短編
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深夜のアトリエにミシンの音だけが規則正しく響いていた。
「……あ」
ソファで目を覚ましたななしに気づいて三ツ谷が振り返る。
「悪い、起こしたか?」
「ううん。まだやってたんだ」
「あと少し、な」
そう言いながら布を整える指は止まらない。
「ここが決まれば終われるんだわ」
「その台詞、さっきも聞いた気がする」
「言ったかもな」
三ツ谷が笑う。
トルソーにかかった布を引き、角度を変え少し離れて眺める。
また近づいて手を入れる。
その繰り返し。
「明日も朝早いんでしょ」
「フィッティングな」
「寝不足で倒れても知らないよ」
「倒れねぇよ」
「信用ないなあ」
背中に腕を回す。
その瞬間、三ツ谷の手が止まった。
数秒の沈黙。
やがて小さく息を吐く。
「……急に疲れた気がしてきた」
「ほら」
「負けたわ」
待ち針を片付ける音が小さく響く。
椅子を回した三ツ谷が軽く手招きをした。
「おいで」
引き寄せられる。
肩に額が触れる距離。
「……なあ」
「ん?」
「たまに不思議になる」
「何が?」
「あの頃の俺が聞いたら笑うだろうなって」
「どの頃?」
「バイク乗って喧嘩してた頃」
少し笑う。
「確かに」
「しかも毎日こんな時間まで布とにらめっこしてる」
「それは今も笑われそう」
「言えてる」
二人で笑う。
けれど三ツ谷の手は服の裾を少しだけ握ったままだった。
「……それにさ」
「うん」
「隣にお前がいるのも、なんか出来すぎてる気がして」
「出来すぎ?」
「急になくなったら嫌だなって思う時がある」
冗談みたいな口調だった。
けれど視線は逸らされたまま。
「三ツ谷が作ったんでしょ」
「何を」
「今の生活」
少し間が空く。
「服も仕事も人との繋がりも」
「……」
「誰かに貰ったものじゃないじゃん」
三ツ谷が顔を上げた。
「お前さ」
「ん?」
「たまに妙に刺さること言うよな」
「そう?」
「ドラケンあたりの入れ知恵かと思った」
「失礼だなあ」
「違うのかよ」
「自分の言葉です」
「そっか」
小さく笑って、額を軽くつつく。
「ありがとな」
◇
数日後。
発表会の会場は慌ただしかった。
「三ツ谷さん、次のモデル入ります」
「了解」
「照明もう一段落としますか?」
「いや、このままでいこう」
歩きながら指示を出していく。
次の瞬間には別のスタッフに呼ばれている。
「すごい忙しそう」
「今日はあいつが主役だからな」
ショーが終わる。
拍手が響く。
挨拶を終えた三ツ谷は、人混みの向こうから真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
「お疲れ」
「お疲れ様」
「どうだった?」
「すごかった」
「それなら良かった」
「安心するの早くない?」
「いや、まだ終わってねぇ」
「え?」
「来て」
手を引かれる。
連れて行かれた先には、一着のワンピースが掛けられていた。
派手さはないが目を奪われる。
「これって」
「作った」
「ショー用じゃないの?」
「違う」
三ツ谷が視線を逸らす。
「ななし用」
「……私?」
「サイズも大体分かるし」
「大体って」
「いや、結構正確」
「怖いこと言わないで」
「仕事だからな」
少し照れたように笑う。
「着てみて」
背中のファスナーがゆっくり上がる。
鏡の中の姿を見て、思わず言葉が止まった。
「……すごい」
「だろ?」
「うん」
三ツ谷は鏡越しに目を細めた。
「やっぱ似合うな」
「そう?」
「俺が言うんだから間違いない」
「自信家だ」
「プロだから」
少しの沈黙。
そして――
「この先さ」
「うん」
「仕事がどうなっても」
「うん」
「有名になっても逆に全部失くしても」
三ツ谷が言葉を探すように息を吐く。
「一番作りたいものだけは変わんねぇと思う」
「何?」
「お前との時間」
鏡の中で目が合う。
「それだけは手放したくない」
◇
帰り道。
繋いだ手を、そのままコートのポケットに入れる。
「ねえ」
「ん?」
「さっきのって」
「うん」
「もしかしてプロポーズだった?」
三ツ谷が足を止める。
「……もしかしなくても」
「分かりづらいよ」
「マジか」
「マジです」
「服作って、将来の話して、それでも分かりづらいのか」
「言葉が足りない」
「厳しいな」
困ったように笑う。
「じゃあ言う」
ポケットの中で指先が触れる。
「これから先もずっと隣にいてほしい」
静かな声だった。
「俺はそのつもりで言ってる」
「……うん」
「返事は?」
「聞かないと分からない?」
「ちゃんと聞きたい」
少しだけ笑う。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
三ツ谷が肩を揺らした。
「よかった」
「そんなに緊張してたの?」
「当たり前だろ」
「三ツ谷でも?」
「俺でも」
握る手に少しだけ力が入る。
「服作るより緊張したわ」
「それは嘘」
「バレたか」
夜道を並んで歩く。
繋いだ手は最後まで離れなかった。
「……あ」
ソファで目を覚ましたななしに気づいて三ツ谷が振り返る。
「悪い、起こしたか?」
「ううん。まだやってたんだ」
「あと少し、な」
そう言いながら布を整える指は止まらない。
「ここが決まれば終われるんだわ」
「その台詞、さっきも聞いた気がする」
「言ったかもな」
三ツ谷が笑う。
トルソーにかかった布を引き、角度を変え少し離れて眺める。
また近づいて手を入れる。
その繰り返し。
「明日も朝早いんでしょ」
「フィッティングな」
「寝不足で倒れても知らないよ」
「倒れねぇよ」
「信用ないなあ」
背中に腕を回す。
その瞬間、三ツ谷の手が止まった。
数秒の沈黙。
やがて小さく息を吐く。
「……急に疲れた気がしてきた」
「ほら」
「負けたわ」
待ち針を片付ける音が小さく響く。
椅子を回した三ツ谷が軽く手招きをした。
「おいで」
引き寄せられる。
肩に額が触れる距離。
「……なあ」
「ん?」
「たまに不思議になる」
「何が?」
「あの頃の俺が聞いたら笑うだろうなって」
「どの頃?」
「バイク乗って喧嘩してた頃」
少し笑う。
「確かに」
「しかも毎日こんな時間まで布とにらめっこしてる」
「それは今も笑われそう」
「言えてる」
二人で笑う。
けれど三ツ谷の手は服の裾を少しだけ握ったままだった。
「……それにさ」
「うん」
「隣にお前がいるのも、なんか出来すぎてる気がして」
「出来すぎ?」
「急になくなったら嫌だなって思う時がある」
冗談みたいな口調だった。
けれど視線は逸らされたまま。
「三ツ谷が作ったんでしょ」
「何を」
「今の生活」
少し間が空く。
「服も仕事も人との繋がりも」
「……」
「誰かに貰ったものじゃないじゃん」
三ツ谷が顔を上げた。
「お前さ」
「ん?」
「たまに妙に刺さること言うよな」
「そう?」
「ドラケンあたりの入れ知恵かと思った」
「失礼だなあ」
「違うのかよ」
「自分の言葉です」
「そっか」
小さく笑って、額を軽くつつく。
「ありがとな」
◇
数日後。
発表会の会場は慌ただしかった。
「三ツ谷さん、次のモデル入ります」
「了解」
「照明もう一段落としますか?」
「いや、このままでいこう」
歩きながら指示を出していく。
次の瞬間には別のスタッフに呼ばれている。
「すごい忙しそう」
「今日はあいつが主役だからな」
ショーが終わる。
拍手が響く。
挨拶を終えた三ツ谷は、人混みの向こうから真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
「お疲れ」
「お疲れ様」
「どうだった?」
「すごかった」
「それなら良かった」
「安心するの早くない?」
「いや、まだ終わってねぇ」
「え?」
「来て」
手を引かれる。
連れて行かれた先には、一着のワンピースが掛けられていた。
派手さはないが目を奪われる。
「これって」
「作った」
「ショー用じゃないの?」
「違う」
三ツ谷が視線を逸らす。
「ななし用」
「……私?」
「サイズも大体分かるし」
「大体って」
「いや、結構正確」
「怖いこと言わないで」
「仕事だからな」
少し照れたように笑う。
「着てみて」
背中のファスナーがゆっくり上がる。
鏡の中の姿を見て、思わず言葉が止まった。
「……すごい」
「だろ?」
「うん」
三ツ谷は鏡越しに目を細めた。
「やっぱ似合うな」
「そう?」
「俺が言うんだから間違いない」
「自信家だ」
「プロだから」
少しの沈黙。
そして――
「この先さ」
「うん」
「仕事がどうなっても」
「うん」
「有名になっても逆に全部失くしても」
三ツ谷が言葉を探すように息を吐く。
「一番作りたいものだけは変わんねぇと思う」
「何?」
「お前との時間」
鏡の中で目が合う。
「それだけは手放したくない」
◇
帰り道。
繋いだ手を、そのままコートのポケットに入れる。
「ねえ」
「ん?」
「さっきのって」
「うん」
「もしかしてプロポーズだった?」
三ツ谷が足を止める。
「……もしかしなくても」
「分かりづらいよ」
「マジか」
「マジです」
「服作って、将来の話して、それでも分かりづらいのか」
「言葉が足りない」
「厳しいな」
困ったように笑う。
「じゃあ言う」
ポケットの中で指先が触れる。
「これから先もずっと隣にいてほしい」
静かな声だった。
「俺はそのつもりで言ってる」
「……うん」
「返事は?」
「聞かないと分からない?」
「ちゃんと聞きたい」
少しだけ笑う。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
三ツ谷が肩を揺らした。
「よかった」
「そんなに緊張してたの?」
「当たり前だろ」
「三ツ谷でも?」
「俺でも」
握る手に少しだけ力が入る。
「服作るより緊張したわ」
「それは嘘」
「バレたか」
夜道を並んで歩く。
繋いだ手は最後まで離れなかった。
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