短編
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「……また来てたんだ」
振り返った先にいた人物を見てななしの肩がわずかに揺れた。
「悪い?」
壁に寄りかかっていた羽宮一虎が首を傾ける。
「悪いっていうか……びっくりするから」
「毎回同じ反応するよな」
「だって急にいるんだもん」
「急にじゃねぇよ。五分くらい前からいた」
「それはそれで怖いんだけど」
「ひでぇな」
口では笑っているくせに一虎の視線はまっすぐだった。
逃げ道を探すみたいに周囲へ向けた視線を一虎は見逃さない。
「誰か待ってんのか?」
「え?」
「さっきから落ち着かねぇ顔してる」
「別に……」
「嘘」
即答だった。
「お前、嘘つく時すぐ目逸らす」
「……そんなことない」
「ある」
短い言葉が妙に断定的でななしは言い返せなくなる。
「で?」
「でって?」
「誰待ってんの」
「待ってないよ」
「男?」
「違うって」
「ふーん」
納得したような声だった。
なのに一虎の表情は少しも緩まない。
「ならいいけど」
「疑ってたの?」
「疑うだろ」
「なんで」
「お前、わりと誰とでも話すし」
「普通に話してるだけだよ」
「俺は嫌だな」
「……え?」
「お前が笑ってんの見るのは嫌いじゃねぇけど、俺以外相手だとちょっと腹立つ」
冗談みたいな口調だった。
けれど視線だけが笑っていない。
「一虎ってさ」
「ん?」
「たまに変なこと言うよね」
「変じゃねぇだろ」
「いや変だよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「じゃあ聞くけど」
「なに?」
「昨日、一緒にいたやつ誰」
ななしの動きが止まる。
「……見てたの?」
「見えたんだよ」
「クラスの人」
「ふーん」
「本当にそれだけ」
「楽しそうだったな」
「普通に話してただけだよ」
「笑ってた」
「……それは話してたら笑うでしょ」
「俺といる時より笑ってた」
思わず言葉に詰まる。
一虎は視線を逸らさない。
「一虎?」
「別に責めてねぇよ」
そう言いながらも声は少し低かった。
「ただ嫌だっただけ」
「……」
「無理なんだよな」
「何が?」
「お前が他のやつ見てんの」
「……わたし、帰るね」
「送る」
「大丈夫」
「送るって」
「近いから平気」
「知ってる」
「じゃあなおさら平気でしょ」
「平気じゃねぇのは俺」
歩き出したななしの隣へ一虎が並ぶ。
「……無言でついてくるのやめて」
「嫌だね」
「即答しないでよ」
「なんで嫌なんだよ」
「嫌っていうか落ち着かない」
「俺といるのが?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何」
答えに迷う。
一虎は時々近すぎる。
言葉も距離も視線も。
まるで逃がさないように囲まれているみたいで。
「……怖い顔してる」
不意に言われてななしは顔を上げた。
「そんな顔してた?」
「してた」
一虎が少し眉を寄せる。
「俺、そんなに怖ぇ?」
「……」
「図星かよ」
困ったように笑う。
それから少しだけ視線を落とした。
「まあ、そうだよな」
「一虎」
「俺、たぶん普通じゃねぇから」
「……」
「お前が誰と話してたとか、どこ見てたとか、気付いたら考えてる」
「……」
「自分でもたまに気持ち悪ぃと思う」
静かな声だった。
冗談を言う時の軽さがない。
「でもさ、それでも嫌いになられたくねぇんだよ」
沈黙が落ちる。
先に口を開いたのは一虎だった。
「悪い」
「え?」
「困らせたな」
「……」
「忘れていい」
「……そんな簡単に忘れられないよ」
「だろうな」
苦笑する。
「俺も無理だったし」
「何が?」
「好きなのやめんの」
言葉が止まる。
一虎は視線を外さない。
「だから期待してねぇ」
「……」
「返事くれとも言わねぇし」
「……うん」
「ただ」
少しだけ距離が近付く。
反射的に肩が揺れた。
その反応を見た一虎が小さく笑う。
「そんなに怯えるなよ」
低い声が落ちる。
「優しくしてやるって言ってるだろ」
「……それ、全然安心できない」
「ひでぇ」
「だって一虎だし」
「それ褒めてる?」
「褒めてない」
「じゃあ傷付いた」
「嘘」
「バレたか」
一虎が笑う。
今度の笑顔は少しだけ柔らかかった。
「でも覚えとけよ」
「なにを?」
「俺、諦め悪いから」
「……知ってるかも」
「知ってんのかよ」
「なんとなく」
「なら話早いな」
一虎が肩を竦める。
「お前が誰と笑ってても、たぶん俺は勝手に嫉妬する」
「宣言すること?」
「する」
「開き直ったね」
「うん」
「すごいなぁ……」
「その代わり」
「?」
「お前が困ってる時はちゃんと助ける」
「……」
「怖がらせるつもりもねぇ」
真っ直ぐな声だった。
「ただ隣にいたいだけ」
「……一虎」
「ん?」
「たまに思うんだけど」
「何」
「不器用だよね」
「……今さら?」
「今さら」
「知ってる」
「自覚あるんだ」
「ある」
一虎が笑う。
「でも直す気はあんまない」
「なんで?」
「お前相手だと無理だから」
「なにそれ」
「そのままの意味」
風が通り、一虎は少しだけ目を細めた。
「ま、逃げたかったら逃げればいい」
「え?」
「追いかけるけど」
「怖いって」
「冗談だよ……半分くらい」
「半分あるんだ」
「あるな」
呆れたように笑う声。
その笑い声を聞いて、一虎も少しだけ笑った。
「ほら」
「?」
「やっと俺にも笑った」
「……最初から笑ってたよ」
「違う」
一虎は首を振る。
「今の方が好き」
返す言葉が見つからない。
困ったように視線を逸らした先で一虎がまた笑う。
「その顔も好きだけどな」
「もう帰る」
「送る」
「結局送るんだ」
「当たり前」
「断っても?」
「送る」
「強引」
「知ってる」
並んで歩き出す。
少しだけ近い距離。
けれど今度は、さっきほど息苦しくなかった。
「なぁ」
「なに?」
「明日も来るから」
「予告するんだ」
「逃げられたら困る」
「……逃げないよ」
その言葉に一虎が足を止める。
「……それ、期待するぞ」
「知らない」
「もう遅い」
笑う声が近い。
「俺、都合いいことだけ信じるタイプだから」
「最悪」
「褒め言葉?」
「違う」
「残念」
それでも一虎は機嫌が良さそうだった。
大事なものを見つけた子供のように一虎は笑った。
そしてきっと、見つけたものを簡単に手放す男じゃないことも。
もう十分伝わっていた。
振り返った先にいた人物を見てななしの肩がわずかに揺れた。
「悪い?」
壁に寄りかかっていた羽宮一虎が首を傾ける。
「悪いっていうか……びっくりするから」
「毎回同じ反応するよな」
「だって急にいるんだもん」
「急にじゃねぇよ。五分くらい前からいた」
「それはそれで怖いんだけど」
「ひでぇな」
口では笑っているくせに一虎の視線はまっすぐだった。
逃げ道を探すみたいに周囲へ向けた視線を一虎は見逃さない。
「誰か待ってんのか?」
「え?」
「さっきから落ち着かねぇ顔してる」
「別に……」
「嘘」
即答だった。
「お前、嘘つく時すぐ目逸らす」
「……そんなことない」
「ある」
短い言葉が妙に断定的でななしは言い返せなくなる。
「で?」
「でって?」
「誰待ってんの」
「待ってないよ」
「男?」
「違うって」
「ふーん」
納得したような声だった。
なのに一虎の表情は少しも緩まない。
「ならいいけど」
「疑ってたの?」
「疑うだろ」
「なんで」
「お前、わりと誰とでも話すし」
「普通に話してるだけだよ」
「俺は嫌だな」
「……え?」
「お前が笑ってんの見るのは嫌いじゃねぇけど、俺以外相手だとちょっと腹立つ」
冗談みたいな口調だった。
けれど視線だけが笑っていない。
「一虎ってさ」
「ん?」
「たまに変なこと言うよね」
「変じゃねぇだろ」
「いや変だよ」
「そうか?」
「そうだよ」
「じゃあ聞くけど」
「なに?」
「昨日、一緒にいたやつ誰」
ななしの動きが止まる。
「……見てたの?」
「見えたんだよ」
「クラスの人」
「ふーん」
「本当にそれだけ」
「楽しそうだったな」
「普通に話してただけだよ」
「笑ってた」
「……それは話してたら笑うでしょ」
「俺といる時より笑ってた」
思わず言葉に詰まる。
一虎は視線を逸らさない。
「一虎?」
「別に責めてねぇよ」
そう言いながらも声は少し低かった。
「ただ嫌だっただけ」
「……」
「無理なんだよな」
「何が?」
「お前が他のやつ見てんの」
「……わたし、帰るね」
「送る」
「大丈夫」
「送るって」
「近いから平気」
「知ってる」
「じゃあなおさら平気でしょ」
「平気じゃねぇのは俺」
歩き出したななしの隣へ一虎が並ぶ。
「……無言でついてくるのやめて」
「嫌だね」
「即答しないでよ」
「なんで嫌なんだよ」
「嫌っていうか落ち着かない」
「俺といるのが?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何」
答えに迷う。
一虎は時々近すぎる。
言葉も距離も視線も。
まるで逃がさないように囲まれているみたいで。
「……怖い顔してる」
不意に言われてななしは顔を上げた。
「そんな顔してた?」
「してた」
一虎が少し眉を寄せる。
「俺、そんなに怖ぇ?」
「……」
「図星かよ」
困ったように笑う。
それから少しだけ視線を落とした。
「まあ、そうだよな」
「一虎」
「俺、たぶん普通じゃねぇから」
「……」
「お前が誰と話してたとか、どこ見てたとか、気付いたら考えてる」
「……」
「自分でもたまに気持ち悪ぃと思う」
静かな声だった。
冗談を言う時の軽さがない。
「でもさ、それでも嫌いになられたくねぇんだよ」
沈黙が落ちる。
先に口を開いたのは一虎だった。
「悪い」
「え?」
「困らせたな」
「……」
「忘れていい」
「……そんな簡単に忘れられないよ」
「だろうな」
苦笑する。
「俺も無理だったし」
「何が?」
「好きなのやめんの」
言葉が止まる。
一虎は視線を外さない。
「だから期待してねぇ」
「……」
「返事くれとも言わねぇし」
「……うん」
「ただ」
少しだけ距離が近付く。
反射的に肩が揺れた。
その反応を見た一虎が小さく笑う。
「そんなに怯えるなよ」
低い声が落ちる。
「優しくしてやるって言ってるだろ」
「……それ、全然安心できない」
「ひでぇ」
「だって一虎だし」
「それ褒めてる?」
「褒めてない」
「じゃあ傷付いた」
「嘘」
「バレたか」
一虎が笑う。
今度の笑顔は少しだけ柔らかかった。
「でも覚えとけよ」
「なにを?」
「俺、諦め悪いから」
「……知ってるかも」
「知ってんのかよ」
「なんとなく」
「なら話早いな」
一虎が肩を竦める。
「お前が誰と笑ってても、たぶん俺は勝手に嫉妬する」
「宣言すること?」
「する」
「開き直ったね」
「うん」
「すごいなぁ……」
「その代わり」
「?」
「お前が困ってる時はちゃんと助ける」
「……」
「怖がらせるつもりもねぇ」
真っ直ぐな声だった。
「ただ隣にいたいだけ」
「……一虎」
「ん?」
「たまに思うんだけど」
「何」
「不器用だよね」
「……今さら?」
「今さら」
「知ってる」
「自覚あるんだ」
「ある」
一虎が笑う。
「でも直す気はあんまない」
「なんで?」
「お前相手だと無理だから」
「なにそれ」
「そのままの意味」
風が通り、一虎は少しだけ目を細めた。
「ま、逃げたかったら逃げればいい」
「え?」
「追いかけるけど」
「怖いって」
「冗談だよ……半分くらい」
「半分あるんだ」
「あるな」
呆れたように笑う声。
その笑い声を聞いて、一虎も少しだけ笑った。
「ほら」
「?」
「やっと俺にも笑った」
「……最初から笑ってたよ」
「違う」
一虎は首を振る。
「今の方が好き」
返す言葉が見つからない。
困ったように視線を逸らした先で一虎がまた笑う。
「その顔も好きだけどな」
「もう帰る」
「送る」
「結局送るんだ」
「当たり前」
「断っても?」
「送る」
「強引」
「知ってる」
並んで歩き出す。
少しだけ近い距離。
けれど今度は、さっきほど息苦しくなかった。
「なぁ」
「なに?」
「明日も来るから」
「予告するんだ」
「逃げられたら困る」
「……逃げないよ」
その言葉に一虎が足を止める。
「……それ、期待するぞ」
「知らない」
「もう遅い」
笑う声が近い。
「俺、都合いいことだけ信じるタイプだから」
「最悪」
「褒め言葉?」
「違う」
「残念」
それでも一虎は機嫌が良さそうだった。
大事なものを見つけた子供のように一虎は笑った。
そしてきっと、見つけたものを簡単に手放す男じゃないことも。
もう十分伝わっていた。
