スカラビア
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ふと足を止めたそこは、講義棟の裏へと続く人通りの途絶えた通路。ジャミルは目の前のななしを射抜くように見つめていた。
つい先ほどまで彼女の隣で熱心にスマホの画面を見せていた他寮の生徒。その男が、去り際に彼女の肩へ親しげに置いた手の感触が、ジャミルの網膜に焼き付いて離れない。
「……ジャミル先輩? どうかしたんですか。急に黙り込んで」
「……別に。ただ、君の無防備さには呆れると言っただけだ」
ジャミルの声は、いつも通り穏やかで、けれどどこか拒絶するように冷ややかだった。
「無防備って……。ただ普通に話していただけです」
「お前が普通でも、相手はどうかわからないだろ?」
ジャミルの言葉が、静かな通路に鋭く響く。
ななしは不思議そうに瞬きをしたが、彼の瞳の奥に宿る、昏く煮え切らない光に気づいて息を呑んだ。ジャミルは一歩、また一歩と、音もなく距離を詰める。
「……ジャミル、先輩?」
「……ななし。男がああやって距離を詰めてくる時、純粋に趣味の話だけを求めていると思うのか? 相手は、お前の隙を探っているんだ」
逃げ場を奪うように、ジャミルは彼女の背後の壁に手を突いた。
わずかに触れ合うか、触れ合わないかという距離。そこには、学園の日常では決して見せることのない、剥き出しの熱量が漂い始めている。
ななしの鼻先を、ジャミルの纏う重厚な香りが掠める。それはいつもより濃く、重く、彼女の感覚をじりじりと麻痺させていく。
「……ジャミル先輩、なんだか怒ってます?」
「怒っている? ……いや、これは怒りじゃないな」
ジャミルの声が、自分でも驚くほど低く掠れた。
内側から溢れ出すのは、真っ黒な執着心と理性との軋轢。言葉では突き放しながらも、彼の指先は、無意識に彼女の髪の毛先を指に絡め取っている。
「……苛立っているんだ。自分の計算が、お前一人を前にするとこうも簡単に狂わされることに」
ジャミルの手が、ななしの頬をかすめるように動く。熱を帯びた指先。それは嫉妬という言葉では片付けられない、彼自身の身体が求めている衝動そのものだった。
ななしは逃げることもできず、ただ彼の瞳を見つめ返す。その無防備な瞳がジャミルの内面にある熱を、さらに深く鋭く突き動かす。
「……俺は、賢く立ち回るのが得意なはずだった。……だが、お前が誰かに笑いかけているのを見るだけで、喉の奥が焼けるように熱くなる」
吐息が混ざり合う距離で、ジャミルは自嘲気味に笑った。その笑みは、ひどく危うく、そして逃れようのないほど濃密な色を帯びている。
「いいか、ななし。二度目はないと思え」
ジャミルの言葉は、静かだが、重い。
内面で渦巻く制御不能な感情を、彼はあえて抑え込もうとせず、吐息とともに彼女へと流し込んでいく。もはや隠すことさえ贅沢に思えるほどの、圧倒的な熱量。
「……ジャミル先輩、心臓の音が……すごく速い」
「……誰のせいだと思っている」
ジャミルは彼女の耳元に唇を寄せ、低い声で囁いた。その響きは忠告というよりは、共有された秘密の共犯者のような響きを帯びている。
「お前が俺以外の誰かにそんな顔を見せるたび、俺の中で何かが壊れそうになる。……理解しろとは言わない。ただ今の俺が、お前を無傷で帰してやれるほど寛容じゃないことだけは、覚えておけ」
ななしが小さく震えるのを、ジャミルは見逃さなかった。その瞬間、彼の胸を満たしていた刺々しい不快感が、昏い悦びへと溶け変わる。
従者の仮面は、もう足元の影に沈んだままだ。
「……次からは、もっと慎重に動くことだ。俺の目が届く範囲でな」
ジャミルは彼女を抱き寄せる力を、わずかに強めた。その腕の中から、彼女が自分以外の何者にも染まらないことを、祈るように、そして呪うように。
つい先ほどまで彼女の隣で熱心にスマホの画面を見せていた他寮の生徒。その男が、去り際に彼女の肩へ親しげに置いた手の感触が、ジャミルの網膜に焼き付いて離れない。
「……ジャミル先輩? どうかしたんですか。急に黙り込んで」
「……別に。ただ、君の無防備さには呆れると言っただけだ」
ジャミルの声は、いつも通り穏やかで、けれどどこか拒絶するように冷ややかだった。
「無防備って……。ただ普通に話していただけです」
「お前が普通でも、相手はどうかわからないだろ?」
ジャミルの言葉が、静かな通路に鋭く響く。
ななしは不思議そうに瞬きをしたが、彼の瞳の奥に宿る、昏く煮え切らない光に気づいて息を呑んだ。ジャミルは一歩、また一歩と、音もなく距離を詰める。
「……ジャミル、先輩?」
「……ななし。男がああやって距離を詰めてくる時、純粋に趣味の話だけを求めていると思うのか? 相手は、お前の隙を探っているんだ」
逃げ場を奪うように、ジャミルは彼女の背後の壁に手を突いた。
わずかに触れ合うか、触れ合わないかという距離。そこには、学園の日常では決して見せることのない、剥き出しの熱量が漂い始めている。
ななしの鼻先を、ジャミルの纏う重厚な香りが掠める。それはいつもより濃く、重く、彼女の感覚をじりじりと麻痺させていく。
「……ジャミル先輩、なんだか怒ってます?」
「怒っている? ……いや、これは怒りじゃないな」
ジャミルの声が、自分でも驚くほど低く掠れた。
内側から溢れ出すのは、真っ黒な執着心と理性との軋轢。言葉では突き放しながらも、彼の指先は、無意識に彼女の髪の毛先を指に絡め取っている。
「……苛立っているんだ。自分の計算が、お前一人を前にするとこうも簡単に狂わされることに」
ジャミルの手が、ななしの頬をかすめるように動く。熱を帯びた指先。それは嫉妬という言葉では片付けられない、彼自身の身体が求めている衝動そのものだった。
ななしは逃げることもできず、ただ彼の瞳を見つめ返す。その無防備な瞳がジャミルの内面にある熱を、さらに深く鋭く突き動かす。
「……俺は、賢く立ち回るのが得意なはずだった。……だが、お前が誰かに笑いかけているのを見るだけで、喉の奥が焼けるように熱くなる」
吐息が混ざり合う距離で、ジャミルは自嘲気味に笑った。その笑みは、ひどく危うく、そして逃れようのないほど濃密な色を帯びている。
「いいか、ななし。二度目はないと思え」
ジャミルの言葉は、静かだが、重い。
内面で渦巻く制御不能な感情を、彼はあえて抑え込もうとせず、吐息とともに彼女へと流し込んでいく。もはや隠すことさえ贅沢に思えるほどの、圧倒的な熱量。
「……ジャミル先輩、心臓の音が……すごく速い」
「……誰のせいだと思っている」
ジャミルは彼女の耳元に唇を寄せ、低い声で囁いた。その響きは忠告というよりは、共有された秘密の共犯者のような響きを帯びている。
「お前が俺以外の誰かにそんな顔を見せるたび、俺の中で何かが壊れそうになる。……理解しろとは言わない。ただ今の俺が、お前を無傷で帰してやれるほど寛容じゃないことだけは、覚えておけ」
ななしが小さく震えるのを、ジャミルは見逃さなかった。その瞬間、彼の胸を満たしていた刺々しい不快感が、昏い悦びへと溶け変わる。
従者の仮面は、もう足元の影に沈んだままだ。
「……次からは、もっと慎重に動くことだ。俺の目が届く範囲でな」
ジャミルは彼女を抱き寄せる力を、わずかに強めた。その腕の中から、彼女が自分以外の何者にも染まらないことを、祈るように、そして呪うように。
