イグニハイド
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大型モニターの明かりだけが、部屋の中に淡い色彩を落としている。その青白い光に照らされて、イデアは猫背をさらに丸め、複雑なコードの並びと格闘していた。
「……あの、ななし氏。拙者の部屋、そんなに居心地いいでござるか? もう三時間は経過してるんですが」
「はい。静かだし、何よりイデア先輩の隣が一番落ち着くので」
ななしは手元の課題を片付け、膝を抱えてイデアを見上げる。
イデアはキーボードを叩く指を止め、困ったように眉を下げた。
「そういう、攻略キャラみたいなセリフをナチュラルに吐くのはやめていただきたい。拙者の脆弱なメンタルにクリティカルダメージが入る」
「本当のことですよ。……あ、先輩。今、画面の光が反射して、瞳の中がキラキラしてます。すっごく綺麗」
「……っ。まーた始まった。ななし氏のその、褒め殺しスキル。拙者みたいな陰キャをからかって、何が楽しいのやら」
イデアはヘッドホンの位置を直し、顔を背ける。
しかし、ななしは引かない。それどころか、床をいざってさらに距離を詰め、イデアの顔を覗き込んだ。
「からかってないです。イデア先輩って、自分の顔がいいって自覚ないんですか?」
「……は? 自覚? 拙者のこの、不健康の権化みたいな面に? ……ヒヒッ、ななし氏も冗談がすぎる」
「冗談じゃないんですけど。ほら、もっとよく見てください」
ななしの手が、イデアの頬にそっと触れる。
驚いて目を見開いたイデアの瞳が、至近距離でななしを捉えた。
イデアの頬に、柔らかな体温が伝わる。彼は逃げようとしたが、ななしの真剣な眼差しに縫い止められた。青い髪がゆらりと揺れ、部屋の温度が一段階上がったような錯覚に陥る。
「ひ……っ。ちょ、タイムタイム!ななし氏、マジで距離が……! 拙者の心拍数がすごいことになってるはずなんですが」
「私だって、緊張してます。でも、先輩が自分を低く言うから……。こんなに綺麗な色をした瞳も、通った鼻筋も。私は、毎日見惚れてるんですよ?」
「……あう、う……」
イデアの喉が、引き攣ったように鳴る。
否定したいのに、ななしの指先から伝わる愛おしげな熱が、言葉を溶かしていく。イデアの視線は泳いだ末にななしの唇付近で止まった。吸い込まれそうな沈黙。カチカチと、サーバーの動作音だけが鼓動のように響く。
「……ななし氏。君は、僕をどうしたいのさ。こんな、三次元の……リアルの女子に、こんな風に迫られるなんて、拙者の人生設計には無かった」
イデアの声が、少しだけ低く震える。拒絶の響きはない。代わりに混じっているのは、戸惑いと、隠しきれない甘い期待。
「迫ってるんじゃなくて、わかってほしいだけです。先輩が、私にとってどれだけ特別な……格好いい人か」
ななしがさらに一歩、踏み込む。
膝が触れ合い、お互いの吐息が混ざり合う距離。
イデアは観念したように目を閉じ、ななしの手に自分の大きな手を重ねた。細い指先を、壊れ物を扱うようにそっとなぞる。
「……僕、本当は分かってたのかも。ななし氏がそうやって、拙者の領域にグイグイ入ってくるたびに。……嫌じゃないどころか、もっと、欲しくなってる自分に」
「先輩……」
「僕だって……。君の顔、直視できないくらいには……可愛いと思ってる。恥ずかしすぎて、口が裂けても言えなかったけど」
イデアの長い指が、ななしの指に絡まる。それは、デジタルな通信よりもずっと鮮明で、確かな同期だった。
もはやモニターの明かりは必要なかった。
ななしを包み込むイデアの腕は、想像していたよりもずっと優しく、温かい。彼はななしの肩に額を預け、甘えるように小さく吐息を漏らした。
「……ズルいよ、ななし氏は。拙者が自分を好きじゃないって知ってて、わざとそんな風に甘い言葉をかける。……もう、逃げられないじゃないですか」
「逃がすつもり、ありませんから」
ななしが腕を背中に回すと、イデアの体が一瞬ビクリと跳ね、その後、とろけるように弛緩した。イデアの鼻先がななしの首筋をかすめる。
そこから立ち上る清潔な香りに、彼の理性がふわりと浮き上がるような感覚。
「拙者、君にだけは……格好いいって思われていたい。……いや、今はもう。君の特別になれるなら、この顔でもなんでも、武器にする勢いでござる」
イデアが顔を上げ、ななしを見つめる。
前髪の隙間から覗くその瞳は、熱く、熱く、蜂蜜のように甘く蕩けていた。彼はななしの頬を両手で包み、親指でそっと唇をなぞる。
「自覚、させてあげる。僕が君を、どれだけ大切にしたいか。……君が僕を格好いいって言うたびに、拙者の心の中の好感度メーター、カンストしてるんだよ」
囁かれた声は、鼓膜を直接揺らすほどに甘い。
イデアは少しだけ照れたように笑った。それは、モニターの中の誰よりも魅力的な一人の恋を自覚した男の表情だった。
「……僕、君がいないと……もう、正常に動作できないみたい。……だから、責任取って。ずっと、隣にいてくれないと……バグって壊れちゃうから」
重なる唇は、羽が触れるような優しさから、じわじわと深い熱を帯びていく。暗い部屋の中、二人だけの呼吸が重なり、溶け合う。もう画面の中の虚像を追いかける必要はなかった。
「……ななし氏。今日、君のせいで拙者のメインシステムは完全にシャットダウンでござる。……でも、悪くないか。……いや、最高に幸せか?」
イデアはそのまま、吸い寄せられるように唇を重ねた。触れ合う温度は心地よく、イデアの心臓は警告音の代わりに、ただ甘く穏やかなリズムを刻み続ける。
「拙者の『顔』に免じて、これからもずっと……拙者のわがままに付き合ってよね?」
悪戯っぽく、けれどどこか縋るように微笑むイデア。その瞳には、世界の誰よりも愛おしいななしの姿だけが、消えない熱となって深く焼き付けられていた。
「……あの、ななし氏。拙者の部屋、そんなに居心地いいでござるか? もう三時間は経過してるんですが」
「はい。静かだし、何よりイデア先輩の隣が一番落ち着くので」
ななしは手元の課題を片付け、膝を抱えてイデアを見上げる。
イデアはキーボードを叩く指を止め、困ったように眉を下げた。
「そういう、攻略キャラみたいなセリフをナチュラルに吐くのはやめていただきたい。拙者の脆弱なメンタルにクリティカルダメージが入る」
「本当のことですよ。……あ、先輩。今、画面の光が反射して、瞳の中がキラキラしてます。すっごく綺麗」
「……っ。まーた始まった。ななし氏のその、褒め殺しスキル。拙者みたいな陰キャをからかって、何が楽しいのやら」
イデアはヘッドホンの位置を直し、顔を背ける。
しかし、ななしは引かない。それどころか、床をいざってさらに距離を詰め、イデアの顔を覗き込んだ。
「からかってないです。イデア先輩って、自分の顔がいいって自覚ないんですか?」
「……は? 自覚? 拙者のこの、不健康の権化みたいな面に? ……ヒヒッ、ななし氏も冗談がすぎる」
「冗談じゃないんですけど。ほら、もっとよく見てください」
ななしの手が、イデアの頬にそっと触れる。
驚いて目を見開いたイデアの瞳が、至近距離でななしを捉えた。
イデアの頬に、柔らかな体温が伝わる。彼は逃げようとしたが、ななしの真剣な眼差しに縫い止められた。青い髪がゆらりと揺れ、部屋の温度が一段階上がったような錯覚に陥る。
「ひ……っ。ちょ、タイムタイム!ななし氏、マジで距離が……! 拙者の心拍数がすごいことになってるはずなんですが」
「私だって、緊張してます。でも、先輩が自分を低く言うから……。こんなに綺麗な色をした瞳も、通った鼻筋も。私は、毎日見惚れてるんですよ?」
「……あう、う……」
イデアの喉が、引き攣ったように鳴る。
否定したいのに、ななしの指先から伝わる愛おしげな熱が、言葉を溶かしていく。イデアの視線は泳いだ末にななしの唇付近で止まった。吸い込まれそうな沈黙。カチカチと、サーバーの動作音だけが鼓動のように響く。
「……ななし氏。君は、僕をどうしたいのさ。こんな、三次元の……リアルの女子に、こんな風に迫られるなんて、拙者の人生設計には無かった」
イデアの声が、少しだけ低く震える。拒絶の響きはない。代わりに混じっているのは、戸惑いと、隠しきれない甘い期待。
「迫ってるんじゃなくて、わかってほしいだけです。先輩が、私にとってどれだけ特別な……格好いい人か」
ななしがさらに一歩、踏み込む。
膝が触れ合い、お互いの吐息が混ざり合う距離。
イデアは観念したように目を閉じ、ななしの手に自分の大きな手を重ねた。細い指先を、壊れ物を扱うようにそっとなぞる。
「……僕、本当は分かってたのかも。ななし氏がそうやって、拙者の領域にグイグイ入ってくるたびに。……嫌じゃないどころか、もっと、欲しくなってる自分に」
「先輩……」
「僕だって……。君の顔、直視できないくらいには……可愛いと思ってる。恥ずかしすぎて、口が裂けても言えなかったけど」
イデアの長い指が、ななしの指に絡まる。それは、デジタルな通信よりもずっと鮮明で、確かな同期だった。
もはやモニターの明かりは必要なかった。
ななしを包み込むイデアの腕は、想像していたよりもずっと優しく、温かい。彼はななしの肩に額を預け、甘えるように小さく吐息を漏らした。
「……ズルいよ、ななし氏は。拙者が自分を好きじゃないって知ってて、わざとそんな風に甘い言葉をかける。……もう、逃げられないじゃないですか」
「逃がすつもり、ありませんから」
ななしが腕を背中に回すと、イデアの体が一瞬ビクリと跳ね、その後、とろけるように弛緩した。イデアの鼻先がななしの首筋をかすめる。
そこから立ち上る清潔な香りに、彼の理性がふわりと浮き上がるような感覚。
「拙者、君にだけは……格好いいって思われていたい。……いや、今はもう。君の特別になれるなら、この顔でもなんでも、武器にする勢いでござる」
イデアが顔を上げ、ななしを見つめる。
前髪の隙間から覗くその瞳は、熱く、熱く、蜂蜜のように甘く蕩けていた。彼はななしの頬を両手で包み、親指でそっと唇をなぞる。
「自覚、させてあげる。僕が君を、どれだけ大切にしたいか。……君が僕を格好いいって言うたびに、拙者の心の中の好感度メーター、カンストしてるんだよ」
囁かれた声は、鼓膜を直接揺らすほどに甘い。
イデアは少しだけ照れたように笑った。それは、モニターの中の誰よりも魅力的な一人の恋を自覚した男の表情だった。
「……僕、君がいないと……もう、正常に動作できないみたい。……だから、責任取って。ずっと、隣にいてくれないと……バグって壊れちゃうから」
重なる唇は、羽が触れるような優しさから、じわじわと深い熱を帯びていく。暗い部屋の中、二人だけの呼吸が重なり、溶け合う。もう画面の中の虚像を追いかける必要はなかった。
「……ななし氏。今日、君のせいで拙者のメインシステムは完全にシャットダウンでござる。……でも、悪くないか。……いや、最高に幸せか?」
イデアはそのまま、吸い寄せられるように唇を重ねた。触れ合う温度は心地よく、イデアの心臓は警告音の代わりに、ただ甘く穏やかなリズムを刻み続ける。
「拙者の『顔』に免じて、これからもずっと……拙者のわがままに付き合ってよね?」
悪戯っぽく、けれどどこか縋るように微笑むイデア。その瞳には、世界の誰よりも愛おしいななしの姿だけが、消えない熱となって深く焼き付けられていた。
