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「さっきの女の子たち、すっごく可愛かったね」
隣を歩く男は、だるそうに片眉を上げた。
束ねられた髪の毛先が夕光を透かして柔らかな色合いに見えるけれど、どこか冷めた影がまとわりついている。
「誰のこと言ってる?」
「ほら、さっきのコンビニの前で声かけてきた子たち」
「あー」
「連絡先聞かれてたでしょ」
「覚えてねぇ」
「絶対嘘。連絡先の紙、受け取ってたじゃん」
別に問い詰めたいわけじゃないのに、口を開けば少しだけ尖った言葉がこぼれてしまう。
彼は面倒くさそうに溜息をひとつ吐くと、ポケットに突っ込んでいた手を引っ張り出してみせた。
指先には、小さく折られたメモ用紙が頼りなく挟まっている。
そのままこちらの反応を確かめることもなく、歩道脇のゴミ箱へ躊躇なくそれを放り込んでしまった。
「満足?」
「別に、そういう話じゃないし……」
「……もしかして、妬いてんの?」
「っ……! 妬いてない!」
声が裏返る。
恥ずかしさに耐えていると、くすくすとおかしそうに笑われた。
「顔に書いてあんだけど?」
「書いてない」
「オレがモテるから困るって書いてある」
「適当なこと言わないでよ」
これ以上弄ばれるのが嫌で、そっぽを向いてそのまま通り過ぎようとした。
けれど歩き出した瞬間に、着ていたパーカーのフードを後ろからぐいっと引っ張られる。
勢いを削がれて足が止まり、振り返る間もなく背後から彼の体温を感じた。
「逃げんなって。別にオレ、他の女に興味ねぇよ」
耳元で掠れた低い声が落ちてきて、首筋から背中にかけてゾクゾクと痺れるような感覚が駆け抜けていく。
◇
小さな喫茶店に入り、店奥の小さなボックス席へ二人で座る。
ソファの背もたれに深く身体を預け、運ばれてきたアイスコーヒーのストローを弄んでいる彼と、カラカラと音を立てる氷を見つめる。
「若狭くん、昔からずっとそうよね」
「何が?」
「黙って立ってるだけで、勝手に人が寄ってくる感じ」
「別に、オレから声かけたことねぇし」
「それが一番タチ悪いんだよ」
ストローを咥えたまま、こちらの顔を見つめてくる。
視線に耐えかねて、自分もストローに口をつけた。
「■■■」
「なに」
「オマエさ、他の奴に声かけられた時、断るの遅い」
「え? わたし?」
「先週の道端の奴。ヘラヘラ笑って話聞いてただろ」
予期せぬ場所からの指摘に、ストローを持つ手がぴたりと止まる。
「あれはただ道を聞かれただけで……」
「オレが来るまでずっと話してただろ。断れよ、すぐ」
「……若狭くんに関係ないでしょ」
「関係あるだろ」
間髪入れずに即答されて、胸の奥が跳ね上がった。
グラスの中で氷がカラリと揺れる音が、静かな店内にやけに大きく響いた。
「オレのツレに変な奴が絡んでたら胸糞悪い」
「……ツレって言いたいだけじゃん」
「それ以外に何かあんの?」
試すような言い方と、相変わらず冷めた態度だった。
◇
店を出る頃には、すっかりあたりは濃い群青色に包まれていた。
街灯やネオンの光が路面を濡らしたようにぼんやりと照らしている。
「送る」
「いいよ、近いし一人で帰れるし」
「ダメ」
短く言われて強引に手首を掴まれた。
「ねえ、離して」
「なんで?」
「知り合いに見られたら変な噂立つでしょ」
「別に困んねぇけど?」
「わたしが困るの」
「なんで困るわけ。オマエ、好きな奴でもいんの?」
ピタッと足が止まる。
手首を掴まれたまま振り返ると、彼と視線がぶつかった。
いつものからかうような雰囲気はどこにもない。
「……変な勘違いしたくないの」
「勘違いってなに」
「勝手に期待して、勝手に傷つきたくないの!」
繋がれた手に強い力がこもる。
指先から伝わってくる熱が、夜の冷たい空気を溶かしていくようだった。
「妬いてんのは、オレの方なんだけど」
「……え?」
「オマエが思うほど、オレは余裕ねぇよ」
「……あ、あの」
「……いい加減、オレがどれだけオマエに執着してんのか自覚しろ」
低い声が頭に響く。
互いの顔が近づき、吐息が触れ合うほどの距離で目が合った。
「……いつもみたいに、からかってるんだよね?」
「この状況でからかうほど、器用じゃねぇよ」
溜息混じりに笑われた。
「■■■が勝手に嫉妬して、勝手に離れてくのが一番むかつく」
「……っ、離れようとなんて……」
「そうやって平気な顔して引こうとすんだろ。今日はこのままオレの部屋来い」
「え……?」
「もうダチのフリなんてさせねぇから、覚悟決めろ」