サバナクロー
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「……で、なんでレオナ先輩がここにいるんですか」
「俺がどこにいようが勝手だろ」
「そうですけど」
「お前こそだろ」
ななしは抱えていた本を少し持ち直した。
「返却です」
「こんな時間にか」
「昼は混んでるので」
「へぇ」
返事はそれだけだった。
それなのにレオナは立ち去らない。
壁にもたれたまま目だけを向けている。
「……先輩」
「あ?」
「何か言いたいことあります?」
「別に」
「絶対ありますよね」
「自意識過剰だな」
「じゃあ帰ります」
「待て」
すぐに声が飛んできた。
ななしが振り返る。
レオナは小さく舌打ちをした。
「……最近、よく一緒にいるだろ」
「誰とですか?」
「分かってんだろ」
「ああ」
思い当たった名前に納得する。
「同じ授業を取ってますし」
「それだけか?」
「課題も一緒にやってます」
「へえ」
「この前は食堂で偶然会って」
「ずいぶん仲良くなったんだな」
声音は平坦だった。
けれど機嫌が悪いことくらいは分かる。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「怒ってます?」
「別に」
「怒ってますよね」
「俺がお前に怒る理由がどこにある」
「ないならよかったです」
「……」
レオナが眉を寄せる。
「よかったって顔じゃねえな」
「そうですか?」
「隠すの下手だぞ、お前」
図星だった。
ななしは視線を逸らした。
「別に、大したことじゃないです」
「言え」
「言いたくないです」
「言え」
「命令ですか」
「そうだ」
横暴だ。
いつも通りだ。
なのに今日は少しだけ助かる。
「……その人、告白されたみたいで」
レオナの表情が止まった。
「断ったのか」
「まだ返事してないみたいです」
「で?」
「相談されました」
「なんて言った」
「ちゃんと考えて決めた方がいいって」
「優等生だな」
「普通のことです」
「お前はどう思ってんだ」
「どうって?」
「そいつが誰と付き合おうが興味ないのかって聞いてる」
言葉が出なかった。
レオナが小さく笑う。
「図星か」
「……先輩には関係ないです」
「あるな」
「ありません」
「ある」
「ありません」
「俺があるって言ってる」
子どもの喧嘩みたいだった。
それなのに先に目を逸らしたのはななしだった。
「帰ります」
「逃げるな」
「逃げてません」
「なら答えろ」
「……少しだけ嫌でした」
レオナが黙る。
「でも別にわたしのものじゃないですし」
「当たり前だな」
「だから応援するべきなんでしょうね」
「お前はそうしたいのか」
「分かりません」
本当に分からなかった。
レオナはしばらく何も言わなかった。
やがて低く息を吐く。
「面倒くせえな、恋愛ってのは」
「レオナ先輩が言います?」
「俺はもっと面倒だぞ」
「自覚あるんですね」
「ああ」
その返事が妙に真面目で。
ななしは思わず笑った。
◇
「先輩、起きてください」
「……」
「レオナ先輩」
「……うるせえ」
「授業始まりますよ」
「サボる」
「またですか」
「お前は真面目だな」
「普通です」
レオナは片目だけ開けた。
「お前、最近ぼんやりしてるな」
「してません」
「してる」
「してません」
「してる顔だ」
「顔で判断しないでください」
「分かりやすいんだよ」
レオナが体を起こす。
「返事は出たのか」
「まだです」
「遅いな」
「悩んでるんじゃないですか」
「好きなら付き合う、嫌なら断る」
「そんな簡単じゃないですよ」
「簡単だろ」
「先輩は簡単なんですか?」
「俺ならな」
「好きな人がいたとして?」
「……」
沈黙。
ななしが目を瞬く。
レオナは露骨に顔をしかめた。
「面倒な質問するな」
「珍しい」
「何がだ」
「答えないんだなって」
「答える義理がねえ」
「ふふ」
「笑うな」
「意外でした」
レオナは不機嫌そうに目を細めた。
「……好きでも諦めることくらいある」
ななしは息を呑んだ。
「先輩でも?」
「俺でもだ」
「例えば?」
「例えばは例えばだ」
「気になります」
「教える気はねえよ」
レオナは再び横になる。
「どうせ手に入らねえなら、最初から動かねえ方が楽なこともある」
「そんな考え方するんですね」
「するさ」
「後悔しません?」
「するだろうな」
あまりにもあっさり言うその横顔を見つめた。
「あいにく、二番手でいることには慣れてる」
「……先輩」
「でも……相手が笑ってるなら、それでいいこともある」
「……」
「お前には分かんねえか」
「分からなくはないです」
「そうかよ」
◇
返事はその翌日に出た。
相手は告白を受け入れたらしい。
「そうか」
レオナはそれだけ言った。
「おめでとうって言いました」
「偉いな」
「全然偉くないです」
「泣かなかっただけ偉い」
「泣いてません」
「今にもって顔してる」
「してません」
「してる」
いつものやり取り。
なのに今日は勝てる気がしない。
「……失恋ってこういう感じなんですね」
「初めてか」
「初めてです」
「経験値が増えたな」
「嫌な増え方です」
「まあな」
レオナは視線を外した。
「帰るか」
「はい」
並んで歩く。
会話はないが気まずくはなかった。
「レオナ先輩」
「あ?」
「もし好きな人が幸せになったら諦められますか」
レオナは足を止めた。
「無理だな」
即答だった。
「でも邪魔はしねえ」
「どうしてですか」
「そいつが選んだなら仕方ねえだろ」
「納得できます?」
「しない」
「じゃあ」
「それでもだ」
レオナが笑う。
自嘲みたいな笑いだった。
「俺を選ばなかったなら俺よりそいつといる方が幸せなんだろ」
「……」
「なら仕方ねえ」
ななしは何も言えなかった。
「お前が不幸になるよりはずっといい」
その言葉だけが耳に残る。
「え?」
「独り言だ」
「今のって」
「聞き間違いだろ」
「絶対違います」
「気のせいだ」
レオナは歩き出した。
それ以上追及する勇気はなかった。
◇
「レオナ先輩」
「なんだ」
「この前の話ですけど」
「どの話だ」
「好きな人の話」
レオナが露骨に嫌そうな顔をする。
「蒸し返すな」
「気になるんです」
「暇なのかお前」
「暇じゃないです」
「ならやめろ」
「誰なんですか」
「言うわけねえだろ」
「ヒントください」
「嫌だ」
「一つだけ」
「……面倒くせえ」
それでも少し考える。
「世話が焼ける」
「え?」
「放っとくと無茶する」
「……」
「すぐ無理するくせに隠す」
ななしは首を傾げた。
「優しいな」
「誰がだ」
「その人です」
レオナが呆れたように笑う。
「全然聞いてなかったな」
「違うんですか?」
「違う」
「じゃあ?」
「馬鹿だ」
「ひどい」
「本当に馬鹿だぞ」
レオナは視線を落とした。
「他人のことばっかり優先する」
「いい人じゃないですか」
「だから馬鹿なんだよ」
その声は驚くほど優しかった。
◇
「あ……」
廊下の先。
見覚えのある姿が見えた。
以前好きだった相手が楽しそうに誰かと電話をしている。
その笑顔の相手を想像し、胸が少しだけ痛む。
「見るな」
隣から声がした。
「レオナ先輩」
「見て楽しいもんじゃねえだろ」
「……はい」
「こっち来い」
言われるまま歩く。
人気のない場所まで来ると、レオナが壁にもたれた。
「泣くか?」
「泣きません」
「強がるな」
「強がってません」
「泣きたいなら泣け」
「……」
「別に笑わねえよ」
沈黙が続く。
少ししてななしはぽつりと呟いた。
「なんで振られた側が気を遣うんでしょうね」
「知らん」
「変ですよね」
「変だな」
「好きだっただけなのに」
「そうだな」
「何も悪くないのに」
「悪くねえよ」
レオナの返事は早かった。
迷いがなかった。
「好きになっただけだ」
「……はい」
「それで十分だろ」
涙は出なかった。
その代わり胸の奥にあった何かが少し軽くなる。
「ありがとうございます」
「礼を言われることじゃねえ」
「でも助かりました」
「そうか」
レオナは少しだけ視線を逸らした。
◇
「レオナ先輩って優しいですよね」
「今さらだな」
「自分で言います?」
「事実だろ」
「違います」
「なんだと」
「優しいの隠してる人です」
「買いかぶりだ」
「違います」
「違う」
「違いません」
レオナはため息をついた。
「……お前は本当に分かってねえな」
「何がですか」
「俺がどれだけ性格悪いか」
「知ってますよ」
「なら」
「それでも優しいです」
レオナが黙る。
「嫌いな人にここまで付き合いませんし」
「……」
「放っておけばいいのに」
「そうだな」
「なんで放っておいてくれないんですか」
長い沈黙。
レオナは目を閉じた。
「できるならとっくにやってる」
「レオナ先輩?」
「……お前が泣いてんの見んのが嫌なんだよ」
ななしは言葉を失う。
「笑ってろとは言わねえ」
レオナが続ける。
「でも泣くくらいなら俺のとこ来い」
「……」
「失恋したなら慰めてやる」
「先輩」
「誰かに振られたなら文句くらい聞いてやる」
声が低く落ちる。
「お前が不幸になるよりはずっといい」
同じ言葉だった。
前に聞いたあの言葉。
「だから、俺以外を選ぶなら……せめて幸せになれ」
ななしの呼吸が止まる。
「……え」
「聞こえなかったか」
「今のって」
「そのままだ」
「わたし?」
「他に誰がいる」
「でも」
「分かってる」
レオナが笑う。
少しだけ困ったように。
「今はお前が俺を好きじゃないことくらい」
「……」
「それでも別にいい」
「よくないです」
今度はレオナが目を瞬く番だった。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「わたし、失恋したばっかりなんです」
「知ってる」
「だから今の気持ちが何なのか分かりません」
「ああ」
「でも」
言葉を探す。
「レオナ先輩が誰かを好きになるなら」
「……」
「その人には幸せになってほしいって思ったんです」
レオナが息を止める。
「わたし、今の自分の感情がわからないです」
「……そうか」
「すみません」
「謝るな」
レオナは額を押さえる。
「タイミングが悪い」
「はい」
「最悪だ」
「はい」
「でも……」
レオナが笑った。
今度は少し嬉しそうに。
「悪くねえな」
◇
「レオナ先輩」
「あ?」
「もしわたしが別の人を好きになったら、」
「幸せになれって言う」
「本当に?」
「本当だ」
「止めないんですか」
「止めねえ」
「どうして」
レオナは肩をすくめる。
「お前が選んだなら仕方ねえだろ」
「納得できます?」
「しないな」
「じゃあ」
「それでもだ」
少しだけ間が空く。
「俺はお前に嫌われたくねえ」
その一言が妙に嬉しかった。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「わたしもです」
「……そうか」
「はい」
「なら」
レオナが小さく笑う。
「しばらくは俺の隣にいろ」
「命令ですか?」
「そうだ」
「横暴ですね」
「今さらだろ」
「確かに」
笑う。
レオナも笑う。
きっとこれからも簡単じゃない。
面倒で、遠回りで、拗れていて。
それでも……
「レオナ先輩」
「あ?」
「もう少しだけ時間をもらっていいですか」
「……ああ」
その返事は思っていたよりずっと優しかった。
「俺がどこにいようが勝手だろ」
「そうですけど」
「お前こそだろ」
ななしは抱えていた本を少し持ち直した。
「返却です」
「こんな時間にか」
「昼は混んでるので」
「へぇ」
返事はそれだけだった。
それなのにレオナは立ち去らない。
壁にもたれたまま目だけを向けている。
「……先輩」
「あ?」
「何か言いたいことあります?」
「別に」
「絶対ありますよね」
「自意識過剰だな」
「じゃあ帰ります」
「待て」
すぐに声が飛んできた。
ななしが振り返る。
レオナは小さく舌打ちをした。
「……最近、よく一緒にいるだろ」
「誰とですか?」
「分かってんだろ」
「ああ」
思い当たった名前に納得する。
「同じ授業を取ってますし」
「それだけか?」
「課題も一緒にやってます」
「へえ」
「この前は食堂で偶然会って」
「ずいぶん仲良くなったんだな」
声音は平坦だった。
けれど機嫌が悪いことくらいは分かる。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「怒ってます?」
「別に」
「怒ってますよね」
「俺がお前に怒る理由がどこにある」
「ないならよかったです」
「……」
レオナが眉を寄せる。
「よかったって顔じゃねえな」
「そうですか?」
「隠すの下手だぞ、お前」
図星だった。
ななしは視線を逸らした。
「別に、大したことじゃないです」
「言え」
「言いたくないです」
「言え」
「命令ですか」
「そうだ」
横暴だ。
いつも通りだ。
なのに今日は少しだけ助かる。
「……その人、告白されたみたいで」
レオナの表情が止まった。
「断ったのか」
「まだ返事してないみたいです」
「で?」
「相談されました」
「なんて言った」
「ちゃんと考えて決めた方がいいって」
「優等生だな」
「普通のことです」
「お前はどう思ってんだ」
「どうって?」
「そいつが誰と付き合おうが興味ないのかって聞いてる」
言葉が出なかった。
レオナが小さく笑う。
「図星か」
「……先輩には関係ないです」
「あるな」
「ありません」
「ある」
「ありません」
「俺があるって言ってる」
子どもの喧嘩みたいだった。
それなのに先に目を逸らしたのはななしだった。
「帰ります」
「逃げるな」
「逃げてません」
「なら答えろ」
「……少しだけ嫌でした」
レオナが黙る。
「でも別にわたしのものじゃないですし」
「当たり前だな」
「だから応援するべきなんでしょうね」
「お前はそうしたいのか」
「分かりません」
本当に分からなかった。
レオナはしばらく何も言わなかった。
やがて低く息を吐く。
「面倒くせえな、恋愛ってのは」
「レオナ先輩が言います?」
「俺はもっと面倒だぞ」
「自覚あるんですね」
「ああ」
その返事が妙に真面目で。
ななしは思わず笑った。
◇
「先輩、起きてください」
「……」
「レオナ先輩」
「……うるせえ」
「授業始まりますよ」
「サボる」
「またですか」
「お前は真面目だな」
「普通です」
レオナは片目だけ開けた。
「お前、最近ぼんやりしてるな」
「してません」
「してる」
「してません」
「してる顔だ」
「顔で判断しないでください」
「分かりやすいんだよ」
レオナが体を起こす。
「返事は出たのか」
「まだです」
「遅いな」
「悩んでるんじゃないですか」
「好きなら付き合う、嫌なら断る」
「そんな簡単じゃないですよ」
「簡単だろ」
「先輩は簡単なんですか?」
「俺ならな」
「好きな人がいたとして?」
「……」
沈黙。
ななしが目を瞬く。
レオナは露骨に顔をしかめた。
「面倒な質問するな」
「珍しい」
「何がだ」
「答えないんだなって」
「答える義理がねえ」
「ふふ」
「笑うな」
「意外でした」
レオナは不機嫌そうに目を細めた。
「……好きでも諦めることくらいある」
ななしは息を呑んだ。
「先輩でも?」
「俺でもだ」
「例えば?」
「例えばは例えばだ」
「気になります」
「教える気はねえよ」
レオナは再び横になる。
「どうせ手に入らねえなら、最初から動かねえ方が楽なこともある」
「そんな考え方するんですね」
「するさ」
「後悔しません?」
「するだろうな」
あまりにもあっさり言うその横顔を見つめた。
「あいにく、二番手でいることには慣れてる」
「……先輩」
「でも……相手が笑ってるなら、それでいいこともある」
「……」
「お前には分かんねえか」
「分からなくはないです」
「そうかよ」
◇
返事はその翌日に出た。
相手は告白を受け入れたらしい。
「そうか」
レオナはそれだけ言った。
「おめでとうって言いました」
「偉いな」
「全然偉くないです」
「泣かなかっただけ偉い」
「泣いてません」
「今にもって顔してる」
「してません」
「してる」
いつものやり取り。
なのに今日は勝てる気がしない。
「……失恋ってこういう感じなんですね」
「初めてか」
「初めてです」
「経験値が増えたな」
「嫌な増え方です」
「まあな」
レオナは視線を外した。
「帰るか」
「はい」
並んで歩く。
会話はないが気まずくはなかった。
「レオナ先輩」
「あ?」
「もし好きな人が幸せになったら諦められますか」
レオナは足を止めた。
「無理だな」
即答だった。
「でも邪魔はしねえ」
「どうしてですか」
「そいつが選んだなら仕方ねえだろ」
「納得できます?」
「しない」
「じゃあ」
「それでもだ」
レオナが笑う。
自嘲みたいな笑いだった。
「俺を選ばなかったなら俺よりそいつといる方が幸せなんだろ」
「……」
「なら仕方ねえ」
ななしは何も言えなかった。
「お前が不幸になるよりはずっといい」
その言葉だけが耳に残る。
「え?」
「独り言だ」
「今のって」
「聞き間違いだろ」
「絶対違います」
「気のせいだ」
レオナは歩き出した。
それ以上追及する勇気はなかった。
◇
「レオナ先輩」
「なんだ」
「この前の話ですけど」
「どの話だ」
「好きな人の話」
レオナが露骨に嫌そうな顔をする。
「蒸し返すな」
「気になるんです」
「暇なのかお前」
「暇じゃないです」
「ならやめろ」
「誰なんですか」
「言うわけねえだろ」
「ヒントください」
「嫌だ」
「一つだけ」
「……面倒くせえ」
それでも少し考える。
「世話が焼ける」
「え?」
「放っとくと無茶する」
「……」
「すぐ無理するくせに隠す」
ななしは首を傾げた。
「優しいな」
「誰がだ」
「その人です」
レオナが呆れたように笑う。
「全然聞いてなかったな」
「違うんですか?」
「違う」
「じゃあ?」
「馬鹿だ」
「ひどい」
「本当に馬鹿だぞ」
レオナは視線を落とした。
「他人のことばっかり優先する」
「いい人じゃないですか」
「だから馬鹿なんだよ」
その声は驚くほど優しかった。
◇
「あ……」
廊下の先。
見覚えのある姿が見えた。
以前好きだった相手が楽しそうに誰かと電話をしている。
その笑顔の相手を想像し、胸が少しだけ痛む。
「見るな」
隣から声がした。
「レオナ先輩」
「見て楽しいもんじゃねえだろ」
「……はい」
「こっち来い」
言われるまま歩く。
人気のない場所まで来ると、レオナが壁にもたれた。
「泣くか?」
「泣きません」
「強がるな」
「強がってません」
「泣きたいなら泣け」
「……」
「別に笑わねえよ」
沈黙が続く。
少ししてななしはぽつりと呟いた。
「なんで振られた側が気を遣うんでしょうね」
「知らん」
「変ですよね」
「変だな」
「好きだっただけなのに」
「そうだな」
「何も悪くないのに」
「悪くねえよ」
レオナの返事は早かった。
迷いがなかった。
「好きになっただけだ」
「……はい」
「それで十分だろ」
涙は出なかった。
その代わり胸の奥にあった何かが少し軽くなる。
「ありがとうございます」
「礼を言われることじゃねえ」
「でも助かりました」
「そうか」
レオナは少しだけ視線を逸らした。
◇
「レオナ先輩って優しいですよね」
「今さらだな」
「自分で言います?」
「事実だろ」
「違います」
「なんだと」
「優しいの隠してる人です」
「買いかぶりだ」
「違います」
「違う」
「違いません」
レオナはため息をついた。
「……お前は本当に分かってねえな」
「何がですか」
「俺がどれだけ性格悪いか」
「知ってますよ」
「なら」
「それでも優しいです」
レオナが黙る。
「嫌いな人にここまで付き合いませんし」
「……」
「放っておけばいいのに」
「そうだな」
「なんで放っておいてくれないんですか」
長い沈黙。
レオナは目を閉じた。
「できるならとっくにやってる」
「レオナ先輩?」
「……お前が泣いてんの見んのが嫌なんだよ」
ななしは言葉を失う。
「笑ってろとは言わねえ」
レオナが続ける。
「でも泣くくらいなら俺のとこ来い」
「……」
「失恋したなら慰めてやる」
「先輩」
「誰かに振られたなら文句くらい聞いてやる」
声が低く落ちる。
「お前が不幸になるよりはずっといい」
同じ言葉だった。
前に聞いたあの言葉。
「だから、俺以外を選ぶなら……せめて幸せになれ」
ななしの呼吸が止まる。
「……え」
「聞こえなかったか」
「今のって」
「そのままだ」
「わたし?」
「他に誰がいる」
「でも」
「分かってる」
レオナが笑う。
少しだけ困ったように。
「今はお前が俺を好きじゃないことくらい」
「……」
「それでも別にいい」
「よくないです」
今度はレオナが目を瞬く番だった。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「わたし、失恋したばっかりなんです」
「知ってる」
「だから今の気持ちが何なのか分かりません」
「ああ」
「でも」
言葉を探す。
「レオナ先輩が誰かを好きになるなら」
「……」
「その人には幸せになってほしいって思ったんです」
レオナが息を止める。
「わたし、今の自分の感情がわからないです」
「……そうか」
「すみません」
「謝るな」
レオナは額を押さえる。
「タイミングが悪い」
「はい」
「最悪だ」
「はい」
「でも……」
レオナが笑った。
今度は少し嬉しそうに。
「悪くねえな」
◇
「レオナ先輩」
「あ?」
「もしわたしが別の人を好きになったら、」
「幸せになれって言う」
「本当に?」
「本当だ」
「止めないんですか」
「止めねえ」
「どうして」
レオナは肩をすくめる。
「お前が選んだなら仕方ねえだろ」
「納得できます?」
「しないな」
「じゃあ」
「それでもだ」
少しだけ間が空く。
「俺はお前に嫌われたくねえ」
その一言が妙に嬉しかった。
「レオナ先輩」
「なんだ」
「わたしもです」
「……そうか」
「はい」
「なら」
レオナが小さく笑う。
「しばらくは俺の隣にいろ」
「命令ですか?」
「そうだ」
「横暴ですね」
「今さらだろ」
「確かに」
笑う。
レオナも笑う。
きっとこれからも簡単じゃない。
面倒で、遠回りで、拗れていて。
それでも……
「レオナ先輩」
「あ?」
「もう少しだけ時間をもらっていいですか」
「……ああ」
その返事は思っていたよりずっと優しかった。
