佐野万次郎
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コンクリートの壁に背中を預け、足元に転がっている男を蹴っ飛ばした。
そいつはうめき声を上げながら、そのまま地面を這いずって逃げていく。
周りを見渡せば、数人の男たちが地面に倒れ伏していた。
「……なんだっつーの。いきなり絡んでくんなよ」
息を整え、拳についた汚れを制服のスカートで雑に拭う。
他校の連中がゾロゾロとたむろしているから何事かと思ったが、どうやら東卍の総長の女だと知って威圧しに来たらしい。
肝心の総長であるマイキーは、少し前にどら焼きを買ってくると言ってどこかへ行ってしまっていた。
その隙を突いて押し潰そうとしたのだろうが、あいにく見くびられたものだ。
乱れた髪の毛を整えていると、遠くからバイクの排気音が近づいてくるのが聞こえた。
聞き覚えのある独特のエンジン音だ。
音は目の前で止まり、マイキーがエンジンを切ってバイクから降りてくる。
片手には袋を提げたままだ。
「ただいまー。どら焼き買ってきたぞー」
呑気な声を上げながら歩いてきたが、周囲の状況に気づくとピタリと足を止めた。
足元には倒れた男たちが転がっている。
そして、その中に立っている私。
マイキーは目を丸くして、倒れている男たちと私の顔を交互に見比べている。
「……なにこれ」
「見たら分かるでしょ。絡まれたから倒したの」
「え、オレが助けに行くやつじゃないのこれ?」
マイキーは心底不思議そうに首をかしげた。
手に持った袋がカサッと音を立てる。
「だってマイキー遅いんだもん」
「オレ、結構急いで戻ってきたつもりなんだけど」
「助けに来る前に終わっちゃったんだから仕方ないでしょ」
マイキーは不服そうに口を尖らせた。
颯爽と登場するはずだったのに、と言いたげな顔をしている。
「怪我は?」
マイキーが近づいてきて、覗き込むように顔を見てきた。
「ないよ」
「ふーん……」
「このくらいで怪我するわけないじゃん」
「あーあ、オレの出番完全にゼロじゃんか」
「かっこよく登場したかった?」
「オレの■■■に手ぇ出すな! って言いたかった」
「なにそれ。漫画の見すぎじゃない?」
思わず笑うと、マイキーは少しだけむっとした顔をして、手に持っていた袋からどら焼きを取り出した。
「うるさいなー。形から入るのも大事だろ」
「はいはい。なんか動いたらお腹すいちゃった」
「オマエもどら焼き食う?」
マイキーはそう言って、どら焼きを一つ差し出してきた。
足元にはまだ数人の男が呻いているというのに、マイキーはまったく気にする様子もなく、その辺の階段に腰を下ろした。
私もその隣に並んで座る。
「……つーかさ」
マイキーがどら焼きを見つめたまま、ぽつりと続ける。
「■■■って、オレがいなくても全然平気?」
その声には、わずかに寂しさがにじんでいるようだった。
普段は無敵の総長として圧倒的な強さを見せつけているくせに、こういう時はふと、年相応の顔を覗かせる。
「……別に、平気じゃないけど」
「顔に余裕って書いてあるぞ」
「マイキーが来てくれたら、私だってヒロインっぽくできたのに」
「絶対無理だろ」
「そんなことない!」
言い返すと、マイキーは「ははっ」と声を上げて笑った。
「オレの前でくらい、強がんなくていいのに」
「強がってるつもりないけど?」
「フツーの女の子は男相手に喧嘩とかしねぇから」
「……それは、向こうが手を出してきたからで」
「■■■が強いのも含めて、オレは大好きだけどさ。頼もしすぎると、オレの立場がない」
マイキーはそう言って、困ったように笑った。
その表情に胸の奥が少しだけ疼く。
「何かあってもマイキーが助けてくれるから、安心して喧嘩できるんだよ?」
「それっていいこと?」
「いいことだよ。マイキーを一番信頼してるってこと」
マイキーは少し驚いたように目を見開いた後、照れくさそうに視線を逸らした。
「そっか。じゃあ、次は早く駆けつけないとな」
「楽しみにしておくね」
「そこはお願いねだろ」
「自分でなんとかできるうちは、自分でやるの」
マイキーは呆れたように息を吐きつつ、私の頭に手を置いた。
乱れた髪を雑になでられる。
「帰ろっか。ケンチンたち待たせてるし」
マイキーが立ち上がり、バイクの方へ歩き出す。
倒れている男たちは、マイキーが動いただけでビクッと体を震わせていた。
最後まで何もできなかった彼らには少し同情するが、自業自得だ。
「マイキー、後ろ乗っていい?」
「当たり前だろ。乗れよ」
バイクに跨った背中にしがみつくと、いつもの温もりが伝わってきた。
「飛ばすから、落っこちるなよ」
「分かってるって」
エンジン音が響き渡り、バイクが勢いよく走り出した。
風を切る感覚が心地いい。
「ねえ、マイキー」
「ん?」
「今度は、ちゃんと助けに来てね」
風の音に負けじと声を張ると、マイキーは前を向いたまま小さく笑った。
「おう。次は秒で助けてやるよ」