短編
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「……で、お前また来たの」
壁にもたれたまま、イザナが呆れたように言った。
「またって……」
「三日連続」
「数えてたの!?」
「数えてねぇよ、目につくだけ」
そう言いながらも追い返そうとはしない。
ななしは少しだけ口元を緩めた。
「イザナ、暇?」
「暇じゃない」
「じゃあ何してるの」
「暇つぶし」
「それ暇って言うんじゃない?」
「違う」
即答だった。
けれどイザナと話していると、こういうことは珍しくなかった。
「で、今日は何」
「別に用事はないけど」
「帰れ」
「ひどい!」
「用事ないなら帰れよ」
「イザナがいるから来たのに」
その言葉にイザナの視線が止まる。
数秒。ほんの数秒だけ。
「……変なやつ」
「褒め言葉?」
「違う」
また即答だった。
◇
最初から仲が良かったわけではない。
むしろ会話らしい会話すらなかった。
イザナは人を寄せ付けない。
近付けば離される。
踏み込めば睨まれる。
それでも時々見せる表情があった。
誰も見ていないと思っているような顔。
退屈そうで、どこか置いていかれたみたいな顔。
その横顔が頭から離れなくなった。
たぶん片想いの始まりなんてそんなものだった。
理由なんて後付けでしかない。
◇
「イザナ」
「ん」
「たい焼き食べる?」
「いらない」
「おいしいよ」
「お前が食えばいいだろ」
「二個買っちゃった」
「計画性ないな」
「一個あげる」
「いらない」
そう言いながら差し出された袋を見る。
「……カスタード?」
「うん」
「……なら食う」
「好きなんだ」
「別に」
受け取ったあとも、何事もなかった顔をしている。
分かりやすい。
「顔に出てるよ」
「出てない」
「出てるよ」
「殴るぞ」
「理不尽」
イザナはたい焼きを一口かじった。
そのまま何も言わない。
けれど二口目はさっきより早かった。
「おいしい?」
「普通」
「それおいしい時のイザナの言い方だよね」
「知らねぇ」
「この前のアイスも普通って言ってた」
「だから?」
「その時も全部食べてた」
「……お前さ」
「うん?」
「よく見てるよな」
不意の言葉にななしは目を瞬く。
「そうかな」
「そうだろ」
「イザナだからかも」
今度はイザナが黙る番だった。
「……意味分かんねぇ」
「分からなくていいよ」
「気持ち悪い」
「ひどいなぁ」
「……また買ってこい」
「カスタード?」
「……別に何でもいい」
嘘だ。
絶対カスタードだ。
◇
「イザナってさ」
「何」
「誕生日いつ?」
「聞いてどうすんの」
「覚えとく」
「いらねぇよ」
「でも知りたい」
「嫌だ」
「教えて」
「嫌だ」
「お願い」
「嫌だ」
「ケチ」
「何でお前に教えなきゃなんねぇんだよ」
「好きな人の誕生日知りたいの普通じゃない?」
静かになった。
びっくりするくらい静かになった。
「……は?」
「え?」
「今何て言った」
「誕生日知りたいの普通じゃない?」
「その前」
逃げ道などない。
いや、最初から逃げるつもりもなかった。
「好きな人の誕生日は知りたいなって」
「……」
「……」
「お前」
「うん」
「馬鹿?」
「ひどくない?」
「普通言うか?」
「言っちゃった」
「言うなよ」
「でも本当だし」
イザナは眉を寄せた。
怒っているわけではない。
困っている顔だった。
それが少し新鮮で嬉しかった。
「……お前って変」
「また言った」
「普通隠すだろ」
「隠しても変わらないから」
「変わるだろ」
「イザナが好きなのは変わらないよ」
「……」
「返事はいらないから安心して」
「誰もそんな話してねぇ」
「してないね」
「……帰る」
「逃げた」
「うるさい」
その背中を見送りながら。
やっぱり困らせてしまったかもしれないと少しだけ反省した。
◇
次に会った時、イザナはいつも通りだった。
だから安心した。
気まずくなったらどうしよう。
避けられたらどうしよう。
そんなことを考えていた自分が馬鹿みたいだった。
「イザナ」
「何」
「おはよう」
「今昼」
「細かいなぁ」
「お前が適当すぎるだけ」
「ねぇ」
「何」
「嫌じゃなかった?」
「何が」
「この前の」
イザナはしばらく黙った。
「……別に」
「そっか」
「驚いただけ」
「うん」
「お前に好かれる理由分かんねぇし」
「わたしも分かんない」
「は?」
「気付いたら好きだった」
「意味分かんねぇ」
「恋愛ってそういうものじゃない?」
「知らない」
「興味なさそう」
「ない……今まではな」
小さな声だった。
聞き間違いかもしれないくらい。
それでも確かに聞こえた。
◇
「イザナ」
「何」
「好きなタイプおしえて」
「何で聞くんだよ」
「参考までに」
「参考?」
「わたし脈あるかなって」
「ない」
「即答だ」
「聞いたのお前だろ」
「じゃあゼロ?」
「……知らねぇ」
「ちょっと増えた?」
「増えてねぇよ」
「ゼロじゃないんだ」
「揚げ足取るな」
「ねぇイザナ」
「何」
「もしさ、わたしがいなくなったら寂しい?」
沈黙の中、風の音だけが通り過ぎる。
「……うるさい」
「それ答えになってない」
「知らねぇよそんなの」
「想像してみて」
「嫌だ」
「どうして?」
「嫌なもんは嫌」
珍しい言い方だった。
ぶっきらぼうで少しだけ必死そうだった。
「……お前ってさ」
「うん」
「いつもいるじゃん」
「うん」
「だから分かんねぇ」
当たり前にあるものを失う想像。
イザナはきっと慣れている。
慣れすぎている。
だからこそ嫌なのかもしれない。
「じゃあいなくならないよ」
「……勝手にしろ」
「うん」
「でも約束とかじゃないからな」
「分かってる」
「勝手にいろ」
それはたぶんイザナなりの、
ここにいていいという許可だった。
◇
「イザナ」
「何」
「誕生日教えて」
「まだ言ってんのか」
「まだ言ってる」
「しつこい」
「好きだからね」
「その言葉便利だな」
「便利だよ」
「最悪」
「で、誕生日」
「嫌だ」
「じゃあ好きな食べ物」
「言わない」
「好きな色」
「言わない」
「好きな季節」
「言わない」
「好きな人」
「……」
「お?」
「調子乗るな」
「いたんだ」
「違う」
「じゃあいない?」
「……」
「イザナ?」
「……知らねぇ」
「またそれ」
「知らねぇもんは知らねぇ」
「難しいね」
「うるさい」
けれど耳が少し赤い気がした。
気のせいかもしれない。
でもたぶん、気のせいじゃない。
◇
「ねぇイザナ」
「何」
「もしわたしが諦めたらどうする?」
「……は?」
「片想い」
「何で」
「何でって?」
「何で諦めるんだよ」
「叶わないかもしれないし」
「そんなの分かんねぇだろ」
思わずというように出た言葉。
イザナ自身が驚いた顔をした。
「……あ」
「イザナが励ましてくれた」
「違う」
「優しいね」
「違うって言ってる」
「でも嬉しい」
「……」
「もう少し頑張ってみようかな」
「勝手にしろ」
「うん」
「お前の好きにすればいい」
「じゃあ好きにする」
「何する気だよ」
「イザナを好きでいる」
イザナは深く息を吐いた。
「……ほんと変」
「知ってる」
「普通疲れるだろ」
「疲れないよ」
「何で」
「好きだから」
またその言葉。
また逃げ場のない言葉。
イザナはしばらく黙ったあと、ぽつりと呟く。
「……ずるい」
「え?」
「何でもない」
◇
季節が少し進んだ頃。
「イザナ」
「何」
「はい」
差し出された小さな箱。
「……何これ」
「誕生日」
「何で知ってるんだよ」
「秘密」
「怖いんだけど」
「頑張ったんだよ」
イザナは箱を見つめた。
開こうともせず、持ったまま動かない。
「嫌だった?」
「……違う」
「ならよかった」
「何でここまでやるんだよ」
「好きだから」
「またそれ」
「だって本当だもん」
「……」
「返事はまだいらないって言ったでしょ」
「覚えてる」
「だから気にしなくていい」
「……そういうとこ」
「うん?」
「気に入らない」
「えぇ?」
「何で待てるんだよ」
「好きだからかな」
「意味分かんねぇ」
「好きってそういうものじゃない?」
イザナは小さく笑った。
本当に小さく。
見逃してしまいそうなくらい。
「……やっぱ変」
「イザナもそれしか言わないね」
「他に言葉知らない」
「嘘だ」
「嘘」
その笑顔を見た瞬間、
今日来てよかったと心から思った。
◇
「ななし」
名前を呼ばれた。
イザナの方から。
それだけで驚く。
「どうしたの?」
「……お前さ」
「うん」
「まだ好き?」
「うん」
「即答」
「当たり前だよ」
「……後悔するぞ」
「しない」
「何で言い切れる」
「イザナを好きだったこと後悔する未来が思いつかないから」
また沈黙。
長い長い沈黙。
「……俺」
「うん」
「よく分かんねぇんだよ」
「何が?」
「こういうの」
「うん」
「でも……」
イザナは視線を逸らした。
珍しく言葉を探している。
「お前が来ない日」
「うん」
「ちょっとムカつく」
思わず笑ってしまう。
「笑うな」
「だって」
「笑うなって」
「寂しかった?」
「違う」
「会いたかった?」
「違う」
「じゃあ何?」
「……知らねぇ」
またその答え。
でも今度は分かる。
分からないんじゃない。
分かっているのに名前を付けるのが怖いだけだ。
「そっか」
「……何だよ」
「待つよ」
「何を」
「イザナが分かるまで」
「……」
「急がなくていい」
「……お前さ」
「うん」
「本当に変」
「知ってる」
「でも……嫌いじゃない」
その言葉だけで十分だった。
今すぐ両想いになれなくてもいい。
返事をもらえなくてもいい。
それでもイザナが自分の気持ちを言葉にしようとしてくれたこと。
逃げずに向き合ってくれたこと。
それだけで嬉しかった。
「イザナ」
「何」
「好き」
「……知ってる」
「これからも言うよ」
「うるさい」
「覚悟してね」
「……勝手にしろ」
ぶっきらぼうな返事。
けれど追い払う声じゃない。
隣にいることを許す声だった。
片想いはまだ終わらない。
たぶん明日も、その次の日も。
きっと同じように名前を呼んで、同じように困らせて、同じように笑う。
いつかイザナがその気持ちに名前を付ける日が来たなら。
その時はきっと今日のことを思い出して笑うのだろう。
「……ななし」
「ん?」
「明日も来る?」
「行っていい?」
「……好きにすれば」
「じゃあ行く」
「……そう」
「嬉しい?」
「違う」
「顔に出てる」
「出てない」
「出てるよ」
「うるさい」
変わらないやり取り。
けれど少しだけ近くなった距離。
その変化が何より愛しかった。
壁にもたれたまま、イザナが呆れたように言った。
「またって……」
「三日連続」
「数えてたの!?」
「数えてねぇよ、目につくだけ」
そう言いながらも追い返そうとはしない。
ななしは少しだけ口元を緩めた。
「イザナ、暇?」
「暇じゃない」
「じゃあ何してるの」
「暇つぶし」
「それ暇って言うんじゃない?」
「違う」
即答だった。
けれどイザナと話していると、こういうことは珍しくなかった。
「で、今日は何」
「別に用事はないけど」
「帰れ」
「ひどい!」
「用事ないなら帰れよ」
「イザナがいるから来たのに」
その言葉にイザナの視線が止まる。
数秒。ほんの数秒だけ。
「……変なやつ」
「褒め言葉?」
「違う」
また即答だった。
◇
最初から仲が良かったわけではない。
むしろ会話らしい会話すらなかった。
イザナは人を寄せ付けない。
近付けば離される。
踏み込めば睨まれる。
それでも時々見せる表情があった。
誰も見ていないと思っているような顔。
退屈そうで、どこか置いていかれたみたいな顔。
その横顔が頭から離れなくなった。
たぶん片想いの始まりなんてそんなものだった。
理由なんて後付けでしかない。
◇
「イザナ」
「ん」
「たい焼き食べる?」
「いらない」
「おいしいよ」
「お前が食えばいいだろ」
「二個買っちゃった」
「計画性ないな」
「一個あげる」
「いらない」
そう言いながら差し出された袋を見る。
「……カスタード?」
「うん」
「……なら食う」
「好きなんだ」
「別に」
受け取ったあとも、何事もなかった顔をしている。
分かりやすい。
「顔に出てるよ」
「出てない」
「出てるよ」
「殴るぞ」
「理不尽」
イザナはたい焼きを一口かじった。
そのまま何も言わない。
けれど二口目はさっきより早かった。
「おいしい?」
「普通」
「それおいしい時のイザナの言い方だよね」
「知らねぇ」
「この前のアイスも普通って言ってた」
「だから?」
「その時も全部食べてた」
「……お前さ」
「うん?」
「よく見てるよな」
不意の言葉にななしは目を瞬く。
「そうかな」
「そうだろ」
「イザナだからかも」
今度はイザナが黙る番だった。
「……意味分かんねぇ」
「分からなくていいよ」
「気持ち悪い」
「ひどいなぁ」
「……また買ってこい」
「カスタード?」
「……別に何でもいい」
嘘だ。
絶対カスタードだ。
◇
「イザナってさ」
「何」
「誕生日いつ?」
「聞いてどうすんの」
「覚えとく」
「いらねぇよ」
「でも知りたい」
「嫌だ」
「教えて」
「嫌だ」
「お願い」
「嫌だ」
「ケチ」
「何でお前に教えなきゃなんねぇんだよ」
「好きな人の誕生日知りたいの普通じゃない?」
静かになった。
びっくりするくらい静かになった。
「……は?」
「え?」
「今何て言った」
「誕生日知りたいの普通じゃない?」
「その前」
逃げ道などない。
いや、最初から逃げるつもりもなかった。
「好きな人の誕生日は知りたいなって」
「……」
「……」
「お前」
「うん」
「馬鹿?」
「ひどくない?」
「普通言うか?」
「言っちゃった」
「言うなよ」
「でも本当だし」
イザナは眉を寄せた。
怒っているわけではない。
困っている顔だった。
それが少し新鮮で嬉しかった。
「……お前って変」
「また言った」
「普通隠すだろ」
「隠しても変わらないから」
「変わるだろ」
「イザナが好きなのは変わらないよ」
「……」
「返事はいらないから安心して」
「誰もそんな話してねぇ」
「してないね」
「……帰る」
「逃げた」
「うるさい」
その背中を見送りながら。
やっぱり困らせてしまったかもしれないと少しだけ反省した。
◇
次に会った時、イザナはいつも通りだった。
だから安心した。
気まずくなったらどうしよう。
避けられたらどうしよう。
そんなことを考えていた自分が馬鹿みたいだった。
「イザナ」
「何」
「おはよう」
「今昼」
「細かいなぁ」
「お前が適当すぎるだけ」
「ねぇ」
「何」
「嫌じゃなかった?」
「何が」
「この前の」
イザナはしばらく黙った。
「……別に」
「そっか」
「驚いただけ」
「うん」
「お前に好かれる理由分かんねぇし」
「わたしも分かんない」
「は?」
「気付いたら好きだった」
「意味分かんねぇ」
「恋愛ってそういうものじゃない?」
「知らない」
「興味なさそう」
「ない……今まではな」
小さな声だった。
聞き間違いかもしれないくらい。
それでも確かに聞こえた。
◇
「イザナ」
「何」
「好きなタイプおしえて」
「何で聞くんだよ」
「参考までに」
「参考?」
「わたし脈あるかなって」
「ない」
「即答だ」
「聞いたのお前だろ」
「じゃあゼロ?」
「……知らねぇ」
「ちょっと増えた?」
「増えてねぇよ」
「ゼロじゃないんだ」
「揚げ足取るな」
「ねぇイザナ」
「何」
「もしさ、わたしがいなくなったら寂しい?」
沈黙の中、風の音だけが通り過ぎる。
「……うるさい」
「それ答えになってない」
「知らねぇよそんなの」
「想像してみて」
「嫌だ」
「どうして?」
「嫌なもんは嫌」
珍しい言い方だった。
ぶっきらぼうで少しだけ必死そうだった。
「……お前ってさ」
「うん」
「いつもいるじゃん」
「うん」
「だから分かんねぇ」
当たり前にあるものを失う想像。
イザナはきっと慣れている。
慣れすぎている。
だからこそ嫌なのかもしれない。
「じゃあいなくならないよ」
「……勝手にしろ」
「うん」
「でも約束とかじゃないからな」
「分かってる」
「勝手にいろ」
それはたぶんイザナなりの、
ここにいていいという許可だった。
◇
「イザナ」
「何」
「誕生日教えて」
「まだ言ってんのか」
「まだ言ってる」
「しつこい」
「好きだからね」
「その言葉便利だな」
「便利だよ」
「最悪」
「で、誕生日」
「嫌だ」
「じゃあ好きな食べ物」
「言わない」
「好きな色」
「言わない」
「好きな季節」
「言わない」
「好きな人」
「……」
「お?」
「調子乗るな」
「いたんだ」
「違う」
「じゃあいない?」
「……」
「イザナ?」
「……知らねぇ」
「またそれ」
「知らねぇもんは知らねぇ」
「難しいね」
「うるさい」
けれど耳が少し赤い気がした。
気のせいかもしれない。
でもたぶん、気のせいじゃない。
◇
「ねぇイザナ」
「何」
「もしわたしが諦めたらどうする?」
「……は?」
「片想い」
「何で」
「何でって?」
「何で諦めるんだよ」
「叶わないかもしれないし」
「そんなの分かんねぇだろ」
思わずというように出た言葉。
イザナ自身が驚いた顔をした。
「……あ」
「イザナが励ましてくれた」
「違う」
「優しいね」
「違うって言ってる」
「でも嬉しい」
「……」
「もう少し頑張ってみようかな」
「勝手にしろ」
「うん」
「お前の好きにすればいい」
「じゃあ好きにする」
「何する気だよ」
「イザナを好きでいる」
イザナは深く息を吐いた。
「……ほんと変」
「知ってる」
「普通疲れるだろ」
「疲れないよ」
「何で」
「好きだから」
またその言葉。
また逃げ場のない言葉。
イザナはしばらく黙ったあと、ぽつりと呟く。
「……ずるい」
「え?」
「何でもない」
◇
季節が少し進んだ頃。
「イザナ」
「何」
「はい」
差し出された小さな箱。
「……何これ」
「誕生日」
「何で知ってるんだよ」
「秘密」
「怖いんだけど」
「頑張ったんだよ」
イザナは箱を見つめた。
開こうともせず、持ったまま動かない。
「嫌だった?」
「……違う」
「ならよかった」
「何でここまでやるんだよ」
「好きだから」
「またそれ」
「だって本当だもん」
「……」
「返事はまだいらないって言ったでしょ」
「覚えてる」
「だから気にしなくていい」
「……そういうとこ」
「うん?」
「気に入らない」
「えぇ?」
「何で待てるんだよ」
「好きだからかな」
「意味分かんねぇ」
「好きってそういうものじゃない?」
イザナは小さく笑った。
本当に小さく。
見逃してしまいそうなくらい。
「……やっぱ変」
「イザナもそれしか言わないね」
「他に言葉知らない」
「嘘だ」
「嘘」
その笑顔を見た瞬間、
今日来てよかったと心から思った。
◇
「ななし」
名前を呼ばれた。
イザナの方から。
それだけで驚く。
「どうしたの?」
「……お前さ」
「うん」
「まだ好き?」
「うん」
「即答」
「当たり前だよ」
「……後悔するぞ」
「しない」
「何で言い切れる」
「イザナを好きだったこと後悔する未来が思いつかないから」
また沈黙。
長い長い沈黙。
「……俺」
「うん」
「よく分かんねぇんだよ」
「何が?」
「こういうの」
「うん」
「でも……」
イザナは視線を逸らした。
珍しく言葉を探している。
「お前が来ない日」
「うん」
「ちょっとムカつく」
思わず笑ってしまう。
「笑うな」
「だって」
「笑うなって」
「寂しかった?」
「違う」
「会いたかった?」
「違う」
「じゃあ何?」
「……知らねぇ」
またその答え。
でも今度は分かる。
分からないんじゃない。
分かっているのに名前を付けるのが怖いだけだ。
「そっか」
「……何だよ」
「待つよ」
「何を」
「イザナが分かるまで」
「……」
「急がなくていい」
「……お前さ」
「うん」
「本当に変」
「知ってる」
「でも……嫌いじゃない」
その言葉だけで十分だった。
今すぐ両想いになれなくてもいい。
返事をもらえなくてもいい。
それでもイザナが自分の気持ちを言葉にしようとしてくれたこと。
逃げずに向き合ってくれたこと。
それだけで嬉しかった。
「イザナ」
「何」
「好き」
「……知ってる」
「これからも言うよ」
「うるさい」
「覚悟してね」
「……勝手にしろ」
ぶっきらぼうな返事。
けれど追い払う声じゃない。
隣にいることを許す声だった。
片想いはまだ終わらない。
たぶん明日も、その次の日も。
きっと同じように名前を呼んで、同じように困らせて、同じように笑う。
いつかイザナがその気持ちに名前を付ける日が来たなら。
その時はきっと今日のことを思い出して笑うのだろう。
「……ななし」
「ん?」
「明日も来る?」
「行っていい?」
「……好きにすれば」
「じゃあ行く」
「……そう」
「嬉しい?」
「違う」
「顔に出てる」
「出てない」
「出てるよ」
「うるさい」
変わらないやり取り。
けれど少しだけ近くなった距離。
その変化が何より愛しかった。
