ハーツラビュル
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「……またそんな顔をして。ななし、少しは休めと言っただろう」
オンボロ寮の談話室、机に並べられた魔法薬学の資料をデュースが静かに指で叩く。彼は生真面目な表情を崩さないまま、隣の椅子を引いて腰を下ろした。
「ごめん、デュース。でも、これくらいやっておかないと落ち着かなくて」
「ななしの悪い癖だ。……何かを埋めるように必死に見える。今の君は」
デュースが覗き込んでくる。その瞳は、嘘や誤魔化しを許さないような強さを持っている。
「……埋めるなんて、そんなんじゃないよ」
「ならいいが。ななしが倒れたら、僕が……いや、みんなが心配する」
彼は言いかけて視線を逸らし、手近にあった教科書を手に取る。けれど、その指先が少しだけ強張っているのを、隣にいる自分は見逃さなかった。
彼との距離が縮まるたび、胸の奥で「もしも」の思考が鎌首をもたげる。もし明日、この光景がすべて消えてしまったら。この真面目すぎる優しさに甘える資格が、自分にあるのだろうか。
「デュースは、いつか自分がここからいなくなるって、考えたりする?」
「……。考えないと言えば、嘘になる」
デュースの声が、少しだけ硬くなる。
彼は教科書を閉じ、膝の上で拳を握りしめた。
「けれど、その時は僕が……。いや、今はそんなことを話すべきじゃないな。忘れてくれ」
「……うん。そうだね」
笑って誤魔化すけれど、心の箱はもう限界だった。
この感情を言葉にしてしまえば、彼を縛り付ける鎖になってしまう。自分が消えた後に彼を一生苦しめる呪いになるかもしれない。彼の誠実さを知っているからこそ、想いを押し潰す指に力が入る。
深夜の静寂が、二人の間に流れる空気を重く変えていく。
窓の外で夜鳥が鳴く声さえ、今はひどく耳に障った。ふとした拍子に、資料を片付けようとした自分の手が、デュースの手に重なる。
「あ、ごめん……っ」
慌てて引こうとした手首を、強い力で掴まれた。
熱い。デュースの体温が、驚くほどダイレクトに肌に伝わってくる。
「……ななし、行かないでくれ」
「デュース……?」
「逃げるように笑うのはやめてくれ。……君が、明日には消えてしまう幻なんじゃないかって、僕は時々怖くなる」
彼の声が、今まで聞いたことがないほど震えている。
掴まれた手首から、彼の焦燥が流れ込んでくる。身体の奥底、冷えて固まっていた感情が、その熱に触れてじわじわと融解していく。
心臓がうるさい。内臓がせり上がるような、苦しくて甘い圧迫感。
「僕を見てくれ。ななし」
デュースのもう片方の手が、震えながらも真っ直ぐに自分の肩を抱き寄せる。彼のまとう清涼感のある香りが、熱を帯びて鼻腔を突く。
触れ合っている場所から、脈動が混ざり合う。それは、彼が今ここにいて、自分と同じ痛みを抱えているという残酷なまでの証明だった。
「わたし……デュースを傷つけたくないの。いつか帰るかもしれないのに、自分勝手なこと……」
「自分勝手でいい。……僕だって、必死で抑え込んでいるんだ」
デュースの顔が、視界を塞ぐほど近くに迫る。
彼の真面目な眼差しに、隠しきれない独占欲が滲んでいる。それは恐怖ではなく、どうしようもないほどの愛おしさとして自分を包み込んだ。
もう、自分を追い込む余裕なんてどこにもない。ただ、目の前の彼が放つ熱に、すべてを委ねたいという本能だけが残される。
「……ななし、……」
吐息が重なり、唇が触れ合う寸前で止まる。
デュースの瞳は、まるで深い海の底のように暗く、それでいて激しく揺れていた。
「優等生になるんだって、ずっと思ってた。正しい道を歩いて、誰に恥じることもない男になりたいって。……でも、ななしを前にすると、そんな誓いなんてどうでもよくなるんだ」
デュースの低い声が、直接鼓膜を震わせる。
彼の指が髪を掬い、後頭部を逃がさないように強く固定した。その震える手つきに、彼がどれほどの理性を削ってここに留まっているかが伝わってくる。自制心は、彼の放つ焼けるような熱情に触れて、瞬く間に灰へと変わっていった。
「好きだなんて言葉じゃ、足りない。……ななしがいなくなってしまうくらいなら、僕は、魔法が使えなくなったって構わない。居場所なんて、僕が力ずくで作ってみせるから」
「デュース……っ、」
「僕の名前を呼んでくれ。……その声で、僕を縛ってくれ」
重なり合った唇は、不器用で、ひどく痛かった。
互いの歯が触れ合うほどの強引な抱擁。それは愛の告白というよりは、互いの存在を魂に刻みつけるための儀式のようだった。
内面で渦巻いていた不安が、彼の力強い腕の中で、逃げ場のない濃密な情愛へと昇華されていく。泥を這ってでも離さないというデュースの執念が、肌を通じて自分の芯まで溶かしていく。
「……ななし。君を、絶対に離さない。……たとえこの世界が君を連れ去ろうとしても、僕は、君を見つけるまで止まらない」
耳朶を打つ、呪いにも似た誓いの言葉。
夜の帳が降りたオンボロ寮で、二人はただ、互いの体温を唯一の正解とするように、深く、深く、重なり続けた。
オンボロ寮の談話室、机に並べられた魔法薬学の資料をデュースが静かに指で叩く。彼は生真面目な表情を崩さないまま、隣の椅子を引いて腰を下ろした。
「ごめん、デュース。でも、これくらいやっておかないと落ち着かなくて」
「ななしの悪い癖だ。……何かを埋めるように必死に見える。今の君は」
デュースが覗き込んでくる。その瞳は、嘘や誤魔化しを許さないような強さを持っている。
「……埋めるなんて、そんなんじゃないよ」
「ならいいが。ななしが倒れたら、僕が……いや、みんなが心配する」
彼は言いかけて視線を逸らし、手近にあった教科書を手に取る。けれど、その指先が少しだけ強張っているのを、隣にいる自分は見逃さなかった。
彼との距離が縮まるたび、胸の奥で「もしも」の思考が鎌首をもたげる。もし明日、この光景がすべて消えてしまったら。この真面目すぎる優しさに甘える資格が、自分にあるのだろうか。
「デュースは、いつか自分がここからいなくなるって、考えたりする?」
「……。考えないと言えば、嘘になる」
デュースの声が、少しだけ硬くなる。
彼は教科書を閉じ、膝の上で拳を握りしめた。
「けれど、その時は僕が……。いや、今はそんなことを話すべきじゃないな。忘れてくれ」
「……うん。そうだね」
笑って誤魔化すけれど、心の箱はもう限界だった。
この感情を言葉にしてしまえば、彼を縛り付ける鎖になってしまう。自分が消えた後に彼を一生苦しめる呪いになるかもしれない。彼の誠実さを知っているからこそ、想いを押し潰す指に力が入る。
深夜の静寂が、二人の間に流れる空気を重く変えていく。
窓の外で夜鳥が鳴く声さえ、今はひどく耳に障った。ふとした拍子に、資料を片付けようとした自分の手が、デュースの手に重なる。
「あ、ごめん……っ」
慌てて引こうとした手首を、強い力で掴まれた。
熱い。デュースの体温が、驚くほどダイレクトに肌に伝わってくる。
「……ななし、行かないでくれ」
「デュース……?」
「逃げるように笑うのはやめてくれ。……君が、明日には消えてしまう幻なんじゃないかって、僕は時々怖くなる」
彼の声が、今まで聞いたことがないほど震えている。
掴まれた手首から、彼の焦燥が流れ込んでくる。身体の奥底、冷えて固まっていた感情が、その熱に触れてじわじわと融解していく。
心臓がうるさい。内臓がせり上がるような、苦しくて甘い圧迫感。
「僕を見てくれ。ななし」
デュースのもう片方の手が、震えながらも真っ直ぐに自分の肩を抱き寄せる。彼のまとう清涼感のある香りが、熱を帯びて鼻腔を突く。
触れ合っている場所から、脈動が混ざり合う。それは、彼が今ここにいて、自分と同じ痛みを抱えているという残酷なまでの証明だった。
「わたし……デュースを傷つけたくないの。いつか帰るかもしれないのに、自分勝手なこと……」
「自分勝手でいい。……僕だって、必死で抑え込んでいるんだ」
デュースの顔が、視界を塞ぐほど近くに迫る。
彼の真面目な眼差しに、隠しきれない独占欲が滲んでいる。それは恐怖ではなく、どうしようもないほどの愛おしさとして自分を包み込んだ。
もう、自分を追い込む余裕なんてどこにもない。ただ、目の前の彼が放つ熱に、すべてを委ねたいという本能だけが残される。
「……ななし、……」
吐息が重なり、唇が触れ合う寸前で止まる。
デュースの瞳は、まるで深い海の底のように暗く、それでいて激しく揺れていた。
「優等生になるんだって、ずっと思ってた。正しい道を歩いて、誰に恥じることもない男になりたいって。……でも、ななしを前にすると、そんな誓いなんてどうでもよくなるんだ」
デュースの低い声が、直接鼓膜を震わせる。
彼の指が髪を掬い、後頭部を逃がさないように強く固定した。その震える手つきに、彼がどれほどの理性を削ってここに留まっているかが伝わってくる。自制心は、彼の放つ焼けるような熱情に触れて、瞬く間に灰へと変わっていった。
「好きだなんて言葉じゃ、足りない。……ななしがいなくなってしまうくらいなら、僕は、魔法が使えなくなったって構わない。居場所なんて、僕が力ずくで作ってみせるから」
「デュース……っ、」
「僕の名前を呼んでくれ。……その声で、僕を縛ってくれ」
重なり合った唇は、不器用で、ひどく痛かった。
互いの歯が触れ合うほどの強引な抱擁。それは愛の告白というよりは、互いの存在を魂に刻みつけるための儀式のようだった。
内面で渦巻いていた不安が、彼の力強い腕の中で、逃げ場のない濃密な情愛へと昇華されていく。泥を這ってでも離さないというデュースの執念が、肌を通じて自分の芯まで溶かしていく。
「……ななし。君を、絶対に離さない。……たとえこの世界が君を連れ去ろうとしても、僕は、君を見つけるまで止まらない」
耳朶を打つ、呪いにも似た誓いの言葉。
夜の帳が降りたオンボロ寮で、二人はただ、互いの体温を唯一の正解とするように、深く、深く、重なり続けた。
