天の川に託して
七夕の企画で短冊に願いを書いてもらうので内容を考えておいてください、というのは先日球団の広報から言われた言葉だった。どこの球団でも似たようなことはするが綾瀬川が所属するパンサーズでは選手陣に短冊に願いを書かせてその様子をインタビューした動画を動画サイトにアップするらしかった。
綾瀬川は特別無欲でもなく、ごく一般的な感性を持っていると自認しているが、さあ願いを書けと言われるとすぐには思い付かないものだった。おそらくよくある回答としては、一軍で活躍できますようにとか怪我なく過ごせますようにとかであろうことは予想がついた。しかし綾瀬川は既にパンサーズのエースとして引っ張りだこの選手であったし、無茶苦茶な投球をして体を酷使することもあったが幸運なことに結局大した故障もなく今シーズンもトップの成績を誇っている。深く考えすぎずに無難な回答をすればいいとも思うが元来真面目で研究者気質な綾瀬川はこう言ったときに変に考え込んでしまうことがよくあった。
(多分大和の球団でも同じようなことするよな……あいつなんて書くんだろう)
煮詰まった思考に浮かんだのは二歳年下の生意気な後輩兼恋人の名前だった。
大和はバイソンズに一位指名で入団し、オープン戦での活躍から高卒一年目にして一軍に定着した大型ルーキーだ。リトルの頃から三年ごとに綾瀬川からホームランを奪ってきたライバルであったが、主に野球の話題でずっとやりとりしていたことや、綾瀬川がプロ入りして物理的な距離が縮まってからは実際に会う機会も増えたこともあり気がついたらライバルでありながら恋人同士という複雑な間柄に収まっていた。
綾瀬川は、いつもの仏頂面で蛍光色の短冊をじっと見つめる大和の姿を想像してクスリと笑う。
(大和のことだし、簡単に想像つくよな。いっつも言ってるし)
綾瀬川の頭に浮かぶのは、真夏の甲子園球場で綾瀬川を打ち負かして快活に笑う大和の姿だった。おじいちゃんなっても野球してたいなぁという言葉は大和が度々口にする言葉で、綾瀬川はそれを聞くたびに、俺はお前に三タコ五回くらわせて引退するんだと噛みついたり、はいはい野球バカと流してきたがそれらはどれも本心ではなかった。本当は綾瀬川自身も、大和と一緒ならずっと野球をして一緒に歳を取るのも悪くない、そんな風に過ごせたらきっと楽しいと思っていた。
しかし、それを素直に面と向かって伝えることはかなり難しかった。幼い頃から自分の発言が意図しない解釈をされてトラブルになることが多かったこともあって綾瀬川にとって自分の考えを伝えるのは勇気がいることだった。大和は綾瀬川に自分の理想を押し付けたり綾瀬川の言葉を捻じ曲げるような人ではなかったが、今までの経験がトラウマのようなものになって綾瀬川の性格を少し捻じ曲げたことは事実だった。あと、単純に恥ずかしい。
綾瀬川は短冊に書く願いをもう一度じっくり考えて、やがて決心した。素直に言えない願いを天の川に託すのも悪くない気がした。
綾瀬川は特別無欲でもなく、ごく一般的な感性を持っていると自認しているが、さあ願いを書けと言われるとすぐには思い付かないものだった。おそらくよくある回答としては、一軍で活躍できますようにとか怪我なく過ごせますようにとかであろうことは予想がついた。しかし綾瀬川は既にパンサーズのエースとして引っ張りだこの選手であったし、無茶苦茶な投球をして体を酷使することもあったが幸運なことに結局大した故障もなく今シーズンもトップの成績を誇っている。深く考えすぎずに無難な回答をすればいいとも思うが元来真面目で研究者気質な綾瀬川はこう言ったときに変に考え込んでしまうことがよくあった。
(多分大和の球団でも同じようなことするよな……あいつなんて書くんだろう)
煮詰まった思考に浮かんだのは二歳年下の生意気な後輩兼恋人の名前だった。
大和はバイソンズに一位指名で入団し、オープン戦での活躍から高卒一年目にして一軍に定着した大型ルーキーだ。リトルの頃から三年ごとに綾瀬川からホームランを奪ってきたライバルであったが、主に野球の話題でずっとやりとりしていたことや、綾瀬川がプロ入りして物理的な距離が縮まってからは実際に会う機会も増えたこともあり気がついたらライバルでありながら恋人同士という複雑な間柄に収まっていた。
綾瀬川は、いつもの仏頂面で蛍光色の短冊をじっと見つめる大和の姿を想像してクスリと笑う。
(大和のことだし、簡単に想像つくよな。いっつも言ってるし)
綾瀬川の頭に浮かぶのは、真夏の甲子園球場で綾瀬川を打ち負かして快活に笑う大和の姿だった。おじいちゃんなっても野球してたいなぁという言葉は大和が度々口にする言葉で、綾瀬川はそれを聞くたびに、俺はお前に三タコ五回くらわせて引退するんだと噛みついたり、はいはい野球バカと流してきたがそれらはどれも本心ではなかった。本当は綾瀬川自身も、大和と一緒ならずっと野球をして一緒に歳を取るのも悪くない、そんな風に過ごせたらきっと楽しいと思っていた。
しかし、それを素直に面と向かって伝えることはかなり難しかった。幼い頃から自分の発言が意図しない解釈をされてトラブルになることが多かったこともあって綾瀬川にとって自分の考えを伝えるのは勇気がいることだった。大和は綾瀬川に自分の理想を押し付けたり綾瀬川の言葉を捻じ曲げるような人ではなかったが、今までの経験がトラウマのようなものになって綾瀬川の性格を少し捻じ曲げたことは事実だった。あと、単純に恥ずかしい。
綾瀬川は短冊に書く願いをもう一度じっくり考えて、やがて決心した。素直に言えない願いを天の川に託すのも悪くない気がした。
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