スカラビア
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「……ななし、その服はどうした」
ジャミルの低い声が静かな空間に波紋を広げる。彼の視線は、ななしが身に纏っているオーバーサイズのパーカーに注がれていた。どこかで見覚えのある、派手な赤の配色。
「あ、これですか? エースがもう着ないからって言ってくれたんです。ズボンはデュースに貰ったやつです。ベルトをきつく締めれば、意外と大丈夫ですよ」
ななしは袖を捲り上げながら、屈託のない笑みを浮かべる。
ジャミルの眉間に、わずかな皺が寄る。
「……サイズが合っていない。だらしなく見えるぞ」
「そうなんですけど、でも、着の身着のままでこの世界にきたから着替えもないし、お金もないし。すごく助かってるんです」
「……そうか」
ジャミルの返答は短かった。
だがその瞳の奥には、どろりとした不透明な色が混ざり始める。ななしの首元、ゆるんだ襟ぐりから覗く鎖骨。そこにエースの、あるいはデュースの匂いが染み付いている。その事実が、彼の胃の底を不快にかき乱した。
「ジャミル先輩?」
ななしが顔を覗き込んでくる。その無垢な瞳に映るのは、いつも通り面倒見の良い先輩を演じているはずの自分の顔。
「……いや。少し、鼻についただけだ」
「鼻に? 何か変な匂いでもします?」
ななしは自分の服の袖をクンクンと嗅ぐ。
「あ、柔軟剤の匂いかな。エースたちの寮、いい匂いしますもんね」
その言葉が、ジャミルの理性を薄く削る。
いい匂いだと。他人の、それも他の男の気配を、この少女は肯定的に受け入れている。ジャミルは一歩、ななしとの距離を詰めた。
「ななし、こっちに来い。その袖の捲り方が甘い」
「え、あ、すみません……」
手首を掴む。
細く、あまりにも簡単に折れてしまいそうな骨の感触。
ジャミルは、エースが着ていたというパーカーの生地越しに、彼女の腕を強く握りしめた。厚手のスウェット生地が、自分の指先と彼女の肌の間で邪魔をする。
「っ、ジャミル先輩、ちょっと痛いです」
「……我慢しろ」
ジャミルの声は自分でも驚くほど低く、熱を帯びていた。
指先に力を込めるたび、布地を通じて彼女の体温が伝わってくる。それと同時に自分以外の男の服が、彼女の柔らかな肌を包んでいるという実感が、焦燥感となって背筋を駆け上がる。
内側からせり上がる熱が、喉を焼く。
ただの布切れ。ただの厚意。そんなものは百も承知だ。
だが彼女の境界線の中に、自分以外の名前が刻印されていることが耐え難い。
「……脱げ」
「えっ? ……ジャミル先輩、何を」
「脱げと言っている。そんな、男の体臭が染み付いたものをいつまでも着ているな」
ななしの肩を掴み、引き寄せる。
鼻先が触れ合うほどの距離。
ジャミルの瞳は、もはや光を失っていた。そこにあるのは、獲物を追い詰める蛇のような、執拗で深い独占欲。
「でも、これ脱いだら私、下着になっちゃいますし……」
「俺の服を貸す。……いや、俺の服を着ろ。今すぐにだ」
ジャミルの指が、パーカーの裾に掛かる。
ななしの呼吸が止まるのがわかった。
彼女の鼓動が、ジャミルの手のひらに伝播する。
ドクドクと早鐘を打つような生命の証。
その音が、彼の内側にある理性の防波堤を完全に決壊させた。
頭の中を占めるのは、目の前の少女を自分の色だけで塗り潰したいという衝動。エースでもない、デュースでもない。彼女が纏うべきなのは、スカラビアの、いや、ジャミル・バイパーという個人の気配だけでいい。
「ジャミル先輩、怖い、です……」
「……怖い? 俺が、お前に危害を加えるとでも思っているのか」
ジャミルは、ななしの耳元で囁く。
熱い吐息が彼女の肌を撫で、小さく震えさせた。
恐怖に怯える瞳。困惑する表情。そのすべてを彼は愛おしく、そして同時に壊してしまいたいと願う。
「ななし、お前は何も分かっていない。……他人の服を、そんな幸せそうな顔で着るな。俺以外の男を、お前の肌に触れさせるな」
「それは……だって、仕方ないじゃないですか」
「仕方がなくない。俺が許さない」
言い捨てると、ジャミルは彼女を抱きしめるようにして、無理やりパーカーを脱がそうとする。
揉み合う中で、彼女の白い肌が露わになる。
ジャミルは、彼女の首筋に顔を埋めた。
そこにあるかすかな他人の残り香を自分の呼気で上書きするように。
「ん……っ、ジャミル、先輩……!」
「……黙っていろ。お前には、俺が選んだものだけを与えてやる。服も、食べ物も、居場所も……記憶も。すべて俺が管理してやるから」
言葉は、呪縛のように彼女を縛る。
ジャミルの内面は、暗く熱い泥濘のようだった。
これまで隠し続けてきたドロドロとした欲望が、彼女の無自覚な行動によって引きずり出されてしまった。
彼女の肩に深く顔を寄せ、その柔らかな存在を確かめる。ななしが着ていたエースのパーカーは、無造作に床へ脱ぎ捨てられた。
「これでもう、お前に触れているのは俺だけだ」
ジャミルの呟きは、勝利宣言のようであり、同時に深い絶望のようでもあった。ななしの背中に回された腕の力は、緩むことを知らない。彼はただ、この腕の中に閉じ込めた小さな体温が、二度と自分以外の誰かに染まることがないよう、より深く、より濃密に、その気配を刻み込み続ける。
窓の外では、砂漠の夜が始まろうとしていた。冷え込んでいく世界の中で、この部屋の温度だけが、狂おしいほどの熱を持って澱んでいる。
ジャミルの低い声が静かな空間に波紋を広げる。彼の視線は、ななしが身に纏っているオーバーサイズのパーカーに注がれていた。どこかで見覚えのある、派手な赤の配色。
「あ、これですか? エースがもう着ないからって言ってくれたんです。ズボンはデュースに貰ったやつです。ベルトをきつく締めれば、意外と大丈夫ですよ」
ななしは袖を捲り上げながら、屈託のない笑みを浮かべる。
ジャミルの眉間に、わずかな皺が寄る。
「……サイズが合っていない。だらしなく見えるぞ」
「そうなんですけど、でも、着の身着のままでこの世界にきたから着替えもないし、お金もないし。すごく助かってるんです」
「……そうか」
ジャミルの返答は短かった。
だがその瞳の奥には、どろりとした不透明な色が混ざり始める。ななしの首元、ゆるんだ襟ぐりから覗く鎖骨。そこにエースの、あるいはデュースの匂いが染み付いている。その事実が、彼の胃の底を不快にかき乱した。
「ジャミル先輩?」
ななしが顔を覗き込んでくる。その無垢な瞳に映るのは、いつも通り面倒見の良い先輩を演じているはずの自分の顔。
「……いや。少し、鼻についただけだ」
「鼻に? 何か変な匂いでもします?」
ななしは自分の服の袖をクンクンと嗅ぐ。
「あ、柔軟剤の匂いかな。エースたちの寮、いい匂いしますもんね」
その言葉が、ジャミルの理性を薄く削る。
いい匂いだと。他人の、それも他の男の気配を、この少女は肯定的に受け入れている。ジャミルは一歩、ななしとの距離を詰めた。
「ななし、こっちに来い。その袖の捲り方が甘い」
「え、あ、すみません……」
手首を掴む。
細く、あまりにも簡単に折れてしまいそうな骨の感触。
ジャミルは、エースが着ていたというパーカーの生地越しに、彼女の腕を強く握りしめた。厚手のスウェット生地が、自分の指先と彼女の肌の間で邪魔をする。
「っ、ジャミル先輩、ちょっと痛いです」
「……我慢しろ」
ジャミルの声は自分でも驚くほど低く、熱を帯びていた。
指先に力を込めるたび、布地を通じて彼女の体温が伝わってくる。それと同時に自分以外の男の服が、彼女の柔らかな肌を包んでいるという実感が、焦燥感となって背筋を駆け上がる。
内側からせり上がる熱が、喉を焼く。
ただの布切れ。ただの厚意。そんなものは百も承知だ。
だが彼女の境界線の中に、自分以外の名前が刻印されていることが耐え難い。
「……脱げ」
「えっ? ……ジャミル先輩、何を」
「脱げと言っている。そんな、男の体臭が染み付いたものをいつまでも着ているな」
ななしの肩を掴み、引き寄せる。
鼻先が触れ合うほどの距離。
ジャミルの瞳は、もはや光を失っていた。そこにあるのは、獲物を追い詰める蛇のような、執拗で深い独占欲。
「でも、これ脱いだら私、下着になっちゃいますし……」
「俺の服を貸す。……いや、俺の服を着ろ。今すぐにだ」
ジャミルの指が、パーカーの裾に掛かる。
ななしの呼吸が止まるのがわかった。
彼女の鼓動が、ジャミルの手のひらに伝播する。
ドクドクと早鐘を打つような生命の証。
その音が、彼の内側にある理性の防波堤を完全に決壊させた。
頭の中を占めるのは、目の前の少女を自分の色だけで塗り潰したいという衝動。エースでもない、デュースでもない。彼女が纏うべきなのは、スカラビアの、いや、ジャミル・バイパーという個人の気配だけでいい。
「ジャミル先輩、怖い、です……」
「……怖い? 俺が、お前に危害を加えるとでも思っているのか」
ジャミルは、ななしの耳元で囁く。
熱い吐息が彼女の肌を撫で、小さく震えさせた。
恐怖に怯える瞳。困惑する表情。そのすべてを彼は愛おしく、そして同時に壊してしまいたいと願う。
「ななし、お前は何も分かっていない。……他人の服を、そんな幸せそうな顔で着るな。俺以外の男を、お前の肌に触れさせるな」
「それは……だって、仕方ないじゃないですか」
「仕方がなくない。俺が許さない」
言い捨てると、ジャミルは彼女を抱きしめるようにして、無理やりパーカーを脱がそうとする。
揉み合う中で、彼女の白い肌が露わになる。
ジャミルは、彼女の首筋に顔を埋めた。
そこにあるかすかな他人の残り香を自分の呼気で上書きするように。
「ん……っ、ジャミル、先輩……!」
「……黙っていろ。お前には、俺が選んだものだけを与えてやる。服も、食べ物も、居場所も……記憶も。すべて俺が管理してやるから」
言葉は、呪縛のように彼女を縛る。
ジャミルの内面は、暗く熱い泥濘のようだった。
これまで隠し続けてきたドロドロとした欲望が、彼女の無自覚な行動によって引きずり出されてしまった。
彼女の肩に深く顔を寄せ、その柔らかな存在を確かめる。ななしが着ていたエースのパーカーは、無造作に床へ脱ぎ捨てられた。
「これでもう、お前に触れているのは俺だけだ」
ジャミルの呟きは、勝利宣言のようであり、同時に深い絶望のようでもあった。ななしの背中に回された腕の力は、緩むことを知らない。彼はただ、この腕の中に閉じ込めた小さな体温が、二度と自分以外の誰かに染まることがないよう、より深く、より濃密に、その気配を刻み込み続ける。
窓の外では、砂漠の夜が始まろうとしていた。冷え込んでいく世界の中で、この部屋の温度だけが、狂おしいほどの熱を持って澱んでいる。
