天の川に託して

 「綾瀬川さんは七夕の思い出とかありますか?」
 ハンディカメラを片手にパンサーズの広報職員が問いかける。事前に連絡があった通り選手が短冊に願いを書く様子を撮影すると言うことで、綾瀬川は会議室に呼び出されていた。
 「あんまりないですね。学校とか町内会とかで短冊書いたりはしたかも。でも何書いたとかも記憶にないなあ」
 短冊に願いを書く前に七夕にちなんだ質問もすると言うことで、綾瀬川はインタビューに答える。
 「お祭りとかは行きませんでした?」
 「小さい時は行ったのかな、ひとつ上の姉が浴衣とか着たがってレンタルした様な記憶ありますよ」
 でも七夕関係ないただの夏祭りだったかも、と記憶を探る。ある程度大きくなってからは野球の練習も多くイベントごとで遊んだ覚えもなかった。
 広報の職員は、そんなもんですよねぇと相槌を打つ。
 「じゃあ早速ですけど、短冊に願いごと書いてもらってもいいですか」
 事前にしっかり悩み抜いてきた綾瀬川は、迷いなく短冊に願いを書きすすめる。
 一文字ずつ目で追っていた職員はやがて書き上がった文章を目の前に少々困惑した様子だった。
 「……一応読み上げてもらっていいですか?」
 「はい、『大和と同じ』」
 綾瀬川は何食わぬ顔で短冊をカメラに向けて掲げる。おじいちゃんになっても野球をしていたいという大和の願いに対して、素直に同意できないでいることを気にしながらも短冊にすらストレートには書けない綾瀬川が考え出した画期的な解決策であった。
 しかし事情を知らない職員には、平然と他球団の選手の名前を出してきた綾瀬川の願い事はかなり突拍子もない珍回答だった。
 「ちなみに園選手の願い事って分かるんですか」
 「耳にタコができるくらい聞いてますからわかりますよ」
 実際はそんなに頻繁に言っているわけではないが、ずっと野球をしていたいという考えが大和の軸にあることを綾瀬川は理解していた。成績も派手ではあるが、大和は決して成績だけを追い求めているタイプではなかった。いつか綾瀬川が語った理想の野球は、真剣に野球をやっている人たちからしたら不真面目で褒められないものだったかもしれないが、それでも大和は否定しなかった。とにかくとことん野球が好きなやつなのだ。
 職員は綾瀬川の自信満々な様子に、じゃあバイソンズの短冊が公開されたら答え合わせですねと笑ってインタビューを締めた。
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