場地圭介
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湿気を含んだ夜の風が、開け放した窓の隙間から細く吹き込んできた。
外から聞こえる遠い車の走行音も、この部屋の中ではどこか別の世界の出来事みたいに遠い。
ベッドの端に腰掛けた圭介の背中は、いつもより少し小さく見える。
濡れた髪を拭いていたタオルを首にかけたまま、爪先をじっと見つめている。
洗いたての服の匂いと、風呂上がりの熱気が混ざり合って部屋を満たしていた。
「髪、乾かさないと冷えるよ」
声をかけると、首だけをこちらに向けた。
乱れた黒髪の間から覗く目が、どこかぼんやりとしている。
「あー、後でいい」
短く答えて、そのままゴロリと横になった。
シーツが擦れる低い音が響く。
広がる長い髪を手で払うこともせず、天井をじっと見上げている。
「後でって言って、いつもそのまま寝ちゃうでしょ」
ドライヤーを持って近付くと、ぐいっと腕を引っ張られた。
体のバランスが崩れて、そのまま胸の上に倒れ込む。
骨張った胸板の硬さと、じんわりとした体温が肌を通して伝わってきた。
「ちょっと、危ないでしょ」
「いいから、少しじっとしてろ」
頭の上から降ってくる声が、いつもより低い。
抱きかかえる腕の力は強いのに、肌に触れる手のひらは驚くほど優しい。
耳元で聞こえる規則正しい鼓動の音だけが、やけに大きく聞こえた。
「……なんかあった?」
「なんもねぇよ」
食い気味に返された言葉とは裏腹に、背中を撫でる指先がわずかに迷うように動いていた。
◇
部屋の明かりを消すと、窓から差し込むわずかな月明かりが天井に淡い影を落とした。
重なり合った体の重みだけが、やけにはっきりと感じられた。
額に落ちる髪の毛を払ってやると、くすぐったそうに眉を寄せる。
「なあ」
「ん?」
「もっと、こっち」
すでに隙間がないほど重なっているのに、さらに腕の力が強くなる。
腰に回された手が、じわじわと体温を伝えてくる。
汗ばんだ肌が擦れ合うたび、離れがたさが増していく。
「■■■」
「なに?」
答えようとした瞬間、唇を塞がれた。
深く、逃げ場を無くすようなキス。
吐息が交ざり合い、息が上手く吸えなくなる。
唇が離れても、額が触れそうな距離でじっと見つめられる。
「……もう一回」
「欲張りだね」
「うっせ、足りねぇんだよ」
低い声で呟くやいなや、またすぐに唇が重なる。
何度も、隙間を埋めるようにキスが繰り返される。
普段の振る舞いからは想像もつかないほど、丁寧で執拗だった。
「息、くるしい……」
「わりぃ……もう少しだけ」
少しだけと言いながら、圭介の手は私の頬を包み込み、決して離そうとしない。
首筋や鎖骨に落ちるキスは柔らかく、胸の奥が締めつけられるようだった。
重なった体から伝わる熱が、互いの距離を少しずつなくしていく。
動きを深めるたびに、部屋の静寂が少しずつ乱れていった。
荒い息遣いと、肌が擦れる微かな音だけが暗闇に溶けていく。
上から覆いかぶさる腕が微かに震えているのに気づいて、背中に手を回した。
背中に浮き出た骨の感触を手のひらに受け止めながら、ゆっくりと撫でる。
「……圭介」
「……なんだよ」
そっけなく返すのに、見下ろしてくる瞳には余裕がない。
噛みつくように唇を重ねてきたかと思えば、すぐに離れて、擦りつけるように頬を寄せてくる。
荒い息がようやく整い始めた頃、体から力が抜けていくのが分かった。
圭介は肩口に顔をうずめたまま、しばらく動こうとしなかった。
湿った髪が首筋にあたってくすぐったい。
そのまま髪に指を差し込むと、気持ちよさそうに小さく息を吐いた。
「ねえ、苦しいんだけど」
「我慢しろ」
「……水飲みたい」
「あーもう、うるせぇな」
不満そうに言いながらも、圭介は体を起こしてペットボトルを手渡してくれた。
顔を上げた彼が、まだ少し赤みの残る顔でじっと私を見つめた。
「……まだ眠くねぇ」
「私はもう眠いよ」
「オレのおかげで目冴えただろ」
「……バレた?」
降参だと言わんばかりに笑うと、圭介は満足そうにニッと口角を上げた。
八重歯がチラリと覗く。
「なぁ」
「なに?」
「キス」
「また?」
「減るもんじゃねぇだろ」
言い分に呆れつつも、自分から圭介の唇に触れた。
ほんの少し触れ合うだけの軽いキス。
離れようとすると、後頭部を押さえつけられてそのまま引き戻された。
先ほどまでの激しさはなく、ゆっくりと確かめ合うようなキス。
唇の柔らかさと熱が、じわじわと胸の奥まで染み込んでくる。
「……っ」
息が切れて離れると、圭介は満足そうに息を漏らした。
そのまま私の額に自分の額をこん、と軽くぶつける。
「……満足した?」
「まだ」
「まだって」
「一生かかっても足りねぇかもな」
強引な言葉のわりに、抱きしめる力はとても柔らかい。
ゆっくりと落ちてくる眠気に身を任せながら、圭介の胸に顔をうずめた。
「圭介……?」
「……足りねぇっつったろ」
耳元で落とされた低く掠れた囁きに、肩が跳ねる。
首筋に埋められた顔から吐き出される息が、熱を帯びて皮膚を灼いた。
先ほどまで頭を撫でていた手のひらが、シーツに散らばった私の髪をすくい上げ、ゆっくりと顔を上に向かせる。
「……ん」
息を吸う隙間すら与えないほど深く、熱く、舌先で擦られるたび体の奥がじわじわと熱を吹き返す。
整ったはずの息遣いが、またたく間に乱れていく。
「……寝ないの?」
「寝かせねぇよ」
強がるように言うくせに、見下ろしてくる目にはもう余裕がない。
太ももを支える手のひらに力がこもり、再び身体がゆっくりと密着していく。
肌と肌が重なる部分から、一度引いたはずの熱がまたじわじわと広がっていくのが分かった。
「……じゃあ、少しだけね」
「……それ、後悔すんなよ」
言い終わるより早く、圭介の首に腕を回した。
引き寄せられるのと、唇が重なるのは同時だった。
何度も名前を呼ばれながら、抱きしめる腕の強さに身を預ける。
言葉では足りないくらい、もっと近くにいたかった。
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