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何でもない日

 朝、家を出る直前。学校についてヒナちゃんと山ちゃんと話している最中。二時間目の授業と三時間目の授業の間。お昼休みの前。お昼休みの後。既に五回。今日一日の、綾さんからメールが届いた回数だ。
 二月も半ばのこの時期、綾さん春季キャンプ真っ最中のはずなんやけど、暇なんかな……。もしかしてサボっとるんやろうか。
 いくら要領の良いあの人でも、入団一年目から一日中携帯を弄れる隙を見つけられるほど、プロの世界は甘くは無いと思う。実際のところは、プロになったこともない自分には分からないが。
 怪我でもして動けないなんて事ないとええけど、まあ内容を見る限りそんな心配もせんでええやろなあ。

 『起きてる?遅刻すんじゃねーぞ』
 『道に迷ってねぇだろうな』
 『授業もちゃんと聞いとけよ野球バカ』
 『昼食べた?』
 『今日も部活やんの?』
 
 余りにも中身がない。
 なんて綾さんの前で言ったら十分くらいは手につけられないほど怒られそうやしよう言えんけど、ひとまず良くない状況ではないやろうなって事は伝わってくる。せやから返事もそんなに考えんで返した。

 『今出ます』 
 『着きました』
 『今日小テストあるん忘れてましたわ』
 『今から食べます 唐揚げ入っとる』 
 『あります』
 
 いつもやったら僕かてもう少し考えてから返信する。一方的に投げられたボールを打ち返して終わりみたいな、気の抜けた打席みたいなんやなくて、会話はキャッチボールやて分かっとる。けどあんまし堂々と携帯弄って悠長に返信書くのは学校じゃ無理や。
 携帯電話の持ち込み禁止なんて正直誰も守ってへんけど、それでも見つかれば職員室まで没収されてまう程度には先生方はちゃんと取り締まっとるし、特に顧問の和田先生に見つかったらそのまま監督にまで知られてまう。それだけは避けなあかん。
 言うても部活中はどうせカバンの奥底に仕舞い込んどくだけやし、あとなんか来とっても家帰ってからでええかなぁ。なんて思っとったらちょうどメールが来た。マナーモードのバイブレーションと、小さいランプが青く光る。ランプの色はこないだ綾さんが勝手に設定しとった。青く光ったら綾さんから。わかりやすくてええな思って、綾さんの携帯も僕からのが分かるように設定しよう思ったらもうしてるって教えてくれた。
 ともかくこれだけ返信してから部活に行こうと思って携帯を開いて文面を確認する。

 『浮かれてんじゃねーぞ!!』

 浮かれるって何にや?やっぱり返事が適当なんお気に召さなかったんかなぁ。それとも恋人がやたらメールでかまってくるんを浮かれるなって言いはるなら普通にメールをちょっと控えてほしいんやけど。ほんまこの人キャンプ中に何してはるんやろ。

 『何にですか?』

 返信すると、今度は青色でちかちかと激しく点滅する。メールやなくて着信の合図や。まじかこの人。
 幸い部活棟の方は校舎より人が少ない。慌てて人目につきにくそうな場所で通話ボタンを押す。

 『お前さあ、今日何の日か忘れてない?』
 通話が始まるとすぐに聞き慣れた声がする。やっぱり元気そうやわ。
 「何の日?ああ、もしかしてキャンプ今日休養日なんやろ?せやからやたらメールして来はる」
 『ちげーよ!いや休みはそうだけど、そうじゃなくて……』
 「綾さん、どうしたん」
 電話の向こうでくぐもった声が聞こえる。十秒くらい言い淀んで、心底仕方がないって様子で絞り出した声が聞こえる。
 『お前、今日何も貰ってないの』
 「貰う?」
 『もぉ!チョコだよ!バレンタイン!!!』
 急に上がった音量に思わず携帯を耳元から離した。
 「ああ、バレンタイン……うちの学校禁止なんよ」
 『はぁ?そうだっけ……』
 言うてへんかったっけ?まあ学校で禁止されてるってようは誰も守ってへんって意味やけど。電話の向こうの綾さんは、なら良いやって呟いて納得したみたいやし詳しく説明する必要無いやろ。
 『てかさ、おれ今沖縄なんだけど、そういや送り先分からなくて困ってんじゃねーかなって思って』
 「え?僕が贈るん?」
 『は?俺が贈るの?』
 再度十秒、今度はしんと静まり返る。来るべき衝撃に備えて再びそっと携帯を遠ざけた。
 『俺先輩だよな!!?』
 スピーカー付近がびりびり振動する。あかん壊れてまう。年始の休みに泊まりにきた綾さんの寝顔こっそり撮ったん消えたら困るなぁ。
 「おんなじチームなった事はないけど、年齢って意味ならそやな」
 『せ、先輩にまず贈るだろ!?普通に!!』
 「はぁ、考えたこともあらへんかった」
 『お前さあ!』
 「バレンタインにプレゼント贈るなんて今まで考えた事なくて、綾さんやってそやろ?」
 『まあ、まゆがチョコとか作るの手伝わされたりはしたけどその程度かな』
 「せやし、僕らはホワイトデーでええんちゃうかなぁ」
 『はー?貰ってないのにお返し?』
 「プレゼント交換や」
 『クリスマスかよ』
 噴火はだいぶおさまったらしい。楽しそうに笑う声が聞こえる。
 「ほな今から何贈るか考えとかなあかんな」
 『3月かあ、俺ホワイトデー鳴尾浜にいるかな?』
 「オープン戦始まっとるもんなぁ。緊張してへん?いよいよシーズン始まる感じするやろ」
 『べっつに?さっさとお前もプロ来いよ。じゃないと話にならねー』
 強がりでも何でもなく、プロ一年目だからって萎縮するような人やない。だから後は自分の番や。センバツはすぐにやってくる。
 「あと二年ええこで待っとってな」
 『お前はちょっとはあせろよな、クソガキ』
 センバツとオープン戦、三月のホワイトデーだってお互い野球漬けの日々で大した事は出来へんやろうな。綾さんはまた怒るかもしれんけど、なんだかんだそう言うんが自分達らしいわ。どんなに頑張ってもあと二年はかかるけど、心配させへんように頑張るだけや。 
 「ほな、無事にドラフトで指名してもらえるように練習頑張って来ますわ」
 『はいはい。またな』
 通話の切れた携帯電話をぱたりと閉じてカバンの奥底に仕舞い込む。代わりにバットケースをしっかりと握りしめる。
 やっぱし僕にはこっちのが合うてる。恋人同士らしいのからしく無いのかよお分からへん会話も好きやけど、一番好きなんはマウンドで向かい合うときの綾さんや。気ぃ抜いてる暇あらへん。センバツもスタメン入れてもらえるように頑張って、夏また甲子園に出る。そしたらいつかは、またマウンドで綾さんに逢える。こんなん綾さんに言うたら怒られるかもしれん。けどすぐに笑って、三タコで抑えてやるって言うような人や。
 「野球したいわ……」
 いつだって好きなだけできるのに、いつだってし足りないような気持ちがして、部室への道を急いだ。
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