天の川に託して

 一方バイソンズでも、パンサーズと同様に七夕の企画のためにカラフルな短冊が用意されていた。こちらでは短冊に願いを書いて笹に飾る様子を動画に収めるらしかった。
 廊下のひらけたスペースに長机と笹が準備されている。既に何人かの選手が書いた短冊が思い思いの場所に飾られており、そこに大和も通りがかった。
 「大和、短冊書いてけや」
 大きな背中を縮ませながら机に向かっていた男が白紙の短冊を掴んで大和に声をかける。
 「今村さん、何してはるん?」
 「もう直ぐ七夕やろ、短冊に願い事書いたらカメラに見せて、そっから笹に括りつけんねん」
 世代こそ被っていないが同じ枚方ベアーズに所属していた先輩後輩として、今村は何かと大和の面倒を見てくれている。そうでなくても情に厚く実力も十分な人だったので後輩からは慕われており、チームのムードメーカー的存在でもあった。
 大和は今村から短冊を受け取り机の上のペンを手に取った。一瞬短冊をじっと見つめて考える素振りをしたが直ぐに迷いなく書き始める。自身の名前までしっかり書いたところで短冊をカメラに向かって掲げた。
 「書きました。『綾瀬川さんの身長を超える』です」
 「無茶やろ!」
 今村がすかさずツッコミを入れる。20cmほどの差を縮めるというのは短冊に託すには重い願いと言うほかなかった。
 「目標口に出すんは大事ですから」
 「織姫と彦星もひっくり返っとるわ!」
 「七夕の願い事って織姫さんと彦星さんが叶えてくれはるんですか?」
 「知らんわそんなん」
 漫才の様なやり取りをしながら大和は短冊を笹の中程に括りつける。
 「綾瀬川の身長超すんなら、笹の天辺に飾らなあかんな」
 今村は自分の短冊を笹の上部のよく目立つ場所に括りつけた。大和が来る前から悩みに悩んだらしい短冊には山盛りの願いが盛り込まれ真っ黒になっていた。
 「笹でかないですか?届きませんわ」
 大和は今村に言われた通り一度結んだ短冊を取り外したはいいが、廊下の天井いっぱいに伸びた笹の天辺には届きそうにもなかった。その様子を見かねた今村がしゃーないなと言って大和の後ろに回り込み子供にするように腰を掴んで持ち上げた。
 「重っも! や、大和よく鍛えとるやんけ……」
 「さすが今村さんや、むっちゃ助かります」
 「はよ結べ!」
 野球選手としては小柄な体型ではあるが身長は170を超えているし、何より常からよく食べよく鍛えた成果で筋肉が詰まった体は見た目よりもずっしり重かった。こんな所で腰を痛めるわけにはいかないと、今村は大和が短冊を無事笹の天辺に括りつけたのを見届けてから慌てて床に下ろした。
 「なかなかええやん」
 「はい、ありがとうございます」
 荷物を下ろして一息ついた今村が笹を見上げて呟く。大和も今村に倣って笹を見上げた。二人は奇妙な達成感に満たされながら満足気に短冊を見つめていた。
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