ハーツラビュル
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「……ねえ、聞いてる? ななし」
オンボロ寮の談話室。
沈みかけた夕陽が、古びたソファに座る二人の影を長く伸ばす。エースは手元のトランプを弄びながら、隣に座るななしを横目で見た。
「あ、ごめん。この課題、どうしても意味がわかんなくて」
「それ、さっきも教えたとこ。……ったく、お前ってホントにさあ」
エースは呆れたように息を吐き、トランプをテーブルに放り出した。
バラバラと散らばるカード。その中の一枚、ハートのエースがななしの指先に触れる。
「あ、エースのカード」
「……それ、わざと?」
「え? 何が?」
きょとんとした顔でカードを拾い上げるななし。
エースはその無防備な横顔をじっと見つめ、ふいにつまらなそうな声を出す。
「別に。……それより、今日食堂でデュースと何話してたわけ?」
「デュース? ああ、次の魔法史のテストの話だよ。一緒に勉強しようって」
「ふーん。あいつと勉強ね。……オレとは?」
「エースとは今してるじゃん」
ななしは笑いながら、エースの肩を軽く叩く。
その指先が触れた場所に、エースはかすかな熱を感じる。だが、その熱はななしには伝わっていない。それがたまらなく癪に障る。
「……お前、そういうとこ。マジでムカつく」
「えっ、急にどうしたの? 怒ってる?」
「怒ってねーよ。……ただ、ちょっと納得いかないだけ」
エースはソファに深く背を預け、天井を仰いだ。
窓から入り込む風が、ななしの髪から漂う洗剤の香りを運んでくる。
いつも通りの、なんてことのない放課後。けれどエースの胸のうちは、決していつも通りではなかった。
「……なあ、ななし。ちょっとこっち向けよ」
しばらくの沈黙の後、エースが低い声で言った。課題のノートに向き合っていたななしが、不思議そうに顔を上げる。
「何? エース」
「何、じゃないんだけど」
エースはななしの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
不意の動作にななしの体が揺れ、二人の距離が急激に縮まった。
膝と膝が触れ合い、互いの体温が布地越しに伝わってくる。
「……エース? 近いよ」
「近いのはお前だろ。いつもオレのパーソナルスペースに無防備に入ってきてさ」
「そんなつもりは……」
「無自覚なのが一番タチ悪い。……なあ、オレが今どんな気分か分かる?」
エースの瞳が、至近距離でななしを射抜く。
いつもは軽薄そうに笑っているその目が、今はひどく真剣で、どこか焦れたような色を帯びていた。掴まれた腕から、エースの指の強さが伝わってくる。トランプを扱う器用な指先が、今は逃がさないと言わんばかりにななしの肌に食い込む。
「エース、手が痛いよ」
「……こうでもしないと、お前すぐどっか行くじゃん」
「行かないよ。ここにいるって」
「そうじゃなくて! 意識が、ってこと!」
エースの呼気がななしの頬をかすめる。
喉の奥が熱い。胃のあたりがキュッとなるような、じりじりとした焦燥感。エースはななしの手を取り、自分の左胸のあたりに押し当てた。制服越しでもわかる、速い鼓動。
「……ドクドクしてる。エース、走った後みたい」
「走ってねーよ。ずっとここに座ってるだろ」
「じゃあ、具合悪いの?」
「……はあ。お前、マジで……!」
エースは天を仰ぎ、そのままななしの肩に額を預けた。
重みがかかる。エースの柔らかな髪が、ななしの首筋をくすぐる。その接触一つ一つが、エースにとっては甘い毒のように全身へ回っていく。触れている場所から、ドロドロと溶け出すような執着が溢れ出す。
「……ねえ、ななし。オレばっかり、こんなに心臓うるさいの、おかしくねー?」
「え……?」
「オレだけが焦って、オレだけが勝手に熱くなって。お前はいつも通り、のんきに笑ってるだけ」
「エース……?」
「……納得いかねーんだよ。マジで」
エースの声は、微かに震えていた。
それは怒りよりも、もっと切実な、剥き出しの感情。
ななしの香りが鼻腔をくすぐるたび、頭の芯が痺れるような感覚に襲われる。もっと奥まで触れたい。この平穏な表情を自分と同じ色に染め上げてやりたい。そんな暗い衝動がエースの中でじわじわと膨れ上がっていく。
「……もう、限界。我慢して損した」
エースが顔を上げ、ななしの頬を両手で挟み込んだ。
逃げ場を塞ぐように視線を固定する。
ななしの瞳に映るのは余裕を失った自分自身の歪な顔だ。
「ななし、よく聞けよ。オレは、お前の友達でいるの、もう飽きた」
「……っ」
「デュースの話してるときも、他の誰かと笑ってるときも。オレ、ずっとイライラしてんの。お前がオレのことだけ見てればいいのにって、そればっかり考えてる」
エースの指が、ななしの唇をそっとなぞる。
吸い付くような感触。指先から伝わる柔らかさに、脳が焼けるような錯覚を覚える。ななしの呼吸がわずかに乱れた。その変化にエースの内に潜む獣が歓喜の声を上げる。
「お前の頭の中、全部オレで埋め尽くしてやりたい。……なあ、ダメ?」
「エース、あ、あの……」
「全部お前のせいなんだよ」
エースはななしの耳元に唇を寄せ、熱を孕んだ吐息を落とした。
言葉よりも雄弁に、その内面の渇望がななしに押し寄せる。
今まで隠していた独占欲が、一気に決壊して流れ出していく。
(……このまま、飲み込んでしまいたい)
ななしの細い肩が、エースの腕の中で小さく震えている。その微かな振動が、エースにはこの上なく愛おしく、そして残酷な悦びを運んできた。
自分の熱がななしに移り、溶け合い、境界が曖昧になっていく感覚。内面から溢れる愛情と執着は、もはや言葉にするにはあまりに重く濃密すぎた。
「お前が鈍感なフリして逃げるなら、逃げらんないように分からせてやるよ」
「わ……分かった、から。エース、落ち着いて」
「落ち着けるわけねーだろ。……いい? 覚悟しろよ」
エースはななしの顎をくい、と持ち上げた。重なる視線の先、ななしの瞳にようやく、エースと同じ熱が灯り始める。
それを見逃さず、エースは満足げに目を細めた。
「……やっと、こっち見た」
世界から音が消え、ただ二人の心拍音だけが談話室に響く。
エースの胸を焦がしていた苛立ちは、いつの間にか深い陶酔へと変わっていた。ななしの全てを、その存在の深淵まで自分の色で塗り潰していく。それは、あまりに甘美で、抗いがたい支配の始まりだった。
「返事は待ってやんない。……今、ここで言え」
絡み合う指先。重なる影。
夕闇に包まれた部屋で、エースの熱い欲望が濃密に二人を繋ぎ止めていた。
オンボロ寮の談話室。
沈みかけた夕陽が、古びたソファに座る二人の影を長く伸ばす。エースは手元のトランプを弄びながら、隣に座るななしを横目で見た。
「あ、ごめん。この課題、どうしても意味がわかんなくて」
「それ、さっきも教えたとこ。……ったく、お前ってホントにさあ」
エースは呆れたように息を吐き、トランプをテーブルに放り出した。
バラバラと散らばるカード。その中の一枚、ハートのエースがななしの指先に触れる。
「あ、エースのカード」
「……それ、わざと?」
「え? 何が?」
きょとんとした顔でカードを拾い上げるななし。
エースはその無防備な横顔をじっと見つめ、ふいにつまらなそうな声を出す。
「別に。……それより、今日食堂でデュースと何話してたわけ?」
「デュース? ああ、次の魔法史のテストの話だよ。一緒に勉強しようって」
「ふーん。あいつと勉強ね。……オレとは?」
「エースとは今してるじゃん」
ななしは笑いながら、エースの肩を軽く叩く。
その指先が触れた場所に、エースはかすかな熱を感じる。だが、その熱はななしには伝わっていない。それがたまらなく癪に障る。
「……お前、そういうとこ。マジでムカつく」
「えっ、急にどうしたの? 怒ってる?」
「怒ってねーよ。……ただ、ちょっと納得いかないだけ」
エースはソファに深く背を預け、天井を仰いだ。
窓から入り込む風が、ななしの髪から漂う洗剤の香りを運んでくる。
いつも通りの、なんてことのない放課後。けれどエースの胸のうちは、決していつも通りではなかった。
「……なあ、ななし。ちょっとこっち向けよ」
しばらくの沈黙の後、エースが低い声で言った。課題のノートに向き合っていたななしが、不思議そうに顔を上げる。
「何? エース」
「何、じゃないんだけど」
エースはななしの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
不意の動作にななしの体が揺れ、二人の距離が急激に縮まった。
膝と膝が触れ合い、互いの体温が布地越しに伝わってくる。
「……エース? 近いよ」
「近いのはお前だろ。いつもオレのパーソナルスペースに無防備に入ってきてさ」
「そんなつもりは……」
「無自覚なのが一番タチ悪い。……なあ、オレが今どんな気分か分かる?」
エースの瞳が、至近距離でななしを射抜く。
いつもは軽薄そうに笑っているその目が、今はひどく真剣で、どこか焦れたような色を帯びていた。掴まれた腕から、エースの指の強さが伝わってくる。トランプを扱う器用な指先が、今は逃がさないと言わんばかりにななしの肌に食い込む。
「エース、手が痛いよ」
「……こうでもしないと、お前すぐどっか行くじゃん」
「行かないよ。ここにいるって」
「そうじゃなくて! 意識が、ってこと!」
エースの呼気がななしの頬をかすめる。
喉の奥が熱い。胃のあたりがキュッとなるような、じりじりとした焦燥感。エースはななしの手を取り、自分の左胸のあたりに押し当てた。制服越しでもわかる、速い鼓動。
「……ドクドクしてる。エース、走った後みたい」
「走ってねーよ。ずっとここに座ってるだろ」
「じゃあ、具合悪いの?」
「……はあ。お前、マジで……!」
エースは天を仰ぎ、そのままななしの肩に額を預けた。
重みがかかる。エースの柔らかな髪が、ななしの首筋をくすぐる。その接触一つ一つが、エースにとっては甘い毒のように全身へ回っていく。触れている場所から、ドロドロと溶け出すような執着が溢れ出す。
「……ねえ、ななし。オレばっかり、こんなに心臓うるさいの、おかしくねー?」
「え……?」
「オレだけが焦って、オレだけが勝手に熱くなって。お前はいつも通り、のんきに笑ってるだけ」
「エース……?」
「……納得いかねーんだよ。マジで」
エースの声は、微かに震えていた。
それは怒りよりも、もっと切実な、剥き出しの感情。
ななしの香りが鼻腔をくすぐるたび、頭の芯が痺れるような感覚に襲われる。もっと奥まで触れたい。この平穏な表情を自分と同じ色に染め上げてやりたい。そんな暗い衝動がエースの中でじわじわと膨れ上がっていく。
「……もう、限界。我慢して損した」
エースが顔を上げ、ななしの頬を両手で挟み込んだ。
逃げ場を塞ぐように視線を固定する。
ななしの瞳に映るのは余裕を失った自分自身の歪な顔だ。
「ななし、よく聞けよ。オレは、お前の友達でいるの、もう飽きた」
「……っ」
「デュースの話してるときも、他の誰かと笑ってるときも。オレ、ずっとイライラしてんの。お前がオレのことだけ見てればいいのにって、そればっかり考えてる」
エースの指が、ななしの唇をそっとなぞる。
吸い付くような感触。指先から伝わる柔らかさに、脳が焼けるような錯覚を覚える。ななしの呼吸がわずかに乱れた。その変化にエースの内に潜む獣が歓喜の声を上げる。
「お前の頭の中、全部オレで埋め尽くしてやりたい。……なあ、ダメ?」
「エース、あ、あの……」
「全部お前のせいなんだよ」
エースはななしの耳元に唇を寄せ、熱を孕んだ吐息を落とした。
言葉よりも雄弁に、その内面の渇望がななしに押し寄せる。
今まで隠していた独占欲が、一気に決壊して流れ出していく。
(……このまま、飲み込んでしまいたい)
ななしの細い肩が、エースの腕の中で小さく震えている。その微かな振動が、エースにはこの上なく愛おしく、そして残酷な悦びを運んできた。
自分の熱がななしに移り、溶け合い、境界が曖昧になっていく感覚。内面から溢れる愛情と執着は、もはや言葉にするにはあまりに重く濃密すぎた。
「お前が鈍感なフリして逃げるなら、逃げらんないように分からせてやるよ」
「わ……分かった、から。エース、落ち着いて」
「落ち着けるわけねーだろ。……いい? 覚悟しろよ」
エースはななしの顎をくい、と持ち上げた。重なる視線の先、ななしの瞳にようやく、エースと同じ熱が灯り始める。
それを見逃さず、エースは満足げに目を細めた。
「……やっと、こっち見た」
世界から音が消え、ただ二人の心拍音だけが談話室に響く。
エースの胸を焦がしていた苛立ちは、いつの間にか深い陶酔へと変わっていた。ななしの全てを、その存在の深淵まで自分の色で塗り潰していく。それは、あまりに甘美で、抗いがたい支配の始まりだった。
「返事は待ってやんない。……今、ここで言え」
絡み合う指先。重なる影。
夕闇に包まれた部屋で、エースの熱い欲望が濃密に二人を繋ぎ止めていた。
