短編
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「……場地」
「あ?」
「もう帰る?」
「ああ」
場地圭介はそう返しながらも、その場から動こうとはしなかった。
向かい合っている距離は近い。
先ほどまで他愛ない話をして笑っていた空気が、そのまま止まってしまったようだった。
ななしは何か言おうとして口を開く。
「今日はありがと」
「それだけか?」
「え?」
「まだ言いてぇことあんだろ」
「……ない」
言い切るには少しだけ間が空いた。
場地はそれを見逃さない。
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「顔に書いてある」
「そんなわけないでしょ」
「ある」
短く返されるたびに調子が狂う。
笑っているのに真面目なのかふざけているのか分からない。
その距離がじわりと縮まった。
「ねえ、場地」
「今度はなんだよ」
「近い」
「そうか?」
「そうだよ……」
「嫌だったら逃げればいいだろ」
「逃げないけど……」
言い終わる前に視線がぶつかる。
近いのに、あと少しだけ届かない。
「緊張してんのか?」
「してない」
「即答だな」
「場地が変なことするから…」
「変なこと?」
「急に近づくし…」
「別に急じゃねぇだろ」
肩をすくめた場地が少し笑う。
「前からこうしたかった」
その言葉を聞いた途端、まともに顔を見られなくなった。
先ほどまで普通に話していたはずなのに、急に意識してしまう。
「おい、どこ見てんだよ?」
耳元ではなく正面から声が落ちる。
顔を戻すと場地がすぐそこにいた。
「集中しろよ」
からかうような笑み。
唇が触れそうで触れない。
「……場地」
「あ?」
「それずるい…」
「何が」
「分かってるくせに」
「分かんねぇから聞いてんだろ」
しれっと返す態度が悔しい。
分かっていてやっているのか。
それとも本当に気にしていないのか判断できない。
その曖昧さが余計に落ち着かなかった。
触れそうで触れない距離のまま、場地は動こうとしない。
「ほら」
「……」
「目ぇ閉じるの早ぇよ」
「っ!」
思わず開けると笑われた。
「…今笑ったでしょ」
「悪ぃ」
「悪いって思ってない」
「まあな」
「場地の意地悪」
「そうかもな」
否定もしない。その余裕がまた悔しい。
ふいに背を向けようとすると腕を軽く引かれた。
「おい」
「何?」
「拗ねんなって」
「拗ねてない」
「拗ねてんだろーが」
「拗ねてません」
言い返すたびに距離が近づいてしまう。
逃げる理由もないのに目だけが泳いだ。
「だから目逸らしてんじゃねえよ」
「……だって」
「あ?」
「恥ずかしい」
小さく漏れた本音に場地の笑みが少しだけ柔らかくなる。
「ったく、そんな顔すんなよ」
「どんな顔?」
「可愛い顔」
「……急に言わないで」
「思ったから言った」
照れ隠しもない、真っ直ぐ過ぎる返答。
ななしは耐えきれずまた目を逸らす。
すると額を軽く指でつつかれた。
「痛い」
「お仕置き」
「なんで?」
「また逃げただろ」
「逃げてないってば」
「逃げてるだろーが」
「だって、見られると落ち着かないの」
「じゃあ慣れろよ」
「そんな簡単じゃない」
「慣れるまで待ってやるよ」
その声だけ急に穏やかだった。
焦らせて遊んでいるだけではない。
無理をさせるつもりもない。
そのことが伝わってくるから余計に鼓動が速くなる。
「……慣れるかな?」
「あ? そのうち慣れんだろ」
「そうかな?」
「じゃあ練習な」
顔を上げると視線が重なる。
逃げないように、逸らさないように。
数秒しか経っていないはずなのに長く感じる。
場地が満足そうに笑った。
「そうそう」
「これでいい?」
「もうちょい」
「まだあるの?」
「あるだろ」
「厳しい……」
思わず笑ってしまう。
その笑顔を見た場地もつられて笑った。
張りつめていた空気が少し和らぐ。
「笑った方がいいじゃん」
「場地のせいで笑えなかったんだけど」
「俺のせいか?」
「そうでしょ」
「なら責任取ってやるよ」
「どうやって」
返事の代わりに距離が縮まる。
今度は焦らさない。
唇がそっと重なる。
短く触れて離れると場地は照れたように鼻をこすった。
「……これで満足か?」
「場地が?」
「俺はまだ足りねぇ」
「……欲張り」
「そうだな」
二人で笑い合う。
先ほどまで恥ずかしくて見られなかった顔を今はちゃんと見返せる。
「もう帰る?」
「ああ、帰る」
「今度はちゃんと?」
「そうだな」
隣を歩く場地の腕が時々触れる。
さっきまで気にしていた距離も、今は不思議と嫌じゃなかった。
「あ?」
「もう帰る?」
「ああ」
場地圭介はそう返しながらも、その場から動こうとはしなかった。
向かい合っている距離は近い。
先ほどまで他愛ない話をして笑っていた空気が、そのまま止まってしまったようだった。
ななしは何か言おうとして口を開く。
「今日はありがと」
「それだけか?」
「え?」
「まだ言いてぇことあんだろ」
「……ない」
言い切るには少しだけ間が空いた。
場地はそれを見逃さない。
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「顔に書いてある」
「そんなわけないでしょ」
「ある」
短く返されるたびに調子が狂う。
笑っているのに真面目なのかふざけているのか分からない。
その距離がじわりと縮まった。
「ねえ、場地」
「今度はなんだよ」
「近い」
「そうか?」
「そうだよ……」
「嫌だったら逃げればいいだろ」
「逃げないけど……」
言い終わる前に視線がぶつかる。
近いのに、あと少しだけ届かない。
「緊張してんのか?」
「してない」
「即答だな」
「場地が変なことするから…」
「変なこと?」
「急に近づくし…」
「別に急じゃねぇだろ」
肩をすくめた場地が少し笑う。
「前からこうしたかった」
その言葉を聞いた途端、まともに顔を見られなくなった。
先ほどまで普通に話していたはずなのに、急に意識してしまう。
「おい、どこ見てんだよ?」
耳元ではなく正面から声が落ちる。
顔を戻すと場地がすぐそこにいた。
「集中しろよ」
からかうような笑み。
唇が触れそうで触れない。
「……場地」
「あ?」
「それずるい…」
「何が」
「分かってるくせに」
「分かんねぇから聞いてんだろ」
しれっと返す態度が悔しい。
分かっていてやっているのか。
それとも本当に気にしていないのか判断できない。
その曖昧さが余計に落ち着かなかった。
触れそうで触れない距離のまま、場地は動こうとしない。
「ほら」
「……」
「目ぇ閉じるの早ぇよ」
「っ!」
思わず開けると笑われた。
「…今笑ったでしょ」
「悪ぃ」
「悪いって思ってない」
「まあな」
「場地の意地悪」
「そうかもな」
否定もしない。その余裕がまた悔しい。
ふいに背を向けようとすると腕を軽く引かれた。
「おい」
「何?」
「拗ねんなって」
「拗ねてない」
「拗ねてんだろーが」
「拗ねてません」
言い返すたびに距離が近づいてしまう。
逃げる理由もないのに目だけが泳いだ。
「だから目逸らしてんじゃねえよ」
「……だって」
「あ?」
「恥ずかしい」
小さく漏れた本音に場地の笑みが少しだけ柔らかくなる。
「ったく、そんな顔すんなよ」
「どんな顔?」
「可愛い顔」
「……急に言わないで」
「思ったから言った」
照れ隠しもない、真っ直ぐ過ぎる返答。
ななしは耐えきれずまた目を逸らす。
すると額を軽く指でつつかれた。
「痛い」
「お仕置き」
「なんで?」
「また逃げただろ」
「逃げてないってば」
「逃げてるだろーが」
「だって、見られると落ち着かないの」
「じゃあ慣れろよ」
「そんな簡単じゃない」
「慣れるまで待ってやるよ」
その声だけ急に穏やかだった。
焦らせて遊んでいるだけではない。
無理をさせるつもりもない。
そのことが伝わってくるから余計に鼓動が速くなる。
「……慣れるかな?」
「あ? そのうち慣れんだろ」
「そうかな?」
「じゃあ練習な」
顔を上げると視線が重なる。
逃げないように、逸らさないように。
数秒しか経っていないはずなのに長く感じる。
場地が満足そうに笑った。
「そうそう」
「これでいい?」
「もうちょい」
「まだあるの?」
「あるだろ」
「厳しい……」
思わず笑ってしまう。
その笑顔を見た場地もつられて笑った。
張りつめていた空気が少し和らぐ。
「笑った方がいいじゃん」
「場地のせいで笑えなかったんだけど」
「俺のせいか?」
「そうでしょ」
「なら責任取ってやるよ」
「どうやって」
返事の代わりに距離が縮まる。
今度は焦らさない。
唇がそっと重なる。
短く触れて離れると場地は照れたように鼻をこすった。
「……これで満足か?」
「場地が?」
「俺はまだ足りねぇ」
「……欲張り」
「そうだな」
二人で笑い合う。
先ほどまで恥ずかしくて見られなかった顔を今はちゃんと見返せる。
「もう帰る?」
「ああ、帰る」
「今度はちゃんと?」
「そうだな」
隣を歩く場地の腕が時々触れる。
さっきまで気にしていた距離も、今は不思議と嫌じゃなかった。
