ポムフィオーレ
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「ななし、またその顔。口角が3ミリ下がっているわ。アタシが仕上げたメイクを台無しにするつもり?」
鏡越しに射貫くような視線が飛ぶ。
ポムフィオーレ寮の談話室。放課後の補習と称して呼び出されたななしは、ヴィルの膝の間に座らされ丹念に肌を整えられていた。
「すみません、ヴィル先輩。でも、今日のメニューはちょっと厳しすぎませんか?」
「アンタのポテンシャルを引き出すためよ。文句を言う暇があるなら、その睫毛を美しく上に向ける努力をしなさい」
ヴィルの指先が、ななしの顎をくいと持ち上げる。白皙の指に力がこもる。それは慈しむような手つきでありながら、獲物の動きを封じる捕食者の鋭さを孕んでいた。
「……はい、ヴィル先輩」
「よろしい。アタシの目の届く範囲にいる間は、アンタはアタシの一部なんだから」
ヴィルは満足げに目を細めた。その瞳の奥で、粘りつくような熱が静かに揺れていることに、ななしはまだ気づいていない。
◇
数日後、中庭の回廊でななしはエースとデュースに呼び止められていた。
「あはは!それ本当?デュース菌糸類って言葉知らないの?」
「笑うなななし!」
弾むような笑い声が廊下に響く。屈託のないやり取り。しかし、その光景を離れた場所から見つめる影があった。
「……あんな無造作に触れさせて。泥にまみれたジャガイモ共が」
ヴィルの手元で、愛用の手鏡が軋む。ななしがエースに背中を叩かれ、よろけて笑う。そのたびにヴィルの視界が赤く染まった。
「ななし」
低く、けれどよく通る声が場を凍らせる。ヴィルがゆっくりと歩み寄ってきた。その足音は死刑執行を告げる鐘の音のように冷徹だ。
「あ、ヴィル先輩!こんにちは」
「……ななし、アンタ、アタシとの約束を忘れたわけじゃないわよね。放課後はすぐにアタシの部屋へ来なさいと言ったはずよ」
「それは覚えてますけど、まだ放課後になったばかりで……」
「言い訳は聞きたくないわ。新ジャガ一号二号、ななしに触れないで」
エースとデュースが顔を見合わせ、気圧されたように後ずさる。ヴィルはななしの腕を掴むと、有無を言わさぬ力で引き寄せた。
「え、ちょっと待ってください!ヴィル先輩!」
「行くわよ、ななし。余計な雑音に構っている時間は一秒だって無いのよ」
掴まれた腕が、熱い。というより、痛いほどだった。ヴィルの指が肌に食い込み、脈打つ鼓動が直接伝わってくる。
「先輩、ちょっと痛いです……」
「……痛い?そう。なら、その痛みを刻んでおきなさい。アンタが誰に属しているのか、身体に教え込む必要があるみたいね」
ヴィルの瞳は、もう笑っていなかった。
◇
ヴィルの自室。重厚な扉が閉まると同時に、鍵がかけられる。
室内には、彼が愛用する香水の重い香りが充満していた。
「ヴィル先輩、どうしたんですか。今日はずっと怒ってるみたいで……」
「怒っている?いいえ、悲しんでいるのよ。ななし、アンタの無防備さに。いろんな男たちに無防備に微笑みかけるなんて、アタシへの侮辱だと思わない?」
ヴィルがななしをソファに押し倒すようにして覆いかぶさり、視界を染め上げた。
「……アタシだけを見ていればいいと言ったはずよ」
「でも、友達と話すくらい……っ」
唇を指で塞がれる。ヴィルの指は驚くほど熱く、そして震えていた。激しい情動を必死に抑え込んでいる、獣のような震えだ。
「友達?そんな安い言葉で、アタシがアンタを手放すとでも思っているの?滑稽だわ。いい、ななし。この学園でアンタを一番美しく輝かせ、守り、管理できるのはアタシだけなの」
ヴィルの顔が至近距離まで迫る。彼の息遣いが肌を撫でる。美貌の奥にあるのは純粋すぎて狂気に至った執着だ。
「他の男と話すたびに、アンタの空気が汚れていく。アタシがどれだけ苦労して磨き上げていると思っているの?アンタは、アタシの最高傑作にならなきゃいけないのよ」
「ヴィル先輩、苦しいです……息が……」
「苦しいのはアタシの方よ!アンタが一瞬でもアタシ以外の存在を思考に入れるたびに、心臓が焼けるように熱くなる。この感覚、アンタに分かる?」
ヴィルはななしの首筋に顔を埋め、深く呼吸をした。まるで彼女の存在そのものを肺腑に取り込もうとするかのように。
「……いっそ、このままアタシの毒で動けなくしてしまえたら。そうすれば、アンタは誰にも汚されず、アタシだけのものとして永遠に完成するのに」
囁かれる言葉は、愛の告白というにはあまりに重く、呪いに近い。
ななしが逃げ出そうと身を捩るが、ヴィルはそれを許さない。長い脚で逃げ道を塞ぎ、両手でななしの手首を床に縫い留める。
「離さない。絶対に。アンタが嫌だと泣こうが、アタシを憎もうが関係ないわ。アタシがアンタを愛している。それ以上に優先される真実なんて、この世には存在しないのよ」
ヴィルの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、ななしの頬を濡らした。
圧倒的な美しさと、逃げ場のない熱量。
「ななし、答えて。アンタを愛せるのは、世界でたった一人……アタシだけ。そうでしょう?」
拒絶も肯定も許されない。ただ、ヴィルという巨大な重力に飲み込まれていく。彼はななしの唇を、奪うというよりは刻印を刻むかのように、深く烈しく塞いだ。
部屋の中にヴィルの重い吐息と、狂おしいほどの情熱だけが霧のように立ち込めていた。
鏡越しに射貫くような視線が飛ぶ。
ポムフィオーレ寮の談話室。放課後の補習と称して呼び出されたななしは、ヴィルの膝の間に座らされ丹念に肌を整えられていた。
「すみません、ヴィル先輩。でも、今日のメニューはちょっと厳しすぎませんか?」
「アンタのポテンシャルを引き出すためよ。文句を言う暇があるなら、その睫毛を美しく上に向ける努力をしなさい」
ヴィルの指先が、ななしの顎をくいと持ち上げる。白皙の指に力がこもる。それは慈しむような手つきでありながら、獲物の動きを封じる捕食者の鋭さを孕んでいた。
「……はい、ヴィル先輩」
「よろしい。アタシの目の届く範囲にいる間は、アンタはアタシの一部なんだから」
ヴィルは満足げに目を細めた。その瞳の奥で、粘りつくような熱が静かに揺れていることに、ななしはまだ気づいていない。
◇
数日後、中庭の回廊でななしはエースとデュースに呼び止められていた。
「あはは!それ本当?デュース菌糸類って言葉知らないの?」
「笑うなななし!」
弾むような笑い声が廊下に響く。屈託のないやり取り。しかし、その光景を離れた場所から見つめる影があった。
「……あんな無造作に触れさせて。泥にまみれたジャガイモ共が」
ヴィルの手元で、愛用の手鏡が軋む。ななしがエースに背中を叩かれ、よろけて笑う。そのたびにヴィルの視界が赤く染まった。
「ななし」
低く、けれどよく通る声が場を凍らせる。ヴィルがゆっくりと歩み寄ってきた。その足音は死刑執行を告げる鐘の音のように冷徹だ。
「あ、ヴィル先輩!こんにちは」
「……ななし、アンタ、アタシとの約束を忘れたわけじゃないわよね。放課後はすぐにアタシの部屋へ来なさいと言ったはずよ」
「それは覚えてますけど、まだ放課後になったばかりで……」
「言い訳は聞きたくないわ。新ジャガ一号二号、ななしに触れないで」
エースとデュースが顔を見合わせ、気圧されたように後ずさる。ヴィルはななしの腕を掴むと、有無を言わさぬ力で引き寄せた。
「え、ちょっと待ってください!ヴィル先輩!」
「行くわよ、ななし。余計な雑音に構っている時間は一秒だって無いのよ」
掴まれた腕が、熱い。というより、痛いほどだった。ヴィルの指が肌に食い込み、脈打つ鼓動が直接伝わってくる。
「先輩、ちょっと痛いです……」
「……痛い?そう。なら、その痛みを刻んでおきなさい。アンタが誰に属しているのか、身体に教え込む必要があるみたいね」
ヴィルの瞳は、もう笑っていなかった。
◇
ヴィルの自室。重厚な扉が閉まると同時に、鍵がかけられる。
室内には、彼が愛用する香水の重い香りが充満していた。
「ヴィル先輩、どうしたんですか。今日はずっと怒ってるみたいで……」
「怒っている?いいえ、悲しんでいるのよ。ななし、アンタの無防備さに。いろんな男たちに無防備に微笑みかけるなんて、アタシへの侮辱だと思わない?」
ヴィルがななしをソファに押し倒すようにして覆いかぶさり、視界を染め上げた。
「……アタシだけを見ていればいいと言ったはずよ」
「でも、友達と話すくらい……っ」
唇を指で塞がれる。ヴィルの指は驚くほど熱く、そして震えていた。激しい情動を必死に抑え込んでいる、獣のような震えだ。
「友達?そんな安い言葉で、アタシがアンタを手放すとでも思っているの?滑稽だわ。いい、ななし。この学園でアンタを一番美しく輝かせ、守り、管理できるのはアタシだけなの」
ヴィルの顔が至近距離まで迫る。彼の息遣いが肌を撫でる。美貌の奥にあるのは純粋すぎて狂気に至った執着だ。
「他の男と話すたびに、アンタの空気が汚れていく。アタシがどれだけ苦労して磨き上げていると思っているの?アンタは、アタシの最高傑作にならなきゃいけないのよ」
「ヴィル先輩、苦しいです……息が……」
「苦しいのはアタシの方よ!アンタが一瞬でもアタシ以外の存在を思考に入れるたびに、心臓が焼けるように熱くなる。この感覚、アンタに分かる?」
ヴィルはななしの首筋に顔を埋め、深く呼吸をした。まるで彼女の存在そのものを肺腑に取り込もうとするかのように。
「……いっそ、このままアタシの毒で動けなくしてしまえたら。そうすれば、アンタは誰にも汚されず、アタシだけのものとして永遠に完成するのに」
囁かれる言葉は、愛の告白というにはあまりに重く、呪いに近い。
ななしが逃げ出そうと身を捩るが、ヴィルはそれを許さない。長い脚で逃げ道を塞ぎ、両手でななしの手首を床に縫い留める。
「離さない。絶対に。アンタが嫌だと泣こうが、アタシを憎もうが関係ないわ。アタシがアンタを愛している。それ以上に優先される真実なんて、この世には存在しないのよ」
ヴィルの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、ななしの頬を濡らした。
圧倒的な美しさと、逃げ場のない熱量。
「ななし、答えて。アンタを愛せるのは、世界でたった一人……アタシだけ。そうでしょう?」
拒絶も肯定も許されない。ただ、ヴィルという巨大な重力に飲み込まれていく。彼はななしの唇を、奪うというよりは刻印を刻むかのように、深く烈しく塞いだ。
部屋の中にヴィルの重い吐息と、狂おしいほどの情熱だけが霧のように立ち込めていた。
