短編
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乱れたシーツの上に放り出された肩を、冷えた空気に触れさせまいと持ち上げた瞬間、かすかな吐息が落ちた。
微かに湿り気を帯びた長い髪を指先ではらい、灰谷蘭はベッドの端に腰掛けたまま横たわる相手の姿を覗き込む。
「……蘭、もう無理」
かすれた声で呟き、まぶたを重そうに閉じかけている。
呼吸はまだ浅く、胸元が小さく上下を繰り返していた。
「ん? なんか言った?」
「言った。一回って約束したでしょ」
薄目をあけて睨もうとしてくるが、そこに力は入っていない。
枕に埋もれた頬はかすかに赤らんだままだ。
蘭はふっと鼻で笑うと、ベッドのフレームに背を預け肘を膝についた。
「そんな約束したっけ」
「した。はじめる前に言った」
「俺、うんって言ったっけ?」
「言ったし、小さく頷いてた」
記憶を正確に辿ろうとする姿勢に、蘭はくつくつと喉を鳴らした。
「あー……そうだっけ?」
「ズルい」
枕に顔を押し付けて小さく唸る声に、蘭の眉が緩む。
伸ばした手で、首筋にへばりついていた髪を優しく払いのけた。
指先が素肌に触れると、びくっと小さな反応が返ってくる。
「別にズルくねぇよ。お前が可愛すぎるのが悪い」
指先で肩の曲線をなぞると、小さな抗議の声が上がった。
「口だけはうまいんだから」
「口以外もうまかっただろ」
「え、なに? 下ネタ?」
「本気で言ってるんだけど」
「ほんと、嘘つき」
「まだ足りねぇんだよ」
蘭は体を低くし、耳元へ顔を近づけた。
吐息が耳朶をかすめると、身を縮めるのがわかる。
「……ねぇ、明日早いんだけど」
「それ、関係ある?」
「関係しかないよ。起きられなかったらどうするの」
「俺が起こしてやるから平気だろ」
「蘭が私より先に起きるわけないじゃん」
即座に返ってきた言葉に、蘭は楽しそうに目を細めた。
「そこは気合いでどうにかする」
「絶対ウソ」
「疑い深いなぁ、ななしちゃんは」
蘭は体を起こすと、ベッドの脇に置かれたシーツの端を引き寄せ、その体の上に軽く掛け直した。
だが、そのまま離れる気配は見せない。
◇
部屋の明かりは落とされ、間接照明の橙色が壁の隅をわずかに照らしている。
静けさが戻りかけた室内で、相手はじっと蘭の顔を見上げていた。
「んで、寝るの?」
「どうせ寝かせてくれないんでしょ」
「察しが良くて助かる」
蘭は口元に薄い笑みを浮かべ、腕を伸ばして相手の身体を抱き寄せた。
すっぽりと腕の中に収まる感触を確かめるように、少しだけ力を込める。
「……ほんと、容赦ない」
「今更だろ。最初から優しくする気なんてねぇよ」
「最初の頃はすごく優しかった」
「それはお前を油断させるため」
「ほんと、悪い男だ」
胸元に押し付けられた頭を、蘭は撫でた。
さらりとした髪の感触が指を抜けていく。
「嫌なら逃げれば?」
「蘭から逃げられるわけないじゃん」
「さすが、よくわかってる」
あえて重みをかけるように体勢を崩すと、小さな悲鳴にも似た息が漏れた。
「ねぇ、蘭」
「ん?」
「ホントに一回で終わると思ってたの、最初は」
「うん」
「明日の予定もあるし、蘭も疲れてるのかなって」
蘭は少しだけ身体を離し、相手の顔を正面から見据えた。
呆れたような、けれどどこか嬉しそうな色がその表情に混ざる。
「俺が疲れてたくらいで、お前を前にして途中でやめると思う?」
「……思わないの?」
「お前、なんでそこは察しがわるいの?」
爪先が相手の足をかすめるほど近づくと、相手は小さく息を吸い込んだ。
観念したように力を抜く感覚が、肌を通して伝わってくる。
「……明日、寝坊したらどうしよう」
「全部俺のせいにしな」
満足そうに頷いた蘭は、その唇を指で軽く突いた。
ニヤリと笑う蘭の顔が視界を覆い、重ねられた熱が再び二人の隙間を埋めていった。
微かに湿り気を帯びた長い髪を指先ではらい、灰谷蘭はベッドの端に腰掛けたまま横たわる相手の姿を覗き込む。
「……蘭、もう無理」
かすれた声で呟き、まぶたを重そうに閉じかけている。
呼吸はまだ浅く、胸元が小さく上下を繰り返していた。
「ん? なんか言った?」
「言った。一回って約束したでしょ」
薄目をあけて睨もうとしてくるが、そこに力は入っていない。
枕に埋もれた頬はかすかに赤らんだままだ。
蘭はふっと鼻で笑うと、ベッドのフレームに背を預け肘を膝についた。
「そんな約束したっけ」
「した。はじめる前に言った」
「俺、うんって言ったっけ?」
「言ったし、小さく頷いてた」
記憶を正確に辿ろうとする姿勢に、蘭はくつくつと喉を鳴らした。
「あー……そうだっけ?」
「ズルい」
枕に顔を押し付けて小さく唸る声に、蘭の眉が緩む。
伸ばした手で、首筋にへばりついていた髪を優しく払いのけた。
指先が素肌に触れると、びくっと小さな反応が返ってくる。
「別にズルくねぇよ。お前が可愛すぎるのが悪い」
指先で肩の曲線をなぞると、小さな抗議の声が上がった。
「口だけはうまいんだから」
「口以外もうまかっただろ」
「え、なに? 下ネタ?」
「本気で言ってるんだけど」
「ほんと、嘘つき」
「まだ足りねぇんだよ」
蘭は体を低くし、耳元へ顔を近づけた。
吐息が耳朶をかすめると、身を縮めるのがわかる。
「……ねぇ、明日早いんだけど」
「それ、関係ある?」
「関係しかないよ。起きられなかったらどうするの」
「俺が起こしてやるから平気だろ」
「蘭が私より先に起きるわけないじゃん」
即座に返ってきた言葉に、蘭は楽しそうに目を細めた。
「そこは気合いでどうにかする」
「絶対ウソ」
「疑い深いなぁ、ななしちゃんは」
蘭は体を起こすと、ベッドの脇に置かれたシーツの端を引き寄せ、その体の上に軽く掛け直した。
だが、そのまま離れる気配は見せない。
◇
部屋の明かりは落とされ、間接照明の橙色が壁の隅をわずかに照らしている。
静けさが戻りかけた室内で、相手はじっと蘭の顔を見上げていた。
「んで、寝るの?」
「どうせ寝かせてくれないんでしょ」
「察しが良くて助かる」
蘭は口元に薄い笑みを浮かべ、腕を伸ばして相手の身体を抱き寄せた。
すっぽりと腕の中に収まる感触を確かめるように、少しだけ力を込める。
「……ほんと、容赦ない」
「今更だろ。最初から優しくする気なんてねぇよ」
「最初の頃はすごく優しかった」
「それはお前を油断させるため」
「ほんと、悪い男だ」
胸元に押し付けられた頭を、蘭は撫でた。
さらりとした髪の感触が指を抜けていく。
「嫌なら逃げれば?」
「蘭から逃げられるわけないじゃん」
「さすが、よくわかってる」
あえて重みをかけるように体勢を崩すと、小さな悲鳴にも似た息が漏れた。
「ねぇ、蘭」
「ん?」
「ホントに一回で終わると思ってたの、最初は」
「うん」
「明日の予定もあるし、蘭も疲れてるのかなって」
蘭は少しだけ身体を離し、相手の顔を正面から見据えた。
呆れたような、けれどどこか嬉しそうな色がその表情に混ざる。
「俺が疲れてたくらいで、お前を前にして途中でやめると思う?」
「……思わないの?」
「お前、なんでそこは察しがわるいの?」
爪先が相手の足をかすめるほど近づくと、相手は小さく息を吸い込んだ。
観念したように力を抜く感覚が、肌を通して伝わってくる。
「……明日、寝坊したらどうしよう」
「全部俺のせいにしな」
満足そうに頷いた蘭は、その唇を指で軽く突いた。
ニヤリと笑う蘭の顔が視界を覆い、重ねられた熱が再び二人の隙間を埋めていった。
