ハーツラビュル
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オンボロ寮の談話室。
テーブルの上には山積みの教科書と食べかけのチェリーパイ。
「……あー、もう無理。限界。脳みそがパイになっちまいそう」
エースは手元のペンを放り出し椅子の背もたれに大きく身体を預ける。その視線の先ではななしが熱心にノートを広げている。
「あと少しだよ、エース。これが終われば明日の小テストは完璧だって」
「完璧とかどうでもいい。オレ、今この瞬間を生きる男だから」
「それ、ただの怠慢だよ。ほら、この魔法式の展開、もう一回見直して」
差し出されたノートをエースは気だるげに受け取る。指先がわずかに触れ合うが、ななしは気にした様子もなく空いたフォークでパイの欠片を口に運ぶ。
「……お前さ。それ、オレがさっき使ったフォークなんだけど」
「あ、本当だ。ごめん、間違えちゃった」
「別に謝ってほしいわけじゃないけど。お前って、たまに無防備すぎるっていうか」
エースは呆れたように笑い頬杖をつく。
赤い瞳がななしの顔をじっと見つめている。
「なに? わたしの顔に、食べかすでもついてる?」
「ついてる。……嘘。ついてないけど、なんか見てたくなっただけ」
「変なエース。あ、そういえば明日の放課後、デュースたちと購買のアイス買いに行く約束、覚えてる?」
ななしの言葉にエースの眉がわずかに動く。
彼は視線を落とし机の木目を指先でなぞる。
「……あいつらも一緒? 二人じゃないんだ」
「え? だって、みんなで食べようって言ったの、エースじゃなかった?」
「あー、言ったかもね。でも、今は気分が変わった。……やっぱ明日は、お前と二人でいたいわ」
冗談めかした口調。
けれどその瞳の奥には陽炎のような熱が揺れている。
静まり返った談話室に時計の秒針が刻む音だけが響く。ななしは次の問題を解こうとペンを動かすが、隣からの視線がそれを阻む。
「ななし」
「ん?」
「お前さ。オレが他の女子と仲良くしてたら、どう思う?」
唐突な問いにななしは手を止めてエースを見る。
「どうって……エースは友達が多そうだし、楽しそうでいいなって思うよ?」
「……はぁ。だと思った。期待したオレが馬鹿だったわ」
エースは自嘲気味に笑い椅子を引き寄せ、ななしとの距離を詰める。彼の体温が制服越しに伝わってくるような近さ。
「もし、オレが友達以上の関係になりたいって誰かに言ったら?」
「え、好きな人ができたの!? 応援するよ、エース!」
「応援、いらねーし。……つーか、マジで言ってんの?」
エースの声が一段低くなる。彼はななしの手首を逃がさないようにそっと、けれど確かな力で掴む。脈打つ鼓動が指先を通じて互いに響き合う。
「エース……手、痛いよ」
「……お前、いつもそうやって笑って、オレの領域に土足で踏み込んできてさ。自分は一歩も中に入れないくせに」
エースの瞳が射抜くような鋭さを帯びる。
その熱に当てられたようにななしの喉が震える。
「どうしたの、急に。エース、顔が赤いよ」
「……今、それどころじゃないでしょ」
彼の息遣いが近くなる。
ななしの視界はエースの赤い髪と真剣すぎる眼差しで埋め尽くされる。
「ねえ、ななし。オレ今、めちゃくちゃ心臓うるさいんだけど。聞こえる?」
エースは掴んでいた手を引き寄せ、自分の胸元に当てさせる。厚い生地の向こう側で早鐘を打つような激しい鼓動がななしの手のひらを叩く。
それは魔法よりも確かな質量を持った感情の証明。
ななしは言葉を失い、ただ目の前の少年を見つめることしかできない。エースの内側で渦巻く熱が、肌を伝い、神経を通り、彼女の奥深くまで浸透していく。
「……お前のせいで、ずっとこれ。最悪。落ち着かねーし、他のこと考えらんねーし」
エースの声はもう震えていない。代わりに逃げ場のないほど濃密な独占欲が言葉の一つひとつに宿っている。
「ななし、見て。オレから目を逸らすな」
「ちょっと、エース……」
「友達とか同級生とか。そんな便利な言葉で片付けんの、もう終わり。……オレ、お前が好きだよ」
その言葉が落ちた瞬間、世界の音が消える。
夕闇に沈みかけた部屋で、エースの存在だけが痛いくらい鮮明に浮かび上がる。
「今まで何度も匂わせてた。お前が鈍感すぎて、わざと意地悪したりもした。でも、もう限界。これ以上ただの隣にいるやつでいるなんて無理」
エースの手がななしの頬に触れる。
熱を持った指先が、まるで壊れ物を扱うように、愛おしげに輪郭をなぞる
その瞳に映っているのは、驚きに目を見開いたななしの姿だけ。
「オレを選べ。お前の隣、オレだけのものにさせろ」
傲慢でけれどどこか切実な願い。
エースの内面から溢れ出した想いは、濁流となって二人を飲み込んでいく。彼が抱えてきた焦燥も、独占欲も、秘めてきた甘い熱も、すべてがこの空間に充満している。
「……返事、今すぐじゃなくてもいい。でも、今さら『冗談でしょ』なんて逃げるのは許さないから」
エースは顔を近づけ、ななしの額に自分の額をこつんと預ける。
混じり合う吐息。
絡み合う視線。
「覚悟して。オレ、結構しつこいから」
夕暮れの終わりの、紫色の闇。
エースの唇がななしの耳元で小さく、熱く、甘い誓いを刻んだ。
テーブルの上には山積みの教科書と食べかけのチェリーパイ。
「……あー、もう無理。限界。脳みそがパイになっちまいそう」
エースは手元のペンを放り出し椅子の背もたれに大きく身体を預ける。その視線の先ではななしが熱心にノートを広げている。
「あと少しだよ、エース。これが終われば明日の小テストは完璧だって」
「完璧とかどうでもいい。オレ、今この瞬間を生きる男だから」
「それ、ただの怠慢だよ。ほら、この魔法式の展開、もう一回見直して」
差し出されたノートをエースは気だるげに受け取る。指先がわずかに触れ合うが、ななしは気にした様子もなく空いたフォークでパイの欠片を口に運ぶ。
「……お前さ。それ、オレがさっき使ったフォークなんだけど」
「あ、本当だ。ごめん、間違えちゃった」
「別に謝ってほしいわけじゃないけど。お前って、たまに無防備すぎるっていうか」
エースは呆れたように笑い頬杖をつく。
赤い瞳がななしの顔をじっと見つめている。
「なに? わたしの顔に、食べかすでもついてる?」
「ついてる。……嘘。ついてないけど、なんか見てたくなっただけ」
「変なエース。あ、そういえば明日の放課後、デュースたちと購買のアイス買いに行く約束、覚えてる?」
ななしの言葉にエースの眉がわずかに動く。
彼は視線を落とし机の木目を指先でなぞる。
「……あいつらも一緒? 二人じゃないんだ」
「え? だって、みんなで食べようって言ったの、エースじゃなかった?」
「あー、言ったかもね。でも、今は気分が変わった。……やっぱ明日は、お前と二人でいたいわ」
冗談めかした口調。
けれどその瞳の奥には陽炎のような熱が揺れている。
静まり返った談話室に時計の秒針が刻む音だけが響く。ななしは次の問題を解こうとペンを動かすが、隣からの視線がそれを阻む。
「ななし」
「ん?」
「お前さ。オレが他の女子と仲良くしてたら、どう思う?」
唐突な問いにななしは手を止めてエースを見る。
「どうって……エースは友達が多そうだし、楽しそうでいいなって思うよ?」
「……はぁ。だと思った。期待したオレが馬鹿だったわ」
エースは自嘲気味に笑い椅子を引き寄せ、ななしとの距離を詰める。彼の体温が制服越しに伝わってくるような近さ。
「もし、オレが友達以上の関係になりたいって誰かに言ったら?」
「え、好きな人ができたの!? 応援するよ、エース!」
「応援、いらねーし。……つーか、マジで言ってんの?」
エースの声が一段低くなる。彼はななしの手首を逃がさないようにそっと、けれど確かな力で掴む。脈打つ鼓動が指先を通じて互いに響き合う。
「エース……手、痛いよ」
「……お前、いつもそうやって笑って、オレの領域に土足で踏み込んできてさ。自分は一歩も中に入れないくせに」
エースの瞳が射抜くような鋭さを帯びる。
その熱に当てられたようにななしの喉が震える。
「どうしたの、急に。エース、顔が赤いよ」
「……今、それどころじゃないでしょ」
彼の息遣いが近くなる。
ななしの視界はエースの赤い髪と真剣すぎる眼差しで埋め尽くされる。
「ねえ、ななし。オレ今、めちゃくちゃ心臓うるさいんだけど。聞こえる?」
エースは掴んでいた手を引き寄せ、自分の胸元に当てさせる。厚い生地の向こう側で早鐘を打つような激しい鼓動がななしの手のひらを叩く。
それは魔法よりも確かな質量を持った感情の証明。
ななしは言葉を失い、ただ目の前の少年を見つめることしかできない。エースの内側で渦巻く熱が、肌を伝い、神経を通り、彼女の奥深くまで浸透していく。
「……お前のせいで、ずっとこれ。最悪。落ち着かねーし、他のこと考えらんねーし」
エースの声はもう震えていない。代わりに逃げ場のないほど濃密な独占欲が言葉の一つひとつに宿っている。
「ななし、見て。オレから目を逸らすな」
「ちょっと、エース……」
「友達とか同級生とか。そんな便利な言葉で片付けんの、もう終わり。……オレ、お前が好きだよ」
その言葉が落ちた瞬間、世界の音が消える。
夕闇に沈みかけた部屋で、エースの存在だけが痛いくらい鮮明に浮かび上がる。
「今まで何度も匂わせてた。お前が鈍感すぎて、わざと意地悪したりもした。でも、もう限界。これ以上ただの隣にいるやつでいるなんて無理」
エースの手がななしの頬に触れる。
熱を持った指先が、まるで壊れ物を扱うように、愛おしげに輪郭をなぞる
その瞳に映っているのは、驚きに目を見開いたななしの姿だけ。
「オレを選べ。お前の隣、オレだけのものにさせろ」
傲慢でけれどどこか切実な願い。
エースの内面から溢れ出した想いは、濁流となって二人を飲み込んでいく。彼が抱えてきた焦燥も、独占欲も、秘めてきた甘い熱も、すべてがこの空間に充満している。
「……返事、今すぐじゃなくてもいい。でも、今さら『冗談でしょ』なんて逃げるのは許さないから」
エースは顔を近づけ、ななしの額に自分の額をこつんと預ける。
混じり合う吐息。
絡み合う視線。
「覚悟して。オレ、結構しつこいから」
夕暮れの終わりの、紫色の闇。
エースの唇がななしの耳元で小さく、熱く、甘い誓いを刻んだ。
