スカラビア
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オンボロ寮の使い込まれた木の床がギィと音を立てる。
外は夕闇が迫り、窓の外からは枯れ葉が舞う音が微かに聞こえる。
ベッドに横たわるななしの視界は、熱のせいで酷く歪んでいた。
「……ななし、入るぞ。グリムから聞いた。ひどい熱らしいな」
低い声が静寂を破る。
扉を開けて入ってきたのは、手慣れた様子で盆を運ぶジャミルだった。彼はベッド脇に膝をつくと、手早くななしの額に手を当てる。その掌は驚くほど冷たくて、心地よい。
「ジャミル、先輩……。わざわざ、すみません」
「喋るな。息が荒いぞ。……全く、グリムは騒ぐだけで、お前に毛布一枚追加でかけることもしなかったのか」
「グリム、なりに……心配してくれてましたよ」
「ほら、身体を起こせるか。粥を作ってきた」
ジャミルは手際よく枕を直すと、ななしの背中に手を添えて身体を起こさせる。彼の服からは、微かにスカラビアの喧騒を思い出させる、落ち着いた匂いがした。
「美味しそう……」
「栄養を考えた。少しでもいいから口に運べ。俺が食わせてやる」
「……えっ。それは、流石に申し訳ないです」
「いいから。弱っている時くらい、遠慮するな」
ジャミルは粥を丁寧に掬い、息を吹きかけて冷ます。
差し出されたスプーンを、ななしは大人しく受け入れた。
優しい味が口の中に広がる、。
「……美味しい。ジャミル先輩の料理、大好きです」
「……そうか。それなら、もっと食え。病人は遠慮などしなくていい」
ふと、ジャミルの目が細められる。
器を持つ彼の指先が、微かにななしの指に触れた。
熱を帯びた皮膚と、彼の日向のような体温。その境界線が、熱のせいか、それとも別の理由か、曖昧に溶け出していく。
「……顔が赤いな。粥が熱すぎたか?」
「いえ、そうじゃなくて……。ジャミル先輩が、優しすぎるから」
「……馬鹿なことを言うな」
ジャミルは視線を逸らさずに答える。
けれど、粥を掬うその仕草は先ほどよりもどこか緩やかだ。
器を置く音が、静かな部屋に重く響いた。
「……ななし、汗を拭いてやる。そのままでは寝冷えするぞ」
ジャミルが取り出したタオルが、ななしの首筋をなぞる。
湿った布の感触よりも、その布越しに伝わる彼の指の感触を強く感じる。鎖骨のあたりを拭われるたび、ななしの心拍が跳ねる。
「ジャミル、先輩……。もう、大丈夫です。あとは自分で」
「……いいや、駄目だ。お前は自分の限界をわかっていない」
ジャミルの声のトーンが落ちる。
彼の長い指が、ななしの頬を滑り、そのまま耳の後ろに止まった。
彼の視線は、もはや看病のそれではない。獲物を見定めるような、あるいは大切なものを閉じ込めようとするような、深い光を湛えている。
「熱いな。……全部、俺に見せろ。苦しいのも、甘えたいのも」
「……っ」
「……嫌か? 俺にこんなことをされるのは」
ジャミルはゆっくりと身を乗り出し、ななしの視界を塞ぐ。
影が落ちる。
至近距離で見つめる彼の黒い瞳の中に、熱に浮かされた自分の姿が映っていた。
「嫌じゃ、ないです……むしろ、もっと」
「……そうか」
ジャミルはななしの耳元で囁くと、そのまま彼女を抱き寄せる。
看病という大義名分は既にどこかへ消え去っていた。
彼の腕の中は、熱い。ななし自身の体温を奪い去るほど、彼の存在が全身に染み渡っていく。
「……ジャミル、先輩」
彼の手が、ななしの背中を愛おしむように、けれど力強く這う。
熱に溶けた思考の端で、ななしは彼の中に渦巻く暗い独占欲を感じ取っていた。今この瞬間を、まるで好機のように享受している。
「……お前がこうして俺を頼るなら、永遠に治らなくてもいいとさえ思ってしまう」
「ひどい……」
「ああ、酷い男だろう。だが、これが本音だ」
ジャミルはななしの髪に唇を落とし、深く息を吸い込む。
ななしの意識は、彼の吐息と、自分の心音と、そして静まり返ったオンボロ寮の闇の中へ沈んでいく。そこには、自分と彼以外、誰も入り込む隙間はない。
「……寝ろ。朝が来るまで、俺がここにいる。お前の熱も、不安も、全部俺が引き受けてやるから」
ジャミルの腕の中で、ななしは深い眠りに落ちていった。
明日、熱が引いたとしても、この肌に残った彼の感触だけは、決して消えないことを悟りながら。
外は夕闇が迫り、窓の外からは枯れ葉が舞う音が微かに聞こえる。
ベッドに横たわるななしの視界は、熱のせいで酷く歪んでいた。
「……ななし、入るぞ。グリムから聞いた。ひどい熱らしいな」
低い声が静寂を破る。
扉を開けて入ってきたのは、手慣れた様子で盆を運ぶジャミルだった。彼はベッド脇に膝をつくと、手早くななしの額に手を当てる。その掌は驚くほど冷たくて、心地よい。
「ジャミル、先輩……。わざわざ、すみません」
「喋るな。息が荒いぞ。……全く、グリムは騒ぐだけで、お前に毛布一枚追加でかけることもしなかったのか」
「グリム、なりに……心配してくれてましたよ」
「ほら、身体を起こせるか。粥を作ってきた」
ジャミルは手際よく枕を直すと、ななしの背中に手を添えて身体を起こさせる。彼の服からは、微かにスカラビアの喧騒を思い出させる、落ち着いた匂いがした。
「美味しそう……」
「栄養を考えた。少しでもいいから口に運べ。俺が食わせてやる」
「……えっ。それは、流石に申し訳ないです」
「いいから。弱っている時くらい、遠慮するな」
ジャミルは粥を丁寧に掬い、息を吹きかけて冷ます。
差し出されたスプーンを、ななしは大人しく受け入れた。
優しい味が口の中に広がる、。
「……美味しい。ジャミル先輩の料理、大好きです」
「……そうか。それなら、もっと食え。病人は遠慮などしなくていい」
ふと、ジャミルの目が細められる。
器を持つ彼の指先が、微かにななしの指に触れた。
熱を帯びた皮膚と、彼の日向のような体温。その境界線が、熱のせいか、それとも別の理由か、曖昧に溶け出していく。
「……顔が赤いな。粥が熱すぎたか?」
「いえ、そうじゃなくて……。ジャミル先輩が、優しすぎるから」
「……馬鹿なことを言うな」
ジャミルは視線を逸らさずに答える。
けれど、粥を掬うその仕草は先ほどよりもどこか緩やかだ。
器を置く音が、静かな部屋に重く響いた。
「……ななし、汗を拭いてやる。そのままでは寝冷えするぞ」
ジャミルが取り出したタオルが、ななしの首筋をなぞる。
湿った布の感触よりも、その布越しに伝わる彼の指の感触を強く感じる。鎖骨のあたりを拭われるたび、ななしの心拍が跳ねる。
「ジャミル、先輩……。もう、大丈夫です。あとは自分で」
「……いいや、駄目だ。お前は自分の限界をわかっていない」
ジャミルの声のトーンが落ちる。
彼の長い指が、ななしの頬を滑り、そのまま耳の後ろに止まった。
彼の視線は、もはや看病のそれではない。獲物を見定めるような、あるいは大切なものを閉じ込めようとするような、深い光を湛えている。
「熱いな。……全部、俺に見せろ。苦しいのも、甘えたいのも」
「……っ」
「……嫌か? 俺にこんなことをされるのは」
ジャミルはゆっくりと身を乗り出し、ななしの視界を塞ぐ。
影が落ちる。
至近距離で見つめる彼の黒い瞳の中に、熱に浮かされた自分の姿が映っていた。
「嫌じゃ、ないです……むしろ、もっと」
「……そうか」
ジャミルはななしの耳元で囁くと、そのまま彼女を抱き寄せる。
看病という大義名分は既にどこかへ消え去っていた。
彼の腕の中は、熱い。ななし自身の体温を奪い去るほど、彼の存在が全身に染み渡っていく。
「……ジャミル、先輩」
彼の手が、ななしの背中を愛おしむように、けれど力強く這う。
熱に溶けた思考の端で、ななしは彼の中に渦巻く暗い独占欲を感じ取っていた。今この瞬間を、まるで好機のように享受している。
「……お前がこうして俺を頼るなら、永遠に治らなくてもいいとさえ思ってしまう」
「ひどい……」
「ああ、酷い男だろう。だが、これが本音だ」
ジャミルはななしの髪に唇を落とし、深く息を吸い込む。
ななしの意識は、彼の吐息と、自分の心音と、そして静まり返ったオンボロ寮の闇の中へ沈んでいく。そこには、自分と彼以外、誰も入り込む隙間はない。
「……寝ろ。朝が来るまで、俺がここにいる。お前の熱も、不安も、全部俺が引き受けてやるから」
ジャミルの腕の中で、ななしは深い眠りに落ちていった。
明日、熱が引いたとしても、この肌に残った彼の感触だけは、決して消えないことを悟りながら。
