしなり巻き起こった空気の波さえ感じられるような迫力だ。
「わ……なん……」
見たことのないフォームだ。大和はしばし呆気に取られていたが、すぐに再度再生ボタンを押す。もっと細部まで見たいのに画質の荒さと手ぶれで不明瞭な点が多かった。おまけにメールに添付できる容量の限界か若干中途半端なタイミングで切れているし、撮影のアングルも横からではなく打席から見るようなアングルにしてほしい。
顔の見えない撮影者に多少の文句は尽きないが、ともあれこれは非常に貴重で価値のあるデータだ。なんとかこの小さな画面からひとつでも多くの情報を読み取ろうと食い入るように携帯電話を覗き込んでいると、不意に後ろからがしりと肩を組まれた。
「大和、あかんわぁ部室でAVは……」
「……いやちゃいます」
大和は雑多な話題で賑わっていた部員たちの関心が一気に自分自身に向けられたのを感じ取った。一瞬静まり返った部室は瞬時に再沸騰する。
「オマエ!通いやん!そんなん家で見いや〜」
「あの上品なおかんにバレたら失神させてまうて」
「ジャンル何?」
部員でごった返す部室で急に成人向け動画を視聴し出すなどという謂れもない誤解をどう解いたものか思案し硬直する大和を尻目に部員たちは今日一番の盛り上がりを見せる。そこに大和と同じ新二年生の雛淳吾がやにわに進み出た。
「待って下さい先輩ら!!絶っっ対に誤解ですわ!!大和が部室でアダルトビデオなんて観るわけ無いやないですか!!」
「声でかぁ!」
「アホ!監督通りかかったらどないすんねん!」
すぐさま取り押さえられてしまった援軍を気にも止めず、淳吾とバッテリーを組むもう一人の同期、剛太が問いかける。
「でも実際何見とったん?」
「山ちゃん……あんなぁ綾さんからメールが来とってん」
大和の言葉に、またしても部室にはざわめきが広がる。
「綾って、綾瀬川さんから!?」
「え、見たいねんけど。何の動画?」
大和の手にある携帯電話に目線を向ける部員達を前に一瞬躊躇する。メールで送ってくるくらいなのだから気にしていないのかも知れないが、大和が他の人に動画を見せることを次郎が想定しているのかが分からなかったのだ。
「……ええんかなぁ」
「……え?どんな動画なん……」
「ほなAVやないか」
「お前本人に聞かれたら死ぬほど怒られんで……」
誤解に誤解を重ねどよめきは鎮まらないが、一人の部員の「やばい、部室の鍵返さな」という言葉をきっかけに他の部員達も慌てて荷物をまとめ始める。なんとか窮地を切り抜けたと判断した大和が安堵すると、携帯電話を構えた剛太の姿が目に入った。
「大和、こっち向きぃ。笑顔で」
「?」
パシャリとシャッター音が鳴り、画面を確認した剛太が満足げに頷いて保存ボタンを押した。
「綾瀬川さんにお礼せな、大和の嬉しそうな顔の写メ」
「おぉ!ええやんか!にっこり笑っとんな!!」
「ありがとぉ。赤外線で送ってくれへん?」
ええよ、と頷いた剛太の携帯電話に、大和は自分の携帯電話を近づける。
ホワイトデーのプレゼントは鳴尾浜の寮に送っていて、今頃受け取っている頃だとは思うが、こんな動画を受け取ってしまっては割に合わないだろう。大和から写真を受け取ってもきっと次郎は盛大に文句をつけるかもしれないが、何だかんだとちゃっかり大和とデートした時の写真だったりインタビュー記事の直撮り画像だったりをフォルダを分けて保存していることを知っているので、これもそれらの仲間入りをするはずだ。
大和は剛太から受け取った画像を添付して、次郎からのメールに返信をした。本文はこうだ。
『次うちに来た時に、庭で見せて下さい。』
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