ハーツラビュル
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「いいかい、ななし。この公式の導き方は、さっき説明したはずだよ」
ハーツラビュル寮の談話室。薔薇の香りが微かに漂う空間で、リドル・ローズハートは呆れたように息を吐く。手元には真っ白なノートと、それとは対照的な赤い丸が並ぶ問題集。
「すみません、リドル先輩。ちょっとだけ、別のこと考えてました」
「『ちょっとだけ』じゃない。ペンが止まってから五分は経過している。集中したまえ」
リドルは厳しい言葉を投げかけながらも、隣に座り直してペンを握る。
「……リドル先輩って、教えるのすごく上手ですよね。なんだか、声が聞きやすくて」
「お世辞はいいから、手を動かす。ほら、ここを解き直してごらん」
促されるままペンを走らせる。リドルはそれを、じっと横から見守っている。彼の視線を感じるだけで、少しだけ背筋が伸びるような、それでいて落ち着かないような不思議な感覚に包まれる。
一時間が経過し、窓の外はオレンジ色から濃い紫へと移り変わっていく。談話室には他に誰もおらず、時計の針が刻む音だけがやけに大きく響く。
「……よし、正解だ。ようやく理解できたようだね」
「やった! ありがとうございます。……あ、でも、こっちの魔法史の問題も怪しくて」
「欲張りだね、キミは。……貸してごらん」
リドルが身を乗り出し机の上の資料を覗き込む。二人の距離が先ほどよりも一段と縮まる。リドルの肩が、ななしの腕に僅かに触れた。
「ここの年代の並び替えは、当時の王政の変遷を辿れば……」
説明を続けるリドルの声が、耳元で心地よく響く。しかし内容が頭に入ってこない。触れ合っている部分から、じわじわと熱が伝わってくる。リドルの体温は想像していたよりもずっと高い。
「ななし? 聞いているのかい?」
「あ、はい……聞いてます。王政の……」
「顔が赤いよ。部屋が暑すぎるのかい?」
リドルが覗き込むように顔を近づけてくる。彼の大きな瞳が、まっすぐにこちらを射抜く。その瞳の中に困惑した自分の顔が映っているのがわかる。
「いえ、大丈夫です。ちょっと、リドル先輩が近くて……緊張してるだけですから」
「緊張? ボクに対して、いまさら何を言っているんだ。いつも不真面目なくせに」
リドルはふっと口角を上げ悪戯っぽく笑う。その無防備な笑顔に心臓が跳ねる。彼が吐き出す熱を含んだ吐息が、頬に触れる。それは単なる気温のせいではなく、もっと内側から込み上げてくるような、抗い難い熱量を持っている。
静寂が支配する部屋の中で、二人の呼吸だけが重なり合う。
「……ボクも、少し集中力が切れてきたかもしれない」
リドルの声が、一段と低くなる。彼はペンを置き、ゆっくりと視線をノートからななしへと移す。その瞳には、先ほどまでの厳格な寮長としての光ではなく、もっと熱く、濃密な何かが宿っている。
空気そのものが重く、甘く、粘度を増していく。視線が絡み合い、外すことができない。リドルの手が、机の上に置かれたななしの手の上にそっと重ねられる。
「リドル先輩……?」
「キミがそんな顔をするから……ボクの律しているはずの何かが、狂わされそうになるんだ」
リドルの指が、ななしの指の隙間に滑り込む。絡められた指先から、彼の拍動がダイレクトに伝わってくる。速く、強く。それは自分自身の鼓動なのか、彼のものなのか、判別がつかなくなるほどに混ざり合う。
言葉にならない感情が肺の奥まで満たしていく。厳しい校則も、模範的な生徒としての振る舞いも、今は遠い世界の出来事のように思える。ただ目の前にいる彼の熱に溶かされ、一つ一つの感覚が鋭敏になっていく。
「ボクが教えられるのは、勉強だけじゃないと言ったら……キミはどうする?」
リドルの瞳が、深い紅色に沈む。彼の内側に潜む情熱と独占欲が、沈黙の中で雄弁に語りかけてくる。
視界が彼の色で塗りつぶされていく。思考は霧に覆われ、ただ彼という存在の重みと肌の質感、そして鼻腔を突く甘い香りだけが世界を構成するすべてになる。
リドルが顔をさらに近づけ、唇が触れるか触れないかの距離で止まる。
「逃げるなら、今のうちだよ。……ボクのルールは、一度捕まえたら簡単には許してあげられないからね」
その言葉が、熱い雫のように心臓へ滴り落ちる。
拒絶する理由など、どこにも見当たらない。
部屋の隅で薔薇の花びらが一枚、音もなく机の上に落ちた。
ハーツラビュル寮の談話室。薔薇の香りが微かに漂う空間で、リドル・ローズハートは呆れたように息を吐く。手元には真っ白なノートと、それとは対照的な赤い丸が並ぶ問題集。
「すみません、リドル先輩。ちょっとだけ、別のこと考えてました」
「『ちょっとだけ』じゃない。ペンが止まってから五分は経過している。集中したまえ」
リドルは厳しい言葉を投げかけながらも、隣に座り直してペンを握る。
「……リドル先輩って、教えるのすごく上手ですよね。なんだか、声が聞きやすくて」
「お世辞はいいから、手を動かす。ほら、ここを解き直してごらん」
促されるままペンを走らせる。リドルはそれを、じっと横から見守っている。彼の視線を感じるだけで、少しだけ背筋が伸びるような、それでいて落ち着かないような不思議な感覚に包まれる。
一時間が経過し、窓の外はオレンジ色から濃い紫へと移り変わっていく。談話室には他に誰もおらず、時計の針が刻む音だけがやけに大きく響く。
「……よし、正解だ。ようやく理解できたようだね」
「やった! ありがとうございます。……あ、でも、こっちの魔法史の問題も怪しくて」
「欲張りだね、キミは。……貸してごらん」
リドルが身を乗り出し机の上の資料を覗き込む。二人の距離が先ほどよりも一段と縮まる。リドルの肩が、ななしの腕に僅かに触れた。
「ここの年代の並び替えは、当時の王政の変遷を辿れば……」
説明を続けるリドルの声が、耳元で心地よく響く。しかし内容が頭に入ってこない。触れ合っている部分から、じわじわと熱が伝わってくる。リドルの体温は想像していたよりもずっと高い。
「ななし? 聞いているのかい?」
「あ、はい……聞いてます。王政の……」
「顔が赤いよ。部屋が暑すぎるのかい?」
リドルが覗き込むように顔を近づけてくる。彼の大きな瞳が、まっすぐにこちらを射抜く。その瞳の中に困惑した自分の顔が映っているのがわかる。
「いえ、大丈夫です。ちょっと、リドル先輩が近くて……緊張してるだけですから」
「緊張? ボクに対して、いまさら何を言っているんだ。いつも不真面目なくせに」
リドルはふっと口角を上げ悪戯っぽく笑う。その無防備な笑顔に心臓が跳ねる。彼が吐き出す熱を含んだ吐息が、頬に触れる。それは単なる気温のせいではなく、もっと内側から込み上げてくるような、抗い難い熱量を持っている。
静寂が支配する部屋の中で、二人の呼吸だけが重なり合う。
「……ボクも、少し集中力が切れてきたかもしれない」
リドルの声が、一段と低くなる。彼はペンを置き、ゆっくりと視線をノートからななしへと移す。その瞳には、先ほどまでの厳格な寮長としての光ではなく、もっと熱く、濃密な何かが宿っている。
空気そのものが重く、甘く、粘度を増していく。視線が絡み合い、外すことができない。リドルの手が、机の上に置かれたななしの手の上にそっと重ねられる。
「リドル先輩……?」
「キミがそんな顔をするから……ボクの律しているはずの何かが、狂わされそうになるんだ」
リドルの指が、ななしの指の隙間に滑り込む。絡められた指先から、彼の拍動がダイレクトに伝わってくる。速く、強く。それは自分自身の鼓動なのか、彼のものなのか、判別がつかなくなるほどに混ざり合う。
言葉にならない感情が肺の奥まで満たしていく。厳しい校則も、模範的な生徒としての振る舞いも、今は遠い世界の出来事のように思える。ただ目の前にいる彼の熱に溶かされ、一つ一つの感覚が鋭敏になっていく。
「ボクが教えられるのは、勉強だけじゃないと言ったら……キミはどうする?」
リドルの瞳が、深い紅色に沈む。彼の内側に潜む情熱と独占欲が、沈黙の中で雄弁に語りかけてくる。
視界が彼の色で塗りつぶされていく。思考は霧に覆われ、ただ彼という存在の重みと肌の質感、そして鼻腔を突く甘い香りだけが世界を構成するすべてになる。
リドルが顔をさらに近づけ、唇が触れるか触れないかの距離で止まる。
「逃げるなら、今のうちだよ。……ボクのルールは、一度捕まえたら簡単には許してあげられないからね」
その言葉が、熱い雫のように心臓へ滴り落ちる。
拒絶する理由など、どこにも見当たらない。
部屋の隅で薔薇の花びらが一枚、音もなく机の上に落ちた。
