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グラスの中の氷がカランと音を立てた。
隣に座る及川は笑顔を浮かべながら、こちらを見つめている。
久々の再会だというのに、その距離の縮め方は以前よりもどこか強引だった。
「ねえ、口説き方に磨きがかかってない?」
思わず半目になって尋ねると、及川は心底意外だというように両手を軽く広げてみせる。
その指先がテーブルの上をすべり、そっと手を重ねられた。
「失礼だなあ。俺は最初から情熱的だったでしょ」
「昔はもっと回りくどかったよ」
「それはお前が全然気づいてくれないからでしょうが」
悪戯っぽく笑いながら、及川は重ねた手の甲を指の腹でなぞる。
肌が触れ合う部分から熱が広がり、喉の奥を鳴らして視線を泳がせた。
アルゼンチンへ渡ってから数年、連絡自体は途切れていなかったものの、目の前にいる及川は以前よりもずっと大人びて見えた。
「はい、また目を逸らした。逃げるなよ」
「だって……、距離が近いなって」
「遠くにいた分を取り戻してんの。文句ある?」
当然のように言い放つ顔があまりに整っていて、言葉に詰まってしまう。
及川はそのまま手を引いて、自分の口元へと引き寄せた。
指先へ落とされた微かな熱に、心臓が大きく跳ね上がる。
「ちょっと、徹……」
「ねえ、■■■。キスしていい?」
真っ直ぐ見つめられながら放たれた言葉があまりにストレートで、顔に熱が集まっていくのを自覚した。
冗談めかした中に、どこか逃げ道を塞ぐような温度が混ざっている。
そういうズルいところは昔からちっとも変わっていなかった。
「……ダメって言ったら?」
「言わせないために、こうやって手握ってんだけど」
クスりと笑うと、及川は握った手に少しだけ力を込め、そのまま顔を近づけてきた。
至近距離で重なる息遣いに、体が緊張で跳ねる。
「ちょっと徹、ここ店の中……っ」
制止の声は、重なった柔らかい感触によってあっけなく遮られた。
唇の端を掠めるような短いキス。
離れ際にちゅっと小さな音が鳴り、及川は満足そうに目を細めた。
「……店出よっか」
「……ズルい」
「なんとでも言ってよ」
◇
静かな通りを、二人は並んで歩いていた。
夜の風が少し肌寒く感じる季節だというのに、隣から伝わってくる体温のせいで全然冷たさを感じない。
「あっちの生活はどう? 慣れた?」
「うーん、まあ最初は大変だったけどね。言葉も食事も」
「そっか。大変だったんだ」
「でもさ、お前がくれたお守りずっと持ってたから大丈夫だった」
サラッと言われて、繋いだ手にギュッと力が込もるのを感じた。
高校を卒業するとき、半ば勢いで渡したお守り。
まさか本当に向こうまで持っていって、今でも持っているなんて思ってもいなかった。
「……そんなの、まだ持ってたんだ」
「当たり前でしょ。捨てられるわけないじゃん」
「なんか、もっとカッコいいやつ買えばよかったのに」
「お前がくれたから意味があんの。他のじゃ駄目」
言い切りながら、及川はこちらに顔を寄せて覗き込んでくる。
街灯の光を浴びたその表情には、いつもの少しふざけた雰囲気が一切なかった。
「ねえ、■■■」
「なに……?」
「俺が向こうで何考えてたか、知りたい?」
立ち止まった及川に引っ張られる形で足を止める。
握られた手から伝わる鼓動が、自分のものなのか及川のものなのか分からないくらい速くなっていた。
「……バレーのこと?」
「半分正解。で、もう半分は■■■のこと」
「……またそういうこと言う」
「嘘じゃないって言ってるでしょ」
及川の手のひらが頬に触れる。
その温もりが肌に伝わり、逃げ場を失ってしまう。
「すごい選手たちと戦うたびにさ、俺もっと強くなれるって思うんだよね」
「うん……すごいと思う、徹は」
「でもね、一番会いたい奴に会えないのは、やっぱりちょっとキツかった」
真面目な声で吐露された言葉が胸の奥へ刺さる。
お互い言葉にしなくてもどこかで感づいていたはずだった。
だけど及川がコートの外でこんなにも素直に感情を出す姿を今まで見たことがなかった。
◇
及川が宿泊しているホテルの部屋へと招かれ、ドアが閉まった瞬間に空間の密度が一気に変わった。
「喉乾いた? 何か飲む?」
「ううん、大丈夫」
「そ。じゃあ、座って」
ソファへと促され腰を下ろすと、及川は迷わずその隣へと滑り込んできた。
隙間なく密着した太ももから熱が伝わってくる。
「……徹、狭いんだけど」
「いいでしょ。誰も見てないんだし」
肩に頭を乗せられ、ふわりと髪が顔に触れた。
及川はそのまま首元へ顔をうずめ、深々と息を吐き出す。
「あっちにいる間さ、ずっとお前不足だったんだよ」
「連絡はよく取ってたでしょ」
「画面越しじゃ触れられないじゃん。俺はこうしたいの」
頭を上げると同時に、及川の顔が至近距離まで迫っていた。
息が触れ合う距離で、互いの鼓動がはっきりと聞こえる。
「■■■」
「なに?」
「さっきのお店じゃ我慢したから、もういいよね」
低く囁かれた直後、重なった唇に熱い感触が落ちてきた。
引き結んでいた唇が吐息とともに解け、すんなりと隙間を割って温かい舌が滑り込んでくる。
「ん……っ、……徹……っ」
「……もう、離さないから」
強引なのに、どこか丁寧なキスだった。
角度を変えながら、及川は深く深く舌を絡めてきた。
逃げ出そうと動かした身体は、及川の大きな腕によってすっぽりと抱きかかえられてしまう。
「……、んっ……」
「ねえ、■■■も俺に会いたかったでしょ」
「会いた……かった、……」
「よし、正直でいい子」
満足そうに笑うと、及川は再び深く唇を塞いできた。
南米の熱気をそのまま連れてきたかのような強引な情熱に押し流されながら、ただその腕の中に身を委ねるしかなかった。
「……今夜は帰さないからね」
耳元で囁かれた言葉に、二人の夜はさらに深く甘く落ちていった。
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