短編
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「……なんで来たんだよ」
少しぶっきらぼうな声だった。
場地は壁にもたれたまま顔だけこちらへ向ける。
衣服はところどころ乱れていて頬には薄い擦り傷が残っていた。
「心配だったから」
「だからって探し回るか普通」
「探すよ」
返事は短かった。
それ以上言葉が続かない。
場地は困ったように頭をかき、わずかに目をそらす。
「……ったく」
「ケガ、痛そう」
「大したことねぇ」
「でも……」
「平気だって言ってんだろ」
言い切られても納得できなかった。
近づいて傷を見ようとすると、場地は少しだけ後ろへ下がる。
「だから大したことねぇって」
「そういう問題じゃないの」
「お前なぁ……」
「ほんとに平気なの?」
「だからそう言ってる」
「またそうやって無茶して」
「無茶じゃねぇよ」
「毎回そう言うじゃん……」
一粒の涙がこぼれたのをきっかけに、次から次へと涙があふれて止まらなくなった。
慌てて袖で拭こうとしても次から次へと視界が滲む。
「ちょ……」
場地の声が詰まる。
「おい」
返事はなく、肩だけが小さく震えていた。
「……お前、泣いてんじゃねえよ」
「だって……」
「泣かれるとどうしていいか分かんなくなるだろ」
その一言が余計に涙を誘った。
「ごめ……」
「謝んな」
「でも」
「だから謝んなって」
場地は何度も言いかけてはやめる。
喧嘩ならどうにでもなる。
殴られても殴り返せば終わる。
けれど、ななしの涙だけは勝手が違う。
◇
「……ほら」
場地はポケットを探り小さく丸めたハンカチを取り出した。
「これ使え」
「場地、ハンカチなんて持ってたんだ」
「……うるせー」
受け取ると少しだけ温かかった。
「ありがと……」
「早く泣き止め」
「そんな簡単に言わないでよ」
思わず小さく笑う。
その笑顔を見て場地は露骨に肩の力を抜いた。
「笑えんじゃねぇか」
「泣いてたの誰のせいだと思ってるの」
「俺?」
「他に誰がいるの」
「悪かった」
即答だった。
珍しく素直な謝罪に目を丸くすると場地は照れくさそうに鼻をこする。
「そんな顔すんな」
「だって場地がちゃんと謝るなんて」
「失礼だなお前」
「ふふ」
「だから笑うなって」
言いながら場地も少し笑っている。
◇
静かな時間が流れた。
風が通り、揺れた髪を場地はかき上げた。
「怖かったんだよ」
「……何が」
「もう会えないんじゃないかって」
その言葉だけで十分だった。
場地は目を閉じて短く息を吐く。
「俺はさ、簡単に約束できるような生き方してねぇ」
「うん」
「だけど、心配させたいわけじゃねぇんだ」
「分かってる」
「なら」
「分かってても嫌なの」
場地は返す言葉を探したが見つからない。
何度も口を開いて閉じる。
結局出てきたのは、小さなため息だけだった。
「……敵わねぇ」
「何が」
「お前には」
◇
少しだけ距離が近づく。
「まだ泣くのか?」
「……少しだけ」
「早く泣き止めよ」
「だって」
「勘弁してくれ」
場地は困ったように笑いながら顔を近づけた。
「……おい、目閉じろ」
「なんで」
「いいから」
言われるままに目を閉じる。
次の瞬間、唇へやわらかな感触が触れた。
ほんの短い、触れるだけの口づけ。
離れたあとも、その熱だけが残る。
「……場地」
「……泣き止むかと思って」
「そういう理由なの」
「半分は」
「もう半分は」
聞くと場地は耳まで赤くした。
「言わせんな」
「聞きたい」
「無理」
「場地、お願い」
場地は観念したように肩を落とす。
「……好きだからだよ」
今度は照れ隠しもなかった。
真っすぐな一言。
「……わたしも」
言い終わる前に場地が照れくさそうに笑う。
「知ってる」
「なんで」
「今の顔見りゃ分かる」
「あんまり見ないで」
「無理」
「恥ずかしい」
「俺も恥ずかしい」
珍しく弱気な声だった。
◇
「今日は帰るぞ」
「うん」
「送る」
「平気」
「平気じゃねぇだろ」
さっきまで自分が言われていた言葉を返され、思わず吹き出す。
「笑うなって」
「場地が言ったのに」
「俺が言うのはいい」
「ずるい」
「そういうもんだろ」
さっきまで胸につかえていたものが、少しだけ軽くなっていた。
何気ない会話が続く。
「あー、腹減った」
「急だね」
「さっきからずっと減ってる」
「じゃあ何か食べる?」
「奢りなら」
「えぇ?」
「泣かせた慰謝料だ」
「逆じゃない?」
「細かいこと気にすんな」
「場地らしい」
「褒めてるか」
「もちろん」
「ならいい」
笑い声が重なる。
歩幅は自然とそろっていた。
「……今日はありがとな」
「何もしてないよ」
「来てくれただろ」
「心配だったから」
「また心配かけるかもしれねぇ」
正直すぎる言葉だった。
「でも、お前のところにはちゃんと帰ってくるから」
「うん」
「だから、もう泣くなよ」
「……約束はできない」
「だよな」
苦笑したあと、場地はもう一度だけこちらを見た。
「結局泣かせてんの、俺だもんな」
その言葉に返事をすると場地は照れくさそうに笑って歩き出す。
今度はその背中を見失わないよう同じ速さで隣へ並んだ。
少しぶっきらぼうな声だった。
場地は壁にもたれたまま顔だけこちらへ向ける。
衣服はところどころ乱れていて頬には薄い擦り傷が残っていた。
「心配だったから」
「だからって探し回るか普通」
「探すよ」
返事は短かった。
それ以上言葉が続かない。
場地は困ったように頭をかき、わずかに目をそらす。
「……ったく」
「ケガ、痛そう」
「大したことねぇ」
「でも……」
「平気だって言ってんだろ」
言い切られても納得できなかった。
近づいて傷を見ようとすると、場地は少しだけ後ろへ下がる。
「だから大したことねぇって」
「そういう問題じゃないの」
「お前なぁ……」
「ほんとに平気なの?」
「だからそう言ってる」
「またそうやって無茶して」
「無茶じゃねぇよ」
「毎回そう言うじゃん……」
一粒の涙がこぼれたのをきっかけに、次から次へと涙があふれて止まらなくなった。
慌てて袖で拭こうとしても次から次へと視界が滲む。
「ちょ……」
場地の声が詰まる。
「おい」
返事はなく、肩だけが小さく震えていた。
「……お前、泣いてんじゃねえよ」
「だって……」
「泣かれるとどうしていいか分かんなくなるだろ」
その一言が余計に涙を誘った。
「ごめ……」
「謝んな」
「でも」
「だから謝んなって」
場地は何度も言いかけてはやめる。
喧嘩ならどうにでもなる。
殴られても殴り返せば終わる。
けれど、ななしの涙だけは勝手が違う。
◇
「……ほら」
場地はポケットを探り小さく丸めたハンカチを取り出した。
「これ使え」
「場地、ハンカチなんて持ってたんだ」
「……うるせー」
受け取ると少しだけ温かかった。
「ありがと……」
「早く泣き止め」
「そんな簡単に言わないでよ」
思わず小さく笑う。
その笑顔を見て場地は露骨に肩の力を抜いた。
「笑えんじゃねぇか」
「泣いてたの誰のせいだと思ってるの」
「俺?」
「他に誰がいるの」
「悪かった」
即答だった。
珍しく素直な謝罪に目を丸くすると場地は照れくさそうに鼻をこする。
「そんな顔すんな」
「だって場地がちゃんと謝るなんて」
「失礼だなお前」
「ふふ」
「だから笑うなって」
言いながら場地も少し笑っている。
◇
静かな時間が流れた。
風が通り、揺れた髪を場地はかき上げた。
「怖かったんだよ」
「……何が」
「もう会えないんじゃないかって」
その言葉だけで十分だった。
場地は目を閉じて短く息を吐く。
「俺はさ、簡単に約束できるような生き方してねぇ」
「うん」
「だけど、心配させたいわけじゃねぇんだ」
「分かってる」
「なら」
「分かってても嫌なの」
場地は返す言葉を探したが見つからない。
何度も口を開いて閉じる。
結局出てきたのは、小さなため息だけだった。
「……敵わねぇ」
「何が」
「お前には」
◇
少しだけ距離が近づく。
「まだ泣くのか?」
「……少しだけ」
「早く泣き止めよ」
「だって」
「勘弁してくれ」
場地は困ったように笑いながら顔を近づけた。
「……おい、目閉じろ」
「なんで」
「いいから」
言われるままに目を閉じる。
次の瞬間、唇へやわらかな感触が触れた。
ほんの短い、触れるだけの口づけ。
離れたあとも、その熱だけが残る。
「……場地」
「……泣き止むかと思って」
「そういう理由なの」
「半分は」
「もう半分は」
聞くと場地は耳まで赤くした。
「言わせんな」
「聞きたい」
「無理」
「場地、お願い」
場地は観念したように肩を落とす。
「……好きだからだよ」
今度は照れ隠しもなかった。
真っすぐな一言。
「……わたしも」
言い終わる前に場地が照れくさそうに笑う。
「知ってる」
「なんで」
「今の顔見りゃ分かる」
「あんまり見ないで」
「無理」
「恥ずかしい」
「俺も恥ずかしい」
珍しく弱気な声だった。
◇
「今日は帰るぞ」
「うん」
「送る」
「平気」
「平気じゃねぇだろ」
さっきまで自分が言われていた言葉を返され、思わず吹き出す。
「笑うなって」
「場地が言ったのに」
「俺が言うのはいい」
「ずるい」
「そういうもんだろ」
さっきまで胸につかえていたものが、少しだけ軽くなっていた。
何気ない会話が続く。
「あー、腹減った」
「急だね」
「さっきからずっと減ってる」
「じゃあ何か食べる?」
「奢りなら」
「えぇ?」
「泣かせた慰謝料だ」
「逆じゃない?」
「細かいこと気にすんな」
「場地らしい」
「褒めてるか」
「もちろん」
「ならいい」
笑い声が重なる。
歩幅は自然とそろっていた。
「……今日はありがとな」
「何もしてないよ」
「来てくれただろ」
「心配だったから」
「また心配かけるかもしれねぇ」
正直すぎる言葉だった。
「でも、お前のところにはちゃんと帰ってくるから」
「うん」
「だから、もう泣くなよ」
「……約束はできない」
「だよな」
苦笑したあと、場地はもう一度だけこちらを見た。
「結局泣かせてんの、俺だもんな」
その言葉に返事をすると場地は照れくさそうに笑って歩き出す。
今度はその背中を見失わないよう同じ速さで隣へ並んだ。
