サバナクロー
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「……おい、待ちやがれ」
日差しが突き刺さるような昼下がり。ななしの背中に低い地鳴りのような声がぶつかる。
「あ、レオナさん。今からオンボロ寮に戻るところです」
「戻るじゃねえ。その恰好は何だ」
レオナの視線はななしの肩から腕にかけて注がれている。シャツを脱ぎ捨て薄いキャミソールにカーディガンを羽織っただけの姿。布地は心もとなく、鎖骨のラインが露わになっている。
「何って、見ての通りですよ。今日は朝から気温が上がりすぎて、もう限界で」
「限界だぁ? んな薄汚い骨を見せて歩くのが今の流行りか。見てるこっちが寒ィんだよ。……これ持ってけ」
レオナがソファに放り出していた自身の私服のジャケットを、乱雑にななしへ放る。
「いりませんって。さっきも言いましたけど、暑いんです」
「いいから羽織れ」
「嫌です。せっかく涼しくなったのに、わざわざ我慢して汗をかく必要なんてありません」
「……あァ、そうかい。口だけは達者になったもんだ」
レオナがゆっくりとソファから身を起こす。昼寝を邪魔された猛獣の不機嫌さが、その足音に混ざる。
「だいたい、レオナさんが心配しすぎなんです。誰もわたしのことなんて見てませんから」
「見てねえだと? その無防備な肩を、どこの馬の骨がどんな目で追ってるかも分からねえのか。お前、自分が思ってるよりずっと、……目障りなんだよ」
「目障りって、ひどい言い草ですね。もういいです。帰ります」
踵を返そうとしたななしの手首を、レオナの大きな手が掴む。
「……待てっつってんだろ。俺の言葉を無視する度胸だけは一人前か」
「放してください。レオナさんがわがままなだけじゃないですか」
「わがまま? 俺がいつ、そんな甘っちょろいことを言った」
掴まれた手首からレオナの体温が伝わってくる。野性的な熱を孕んだ体温。外気の暑さとは質の違う芯から燃えるような熱。
「……レオナさん、近いです」
「近かねえ。お前が逃げようとするからだ」
「……どうしてそんなに怒るんですか。ただの服じゃないですか。レオナさんはいつも、わたしのことなんて気に留めてないフリしてるのに」
「気に留めてねえ? お前な……、何も分かってねえのはどっちだ」
レオナがななしを、背後の壁へと追いやる。逃げ道は腕で塞がれ、レオナの影がななしを完全に覆い隠す。
「レオナさん……」
「これでも暑いか? お前のその白い肌が、他人の目に触れるのを想像しただけで……苛つきが収まらねえんだよ。この意味が分かるか」
至近距離で交わる視線。レオナの吐息が頬を撫でる。そこには、ただの苛立ちではない、もっと泥臭く執着に満ちた色が混じり始めている。
「……っ。それは、レオナさんが勝手に思ってるだけで」
「ああ、勝手だ。俺は王族だからな。欲しいもんは独り占めにするし、気に入らねえもんは力ずくで排除する。……お前はどっちだ」
レオナの指先がななしの露出した肩をなぞる。爪の先がわずかに肌を掠めるたび、そこから熱が伝播していく。暑いはずなのに、なぜか身体の奥が粟立つ。
「お前、今、震えたな」
「震えてません……。ただ、レオナさんの手が熱いから」
「熱いのは俺のせいか? それとも、お前自身のせいか。……おい、ななし。こっちを見ろ」
強引に顎を掬い上げられ逃げ場のない瞳と対峙させられる。レオナの瞳の奥で獣が牙を剥いている。それは情欲というよりも、もっと支配的な相手を己の色で塗り潰そうとする本能に近い。
「お前のその肌も、その呼吸も、全部俺だけに見せてりゃいい。他人の目に晒す余裕なんて、一秒たりとも与えてやるつもりはねえ」
「……そんなの、無茶苦茶です」
「無茶だと。お前が俺をここまで苛立たせたんだろうが。……責任取れよ、ななし」
レオナの顔がさらに近づく。鼻先が触れ合うほどの距離。室内は静まり返り、二人の荒くなった呼吸音だけが不自然なほど大きく響く。
もはや暑いかどうかなど、どうでもよくなっていた。身体を支配しているのは外気ではなく内側からせり上がってくる濃厚な熱。レオナの香りと、その存在感に圧倒され感覚が麻痺していく。
「レオナさん、わたし……」
「喋るな。……今は、俺だけを感じてろ」
降ってきた唇は驚くほど強引で、それでいてひどく熱を帯びていた。レオナの指がななしの髪に食い込み、逃げ場を奪うように後頭部を固定する。
舌先が触れ合うたびに頭の芯が痺れるような感覚。レオナの喉から漏れる低い唸り声が胸の奥を激しく揺さぶる。それは一方的な捕食のようでありながら、どこか縋るような切実さが滲んでいた。
ななしの思考は白い霧に包まれる。
さっきまで感じていた苛立ちも、くだらない言い争いも、すべてがこの熱の中に溶けて消えていく。残っているのは、肌を焦がすようなレオナの感触と、心臓を直接掴まれているかのような高揚感だけ。
レオナの唇が一度離れ、耳元で熱い吐息が零される。
「……二度と言わせるな。お前は俺の……俺だけの、獲物だ」
その声は、低い呪いのようにななしの鼓膜を震わせ、魂の深い場所にまで届く。
「……はい」
観念したように言葉を返すとレオナが満足げに鼻を鳴らす。再び重なる唇は、先ほどよりもさらに深く逃がさないという意思を込めて。
窓の外で鳴く蝉の声も、遠くで聞こえる誰かの話し声も、今の二人には届かない。
ただレオナの持つ圧倒的な熱だけがななしのすべてを支配し、塗り替えていく。その支配を拒む理由を、もう彼女は持ち合わせていなかった。
日差しが突き刺さるような昼下がり。ななしの背中に低い地鳴りのような声がぶつかる。
「あ、レオナさん。今からオンボロ寮に戻るところです」
「戻るじゃねえ。その恰好は何だ」
レオナの視線はななしの肩から腕にかけて注がれている。シャツを脱ぎ捨て薄いキャミソールにカーディガンを羽織っただけの姿。布地は心もとなく、鎖骨のラインが露わになっている。
「何って、見ての通りですよ。今日は朝から気温が上がりすぎて、もう限界で」
「限界だぁ? んな薄汚い骨を見せて歩くのが今の流行りか。見てるこっちが寒ィんだよ。……これ持ってけ」
レオナがソファに放り出していた自身の私服のジャケットを、乱雑にななしへ放る。
「いりませんって。さっきも言いましたけど、暑いんです」
「いいから羽織れ」
「嫌です。せっかく涼しくなったのに、わざわざ我慢して汗をかく必要なんてありません」
「……あァ、そうかい。口だけは達者になったもんだ」
レオナがゆっくりとソファから身を起こす。昼寝を邪魔された猛獣の不機嫌さが、その足音に混ざる。
「だいたい、レオナさんが心配しすぎなんです。誰もわたしのことなんて見てませんから」
「見てねえだと? その無防備な肩を、どこの馬の骨がどんな目で追ってるかも分からねえのか。お前、自分が思ってるよりずっと、……目障りなんだよ」
「目障りって、ひどい言い草ですね。もういいです。帰ります」
踵を返そうとしたななしの手首を、レオナの大きな手が掴む。
「……待てっつってんだろ。俺の言葉を無視する度胸だけは一人前か」
「放してください。レオナさんがわがままなだけじゃないですか」
「わがまま? 俺がいつ、そんな甘っちょろいことを言った」
掴まれた手首からレオナの体温が伝わってくる。野性的な熱を孕んだ体温。外気の暑さとは質の違う芯から燃えるような熱。
「……レオナさん、近いです」
「近かねえ。お前が逃げようとするからだ」
「……どうしてそんなに怒るんですか。ただの服じゃないですか。レオナさんはいつも、わたしのことなんて気に留めてないフリしてるのに」
「気に留めてねえ? お前な……、何も分かってねえのはどっちだ」
レオナがななしを、背後の壁へと追いやる。逃げ道は腕で塞がれ、レオナの影がななしを完全に覆い隠す。
「レオナさん……」
「これでも暑いか? お前のその白い肌が、他人の目に触れるのを想像しただけで……苛つきが収まらねえんだよ。この意味が分かるか」
至近距離で交わる視線。レオナの吐息が頬を撫でる。そこには、ただの苛立ちではない、もっと泥臭く執着に満ちた色が混じり始めている。
「……っ。それは、レオナさんが勝手に思ってるだけで」
「ああ、勝手だ。俺は王族だからな。欲しいもんは独り占めにするし、気に入らねえもんは力ずくで排除する。……お前はどっちだ」
レオナの指先がななしの露出した肩をなぞる。爪の先がわずかに肌を掠めるたび、そこから熱が伝播していく。暑いはずなのに、なぜか身体の奥が粟立つ。
「お前、今、震えたな」
「震えてません……。ただ、レオナさんの手が熱いから」
「熱いのは俺のせいか? それとも、お前自身のせいか。……おい、ななし。こっちを見ろ」
強引に顎を掬い上げられ逃げ場のない瞳と対峙させられる。レオナの瞳の奥で獣が牙を剥いている。それは情欲というよりも、もっと支配的な相手を己の色で塗り潰そうとする本能に近い。
「お前のその肌も、その呼吸も、全部俺だけに見せてりゃいい。他人の目に晒す余裕なんて、一秒たりとも与えてやるつもりはねえ」
「……そんなの、無茶苦茶です」
「無茶だと。お前が俺をここまで苛立たせたんだろうが。……責任取れよ、ななし」
レオナの顔がさらに近づく。鼻先が触れ合うほどの距離。室内は静まり返り、二人の荒くなった呼吸音だけが不自然なほど大きく響く。
もはや暑いかどうかなど、どうでもよくなっていた。身体を支配しているのは外気ではなく内側からせり上がってくる濃厚な熱。レオナの香りと、その存在感に圧倒され感覚が麻痺していく。
「レオナさん、わたし……」
「喋るな。……今は、俺だけを感じてろ」
降ってきた唇は驚くほど強引で、それでいてひどく熱を帯びていた。レオナの指がななしの髪に食い込み、逃げ場を奪うように後頭部を固定する。
舌先が触れ合うたびに頭の芯が痺れるような感覚。レオナの喉から漏れる低い唸り声が胸の奥を激しく揺さぶる。それは一方的な捕食のようでありながら、どこか縋るような切実さが滲んでいた。
ななしの思考は白い霧に包まれる。
さっきまで感じていた苛立ちも、くだらない言い争いも、すべてがこの熱の中に溶けて消えていく。残っているのは、肌を焦がすようなレオナの感触と、心臓を直接掴まれているかのような高揚感だけ。
レオナの唇が一度離れ、耳元で熱い吐息が零される。
「……二度と言わせるな。お前は俺の……俺だけの、獲物だ」
その声は、低い呪いのようにななしの鼓膜を震わせ、魂の深い場所にまで届く。
「……はい」
観念したように言葉を返すとレオナが満足げに鼻を鳴らす。再び重なる唇は、先ほどよりもさらに深く逃がさないという意思を込めて。
窓の外で鳴く蝉の声も、遠くで聞こえる誰かの話し声も、今の二人には届かない。
ただレオナの持つ圧倒的な熱だけがななしのすべてを支配し、塗り替えていく。その支配を拒む理由を、もう彼女は持ち合わせていなかった。
