佐野万次郎
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夕方の強い日差しが、古びたアスファルトの上に長く影を伸ばしていた。
どこかで犬が吠える声と、遠くを走り去るバイクの排気音が混ざり合って届いてくる。
緩やかに傾いたコンクリートの斜面に腰を下ろし、足元に伸びる自分の影をぼんやり見つめていた。
少しだけ先を歩いていたマイキーが、ふいに足を止めてこちらを振り返る。
「なあ、■■■」
「なに?」
「さっき言ってたやつ、もう一回言って」
「さっきのって?」
「オレのこと、好きって言ったやつ」
「……そんなストレートには言ってないでしょ」
「似たようなもんだろ?」
首を傾げながら数歩戻ってくると、マイキーはこちらの顔をじっと覗き込んできた。
少し伸びた前髪の隙間から向けられた視線に、思わず息を呑む。
「……マイキーと一緒にいると落ち着くって言っただけ」
「それってオレのことが好きなうちに入るんじゃねえの?」
「どうだろうね。マイキーはどう思ってるの」
「オレはオマエのこと好きだけど」
あまりにもあっさりと投げかけられた言葉に、胸の奥が跳ねた。
鼓動がやけに大きく聞こえて、慌てて視線を足元に落とす。
「……それ、どういう意味で言ってるの」
「どういう意味って、そのままだけど」
「友達として、ってことでしょ?」
「さあな。自分でもよく分かんねえ」
マイキーはポケットに両手を突っ込んだまま空を見上げた。
そっと視線を上げると、オレンジから群青へと移ろう空の色が、彼の横顔を静かに染めていた。
「オマエはどうなんだよ」
「なにが?」
「オマエの好きって、オレの好きと同じ?」
返事に詰まって、唇を噛んだ。
どんな意図でその質問をしているのか、いくら考えても分からない。
冗談めかして笑っているのか、それとも本気で聞いているのか、空を見上げたままの横顔からは何も読み取れなかった。
「どうしたんだよ」
「……答えにくいよ、そんなの」
「なんで? 思った通り言えばいいじゃん」
「マイキーだって分かってないんでしょ」
「でもオレは言ったじゃん。好きだって」
「その好きにも、色々種類はあるじゃん」
マイキーは少しだけ首を傾げると、呆れたように小さく息を吐いた。
「好きは好きだろ」
「だとしても、違いはあるでしょ」
「オマエ、めんどくさいこと考えるんだな」
「私にとっては大事なことだもん」
そう言い捨てて顔を背けると、頭の上にぽんと手が乗った。
いつもみたいに適当な力加減で髪を撫でられて、視線だけを上に向ける。
「オレにとっては、どっちも同じくらいデカいけどな」
「……どういうこと?」
「言葉にするのが難しいんだよ」
「でも、私はそれをちゃんと考えたい」
街灯がひとつ、ふたつと点灯し始め、暗くなりかけた路上を黄色く照らし出していく。
影が濃くなり、お互いの表情が少しだけ見えづらくなった。
「私は……」
言葉が喉の奥でつっかえて、うまく出てこない。
一度口に出してしまえば、今までの関係に戻れなくなるかもしれないという怖さに足をすくわれそうになる。
「……無理しなくていいぞ」
「無理してないよ」
「じゃあ、教えて」
マイキーはくすりと笑うと、地面に転がっていた小石を足先で軽く転がした。
その仕草にはどこか余裕があるように見えて、少しだけ悔しくなる。
「……もし私が同じ好きじゃないって言ったらどうするの」
「どうもしねえよ」
「距離、置いたりしない?」
「しねぇよ」
その答えを聞いた瞬間、胸の奥で固まっていたものが少しだけ解けていくような感覚があった。
さっきまであんなに悩んでいたのが、馬鹿らしく思えてくる。
「……やっぱりマイキーはズルいね」
「何がズルいんだよ」
「……マイキーの好きと、私の好きが同じならいいなって思う」
声が小さくなってしまい、最後のほうは風の音に掻き消されそうだった。
けれど、マイキーの耳にはしっかりと届いたらしい。
小石を転がしていた足がピタリと止まった。
「同じって?」
「特別に好き、ってことだよ」
言い切った途端、顔に熱が集まっていくのが分かった。
視線をマイキーの足元に向けたまま、それ以上動かすことができない。
「へえ」
短く漏らされた声には、少しだけ驚きが混ざっているようにも感じられた。
それから、確かめるようにこちらを見つめる。
マイキーはゆっくりと距離を詰め、すぐ目の前で足を止める。
「顔上げろよ」
「やだ」
「なんでだよ」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ」
「オレと答え合わせしよう」
強引に覗き込もうとするマイキーから逃げるように、少しだけ後ろへ体を引く。
けれど逃がす気がないらしく、一気に距離を詰められた。
顔がすぐ目の前まで近づいたと思った瞬間、唇が重なっていた。
ほんの数秒、触れ合うだけの短い熱。
ゆっくりと顔が離れていくと、マイキーは満足そうに笑っていた。
「これで分かったろ」
「……いきなり何すんの」
「答え合わせって言っただろ?」
「心の準備くらいさせてよ」
緊張が一気に抜けて、小さく笑いがこぼれた。
マイキーもつられるようにして、いつもの無邪気な笑みを浮かべる。
「なあ、■■■」
「なに?」
「もう一回」
「え、なにが――」
言い終わるより早く、軽く顎をすくい上げられた。
さっきよりも少しだけ長く唇が重なる。
逃げる隙なんてどこにもなくて、ただゆっくりと唇を食む熱に身を任せるしかなかった。
離れ際に、触れるか触れないかの距離で小さく囁かれる。
「顔、真っ赤」
「誰のせいだと思ってんの」
「これから先、もっといっぱいしような」
不意に投げかけられたその一言に、跳ね上がった心臓がうるさい。
返事の代わりに、ほんの一瞬だけ唇を重ねて、すぐに顔を伏せた。
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