短編
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「ななし」
名前を呼ばれて振り返る。
「うわ、本当にいた」
「失礼じゃない?」
「だって連絡返さねぇし」
竜胆は眉を寄せたまま近づいてきた。
「三時間」
「なにが?」
「既読ついてから返信来るまで」
「数えてたの?」
「暇だったから」
そう言いながら全然暇そうな顔をしていない。
「で?」
「でって?」
「なんで返さねぇんだよ」
ななしは少し考えてから肩をすくめた。
「返そうと思って忘れてた」
「最悪」
「ごめんって」
「反省してる顔じゃねぇ」
竜胆は小さくため息をついた。
「兄貴には笑われるし」
「お兄さんに?」
「返信来ないって言ったら『嫌われてんじゃね』って」
「ひどい」
竜胆はじっとこちらを見る。
「否定しろよ」
「嫌ってはないよ」
「……は」
それだけで機嫌が直るのだから単純だ。
「竜胆ってさ」
「ん?」
「意外と面倒くさいよね」
ぴたりと動きが止まった。
「今さら?」
「もっとクールな人だと思ってた」
「誰情報だよ」
「最初の印象」
竜胆は納得いかない顔をした。
「俺、基本クールだろ」
「いやいや」
「いやってなんだよ」
「返信遅いと文句言うし」
「言う」
「待ち合わせ十分前にはいるし」
「当たり前だろ」
「この前なんて十五分遅れるって言っただけで電話三回」
「心配したんだよ」
即答だった。
ななしが目を瞬かせる。
竜胆は視線を逸らした。
「……別に普通だろ」
「普通か」
「普通」
語尾だけ少し小さい。
「竜胆ってさ」
「また?」
「わかりやすいよね」
「なにが」
「色々」
今度は返事がなかった。
「お前さ」
「うん?」
「俺以外にもあんな感じなの」
「どんな感じ?」
「距離近いとか」
ななしは首を傾げた。
「普通だと思うけど」
「普通じゃねぇよ」
即答だった。
「普通に笑うし」
「笑うよ」
「普通に名前呼ぶし」
「呼ぶよ?」
「普通に飲み物くれるし」
差し出されたペットボトルを見て竜胆は眉を寄せる。
「ほらまた」
「え?」
「そういうの」
意味がわからないという顔をされて余計に腹が立つ。
「それ他のやつにもやる?」
「やるかも」
「やめろよ」
「なんで?」
「……なんでも」
言えるわけがない。
期待するだろ。
自分だけかもしれないと。
「竜胆?」
「なに」
「怒ってる?」
「怒ってねぇ」
嘘だった。
怒っているというより拗ねていた。
自分でも面倒くさいと思う。
それでも止まらない。
「お前さ」
「うん」
「変な期待させるタイプ」
ななしは目を丸くした。
「わたしが?」
「自覚ないの最悪」
◇
「竜胆って好きな人いるの?」
突然の質問だった。
「は?」
「いや、なんとなく」
竜胆は黙る。
いる。
目の前に。
けれど言えるわけがない。
「いねぇよ」
反射的に出た言葉だった。
「ふーん」
「なんだよ」
「モテそうなのに」
「興味ない」
「へぇ」
興味ならある。
ありすぎるくらいある。
「ななしは?」
「なにが?」
「好きなやつ」
今度はななしが黙った。
「……秘密」
その一言で心臓が沈む。
「いるんだ」
「まあ」
「へぇ」
面白くもないのに笑った。
「どんなやつ」
「言わない」
「ケチ」
「竜胆だって教えてくれなかったじゃん」
それはそうだ。
「じゃあヒント」
「なんで」
「気になる」
ななしは少し悩む。
「優しい人」
「誰でも当てはまる」
「ちゃんと話聞いてくれる」
「それも普通」
「あと面倒くさい」
竜胆が顔を上げる。
「……悪口?」
「違うよ」
「好きなやつの特徴?」
「うん」
嫌な予感がした。
そしてたぶん違うとも思った。
期待するだけ無駄だと知っている。
「竜胆のお兄さんって優しいよね」
最悪だった。
「は?」
「話聞いてくれるし」
最悪だ。
「あと面倒くさいし」
「兄貴が?」
「この前もね」
その先は聞きたくなかった。
「竜胆?」
「別に」
面白くない。
面白くなさすぎる。
「兄貴のこと好きなの」
口にしてから後悔した。
けれど止まらなかった。
ななしは目を見開く。
「違うよ?」
「じゃあなんで兄貴の話するわけ」
「だって今の流れで」
「紛らわしいんだよ」
沈黙が落ちる。
言いすぎた。
わかっている。
それでも――
「……ごめん」
先に謝ったのは竜胆だった。
「いや、わたしこそ」
「別に怒ってねぇし」
「怒ってたよ」
「ちょっとだけ」
「ちょっとじゃなかった」
その通りだった。
「俺さ」
「うん」
「格好悪いんだよな」
ななしが黙って聞いている。
「余裕あるふりしても無理だし」
「……うん」
「お前が誰と話してても気になるし」
「うん」
「返信遅いだけで落ち着かないし」
言ってしまった。
もう止まらない。
「兄貴の名前出された時とか普通にイラついた」
ななしは瞬きを繰り返す。
「なんでだと思う」
返事はない。
「好きだからだよ」
静かだった。
竜胆は笑う。
「言うつもりなかったんだけどな」
格好よく言う予定だった。
余裕そうな顔をして。
もっとちゃんとしたタイミングで。
「無理だった」
「……竜胆」
「拗らせすぎてた」
苦笑が漏れる。
「お前が笑うたび嬉しいし、名前呼ばれるたび機嫌いいし」
「うん」
「会えないと普通に最悪」
言葉にするたび惨めになる。
「だせぇよな」
「そんなことない」
「あるだろ」
「ないよ」
ななしは小さく笑った。
「待ち合わせで竜胆が先に来てるとちょっと嬉しかったし」
「……え?」
「電話三回も実は嫌じゃなかった」
竜胆が固まる。
「それって」
「竜胆はわかりやすいけど」
今度はななしが笑う番だった。
「わたしも結構わかりやすかったと思う」
「いや全然」
「嘘」
「本当に」
「気づいてなかったの?」
「わかるわけねぇだろ」
好きな相手の好意なんて。
一番信じられないものだ。
◇
「じゃあ両想い?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「まだ信じられない」
ななしが笑う。
「竜胆って意外と臆病」
「うるせぇ」
「クールな人だと思ってたのに」
「それまだ言う?」
「言う」
竜胆はため息をついた。
「……お前の前だと無理」
「なにが?」
「クールでいるの」
それは思っていたよりずっと恥ずかしい告白だった。
「じゃあそのままでいいんじゃない?」
「よくねぇよ」
「なんで?」
「格好つかない」
「わたしは好きだけど」
今度は竜胆が黙る番だった。
「反則」
「なにが?」
「そういうこと普通に言うの」
まただ。
きっとこれからも振り回される。
期待して落ち込んで。
少し浮上して、また勝手に拗らせる。
それでもいいと思った。
「ななし」
「ん?」
「返信はちゃんとして」
「そこ?」
「大事だろ」
「努力します」
「絶対な」
「善処します」
「信用できねぇ」
笑い声が重なる。
「竜胆」
「なに」
「好きだよ」
数秒遅れて理解した。
「……急に言うなよ」
「照れてる?」
「照れてねぇ」
「顔赤いよ」
「気のせい」
「竜胆」
「だからなに」
「嬉しそう」
否定できなかった。
たぶん人生で一番。
「……そりゃ嬉しいだろ」
拗らせた片想いは終わった。
けれどたぶん、面倒くさい恋はここからが本番だ。
名前を呼ばれて振り返る。
「うわ、本当にいた」
「失礼じゃない?」
「だって連絡返さねぇし」
竜胆は眉を寄せたまま近づいてきた。
「三時間」
「なにが?」
「既読ついてから返信来るまで」
「数えてたの?」
「暇だったから」
そう言いながら全然暇そうな顔をしていない。
「で?」
「でって?」
「なんで返さねぇんだよ」
ななしは少し考えてから肩をすくめた。
「返そうと思って忘れてた」
「最悪」
「ごめんって」
「反省してる顔じゃねぇ」
竜胆は小さくため息をついた。
「兄貴には笑われるし」
「お兄さんに?」
「返信来ないって言ったら『嫌われてんじゃね』って」
「ひどい」
竜胆はじっとこちらを見る。
「否定しろよ」
「嫌ってはないよ」
「……は」
それだけで機嫌が直るのだから単純だ。
「竜胆ってさ」
「ん?」
「意外と面倒くさいよね」
ぴたりと動きが止まった。
「今さら?」
「もっとクールな人だと思ってた」
「誰情報だよ」
「最初の印象」
竜胆は納得いかない顔をした。
「俺、基本クールだろ」
「いやいや」
「いやってなんだよ」
「返信遅いと文句言うし」
「言う」
「待ち合わせ十分前にはいるし」
「当たり前だろ」
「この前なんて十五分遅れるって言っただけで電話三回」
「心配したんだよ」
即答だった。
ななしが目を瞬かせる。
竜胆は視線を逸らした。
「……別に普通だろ」
「普通か」
「普通」
語尾だけ少し小さい。
「竜胆ってさ」
「また?」
「わかりやすいよね」
「なにが」
「色々」
今度は返事がなかった。
「お前さ」
「うん?」
「俺以外にもあんな感じなの」
「どんな感じ?」
「距離近いとか」
ななしは首を傾げた。
「普通だと思うけど」
「普通じゃねぇよ」
即答だった。
「普通に笑うし」
「笑うよ」
「普通に名前呼ぶし」
「呼ぶよ?」
「普通に飲み物くれるし」
差し出されたペットボトルを見て竜胆は眉を寄せる。
「ほらまた」
「え?」
「そういうの」
意味がわからないという顔をされて余計に腹が立つ。
「それ他のやつにもやる?」
「やるかも」
「やめろよ」
「なんで?」
「……なんでも」
言えるわけがない。
期待するだろ。
自分だけかもしれないと。
「竜胆?」
「なに」
「怒ってる?」
「怒ってねぇ」
嘘だった。
怒っているというより拗ねていた。
自分でも面倒くさいと思う。
それでも止まらない。
「お前さ」
「うん」
「変な期待させるタイプ」
ななしは目を丸くした。
「わたしが?」
「自覚ないの最悪」
◇
「竜胆って好きな人いるの?」
突然の質問だった。
「は?」
「いや、なんとなく」
竜胆は黙る。
いる。
目の前に。
けれど言えるわけがない。
「いねぇよ」
反射的に出た言葉だった。
「ふーん」
「なんだよ」
「モテそうなのに」
「興味ない」
「へぇ」
興味ならある。
ありすぎるくらいある。
「ななしは?」
「なにが?」
「好きなやつ」
今度はななしが黙った。
「……秘密」
その一言で心臓が沈む。
「いるんだ」
「まあ」
「へぇ」
面白くもないのに笑った。
「どんなやつ」
「言わない」
「ケチ」
「竜胆だって教えてくれなかったじゃん」
それはそうだ。
「じゃあヒント」
「なんで」
「気になる」
ななしは少し悩む。
「優しい人」
「誰でも当てはまる」
「ちゃんと話聞いてくれる」
「それも普通」
「あと面倒くさい」
竜胆が顔を上げる。
「……悪口?」
「違うよ」
「好きなやつの特徴?」
「うん」
嫌な予感がした。
そしてたぶん違うとも思った。
期待するだけ無駄だと知っている。
「竜胆のお兄さんって優しいよね」
最悪だった。
「は?」
「話聞いてくれるし」
最悪だ。
「あと面倒くさいし」
「兄貴が?」
「この前もね」
その先は聞きたくなかった。
「竜胆?」
「別に」
面白くない。
面白くなさすぎる。
「兄貴のこと好きなの」
口にしてから後悔した。
けれど止まらなかった。
ななしは目を見開く。
「違うよ?」
「じゃあなんで兄貴の話するわけ」
「だって今の流れで」
「紛らわしいんだよ」
沈黙が落ちる。
言いすぎた。
わかっている。
それでも――
「……ごめん」
先に謝ったのは竜胆だった。
「いや、わたしこそ」
「別に怒ってねぇし」
「怒ってたよ」
「ちょっとだけ」
「ちょっとじゃなかった」
その通りだった。
「俺さ」
「うん」
「格好悪いんだよな」
ななしが黙って聞いている。
「余裕あるふりしても無理だし」
「……うん」
「お前が誰と話してても気になるし」
「うん」
「返信遅いだけで落ち着かないし」
言ってしまった。
もう止まらない。
「兄貴の名前出された時とか普通にイラついた」
ななしは瞬きを繰り返す。
「なんでだと思う」
返事はない。
「好きだからだよ」
静かだった。
竜胆は笑う。
「言うつもりなかったんだけどな」
格好よく言う予定だった。
余裕そうな顔をして。
もっとちゃんとしたタイミングで。
「無理だった」
「……竜胆」
「拗らせすぎてた」
苦笑が漏れる。
「お前が笑うたび嬉しいし、名前呼ばれるたび機嫌いいし」
「うん」
「会えないと普通に最悪」
言葉にするたび惨めになる。
「だせぇよな」
「そんなことない」
「あるだろ」
「ないよ」
ななしは小さく笑った。
「待ち合わせで竜胆が先に来てるとちょっと嬉しかったし」
「……え?」
「電話三回も実は嫌じゃなかった」
竜胆が固まる。
「それって」
「竜胆はわかりやすいけど」
今度はななしが笑う番だった。
「わたしも結構わかりやすかったと思う」
「いや全然」
「嘘」
「本当に」
「気づいてなかったの?」
「わかるわけねぇだろ」
好きな相手の好意なんて。
一番信じられないものだ。
◇
「じゃあ両想い?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「まだ信じられない」
ななしが笑う。
「竜胆って意外と臆病」
「うるせぇ」
「クールな人だと思ってたのに」
「それまだ言う?」
「言う」
竜胆はため息をついた。
「……お前の前だと無理」
「なにが?」
「クールでいるの」
それは思っていたよりずっと恥ずかしい告白だった。
「じゃあそのままでいいんじゃない?」
「よくねぇよ」
「なんで?」
「格好つかない」
「わたしは好きだけど」
今度は竜胆が黙る番だった。
「反則」
「なにが?」
「そういうこと普通に言うの」
まただ。
きっとこれからも振り回される。
期待して落ち込んで。
少し浮上して、また勝手に拗らせる。
それでもいいと思った。
「ななし」
「ん?」
「返信はちゃんとして」
「そこ?」
「大事だろ」
「努力します」
「絶対な」
「善処します」
「信用できねぇ」
笑い声が重なる。
「竜胆」
「なに」
「好きだよ」
数秒遅れて理解した。
「……急に言うなよ」
「照れてる?」
「照れてねぇ」
「顔赤いよ」
「気のせい」
「竜胆」
「だからなに」
「嬉しそう」
否定できなかった。
たぶん人生で一番。
「……そりゃ嬉しいだろ」
拗らせた片想いは終わった。
けれどたぶん、面倒くさい恋はここからが本番だ。
