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学食の喧騒の中、フロイドがトレイを持って近づいてくる。ななしは隣の席の椅子を引き、自分のコップを迷わず右側へ置いた。
「フロイド先輩、ここ空いてますよ」
「ん、ありがとぉ、小エビちゃん」
フロイドが座る。彼が左利きであることを前提に、ななしは自分の肘が当たらないよう、あらかじめ少しだけ右に寄って座っていた。フロイドが左手でフォークを動かすたび、その長い腕はななしのパーソナルスペースを自由に泳ぐ。
「……ねぇ、小エビちゃん。それ、いつもだよね」
フロイドがパスタを巻き取る手を止め、不意に顔を近づけてきた。
「え? 何がですか?」
「オレが座る前に椅子引くのも、コップの位置も。……なんかさ、淀みがないっていうか。オレが左利きだってこと、意識してやってるでしょ」
フロイドの瞳が、面白がるような、けれどどこか鋭い光を湛えてななしを覗き込む。
「あはは、バレました? ……実は私、元の世界にいた時の元カレが左利きだったんです。だから左利きの人が隣に座る時の立ち回り、体が勝手に覚えちゃってて」
ななしは屈託なく笑い、サラダのトマトを口に運ぶ。
その瞬間、隣の空気の温度がじわりと下がった。
「……へぇ。元カレ」
「はい。その人とご飯食べる時とか、いつもこうしてたから。あ、フロイド先輩、そのお肉、左手だと切りにくいですよね。こっち側にナイフ置いた方が……」
ななしが何気なく手を伸ばそうとした時、フロイドの左手が、その手首をガシッと掴んだ。
「……わっ、フロイド先輩?」
「いらない。……そういうの、いいから」
フロイドの声は、いつもよりずっと低い。掴まれた手首から、彼の体温が侵食するように伝わってくる。
「小エビちゃんさぁ。……すっごいムカつく。その気の利き方、全部オレじゃない誰かに仕込まれたものなわけ?」
「ム、ムカつくって……。先輩が食べやすい方がいいかなって思っただけで……」
「それがムカつくの。小エビちゃんがオレを見てる時、その男の影がチラついてるみたいでさ」
フロイドの左手が手首から手の甲へと滑り、指の隙間に自分の指を割り込ませた。力強い拘束のような恋人繋ぎ。テーブルの下、長い脚がななしの足を絡め取るように封じる。
「……あ、フロイド先輩、ここ学食ですよ……っ」
「いいじゃん。誰も見てねーって。……早く答えてよ。その男はどんな風に小エビちゃんを可愛がってたわけ?」
フロイドの顔が、鼻先が触れそうなほど近づく。
掴まれた手首の脈拍が、彼の掌の中で跳ねる。
至近距離の吐息と、彼特有の湿り気を帯びた圧。
ななしの心臓は、恐怖とは違う熱で早鐘を打ち始めた。
「……っ、そんなこと、今関係ないじゃないですか」
「関係あるよ。小エビちゃんがオレに優しくするたびに、その男の思い出が混ざるなんてさ……吐き気がする」
フロイドの左手が手首を離し、ゆっくりとななしの頬を包み込んだ。大きな手のひらの熱が肌を通じて脳の奥まで痺れさせる。親指が唇の端をなぞり拒絶を許さない強さで顔を固定される。
逃げられないとななしは直感する。
彼の内側で渦巻くドロドロとした独占欲が、言葉を介さずに肌から伝わってくる。彼にとって、ななしが見せる配慮は、自分への献身ではなく、過去の男が彼女に刻み込んだ癖の残滓に見えていた。
「……ねぇ、小エビちゃん。今、どっちの手がどこを触ってるか、わかるよね?」
「……ひだり、手。……私の、顔……」
「正解。……その男の左手の感触、まだ覚えてる?」
「……もう、忘れてます。……先輩の、手しか……わかんない……」
絞り出すような声に、フロイドの瞳がわずかに細められた。
彼はななしの耳元へ唇を寄せ、周囲の喧騒を遮断するように囁く。
「……いいよ。もっとオレに染まって。その男が教えたこと、全部オレが塗り替えてあげる」
ななしは、フロイドの指先が首筋をなぞる冷たい熱に、息を呑む。彼が求めるのは、単なる謝罪ではない。彼女の記憶の隅々にまで自分の爪痕を立て、過去の男の影を一切合切、焼き尽くすことなのだ。
「……あは。小エビちゃん、震えてる。……ねぇ、その男の名前じゃなくて、オレの名前、呼んでよ。……忘れたくないなら、忘れられないくらい、ぐちゃぐちゃにしてあげようか」
フロイドの左手が、ななしの後頭部をぐい、と自分の方へ引き寄せる。ななしの脳裏をかすめていたはずの過去は、今や目の前の男が放つ圧倒的な質量と熱によって跡形もなく溶け去っていた。
「……ふ、ろいど、せんぱい……」
「……あはっ、最高。小エビちゃん、すっごい可愛い。……もう、その男のことなんて思い出せないよね?」
フロイドは満足げに喉を鳴らし、ようやくななしの頬から手を離した。けれど、テーブルの下で絡められた脚の熱は、食事が終わるまで一度も離れることはなかった。
「……ねぇ、小エビちゃん。それ、早く食べちゃって」
フロイドは自分のパスタを左手で器用に口へ運ぶと、ななしの耳元で残酷なほど甘く笑った。
「食べ終わったら、続きしよーね。……次は誰も来ないところでさ」
「フロイド先輩、ここ空いてますよ」
「ん、ありがとぉ、小エビちゃん」
フロイドが座る。彼が左利きであることを前提に、ななしは自分の肘が当たらないよう、あらかじめ少しだけ右に寄って座っていた。フロイドが左手でフォークを動かすたび、その長い腕はななしのパーソナルスペースを自由に泳ぐ。
「……ねぇ、小エビちゃん。それ、いつもだよね」
フロイドがパスタを巻き取る手を止め、不意に顔を近づけてきた。
「え? 何がですか?」
「オレが座る前に椅子引くのも、コップの位置も。……なんかさ、淀みがないっていうか。オレが左利きだってこと、意識してやってるでしょ」
フロイドの瞳が、面白がるような、けれどどこか鋭い光を湛えてななしを覗き込む。
「あはは、バレました? ……実は私、元の世界にいた時の元カレが左利きだったんです。だから左利きの人が隣に座る時の立ち回り、体が勝手に覚えちゃってて」
ななしは屈託なく笑い、サラダのトマトを口に運ぶ。
その瞬間、隣の空気の温度がじわりと下がった。
「……へぇ。元カレ」
「はい。その人とご飯食べる時とか、いつもこうしてたから。あ、フロイド先輩、そのお肉、左手だと切りにくいですよね。こっち側にナイフ置いた方が……」
ななしが何気なく手を伸ばそうとした時、フロイドの左手が、その手首をガシッと掴んだ。
「……わっ、フロイド先輩?」
「いらない。……そういうの、いいから」
フロイドの声は、いつもよりずっと低い。掴まれた手首から、彼の体温が侵食するように伝わってくる。
「小エビちゃんさぁ。……すっごいムカつく。その気の利き方、全部オレじゃない誰かに仕込まれたものなわけ?」
「ム、ムカつくって……。先輩が食べやすい方がいいかなって思っただけで……」
「それがムカつくの。小エビちゃんがオレを見てる時、その男の影がチラついてるみたいでさ」
フロイドの左手が手首から手の甲へと滑り、指の隙間に自分の指を割り込ませた。力強い拘束のような恋人繋ぎ。テーブルの下、長い脚がななしの足を絡め取るように封じる。
「……あ、フロイド先輩、ここ学食ですよ……っ」
「いいじゃん。誰も見てねーって。……早く答えてよ。その男はどんな風に小エビちゃんを可愛がってたわけ?」
フロイドの顔が、鼻先が触れそうなほど近づく。
掴まれた手首の脈拍が、彼の掌の中で跳ねる。
至近距離の吐息と、彼特有の湿り気を帯びた圧。
ななしの心臓は、恐怖とは違う熱で早鐘を打ち始めた。
「……っ、そんなこと、今関係ないじゃないですか」
「関係あるよ。小エビちゃんがオレに優しくするたびに、その男の思い出が混ざるなんてさ……吐き気がする」
フロイドの左手が手首を離し、ゆっくりとななしの頬を包み込んだ。大きな手のひらの熱が肌を通じて脳の奥まで痺れさせる。親指が唇の端をなぞり拒絶を許さない強さで顔を固定される。
逃げられないとななしは直感する。
彼の内側で渦巻くドロドロとした独占欲が、言葉を介さずに肌から伝わってくる。彼にとって、ななしが見せる配慮は、自分への献身ではなく、過去の男が彼女に刻み込んだ癖の残滓に見えていた。
「……ねぇ、小エビちゃん。今、どっちの手がどこを触ってるか、わかるよね?」
「……ひだり、手。……私の、顔……」
「正解。……その男の左手の感触、まだ覚えてる?」
「……もう、忘れてます。……先輩の、手しか……わかんない……」
絞り出すような声に、フロイドの瞳がわずかに細められた。
彼はななしの耳元へ唇を寄せ、周囲の喧騒を遮断するように囁く。
「……いいよ。もっとオレに染まって。その男が教えたこと、全部オレが塗り替えてあげる」
ななしは、フロイドの指先が首筋をなぞる冷たい熱に、息を呑む。彼が求めるのは、単なる謝罪ではない。彼女の記憶の隅々にまで自分の爪痕を立て、過去の男の影を一切合切、焼き尽くすことなのだ。
「……あは。小エビちゃん、震えてる。……ねぇ、その男の名前じゃなくて、オレの名前、呼んでよ。……忘れたくないなら、忘れられないくらい、ぐちゃぐちゃにしてあげようか」
フロイドの左手が、ななしの後頭部をぐい、と自分の方へ引き寄せる。ななしの脳裏をかすめていたはずの過去は、今や目の前の男が放つ圧倒的な質量と熱によって跡形もなく溶け去っていた。
「……ふ、ろいど、せんぱい……」
「……あはっ、最高。小エビちゃん、すっごい可愛い。……もう、その男のことなんて思い出せないよね?」
フロイドは満足げに喉を鳴らし、ようやくななしの頬から手を離した。けれど、テーブルの下で絡められた脚の熱は、食事が終わるまで一度も離れることはなかった。
「……ねぇ、小エビちゃん。それ、早く食べちゃって」
フロイドは自分のパスタを左手で器用に口へ運ぶと、ななしの耳元で残酷なほど甘く笑った。
「食べ終わったら、続きしよーね。……次は誰も来ないところでさ」
