ディアソムニア
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窓の外では激しい雨が地面を叩き、図書室の中には湿った空気と古い紙の匂いが充満している。貸切状態の放課後、ななしは山積みの資料に埋もれ、奥まった席でペンを走らせていた。
不意に背後から冷ややかな気配と、それとは相反する甘い吐息が首筋を掠める。
「ふむ、これほどの豪雨の中、独りで居残りとは。お主も物好きよのう、ななし」
「リリア先輩!? ……いつの間に。足音が全くしなかったので、寿命が縮むかと思いました」
「くふふ、それは失礼。わしは気配を消すのが得意でな。……どれ、そんなに震えて。もしや雨の音に怯えておるのか?」
リリアは音もなく隣の席に滑り込み、頬杖をついてななしを覗き込む。ななしは慌てて視線を資料に戻すが、隣から伝わる彼の存在感に、どうしても意識が逸れてしまう。
「怯えてなんていません。ただ、少し肌寒くて……集中しなきゃって思っているだけです」
「ほう、肌寒いか。ならば、わしが暖めてやってもよいぞ? 遠慮などせずとも、お主のことはわしが一番よく分かっておる」
リリアの手が、迷うことなくななしの手首を掴んだ。
氷のように冷たい指先。だが、触れられた場所からはじわじわと熱が沸き上がってくる。会話が進むにつれ、図書室の静寂は二人だけの濃密な温度に塗り替えられていった。
「リリア先輩、手が……。冷たいのか、熱いのか、分からなくなります」
「それはお主が混乱しておる証拠じゃ。……ななし、お主はいつも明るく振る舞うが、その実、誰よりも脆い。わしがこうして繋ぎ止めておらねば、今にも雨の中に溶けて消えてしまいそうじゃ」
「……そんなこと。私、ちゃんと自分で立ってます。先輩に頼り切りじゃ、ダメだって思ってるから」
「その強がりが、わしを煽るのだとは気づかぬか? お主のその健気な魂を、わしだけの檻に閉じ込めたくなる」
リリアが手首を引き寄せ、ななしの指先に軽く唇を落とす。その所作はあまりに優雅で、けれど逃げ出すことを許さない絶対的な重みがあった。自分を律しようとする理性が、彼の熱い眼差しによって少しずつ溶かされていく。
「先輩……。そんな風に、見ないでください。自分が自分でなくなっちゃいそうで、怖いです」
「よいではないか。わしの前では、何者でもないただのお主でおれ。お主を縛るすべてから、わしが解き放ってやろう」
リリアは席を立ち、背後から包み込むように抱きしめた。耳元で衣擦れのような低い声が響く。外の雨音は遠ざかり、今はリリアの鼓動と彼が与えてくれる甘い熱だけが世界を支配していた。
「……リリア先輩。私、もう逃げられそうにないです」
「逃がすつもりなど、毛頭ないと言ったであろう? 今夜はこの雨に免じて、わしの愛に溺れてみるがいい」
「……っ、リリア先輩、力が強すぎます。そんなに抱きしめられたら、息が……」
「ふむ、これでも加減しておるつもりなのだがな。お主がこうも柔らかく、温かいのがいけないのじゃぞ?」
リリアはななしの首筋に顔を寄せ、深く息を吐き出した。吐息が素肌に触れるたび、ゾクりとした甘い震えが全身を駆け抜ける。
「……先輩の心臓の音、さっきより速くなってますね」
「くふふ、気づかれたか。何百年と生きてきても、この胸の騒ぎだけは慣れぬものだ。お主という存在が、わしの理性をこうも簡単に狂わせる。……まったく、恐ろしい子じゃ」
リリアは腕をほどくと、ななしの椅子をゆっくりと自分の方へ向けさせた。至近距離で見つめ合う紅い瞳。ななしの両手をそっと取り、指の一本一本に慈しむような深いキスを落としていく。
「リリア先輩、そんな……子供扱いしないでください。私、ちゃんと覚悟してます」
「覚悟、か。お主の言うそれは、明日の予習のことか? それとも……この後の、わしとの時間のことか?」
「……! 先輩は、いつもそうやってはぐらかします。私の気持ち、知ってるはずなのに」
「くふふ、お主の困った顔があまりに可愛くてな。つい意地悪をしたくなる。……だが、もう限界のようじゃ。お主のその熱い視線に、わしの心も限界まで焦がされておるわ」
リリアの手がななしの頬を熱く、濃密になぞる。
親指が下唇を押し下げ、境界線が溶け出す瞬間のもどかしい沈黙。内面で渦巻く期待と不安は、彼の瞳の中に宿る圧倒的な独占欲によって甘い充足感へと書き換えられていった。
「ななし。このまま夜が明けるまで、わしだけのものにしておいてもよいか? 明るいお主を、誰にも見せたくないほどに乱してしまいたい」
「……リリア先輩になら、どうされたって構いません」
「その言葉、後で泣いて取り消そうとしても……もう遅いぞ?」
リリアはななしの身体を軽々と抱き上げ、さらに奥まった書庫の陰へと連れ去る。魔法灯の光も届かぬ暗闇の中、重なり合う吐息と衣擦れの音だけが甘く響いた。
外の激しい雨さえも二人の熱を冷ますことはできず、ただ濃密な夜を深めていくばかりだった。
不意に背後から冷ややかな気配と、それとは相反する甘い吐息が首筋を掠める。
「ふむ、これほどの豪雨の中、独りで居残りとは。お主も物好きよのう、ななし」
「リリア先輩!? ……いつの間に。足音が全くしなかったので、寿命が縮むかと思いました」
「くふふ、それは失礼。わしは気配を消すのが得意でな。……どれ、そんなに震えて。もしや雨の音に怯えておるのか?」
リリアは音もなく隣の席に滑り込み、頬杖をついてななしを覗き込む。ななしは慌てて視線を資料に戻すが、隣から伝わる彼の存在感に、どうしても意識が逸れてしまう。
「怯えてなんていません。ただ、少し肌寒くて……集中しなきゃって思っているだけです」
「ほう、肌寒いか。ならば、わしが暖めてやってもよいぞ? 遠慮などせずとも、お主のことはわしが一番よく分かっておる」
リリアの手が、迷うことなくななしの手首を掴んだ。
氷のように冷たい指先。だが、触れられた場所からはじわじわと熱が沸き上がってくる。会話が進むにつれ、図書室の静寂は二人だけの濃密な温度に塗り替えられていった。
「リリア先輩、手が……。冷たいのか、熱いのか、分からなくなります」
「それはお主が混乱しておる証拠じゃ。……ななし、お主はいつも明るく振る舞うが、その実、誰よりも脆い。わしがこうして繋ぎ止めておらねば、今にも雨の中に溶けて消えてしまいそうじゃ」
「……そんなこと。私、ちゃんと自分で立ってます。先輩に頼り切りじゃ、ダメだって思ってるから」
「その強がりが、わしを煽るのだとは気づかぬか? お主のその健気な魂を、わしだけの檻に閉じ込めたくなる」
リリアが手首を引き寄せ、ななしの指先に軽く唇を落とす。その所作はあまりに優雅で、けれど逃げ出すことを許さない絶対的な重みがあった。自分を律しようとする理性が、彼の熱い眼差しによって少しずつ溶かされていく。
「先輩……。そんな風に、見ないでください。自分が自分でなくなっちゃいそうで、怖いです」
「よいではないか。わしの前では、何者でもないただのお主でおれ。お主を縛るすべてから、わしが解き放ってやろう」
リリアは席を立ち、背後から包み込むように抱きしめた。耳元で衣擦れのような低い声が響く。外の雨音は遠ざかり、今はリリアの鼓動と彼が与えてくれる甘い熱だけが世界を支配していた。
「……リリア先輩。私、もう逃げられそうにないです」
「逃がすつもりなど、毛頭ないと言ったであろう? 今夜はこの雨に免じて、わしの愛に溺れてみるがいい」
「……っ、リリア先輩、力が強すぎます。そんなに抱きしめられたら、息が……」
「ふむ、これでも加減しておるつもりなのだがな。お主がこうも柔らかく、温かいのがいけないのじゃぞ?」
リリアはななしの首筋に顔を寄せ、深く息を吐き出した。吐息が素肌に触れるたび、ゾクりとした甘い震えが全身を駆け抜ける。
「……先輩の心臓の音、さっきより速くなってますね」
「くふふ、気づかれたか。何百年と生きてきても、この胸の騒ぎだけは慣れぬものだ。お主という存在が、わしの理性をこうも簡単に狂わせる。……まったく、恐ろしい子じゃ」
リリアは腕をほどくと、ななしの椅子をゆっくりと自分の方へ向けさせた。至近距離で見つめ合う紅い瞳。ななしの両手をそっと取り、指の一本一本に慈しむような深いキスを落としていく。
「リリア先輩、そんな……子供扱いしないでください。私、ちゃんと覚悟してます」
「覚悟、か。お主の言うそれは、明日の予習のことか? それとも……この後の、わしとの時間のことか?」
「……! 先輩は、いつもそうやってはぐらかします。私の気持ち、知ってるはずなのに」
「くふふ、お主の困った顔があまりに可愛くてな。つい意地悪をしたくなる。……だが、もう限界のようじゃ。お主のその熱い視線に、わしの心も限界まで焦がされておるわ」
リリアの手がななしの頬を熱く、濃密になぞる。
親指が下唇を押し下げ、境界線が溶け出す瞬間のもどかしい沈黙。内面で渦巻く期待と不安は、彼の瞳の中に宿る圧倒的な独占欲によって甘い充足感へと書き換えられていった。
「ななし。このまま夜が明けるまで、わしだけのものにしておいてもよいか? 明るいお主を、誰にも見せたくないほどに乱してしまいたい」
「……リリア先輩になら、どうされたって構いません」
「その言葉、後で泣いて取り消そうとしても……もう遅いぞ?」
リリアはななしの身体を軽々と抱き上げ、さらに奥まった書庫の陰へと連れ去る。魔法灯の光も届かぬ暗闇の中、重なり合う吐息と衣擦れの音だけが甘く響いた。
外の激しい雨さえも二人の熱を冷ますことはできず、ただ濃密な夜を深めていくばかりだった。
