短編
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「イヌピー」
「なんだ」
「ココが怒ってるよ」
「またか」
乾は顔も上げずに答えた。
「またかじゃないよ」
「心当たりが多すぎるんだよ」
「それは反省した方がいいと思う」
「してる」
している顔には見えなかった。
そのまま作業を続ける乾の横でななしは小さく笑う。
すると離れた場所から大きなため息が聞こえた。
「……お前らさあ」
九井が呆れた顔をしている。
「なんだよココ」
「なんだよじゃねぇんだよ」
「?」
「その顔やめろ」
「どの顔だよ」
「わかってねぇ顔」
乾は眉を寄せた。
「意味わかんねぇ」
「俺も意味わかんねぇよ」
九井は頭を抱えた。
「ななし」
「え?」
「お前、イヌピーのこと好きか?」
「ぶっ」
ななしが盛大にむせた。
「な、なななに言ってるの?」
「違うのか?」
「違う違う違う!」
「ふーん」
九井の視線が乾へ向く。
「イヌピー」
「なんだ」
「お前は?」
「は?」
「ななしのこと好きか?」
「……は?」
「その反応見飽きた」
「なんでそうなるんだよ」
「なんでならないと思ったんだよ」
乾は眉間を押さえた。
「ココ、お前疲れてんじゃねぇの」
「疲れてるよ」
九井は即答した。
「お前ら見てると特にな」
◇
「イヌピー」
「ん」
「これ」
「飲み物?」
「ココが差し入れ買ってきたから」
「ココが?」
「わたしの分もあるよ」
乾は缶を受け取った。
「……サンキュ」
「どういたしまして」
「お前が買ったわけじゃねぇのに」
「確かに」
「そこ認めるんだな」
「でも渡したのはわたしだから半分くらい感謝されてもいいと思う」
「図々しいな」
「えへへ」
乾は少しだけ笑った。
その瞬間、後ろから九井の声が飛んできた。
「……ほらな」
「なにがだよ」
「イヌピー、お前今笑ったろ」
「笑ってねぇ」
「笑った」
「笑ってねぇ」
「俺の前だと真顔なのに」
「知らねぇよ」
「差別だな」
「被害妄想だろ」
九井はまたため息を吐いた。
「お前ら付き合ってねぇの本当に意味わかんねぇ」
「だから違うって」
ななしが否定する。
乾も頷いた。
「そういうんじゃねぇよ」
「息ぴったりだな」
「違うって言ってるだけだろ」
「そこまで揃う?」
「偶然だ」
「偶然だよ」
「ほらまた」
九井は天井を見上げた。
「帰りてぇ……」
◇
「イヌピー」
「なんだ」
「髪」
「髪?」
「跳ねてる」
「どこだよ」
「こっち」
「見えねぇ」
「じっとして」
ななしが軽く整える。
「あ、直った」
「……悪い」
「別にいいよ」
乾は少し視線を逸らした。
「……お前距離近ぇな」
「嫌だった?」
「そうじゃねぇ」
「?」
「いや、なんでもねぇ」
そのやり取りを遠くから見ていた九井が小さく呟く。
「はやく付き合えよ」
「聞こえてるぞココ」
「聞こえるように言ってんだよ」
◇
「ななし」
「なに?」
「お前さ」
「うん」
「好きなやつとかいんの」
突然の質問だった。
「え?」
「いや……なんとなく」
「イヌピーは?」
「俺が聞いたんだけど」
「質問返し禁止」
乾は少し考えた。
「……いる」
「えっ」
「……なんだよ」
「いるんだ」
「いるけど」
「そっか……」
予想していなかった。
胸の奥が少しだけ重くなる。
乾はその表情を見て眉を寄せた。
「お前は」
「……いるよ」
今度は乾が黙る番だった。
「そうか」
「うん」
「どんなやつ」
「優しい人」
「ふーん」
「面倒見がよくて」
「……へぇ」
「結構不器用で」
乾は視線を落とした。
「見る目ないな」
「なんで?」
「苦労しそうだから」
「イヌピーは?」
「……うるせぇ」
「教えてよ」
「断る」
「ずるい」
「俺が先に聞いた」
「大人げない」
「知らねぇ」
二人とも相手のことを話しているとは思っていない。
それが九井には腹立たしいほどよくわかっていた。
◇
「ココ」
「なんだ」
「相談」
「……嫌な予感しかしねぇな」
「イヌピーに好きな人いるらしい」
九井は黙った。
「……そうか」
「応援した方がいいかな」
「いや」
「え?」
「いや待て」
「?」
「ちなみにどんなやつだって?」
「教えてくれなかった」
九井は顔を覆った。
「頭痛ぇ……」
「ココ?」
「逆に聞くけど、お前は誰が好きなんだ」
「それは……」
九井は静かに壁に頭を預けた。
「もう帰っていいか……」
◇
「ココ」
「なんだイヌピー」
「相談」
「お前もか」
「ななしに好きなやついるらしい」
「そうか」
「……なんだその反応」
「で?」
「優しくて、面倒見がよくて、不器用なやつらしい」
九井は無言になった。
「ココ?」
「お前さ」
「なんだ」
「自分のことを客観視したことあるか?」
「急に悪口か?」
「違う」
「ならなんだよ」
「頼むから気づいてくれ」
「意味わかんねぇ」
「俺も意味わかんねぇよ」
◇
「イヌピー」
「ん」
「好きな人に告白しないの?」
乾は少し黙った。
「……無理だろ」
「なんで?」
「振られたら終わる」
「そんなことないよ」
「ある」
「イヌピーが好きになる人なら大丈夫だと思うけどな」
乾は苦笑した。
「買いかぶりすぎだろ」
「じゃあわたしも同じ」
「?」
「好きな人いるけど言えない」
「なんで」
「振られたら終わる」
「……そうか」
沈黙が落ちる。
しばらくして乾が口を開いた。
「その相手、馬鹿だな」
「え?」
「お前に好かれて気づかねぇとか」
「イヌピーだって同じかもよ」
「俺は違う」
「なんで?」
「……いや、なんでもねぇ」
◇
「なあココ」
「なんだ」
「もし好きなやつが自分のこと好きだったらどうする」
九井はゆっくり顔を上げた。
「告白する」
「……だよな」
「ちなみに誰の話だ」
「仮の話」
「ふーん」
「ななしがさっき同じこと言ってた」
九井は立ち上がった。
「今すぐ行くぞ」
「は?」
「いいから来い」
◇
「ななし」
「ココ?」
「お前も来い」
「え?」
「いいから」
「なに?」
「イヌピー、さっき好きなやつに振られるの怖いって言ったな」
「言ったけど」
「ななしも同じこと言ってた」
空気が止まる。
「……へぇ」
「……そうなんだ」
九井は二人を交互に見た。
「……まさか」
「……いや」
乾とななしの声が重なる。
九井は深いため息を吐いた。
「やっとか」
「待てココ」
「待たねぇ」
「いやでも」
「でもじゃねぇ」
「……イヌピー?」
乾はゆっくりななしを見る。
「お前の好きなやつって」
「イヌピーは?」
「……俺は」
珍しく言葉が詰まる。
「俺は……お前」
静かだった。
数秒遅れてななしが目を見開く。
「わたしも……イヌピーだよ」
今度は乾が固まる番だった。
九井は天を仰いだ。
「長かった……」
「ココ」
「なんだ」
「悪かった」
「本当にな」
「ごめん」
「本当にな!」
九井の声が響く。
乾とななしは顔を見合わせた。
そして小さく笑う。
「……付き合うか」
「うん」
「やっとかよお前ら」
九井の叫び声だけがやけに大きかった。
◇
「ココ」
「なんだ」
「相談」
「もう嫌だ」
「デートって何すればいい」
「自分で考えろ」
「ココ」
「頼るな」
「ココ〜」
「俺はお前らの保護者じゃねぇ!」
結局、一番苦労する立場だけは最後まで変わらなかった。
「なんだ」
「ココが怒ってるよ」
「またか」
乾は顔も上げずに答えた。
「またかじゃないよ」
「心当たりが多すぎるんだよ」
「それは反省した方がいいと思う」
「してる」
している顔には見えなかった。
そのまま作業を続ける乾の横でななしは小さく笑う。
すると離れた場所から大きなため息が聞こえた。
「……お前らさあ」
九井が呆れた顔をしている。
「なんだよココ」
「なんだよじゃねぇんだよ」
「?」
「その顔やめろ」
「どの顔だよ」
「わかってねぇ顔」
乾は眉を寄せた。
「意味わかんねぇ」
「俺も意味わかんねぇよ」
九井は頭を抱えた。
「ななし」
「え?」
「お前、イヌピーのこと好きか?」
「ぶっ」
ななしが盛大にむせた。
「な、なななに言ってるの?」
「違うのか?」
「違う違う違う!」
「ふーん」
九井の視線が乾へ向く。
「イヌピー」
「なんだ」
「お前は?」
「は?」
「ななしのこと好きか?」
「……は?」
「その反応見飽きた」
「なんでそうなるんだよ」
「なんでならないと思ったんだよ」
乾は眉間を押さえた。
「ココ、お前疲れてんじゃねぇの」
「疲れてるよ」
九井は即答した。
「お前ら見てると特にな」
◇
「イヌピー」
「ん」
「これ」
「飲み物?」
「ココが差し入れ買ってきたから」
「ココが?」
「わたしの分もあるよ」
乾は缶を受け取った。
「……サンキュ」
「どういたしまして」
「お前が買ったわけじゃねぇのに」
「確かに」
「そこ認めるんだな」
「でも渡したのはわたしだから半分くらい感謝されてもいいと思う」
「図々しいな」
「えへへ」
乾は少しだけ笑った。
その瞬間、後ろから九井の声が飛んできた。
「……ほらな」
「なにがだよ」
「イヌピー、お前今笑ったろ」
「笑ってねぇ」
「笑った」
「笑ってねぇ」
「俺の前だと真顔なのに」
「知らねぇよ」
「差別だな」
「被害妄想だろ」
九井はまたため息を吐いた。
「お前ら付き合ってねぇの本当に意味わかんねぇ」
「だから違うって」
ななしが否定する。
乾も頷いた。
「そういうんじゃねぇよ」
「息ぴったりだな」
「違うって言ってるだけだろ」
「そこまで揃う?」
「偶然だ」
「偶然だよ」
「ほらまた」
九井は天井を見上げた。
「帰りてぇ……」
◇
「イヌピー」
「なんだ」
「髪」
「髪?」
「跳ねてる」
「どこだよ」
「こっち」
「見えねぇ」
「じっとして」
ななしが軽く整える。
「あ、直った」
「……悪い」
「別にいいよ」
乾は少し視線を逸らした。
「……お前距離近ぇな」
「嫌だった?」
「そうじゃねぇ」
「?」
「いや、なんでもねぇ」
そのやり取りを遠くから見ていた九井が小さく呟く。
「はやく付き合えよ」
「聞こえてるぞココ」
「聞こえるように言ってんだよ」
◇
「ななし」
「なに?」
「お前さ」
「うん」
「好きなやつとかいんの」
突然の質問だった。
「え?」
「いや……なんとなく」
「イヌピーは?」
「俺が聞いたんだけど」
「質問返し禁止」
乾は少し考えた。
「……いる」
「えっ」
「……なんだよ」
「いるんだ」
「いるけど」
「そっか……」
予想していなかった。
胸の奥が少しだけ重くなる。
乾はその表情を見て眉を寄せた。
「お前は」
「……いるよ」
今度は乾が黙る番だった。
「そうか」
「うん」
「どんなやつ」
「優しい人」
「ふーん」
「面倒見がよくて」
「……へぇ」
「結構不器用で」
乾は視線を落とした。
「見る目ないな」
「なんで?」
「苦労しそうだから」
「イヌピーは?」
「……うるせぇ」
「教えてよ」
「断る」
「ずるい」
「俺が先に聞いた」
「大人げない」
「知らねぇ」
二人とも相手のことを話しているとは思っていない。
それが九井には腹立たしいほどよくわかっていた。
◇
「ココ」
「なんだ」
「相談」
「……嫌な予感しかしねぇな」
「イヌピーに好きな人いるらしい」
九井は黙った。
「……そうか」
「応援した方がいいかな」
「いや」
「え?」
「いや待て」
「?」
「ちなみにどんなやつだって?」
「教えてくれなかった」
九井は顔を覆った。
「頭痛ぇ……」
「ココ?」
「逆に聞くけど、お前は誰が好きなんだ」
「それは……」
九井は静かに壁に頭を預けた。
「もう帰っていいか……」
◇
「ココ」
「なんだイヌピー」
「相談」
「お前もか」
「ななしに好きなやついるらしい」
「そうか」
「……なんだその反応」
「で?」
「優しくて、面倒見がよくて、不器用なやつらしい」
九井は無言になった。
「ココ?」
「お前さ」
「なんだ」
「自分のことを客観視したことあるか?」
「急に悪口か?」
「違う」
「ならなんだよ」
「頼むから気づいてくれ」
「意味わかんねぇ」
「俺も意味わかんねぇよ」
◇
「イヌピー」
「ん」
「好きな人に告白しないの?」
乾は少し黙った。
「……無理だろ」
「なんで?」
「振られたら終わる」
「そんなことないよ」
「ある」
「イヌピーが好きになる人なら大丈夫だと思うけどな」
乾は苦笑した。
「買いかぶりすぎだろ」
「じゃあわたしも同じ」
「?」
「好きな人いるけど言えない」
「なんで」
「振られたら終わる」
「……そうか」
沈黙が落ちる。
しばらくして乾が口を開いた。
「その相手、馬鹿だな」
「え?」
「お前に好かれて気づかねぇとか」
「イヌピーだって同じかもよ」
「俺は違う」
「なんで?」
「……いや、なんでもねぇ」
◇
「なあココ」
「なんだ」
「もし好きなやつが自分のこと好きだったらどうする」
九井はゆっくり顔を上げた。
「告白する」
「……だよな」
「ちなみに誰の話だ」
「仮の話」
「ふーん」
「ななしがさっき同じこと言ってた」
九井は立ち上がった。
「今すぐ行くぞ」
「は?」
「いいから来い」
◇
「ななし」
「ココ?」
「お前も来い」
「え?」
「いいから」
「なに?」
「イヌピー、さっき好きなやつに振られるの怖いって言ったな」
「言ったけど」
「ななしも同じこと言ってた」
空気が止まる。
「……へぇ」
「……そうなんだ」
九井は二人を交互に見た。
「……まさか」
「……いや」
乾とななしの声が重なる。
九井は深いため息を吐いた。
「やっとか」
「待てココ」
「待たねぇ」
「いやでも」
「でもじゃねぇ」
「……イヌピー?」
乾はゆっくりななしを見る。
「お前の好きなやつって」
「イヌピーは?」
「……俺は」
珍しく言葉が詰まる。
「俺は……お前」
静かだった。
数秒遅れてななしが目を見開く。
「わたしも……イヌピーだよ」
今度は乾が固まる番だった。
九井は天を仰いだ。
「長かった……」
「ココ」
「なんだ」
「悪かった」
「本当にな」
「ごめん」
「本当にな!」
九井の声が響く。
乾とななしは顔を見合わせた。
そして小さく笑う。
「……付き合うか」
「うん」
「やっとかよお前ら」
九井の叫び声だけがやけに大きかった。
◇
「ココ」
「なんだ」
「相談」
「もう嫌だ」
「デートって何すればいい」
「自分で考えろ」
「ココ」
「頼るな」
「ココ〜」
「俺はお前らの保護者じゃねぇ!」
結局、一番苦労する立場だけは最後まで変わらなかった。
