短編
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「だからそれは場地が悪いでしょ」
「はぁ? どこがだよ」
「約束した時間、三十分過ぎてた」
「三十分じゃねぇ、二十八分だ」
「変わらないでしょ」
「変わるだろ」
「違う」
「細けぇな」
言い終わる前に場地が顔を逸らした。
その態度がまた腹立たしい。
「聞いてる?」
「聞いてるっつの」
「絶対聞いてない」
「聞いてるって言ってんだろ」
「じゃあわたしが何怒ってるか言ってみて」
「遅刻」
「それだけじゃない」
「……めんどくせぇな」
「ほら」
「お前、今その顔やめろ」
「どの顔」
「その『ほらやっぱり』って顔」
「してない」
「してる」
「場地の方がしてる」
「俺はしてねぇ」
「してる」
「……」
「……」
先に視線を外したのは場地だった。
「帰る」
「帰れ帰れ」
「言われなくても帰る」
「じゃあな」
「うん」
数歩進んだ場地が立ち止まる。
振り返る。
「……お前も帰れよ」
「帰るよ」
「変なやつに絡まれんなよ」
「子供扱いしないで」
「してねぇ」
「してる」
「じゃあ好きにしろ」
「言われなくてもそうする」
場地は舌打ちをひとつ落として歩き出した。
その背中が見えなくなるまで見送ってしまったことは言わない。
◇
翌日。
「おい」
「なに」
「ノート貸せ」
「嫌」
「即答かよ」
「昨日のこと忘れたの?」
「忘れてねぇよ」
「だったら自力でどうぞ」
「昨日と今日の話は別だろ」
「別じゃない」
「心狭ぇな」
「場地にだけは言われたくない」
「貸せって」
「嫌だって」
場地が机に肘をついた。
「昼飯のパンやる」
「いらない」
「半分」
「いらない」
「全部」
「……」
「交渉成立だな」
「してない」
「顔に書いてある」
「書いてない」
「ほら貸せ」
ノートを引っ張ろうとした場地の指先を避ける。
「あ、おい!」
「自分でやって」
「間に合わねぇ」
「知らない」
「頼む」
「え」
「……一回しか言わねぇぞ」
「今なんて?」
「聞こえてんだろ」
「聞こえなかった」
「貸さねぇならいい」
「ちょっと待って」
差し出したノートを場地が奪うように受け取る。
「サンキュ」
「……どういたしまして」
「なんだよ」
「別に」
「気持ち悪ぃな」
「失礼」
「お前がにやけてるからだろ」
「にやけてない」
「してる」
「場地の見間違い」
「俺の目はいい」
「自慢すること?」
「することだろ」
結局ふたりとも笑っていた。
◇
「場地!」
「なんだよ」
「またケンカしたの?」
「またってなんだ」
「三日連続」
「別にケンカしてねぇよ」
「してたじゃん」
「話し合いだ」
「どこが」
「声がちょっとでかい話し合い」
「一般的にそれケンカって言うんだよ」
場地が不機嫌そうに眉を寄せる。
「お前らほんと仲いいよな」
「よくねぇ」
返事が重なった。
「ほら」
「ほらじゃねぇ」
場地が頭をかいた。
「なんで毎回あいつと話すとこうなるんだよ」
「場地がすぐ煽るからじゃん」
「向こうだって言い返してくるだろ」
「それは場地もだろ」
「……」
「……否定しないんだ」
「できねぇ」
◇
「場地」
「なんだ」
「これ」
缶ジュースを差し出す。
「変なもん入れてねぇだろうな」
「入れてたら渡さない」
「たしかに」
場地がプルタブを開けた。
「で」
「で?」
「なんか言うことあんだろ」
「……昨日は言いすぎた」
「俺も」
「場地も?」
「意外そうな顔すんな」
「だってあんまり謝らないし」
「今してるだろ」
「してるね」
「だからその顔やめろって」
「どの顔」
「嬉しそうな顔」
「してない」
「してる」
場地が笑った。
珍しく素直な笑い方だった。
「お前さ」
「なに」
「なんで毎回ちゃんと来んの」
「え?」
「普通、嫌になって離れるだろ」
「場地は?」
「俺?」
「わたしが毎回怒っても嫌にならないの?」
場地は少し黙った。
「……ならねぇよ」
「なんで」
「なんでだろうな」
「曖昧」
「考えたことねぇ」
「じゃあ今考えて」
「面倒くせぇ質問だな」
「逃げた」
「逃げてねぇ」
場地は缶を揺らした。
「お前だからじゃねぇの」
「雑」
「知らねぇよ、こういうの苦手なんだよ」
「ふーん」
「なんだその反応」
「別に」
「絶対なんかある」
「場地だからだよ」
「……は?」
「わたしも多分、同じ理由」
場地が固まる。
数秒。
「……お前」
「なに」
「急にそういうこと言うな」
「場地が先に言った」
「俺はもっとぼかしてた」
「じゃあ、わたしの勝ちね」
「勝負してねぇだろ」
「してたよ」
「知らねぇうちに参加させんな」
「場地って意外と弱いね」
「誰のせいだと思ってんだ」
「わたし?」
「お前以外いねぇだろ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてねぇ」
「照れてる」
「照れてねぇ」
「してる」
「してねぇって言ってんだろ」
「顔赤い」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない」
「見んな」
「見てない」
「見てる」
また同じやり取り。
何度目かわからない。
それなのに飽きない。
「場地」
「ん?」
「またケンカしても仲直りしてね」
「前提がおかしいだろ」
「だってするじゃん」
「まあするな」
「場地すぐ怒るし」
「お前もだろ」
「否定できない」
「だろうな」
場地が笑う。
「でも」
「ん?」
「仲直りしねぇまま終わるのは嫌だ」
その言葉だけ少し真面目だった。
「わたしも嫌」
「じゃあ決まりだな」
「なにが?」
「どんだけケンカしてもちゃんと話す」
「子供みたい」
「実際まだガキだろ」
「それもそうか」
「逃げんなよ」
「場地こそ」
「俺は逃げねぇ」
「ほんとに?」
「おう」
「約束ね」
「おう」
場地がこちらを見る。
「ただし」
「ただし?」
「次遅刻したら怒る」
「まだ言ってんのかよ」
「当然です」
「細けぇなぁ」
「誰のせいだと思ってるの」
「……俺か」
「まあ俺だな」
「否定できねぇ」
ふたりで笑った。
きっとまた言い合う。
つまらないことで怒って。
くだらないことで張り合って。
それでも次の日にはまた顔を合わせる。
喧嘩の続きみたいな会話をして。
気づけば隣にいる。
そんな繰り返しをたぶん嫌いにはなれない。
「ほら行くぞ」
「はいはい」
「返事は一回」
「場地もね」
「俺はいいんだよ」
「よくない」
「うるせぇ」
「すぐうるせぇって言う」
「お前がうるせぇからだろ」
「ひどい」
「事実だ」
「場地のばか」
「知ってる」
「開き直った」
「今さらだろ」
また始まる。
終わる気配のない口喧嘩。
たぶんそれは嫌なものじゃない。
少なくともふたりにとっては。
「はぁ? どこがだよ」
「約束した時間、三十分過ぎてた」
「三十分じゃねぇ、二十八分だ」
「変わらないでしょ」
「変わるだろ」
「違う」
「細けぇな」
言い終わる前に場地が顔を逸らした。
その態度がまた腹立たしい。
「聞いてる?」
「聞いてるっつの」
「絶対聞いてない」
「聞いてるって言ってんだろ」
「じゃあわたしが何怒ってるか言ってみて」
「遅刻」
「それだけじゃない」
「……めんどくせぇな」
「ほら」
「お前、今その顔やめろ」
「どの顔」
「その『ほらやっぱり』って顔」
「してない」
「してる」
「場地の方がしてる」
「俺はしてねぇ」
「してる」
「……」
「……」
先に視線を外したのは場地だった。
「帰る」
「帰れ帰れ」
「言われなくても帰る」
「じゃあな」
「うん」
数歩進んだ場地が立ち止まる。
振り返る。
「……お前も帰れよ」
「帰るよ」
「変なやつに絡まれんなよ」
「子供扱いしないで」
「してねぇ」
「してる」
「じゃあ好きにしろ」
「言われなくてもそうする」
場地は舌打ちをひとつ落として歩き出した。
その背中が見えなくなるまで見送ってしまったことは言わない。
◇
翌日。
「おい」
「なに」
「ノート貸せ」
「嫌」
「即答かよ」
「昨日のこと忘れたの?」
「忘れてねぇよ」
「だったら自力でどうぞ」
「昨日と今日の話は別だろ」
「別じゃない」
「心狭ぇな」
「場地にだけは言われたくない」
「貸せって」
「嫌だって」
場地が机に肘をついた。
「昼飯のパンやる」
「いらない」
「半分」
「いらない」
「全部」
「……」
「交渉成立だな」
「してない」
「顔に書いてある」
「書いてない」
「ほら貸せ」
ノートを引っ張ろうとした場地の指先を避ける。
「あ、おい!」
「自分でやって」
「間に合わねぇ」
「知らない」
「頼む」
「え」
「……一回しか言わねぇぞ」
「今なんて?」
「聞こえてんだろ」
「聞こえなかった」
「貸さねぇならいい」
「ちょっと待って」
差し出したノートを場地が奪うように受け取る。
「サンキュ」
「……どういたしまして」
「なんだよ」
「別に」
「気持ち悪ぃな」
「失礼」
「お前がにやけてるからだろ」
「にやけてない」
「してる」
「場地の見間違い」
「俺の目はいい」
「自慢すること?」
「することだろ」
結局ふたりとも笑っていた。
◇
「場地!」
「なんだよ」
「またケンカしたの?」
「またってなんだ」
「三日連続」
「別にケンカしてねぇよ」
「してたじゃん」
「話し合いだ」
「どこが」
「声がちょっとでかい話し合い」
「一般的にそれケンカって言うんだよ」
場地が不機嫌そうに眉を寄せる。
「お前らほんと仲いいよな」
「よくねぇ」
返事が重なった。
「ほら」
「ほらじゃねぇ」
場地が頭をかいた。
「なんで毎回あいつと話すとこうなるんだよ」
「場地がすぐ煽るからじゃん」
「向こうだって言い返してくるだろ」
「それは場地もだろ」
「……」
「……否定しないんだ」
「できねぇ」
◇
「場地」
「なんだ」
「これ」
缶ジュースを差し出す。
「変なもん入れてねぇだろうな」
「入れてたら渡さない」
「たしかに」
場地がプルタブを開けた。
「で」
「で?」
「なんか言うことあんだろ」
「……昨日は言いすぎた」
「俺も」
「場地も?」
「意外そうな顔すんな」
「だってあんまり謝らないし」
「今してるだろ」
「してるね」
「だからその顔やめろって」
「どの顔」
「嬉しそうな顔」
「してない」
「してる」
場地が笑った。
珍しく素直な笑い方だった。
「お前さ」
「なに」
「なんで毎回ちゃんと来んの」
「え?」
「普通、嫌になって離れるだろ」
「場地は?」
「俺?」
「わたしが毎回怒っても嫌にならないの?」
場地は少し黙った。
「……ならねぇよ」
「なんで」
「なんでだろうな」
「曖昧」
「考えたことねぇ」
「じゃあ今考えて」
「面倒くせぇ質問だな」
「逃げた」
「逃げてねぇ」
場地は缶を揺らした。
「お前だからじゃねぇの」
「雑」
「知らねぇよ、こういうの苦手なんだよ」
「ふーん」
「なんだその反応」
「別に」
「絶対なんかある」
「場地だからだよ」
「……は?」
「わたしも多分、同じ理由」
場地が固まる。
数秒。
「……お前」
「なに」
「急にそういうこと言うな」
「場地が先に言った」
「俺はもっとぼかしてた」
「じゃあ、わたしの勝ちね」
「勝負してねぇだろ」
「してたよ」
「知らねぇうちに参加させんな」
「場地って意外と弱いね」
「誰のせいだと思ってんだ」
「わたし?」
「お前以外いねぇだろ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてねぇ」
「照れてる」
「照れてねぇ」
「してる」
「してねぇって言ってんだろ」
「顔赤い」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない」
「見んな」
「見てない」
「見てる」
また同じやり取り。
何度目かわからない。
それなのに飽きない。
「場地」
「ん?」
「またケンカしても仲直りしてね」
「前提がおかしいだろ」
「だってするじゃん」
「まあするな」
「場地すぐ怒るし」
「お前もだろ」
「否定できない」
「だろうな」
場地が笑う。
「でも」
「ん?」
「仲直りしねぇまま終わるのは嫌だ」
その言葉だけ少し真面目だった。
「わたしも嫌」
「じゃあ決まりだな」
「なにが?」
「どんだけケンカしてもちゃんと話す」
「子供みたい」
「実際まだガキだろ」
「それもそうか」
「逃げんなよ」
「場地こそ」
「俺は逃げねぇ」
「ほんとに?」
「おう」
「約束ね」
「おう」
場地がこちらを見る。
「ただし」
「ただし?」
「次遅刻したら怒る」
「まだ言ってんのかよ」
「当然です」
「細けぇなぁ」
「誰のせいだと思ってるの」
「……俺か」
「まあ俺だな」
「否定できねぇ」
ふたりで笑った。
きっとまた言い合う。
つまらないことで怒って。
くだらないことで張り合って。
それでも次の日にはまた顔を合わせる。
喧嘩の続きみたいな会話をして。
気づけば隣にいる。
そんな繰り返しをたぶん嫌いにはなれない。
「ほら行くぞ」
「はいはい」
「返事は一回」
「場地もね」
「俺はいいんだよ」
「よくない」
「うるせぇ」
「すぐうるせぇって言う」
「お前がうるせぇからだろ」
「ひどい」
「事実だ」
「場地のばか」
「知ってる」
「開き直った」
「今さらだろ」
また始まる。
終わる気配のない口喧嘩。
たぶんそれは嫌なものじゃない。
少なくともふたりにとっては。
