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 初めて彼と会ったとき、頭の中でバチンと何かが弾ける音がした。
 それほどの衝撃だったのだ。
 映像の中で繰り返し見た姿。一投一投のフォームやテンポに勝利の為の最大の工夫が込められ、細部まで考え抜かれた試合運びは、鋭い輝きを放つ、彼の努力の結晶だ。
 今の自分では対戦することすら叶わない、それどころか間近で試合を見ることもできないような相手が偶然にも大和の目の前に現れた。
 けれど、バチンと弾ける音を聞いたのはどうやら自分だけだったらしい。
 一瞬交わったかのように思えた視線は、次の瞬間には逸らされて、遠ざかる背中に挨拶を返す以外のことは何もできなかった。

 二度目の機会はすぐにやって来た。
 グラウンドへと荷物を運ぼうとする大和のもとに、偶然にも彼と、彼の友人がやって来たのだ。
 まさか話が出来るようなチャンスがあるとは思ってもみなかった。
 慎重に切り出した質問に、彼の目の色が変わる。
 ようやくこの時、初めて視線が合わさったと感じた。
 真正面から見る瞳の輝き、楽しそうに話す紅潮した頬、必死に気持ちを伝える手振り。
 きっと、彼は野球が好きなのだ。だからこんなにも沢山のことを考えて、沢山の工夫をして、あんなにも素晴らしい球を放るのだ。
 バッターボックスに立ちたい。彼を真正面に据えて。
 試合の映像やスコアを何度も何度も見返して、この時こうだったら彼はどう対処したのか、自分だったらどうしたか、何度も何度も考える。
 想像の中で幾度となく重ねられた対戦を、いつの日にか現実のものにしたい。
 
 いつか、いつかこの先。叶うだろうか。



 
 「大和!はよぉ走れ!」
 チームメイトの焦った声が聞こえて、途端我に帰る。
 バッターボックスの上、スイングをした状態で立ち尽くしていた大和は、バットから手を離し、慌てて一塁に向かって走り出した。
 そのまま二塁へ、ベースを踏み損ねないように集中して。
 そして止まる事なく三塁へ回る。全速力で走っているわけでもないのに心臓がバクバクと音を立てる。自分の鼓動と走る歩幅のタイミングがごちゃ混ぜになって足がもつれそうだ。
 遂にはホームベースを踏みしめる。誰からも妨げられずにひとつひとつベースを踏んで正方形を描くのは、さながら儀式の様だ。
 背後から聞こえていたはずの興奮したチームメイト達の声は、いつの間にか前方から聞こえる様になった。
 「大和!お前凄いやん!」
 「ヤバいてマジで!」
 「大和さん、今村さん超えやわ!」
 ざわざわと意味を持たなかった歓声が次第にはっきりと輪郭をもって耳に入ってくる。けれどまだ頭には入らない。
 自分が振り抜いたバットが打球の芯を捉えた瞬間、確かに合わさった視線が脳に焦げ付いて離れないのだ。14メートル先から一直線に大和を貫いた視線が。
 初めて見る色をしていた。直接はもちろん、映像越しにだって、あの人のあんな目を、あんな表情を、見た事がなかった。
 それは怒りなのか、哀しみなのか、それとも歓喜なのか。
 確かめたくてマウンドを振り返ったが、駆け寄った捕手に遮られてしまって表情までは見えなかった。
 試合の後に話せるだろうか。
 伝えたいことがたくさんある。
 もう一度対戦したい。一回じゃ全く足りない。何度でもいつまでも、気が済むまで、これ以上ないと思えるまでずっとあなたと戦いたい。
 聞きたいこともたくさんある。
 さっきのコースの意図は?その新しい球種はいつ習得した?頭の中でバチンと弾ける音は今度こそ彼にも聞こえただろうか。
 「大和、何ボケっとしとんねん!」
 「無理ないわぁ、まさかの大活躍やもん」
 マウンドを振り返ったまま動かなくなった大和を、チームメイトが肩を叩いてベンチに迎え入れる。
 我がごとのように喜びを伝えてくれる顔、未だ驚きを隠せず動揺した顔、ネクストバッターズサークルに立つバッターのやる気に満ちた顔、周囲の視線を一身に受けながら仲間の顔をぼんやりと見渡してようやく実感した。
 「せやった……ぼく、綾瀬川くんから……」
 園大和は今日、綾瀬川次郎をマウンドの真ん中に据えてダイヤモンドを一周した、世界で初めての人間になったのだ。
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