短編
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降りしきる雨の音さえも遮断された地下室。冷たい空気が肌を刺すようにまとわりついている。
三途はソファに深く腰を下ろしたまま、ゆっくりとグラスを傾けた。手元で揺れる液体が小さくカチリと音を立てる。視線の先には重厚な鉄扉。その向こう側には「宝物」が眠っている。
ななし。
学生時代の彼女は、まるで太陽そのものだった。誰に対しても真っ直ぐで、泥の中に咲く蓮の花のように清らかだった。暴力と薬、血の匂いにまみれた世界にいた三途にとって、彼女は唯一、正気を保たせてくれる錨だったのだ。
けれどその錨は、数年前に自らの手で切り離した。
汚れきった自分では彼女を幸福にできない。あるいは、あまりにも眩しい彼女の光に、自らの影が焼かれるのが怖かっただけなのかもしれない。
数多の人間を葬り、血の海を歩きながらも、脳裏にこびりついて離れないのは彼女の笑い声だった。安っぽいコンビニのアイスを頬張っていた、あの何気ない日常の記憶。
「春千夜、また明日ね」
その言葉が呪いのように彼を縛り続けていた。
再会は偶然を装った必然だった。
数年ぶりに見た彼女は以前と変わらず、一生懸命に生きていた。その姿を視界に捉えた瞬間、三途の中で何かがぷつりと弾けた。
(ああ、お前はまだ、そんなに綺麗に笑うのか)
自分がいなくても幸せになれるという事実は救いではなく、ただの絶望だった。自分が地獄で喘いでいる間、彼女が外の清らかな空気を吸っていることが、どうしても許せなかった。
逃がさない。二度と。
どうすれば彼女は自分から離れないだろうか。どうすればその瞳に自分だけを映してくれるだろうか。
優しく語りかけても、今の自分を見れば彼女は怯えるだろう。正論を並べれば、彼女は軽蔑の眼差しを向けるだけだ。
導き出した答えは、あまりにも短絡的で、狂気に満ちていた。
自由を奪い光を遮断し、自分という毒を毎日少しずつ注ぎ込めばいい。そうすれば真面目な彼女のことだ。いつかはこの歪な愛さえも、自分の運命として受け入れてくれるに違いない。
重い鉄扉を開ける。金属音が響き、部屋の隅で身を縮めていたななしが肩を震わせた。
「……春千夜」
掠れた声で名前を呼ばれる。それだけで、三途の胸のうちは歓喜に震えた。
「気分はどうだ、ななし。腹は減ってねぇか」
「……出して。お願い、春千夜」
彼女は必死に訴える。瞳には恐怖が宿っているが、それでも捨てきれない情が混ざり合っていた。彼女は、かつての恋人がこんな怪物に成り果てたことを信じたくないのだ。
「間違いか。そうだな。お前の言うことは、いつだって正しい」
三途は彼女の傍らに跪き、白く細い手首を掴んだ。重厚な手枷が彼女の肌に食い込んでいる。
「でもな、正しいことが人を救うわけじゃねぇ。俺を救うのは、お前だけなんだよ」
「そんなの………」
「ああ、わがままだ。俺は強欲なんだ。お前の心も体も未来も、全部俺のものだ」
三途は彼女の顎を強引に持ち上げ唇を奪った。抵抗する彼女の腕をねじ伏せ舌を這わせる。
「ん、ふ……っ!」
瞳から大粒の涙が溢れ彼の頬を伝う。その雫の味さえ、彼にとっては極上の薬物のようだった。
ブラウスのボタンを容赦なく弾き飛ばす。露わになった白い肌に執着を刻み込むように歯を立てた。
「痛い……春千夜、やめて……」
「忘れんな。その痛みも俺がお前に与えてやる愛だ」
首筋に、鎖骨に、胸元に。
赤い痕が増えるたびに、三途の心は満たされていく。
かつての清純な交際では決して踏み込めなかった領域。彼女を汚し自分の色に染め上げていく背徳感。呼吸を乱す彼女の身体は、拒絶しながらも、かつて愛し合った男の指先を正直に記憶しているようだった。
「……わたしを、壊したいの……?」
彼女の声が静かな部屋に落ちる。三途は耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかけた。
「壊さねぇよ。大切に、ここに閉じ込めておいてやる。お前が死ぬまでな」
「……そんなの間違ってる」
「ああ。あの日から、俺はずっと間違いだらけだ」
三途は彼女の脚を割り、自らの情熱をぶつけるように深く貫いた。
「あ……っ、は、る、ちよ……!」
衝撃に体を逸らす彼女の瞳に映るのは、狂おしいほどに歪んだ愛を浮かべる三途の顔。何度も何度も。彼女が意識を失いそうになるまで、三途は彼女を求めた。汗と涙が混じり合い、密室の空気は甘く重い匂いで満ちていく。
絶頂を迎える直前、三途は彼女の耳元で祈るように、そして呪うように囁いた。
「ななし。お前にはもう、ここしか居場所はねぇんだからな」
◇
行為が終わった後、ぐったりとした彼女を優しく抱きしめる。髪を撫で、額にキスを落とす手つきは、先ほどまでの荒々しさが嘘のように慈愛に満ちていた。彼女は力なく胸に顔を埋め、小さな声で泣き続けている。
その涙が自分を責めるものであっても、自分を求めて流すものであっても、今の彼にはどちらでもよかった。
彼女を閉じ込めるのは、壁ではない。恐怖と快楽と断ち切れない過去の絆。彼女なら、いつかはこの閉ざされた世界を日常として受け入れるだろう。
地下室の外では、また雨が降り始めたようだ。だがこの部屋にはもう、雨も他人の視線も邪魔な倫理も届かない。あるのは狂った男と、光を失った少女の永遠に続く再会の儀式だけだった。
「……おやすみ、ななし」
三途は眠りにつこうとする彼女の耳元で満足げに微笑んだ。
この地獄こそが彼にとっての唯一の楽園だった。
三途はソファに深く腰を下ろしたまま、ゆっくりとグラスを傾けた。手元で揺れる液体が小さくカチリと音を立てる。視線の先には重厚な鉄扉。その向こう側には「宝物」が眠っている。
ななし。
学生時代の彼女は、まるで太陽そのものだった。誰に対しても真っ直ぐで、泥の中に咲く蓮の花のように清らかだった。暴力と薬、血の匂いにまみれた世界にいた三途にとって、彼女は唯一、正気を保たせてくれる錨だったのだ。
けれどその錨は、数年前に自らの手で切り離した。
汚れきった自分では彼女を幸福にできない。あるいは、あまりにも眩しい彼女の光に、自らの影が焼かれるのが怖かっただけなのかもしれない。
数多の人間を葬り、血の海を歩きながらも、脳裏にこびりついて離れないのは彼女の笑い声だった。安っぽいコンビニのアイスを頬張っていた、あの何気ない日常の記憶。
「春千夜、また明日ね」
その言葉が呪いのように彼を縛り続けていた。
再会は偶然を装った必然だった。
数年ぶりに見た彼女は以前と変わらず、一生懸命に生きていた。その姿を視界に捉えた瞬間、三途の中で何かがぷつりと弾けた。
(ああ、お前はまだ、そんなに綺麗に笑うのか)
自分がいなくても幸せになれるという事実は救いではなく、ただの絶望だった。自分が地獄で喘いでいる間、彼女が外の清らかな空気を吸っていることが、どうしても許せなかった。
逃がさない。二度と。
どうすれば彼女は自分から離れないだろうか。どうすればその瞳に自分だけを映してくれるだろうか。
優しく語りかけても、今の自分を見れば彼女は怯えるだろう。正論を並べれば、彼女は軽蔑の眼差しを向けるだけだ。
導き出した答えは、あまりにも短絡的で、狂気に満ちていた。
自由を奪い光を遮断し、自分という毒を毎日少しずつ注ぎ込めばいい。そうすれば真面目な彼女のことだ。いつかはこの歪な愛さえも、自分の運命として受け入れてくれるに違いない。
重い鉄扉を開ける。金属音が響き、部屋の隅で身を縮めていたななしが肩を震わせた。
「……春千夜」
掠れた声で名前を呼ばれる。それだけで、三途の胸のうちは歓喜に震えた。
「気分はどうだ、ななし。腹は減ってねぇか」
「……出して。お願い、春千夜」
彼女は必死に訴える。瞳には恐怖が宿っているが、それでも捨てきれない情が混ざり合っていた。彼女は、かつての恋人がこんな怪物に成り果てたことを信じたくないのだ。
「間違いか。そうだな。お前の言うことは、いつだって正しい」
三途は彼女の傍らに跪き、白く細い手首を掴んだ。重厚な手枷が彼女の肌に食い込んでいる。
「でもな、正しいことが人を救うわけじゃねぇ。俺を救うのは、お前だけなんだよ」
「そんなの………」
「ああ、わがままだ。俺は強欲なんだ。お前の心も体も未来も、全部俺のものだ」
三途は彼女の顎を強引に持ち上げ唇を奪った。抵抗する彼女の腕をねじ伏せ舌を這わせる。
「ん、ふ……っ!」
瞳から大粒の涙が溢れ彼の頬を伝う。その雫の味さえ、彼にとっては極上の薬物のようだった。
ブラウスのボタンを容赦なく弾き飛ばす。露わになった白い肌に執着を刻み込むように歯を立てた。
「痛い……春千夜、やめて……」
「忘れんな。その痛みも俺がお前に与えてやる愛だ」
首筋に、鎖骨に、胸元に。
赤い痕が増えるたびに、三途の心は満たされていく。
かつての清純な交際では決して踏み込めなかった領域。彼女を汚し自分の色に染め上げていく背徳感。呼吸を乱す彼女の身体は、拒絶しながらも、かつて愛し合った男の指先を正直に記憶しているようだった。
「……わたしを、壊したいの……?」
彼女の声が静かな部屋に落ちる。三途は耳元に唇を寄せ、熱い吐息を吹きかけた。
「壊さねぇよ。大切に、ここに閉じ込めておいてやる。お前が死ぬまでな」
「……そんなの間違ってる」
「ああ。あの日から、俺はずっと間違いだらけだ」
三途は彼女の脚を割り、自らの情熱をぶつけるように深く貫いた。
「あ……っ、は、る、ちよ……!」
衝撃に体を逸らす彼女の瞳に映るのは、狂おしいほどに歪んだ愛を浮かべる三途の顔。何度も何度も。彼女が意識を失いそうになるまで、三途は彼女を求めた。汗と涙が混じり合い、密室の空気は甘く重い匂いで満ちていく。
絶頂を迎える直前、三途は彼女の耳元で祈るように、そして呪うように囁いた。
「ななし。お前にはもう、ここしか居場所はねぇんだからな」
◇
行為が終わった後、ぐったりとした彼女を優しく抱きしめる。髪を撫で、額にキスを落とす手つきは、先ほどまでの荒々しさが嘘のように慈愛に満ちていた。彼女は力なく胸に顔を埋め、小さな声で泣き続けている。
その涙が自分を責めるものであっても、自分を求めて流すものであっても、今の彼にはどちらでもよかった。
彼女を閉じ込めるのは、壁ではない。恐怖と快楽と断ち切れない過去の絆。彼女なら、いつかはこの閉ざされた世界を日常として受け入れるだろう。
地下室の外では、また雨が降り始めたようだ。だがこの部屋にはもう、雨も他人の視線も邪魔な倫理も届かない。あるのは狂った男と、光を失った少女の永遠に続く再会の儀式だけだった。
「……おやすみ、ななし」
三途は眠りにつこうとする彼女の耳元で満足げに微笑んだ。
この地獄こそが彼にとっての唯一の楽園だった。
