短編
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ドアが閉まった瞬間だった。
「ななし」
低い声で名前を呼ばれて、ななしは振り返る。
そこにいた三ツ谷は、いつもの落ち着いた表情とは少し違っていた。
「……どうしたの?」
「それ、俺が聞きたい」
「え?」
三ツ谷が近づく。
普段なら相手の様子を見て、言葉を選ぶ三ツ谷。
でも今日は違った。
珍しく余裕をなくしていた。
「最近、俺のこと避けてるだろ」
「避けてない」
「じゃあ、なんで目合わせない」
「……」
図星だった。
でも理由を言うのは簡単じゃない。
「ななし」
「なに」
「俺、何かした?」
「してないよ」
「本当に?」
「本当」
三ツ谷は少しだけ困ったように笑った。
「じゃあ余計に分からない」
「……」
「俺だけ気にしてるみたいでさ」
その言葉に、ななしは顔を上げた。
「三ツ谷が?」
「そう」
「三ツ谷でもそんなこと思うんだ」
「思うよ」
即答だった。
「俺だって普通に不安になる」
その一言が意外だった。
三ツ谷はいつも余裕がある。
周りを見て、先回りして、誰かが困る前に助ける。
だから、悩んだり迷ったりする姿なんてあまり見たことがなかった。
「……わたし」
「うん」
「三ツ谷が誰にでも優しいから」
「うん」
「分からなくなった」
三ツ谷の表情が少し変わる。
「何が?」
「わたしに向けてるものも、他の人と同じなのかなって」
言った瞬間、胸の奥が苦しくなった。
今さら何を言っているんだと思う。
でも、一度口にしたら止まらなかった。
「三ツ谷って、誰にでも優しいから」
「……」
「一人で勝手に期待してた」
しばらく沈黙が落ちる。
その間、三ツ谷は何も言わなかった。
怒ったわけでも、困ったわけでもない。
ただ、何かを考えている顔だった。
◇
「ななし」
「うん」
「こっち見て」
言われた通りに顔を上げる。
三ツ谷は真剣な表情をしていた。
「俺は、たぶん変わらない」
「……」
「でも」
三ツ谷の声が少し低くなる。
「ななしに対してまで同じだと思われるのは、嫌だ」
「え」
「俺、そんな器用じゃないからさ」
思わず目を瞬く。
「三ツ谷が?」
「そう」
三ツ谷は小さく息を吐いた。
「ずっと言うタイミング探してた」
「何を?」
「好きってこと」
まっすぐすぎる言葉だった。
冗談みたいに笑うこともなく、誤魔化すこともない。
「……」
「黙られると困る」
「ごめん」
「謝らなくていい」
三ツ谷が少し笑う。
「ただ、反応見たかった」
「ずるい」
「何が?」
「そんな顔で言うところ」
「どんな顔だよ」
「分からない」
「分からないのか」
いつものやり取りみたいに言葉が返ってくる。
それだけなのに、さっきまで張り詰めていたものが少しだけほどけた。
「三ツ谷」
「ん?」
「わたしも……」
そこで言葉が止まる。
三ツ谷の視線が揺れた。
「続き、聞かせて」
「……」
「ななし」
「わたしも、三ツ谷のこと好き」
その瞬間だった。
三ツ谷の表情から、いつもの余裕が消えた。
「……参った」
「え?」
「そんな顔で言われると思わなかった」
「どんな顔?」
「自分で分かってないところがまた困る」
そう言って笑ったあと、三ツ谷はななしの腕を掴んだ。
「三ツ谷?」
「ごめん」
「何が?」
「たぶん、今まで我慢してた分」
次の瞬間、唇が重なった。
名前を呼ぶ暇もないほど突然で、離れたと思ったらまた近づかれる。
予期せぬ出来事に言葉が出なかった。
離れたあとも、頭の中は追いついていない。
「……三ツ谷」
「うん」
「急すぎる」
「分かってる」
「分かってるんだ」
「分かってるけど」
三ツ谷は困ったように笑う。
「我慢できなかった」
いつもの三ツ谷なら、こんなことはしない。
相手がどう思うかを考えて、ちゃんと確認してから動く人だ。
だからこそ、今目の前にいる三ツ谷がどれだけ余裕をなくしているのか分かった。
「嫌だった?」
「……」
「ななし」
「嫌なわけないじゃん」
その答えを聞いた瞬間、三ツ谷の表情が少しだけ柔らかくなる。
「よかった」
「そんなに不安だったの?」
「そりゃなる」
「三ツ谷が?」
「何回言わせるんだよ」
少し呆れたような声。
でも、その声は優しかった。
「俺だって好きな奴のことになると余裕なくなる」
「知らなかった」
「見せてなかったから」
「なんで?」
「格好つけたかった」
あまりにも素直な理由で、思わず笑ってしまう。
「笑うなよ」
「ごめん」
「絶対反省してないだろ」
「してる」
「顔が違う」
そんな会話をしている時間が、不思議なくらい心地よかった。
今まで遠慮していたものが、少しずつなくなっていく。
「ななし」
「なに?」
「もう一回聞くけど」
「うん」
「本当に俺でいい?」
その問いかけには、少しだけ不安が混ざっていた。
「三ツ谷じゃなきゃ嫌」
答えると、三ツ谷は目を伏せる。
「……それは反則」
「また?」
「嬉しいって意味」
そう言ったあと、三ツ谷はゆっくり距離を縮めた。
今度はさっきみたいな勢いではなかった。
確かめるように、名前を呼びながら。
「ななし」
「うん」
「好き」
「わたしも」
短い言葉だけで十分だった。
普段は落ち着いている三ツ谷も、好きな相手の前では、ちゃんと迷って、焦って、余裕をなくす。
その姿を知れたことが、何より嬉しかった。
「帰るか」
「うん」
歩き出したあと、三ツ谷が手を繋ぐ。
「三ツ谷」
「ん?」
「まだ緊張してる?」
「してる」
「意外」
「だから言っただろ」
三ツ谷は笑った。
「俺も普通の男だって」
その言葉に、ななしも笑う。
今まで感じていた距離は、もうなかった。
特別だと思いたかった気持ちは、ちゃんと届いていた。
「ななし」
低い声で名前を呼ばれて、ななしは振り返る。
そこにいた三ツ谷は、いつもの落ち着いた表情とは少し違っていた。
「……どうしたの?」
「それ、俺が聞きたい」
「え?」
三ツ谷が近づく。
普段なら相手の様子を見て、言葉を選ぶ三ツ谷。
でも今日は違った。
珍しく余裕をなくしていた。
「最近、俺のこと避けてるだろ」
「避けてない」
「じゃあ、なんで目合わせない」
「……」
図星だった。
でも理由を言うのは簡単じゃない。
「ななし」
「なに」
「俺、何かした?」
「してないよ」
「本当に?」
「本当」
三ツ谷は少しだけ困ったように笑った。
「じゃあ余計に分からない」
「……」
「俺だけ気にしてるみたいでさ」
その言葉に、ななしは顔を上げた。
「三ツ谷が?」
「そう」
「三ツ谷でもそんなこと思うんだ」
「思うよ」
即答だった。
「俺だって普通に不安になる」
その一言が意外だった。
三ツ谷はいつも余裕がある。
周りを見て、先回りして、誰かが困る前に助ける。
だから、悩んだり迷ったりする姿なんてあまり見たことがなかった。
「……わたし」
「うん」
「三ツ谷が誰にでも優しいから」
「うん」
「分からなくなった」
三ツ谷の表情が少し変わる。
「何が?」
「わたしに向けてるものも、他の人と同じなのかなって」
言った瞬間、胸の奥が苦しくなった。
今さら何を言っているんだと思う。
でも、一度口にしたら止まらなかった。
「三ツ谷って、誰にでも優しいから」
「……」
「一人で勝手に期待してた」
しばらく沈黙が落ちる。
その間、三ツ谷は何も言わなかった。
怒ったわけでも、困ったわけでもない。
ただ、何かを考えている顔だった。
◇
「ななし」
「うん」
「こっち見て」
言われた通りに顔を上げる。
三ツ谷は真剣な表情をしていた。
「俺は、たぶん変わらない」
「……」
「でも」
三ツ谷の声が少し低くなる。
「ななしに対してまで同じだと思われるのは、嫌だ」
「え」
「俺、そんな器用じゃないからさ」
思わず目を瞬く。
「三ツ谷が?」
「そう」
三ツ谷は小さく息を吐いた。
「ずっと言うタイミング探してた」
「何を?」
「好きってこと」
まっすぐすぎる言葉だった。
冗談みたいに笑うこともなく、誤魔化すこともない。
「……」
「黙られると困る」
「ごめん」
「謝らなくていい」
三ツ谷が少し笑う。
「ただ、反応見たかった」
「ずるい」
「何が?」
「そんな顔で言うところ」
「どんな顔だよ」
「分からない」
「分からないのか」
いつものやり取りみたいに言葉が返ってくる。
それだけなのに、さっきまで張り詰めていたものが少しだけほどけた。
「三ツ谷」
「ん?」
「わたしも……」
そこで言葉が止まる。
三ツ谷の視線が揺れた。
「続き、聞かせて」
「……」
「ななし」
「わたしも、三ツ谷のこと好き」
その瞬間だった。
三ツ谷の表情から、いつもの余裕が消えた。
「……参った」
「え?」
「そんな顔で言われると思わなかった」
「どんな顔?」
「自分で分かってないところがまた困る」
そう言って笑ったあと、三ツ谷はななしの腕を掴んだ。
「三ツ谷?」
「ごめん」
「何が?」
「たぶん、今まで我慢してた分」
次の瞬間、唇が重なった。
名前を呼ぶ暇もないほど突然で、離れたと思ったらまた近づかれる。
予期せぬ出来事に言葉が出なかった。
離れたあとも、頭の中は追いついていない。
「……三ツ谷」
「うん」
「急すぎる」
「分かってる」
「分かってるんだ」
「分かってるけど」
三ツ谷は困ったように笑う。
「我慢できなかった」
いつもの三ツ谷なら、こんなことはしない。
相手がどう思うかを考えて、ちゃんと確認してから動く人だ。
だからこそ、今目の前にいる三ツ谷がどれだけ余裕をなくしているのか分かった。
「嫌だった?」
「……」
「ななし」
「嫌なわけないじゃん」
その答えを聞いた瞬間、三ツ谷の表情が少しだけ柔らかくなる。
「よかった」
「そんなに不安だったの?」
「そりゃなる」
「三ツ谷が?」
「何回言わせるんだよ」
少し呆れたような声。
でも、その声は優しかった。
「俺だって好きな奴のことになると余裕なくなる」
「知らなかった」
「見せてなかったから」
「なんで?」
「格好つけたかった」
あまりにも素直な理由で、思わず笑ってしまう。
「笑うなよ」
「ごめん」
「絶対反省してないだろ」
「してる」
「顔が違う」
そんな会話をしている時間が、不思議なくらい心地よかった。
今まで遠慮していたものが、少しずつなくなっていく。
「ななし」
「なに?」
「もう一回聞くけど」
「うん」
「本当に俺でいい?」
その問いかけには、少しだけ不安が混ざっていた。
「三ツ谷じゃなきゃ嫌」
答えると、三ツ谷は目を伏せる。
「……それは反則」
「また?」
「嬉しいって意味」
そう言ったあと、三ツ谷はゆっくり距離を縮めた。
今度はさっきみたいな勢いではなかった。
確かめるように、名前を呼びながら。
「ななし」
「うん」
「好き」
「わたしも」
短い言葉だけで十分だった。
普段は落ち着いている三ツ谷も、好きな相手の前では、ちゃんと迷って、焦って、余裕をなくす。
その姿を知れたことが、何より嬉しかった。
「帰るか」
「うん」
歩き出したあと、三ツ谷が手を繋ぐ。
「三ツ谷」
「ん?」
「まだ緊張してる?」
「してる」
「意外」
「だから言っただろ」
三ツ谷は笑った。
「俺も普通の男だって」
その言葉に、ななしも笑う。
今まで感じていた距離は、もうなかった。
特別だと思いたかった気持ちは、ちゃんと届いていた。
