ポムフィオーレ
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沈み込むような深い紫のソファにヴィルトは優雅に腰を下ろしている。その隣でななしは、慣れない手つきで美白効果のあるハンドクリームを自らの手に塗り込んでいた。
「いい、ななし。美しさは一日にして成らず。その指先一つ、爪の形一つに至るまで、アンタは自分を律しなければならないの」
「はい、ヴィル先輩。でも、これ……すごくいい匂いがしますね」
ななしが自身の掌を鼻に近づけ、ふわりと目を細める。
ヴィルはその横顔を、伏せられた長い睫毛越しに眺める。
「アタシが選んだものだもの。当然よ」
「さすがヴィル先輩。なんだか、この匂いに包まれていると、先輩がすぐ近くにいるみたいで……あ、いや、今もすぐ隣にいますけど!」
明るく笑い飛ばすななしの声が静かな部屋に響く。ヴィルは鼻先で小さく笑い、手に持っていた美容雑誌のページをめくった。
「当然でしょう。アンタの肌に馴染んでいるその香料は、アタシが普段使いしているものと調合を合わせているわ。……アンタをアタシの管理下に置くための、いわば標識のようなものね」
「標識、ですか。なんだかちょっと、特別感があって嬉しいです」
屈託のないその反応に、ヴィルがページをめくる指がわずかに止まる。
「……アンタね。もう少し危機感を持ちなさい。毒かもしれないって、思わないの?」
「ヴィル先輩が私に毒を盛るわけないじゃないですか」
ななしはそう言って、潤った自身の手をヴィルの目の前に差し出した。
「見てください。おかげでこんなにツヤツヤになりました!」
「……ええ。及第点ね」
ヴィルは雑誌を閉じ、その小さな手を取り上げる。指先を這わせ、その柔らかな熱を確かめる。掌が重なり合う瞬間、微かな銀木犀の香りが二人の間に立ち上った。
ヴィルの指先が、ななしの手首にある脈拍を捉える。トクトクと、一定のリズムで刻まれるその鼓動。それがヴィルの視線と重なった瞬間、わずかに速度を上げた。
「……あら。少し、早くなったかしら」
「えっ……。そ、そうですか? 部屋が少し、暖かいからかも……」
「そう。アタシのせいではなくて?」
ヴィルが顔を近づける。整いすぎた容貌がななしの視界を支配する。逃げ場をなくすように、ヴィルのもう片方の手がななしの背後のソファに置かれた。
「ヴィル、先輩……」
「アンタのその瞳。アタシが磨き上げた宝石のように、今とても綺麗に揺れているわ。……ねえ、ななし。アンタ、さっきからアタシの唇ばかり見ているの、自分で気づいてる?」
ヴィルの声は先ほどよりも一段低く、甘く、熱を帯びている。ななしの喉が小さく上下した。
「……あ、えっと、ヴィル先輩の唇、すごく綺麗で……。でも、なんだか、すごく熱そうに見えて……」
「確かめてみる? 鏡越しではなく、直接。アンタのその熱い視線で、アタシの理性が溶けてしまう前に」
ヴィルの長い指が、ななしの顎をそっと持ち上げる。ななしの呼吸はさらに浅くなり、吐き出される吐息がヴィルの唇をかすめた。
「……嫌なら突き放しなさい。今ならまだ、アタシも冗談だったことにできるわ」
「嫌じゃ……ないです。私、ヴィル先輩の……」
言葉を最後まで紡がせる前に、ヴィルはその唇を塞いだ。
重なり合った唇からは、高価な香りと混じり気のない情熱が溶け合う。ヴィルはななしを抱き寄せ、その体温を確かめるように強く腕に力を込めた。
ヴィルはその口づけを深めていく。ななしの指がヴィルの寮服の襟を掴み、必死に縋り付いてくる。その健気さがヴィルの胸を締め付け、同時にえも言われぬ悦びを与えていた。
「……ふ、ぁ……ヴィル、先輩……」
唇が離れた瞬間、銀の糸が引く。
ななしの瞳は潤み、頬は林檎のように赤く染まっていた。
「アンタ……本当に、アタシを狂わせる天才ね。努力だけでどうにかできる範疇を超えているわ」
「ヴィル先輩こそ。……こんなの、反則です」
「ふふ、反則? 結構じゃない。アタシが主役の舞台では、アタシこそがルールよ」
ヴィルはななしの額に自身のそれを押し当て、熱っぽい吐息を吐く。
「アンタの心にアタシ以外の何者も映さないように、毎日磨き上げてあげる。鏡を見るたびに、アタシの愛を思い出しなさい。いいわね?」
ななしがヴィルの胸に顔を埋めると、そこから伝わるヴィルの心音もまた、激しく、そして誇らしげに響いていた。
「愛しているわ、ななし。世界中の誰がアンタを否定しても、アタシだけはアンタの美しさを知っている。……だから、どこにも行かないで」
その言葉は命令のようでいて祈りのように響いた。
月明かりが差し込む部屋で、二人はいつまでも互いの熱を溶かし合うように抱き合っていた。
「いい、ななし。美しさは一日にして成らず。その指先一つ、爪の形一つに至るまで、アンタは自分を律しなければならないの」
「はい、ヴィル先輩。でも、これ……すごくいい匂いがしますね」
ななしが自身の掌を鼻に近づけ、ふわりと目を細める。
ヴィルはその横顔を、伏せられた長い睫毛越しに眺める。
「アタシが選んだものだもの。当然よ」
「さすがヴィル先輩。なんだか、この匂いに包まれていると、先輩がすぐ近くにいるみたいで……あ、いや、今もすぐ隣にいますけど!」
明るく笑い飛ばすななしの声が静かな部屋に響く。ヴィルは鼻先で小さく笑い、手に持っていた美容雑誌のページをめくった。
「当然でしょう。アンタの肌に馴染んでいるその香料は、アタシが普段使いしているものと調合を合わせているわ。……アンタをアタシの管理下に置くための、いわば標識のようなものね」
「標識、ですか。なんだかちょっと、特別感があって嬉しいです」
屈託のないその反応に、ヴィルがページをめくる指がわずかに止まる。
「……アンタね。もう少し危機感を持ちなさい。毒かもしれないって、思わないの?」
「ヴィル先輩が私に毒を盛るわけないじゃないですか」
ななしはそう言って、潤った自身の手をヴィルの目の前に差し出した。
「見てください。おかげでこんなにツヤツヤになりました!」
「……ええ。及第点ね」
ヴィルは雑誌を閉じ、その小さな手を取り上げる。指先を這わせ、その柔らかな熱を確かめる。掌が重なり合う瞬間、微かな銀木犀の香りが二人の間に立ち上った。
ヴィルの指先が、ななしの手首にある脈拍を捉える。トクトクと、一定のリズムで刻まれるその鼓動。それがヴィルの視線と重なった瞬間、わずかに速度を上げた。
「……あら。少し、早くなったかしら」
「えっ……。そ、そうですか? 部屋が少し、暖かいからかも……」
「そう。アタシのせいではなくて?」
ヴィルが顔を近づける。整いすぎた容貌がななしの視界を支配する。逃げ場をなくすように、ヴィルのもう片方の手がななしの背後のソファに置かれた。
「ヴィル、先輩……」
「アンタのその瞳。アタシが磨き上げた宝石のように、今とても綺麗に揺れているわ。……ねえ、ななし。アンタ、さっきからアタシの唇ばかり見ているの、自分で気づいてる?」
ヴィルの声は先ほどよりも一段低く、甘く、熱を帯びている。ななしの喉が小さく上下した。
「……あ、えっと、ヴィル先輩の唇、すごく綺麗で……。でも、なんだか、すごく熱そうに見えて……」
「確かめてみる? 鏡越しではなく、直接。アンタのその熱い視線で、アタシの理性が溶けてしまう前に」
ヴィルの長い指が、ななしの顎をそっと持ち上げる。ななしの呼吸はさらに浅くなり、吐き出される吐息がヴィルの唇をかすめた。
「……嫌なら突き放しなさい。今ならまだ、アタシも冗談だったことにできるわ」
「嫌じゃ……ないです。私、ヴィル先輩の……」
言葉を最後まで紡がせる前に、ヴィルはその唇を塞いだ。
重なり合った唇からは、高価な香りと混じり気のない情熱が溶け合う。ヴィルはななしを抱き寄せ、その体温を確かめるように強く腕に力を込めた。
ヴィルはその口づけを深めていく。ななしの指がヴィルの寮服の襟を掴み、必死に縋り付いてくる。その健気さがヴィルの胸を締め付け、同時にえも言われぬ悦びを与えていた。
「……ふ、ぁ……ヴィル、先輩……」
唇が離れた瞬間、銀の糸が引く。
ななしの瞳は潤み、頬は林檎のように赤く染まっていた。
「アンタ……本当に、アタシを狂わせる天才ね。努力だけでどうにかできる範疇を超えているわ」
「ヴィル先輩こそ。……こんなの、反則です」
「ふふ、反則? 結構じゃない。アタシが主役の舞台では、アタシこそがルールよ」
ヴィルはななしの額に自身のそれを押し当て、熱っぽい吐息を吐く。
「アンタの心にアタシ以外の何者も映さないように、毎日磨き上げてあげる。鏡を見るたびに、アタシの愛を思い出しなさい。いいわね?」
ななしがヴィルの胸に顔を埋めると、そこから伝わるヴィルの心音もまた、激しく、そして誇らしげに響いていた。
「愛しているわ、ななし。世界中の誰がアンタを否定しても、アタシだけはアンタの美しさを知っている。……だから、どこにも行かないで」
その言葉は命令のようでいて祈りのように響いた。
月明かりが差し込む部屋で、二人はいつまでも互いの熱を溶かし合うように抱き合っていた。
